第79話 再戦への道
戦略拠点の朝は緊張に包まれていた。昨日の激戦の記憶がまだ拭えぬ中、退却してきた俺たちの姿を見た者たちの間にざわめきが広がっていた。
「まさか、あのカイン殿が……退いたのか?」
「いや、それ以上に気になるのは……あの化け物がそれっきり動いてないってことだ」
ギルド戦士や集まっていた兵士たちは戦場から戻った俺たちの様子を遠巻きに見守っていた。
魔族側――特にあの巨躯の獣魔――グロム・ザルガスが動かなくなったという異様な状況に皆、困惑しているのだ。
俺は戦士たちの間に漂う不安をよそに拠点中央の仮設指揮所を訪れた。
そこではグラムベルクから駆けつけたギルドの副長や軍の前線指揮官が戦況報告をまとめていた。
「……なるほど、そなたがカイン殿か。話は聞いている。ヴァルディスを討った英雄だとな」
重厚な鎧を纏った指揮官が俺の姿に目を細める。ギルド側の副長もうなずいた。
「俺たちもあの戦いを後方で見ていた。……正直、あの魔族を前にしてまともに動けたのはあんたらだけだった」
「想像していた通り、あいつは強かった」
俺は静かに言った。
「だけど俺たちはあいつの性格や、どう戦っているのかが、ある程度分かってきたんだ。勝つための道筋も見えた。だから——俺たちで決着をつけたいと思う」
副長と指揮官が顔を見合わせる。
「……本当に勝てるのか?」
「簡単じゃあない。でも、あいつは俺たちとの再戦を望んでいる。それ以外の者に興味を示していない。俺たちが動けば必ず応じてくる」
静かな確信が言葉に宿る。
ギルド副長がやがて苦笑した。
「……まあ、否定はできないな。あんな得体の知れない奴、正面からぶつかって勝てると思っちゃいない。お前さんたちに託すよ」
指揮官もうなずく。
「後方から援護はさせてもらう。だが、前衛はお前たちに任せる」
「任せてくれ」
俺は礼を述べ、指揮所を後にした。
外ではセリスが風哭を確認していた。刀身に微かに走る風の紋様が朝日を反射して輝いている。
「準備は整いました。いつでも出撃できます」
「よし。エルン、ルナも頼む」
「はい。風の精霊たちも静かに力を満たしてくれています」
「カインの邪魔にならないように気をつける……でも、頑張るよ!」
ルナは小さく拳を握り、気合を入れた。
一行は再び、グロムが待つ戦場へと向かう。
彼らの背後にはギルド戦士や軍の兵士たちの姿もあった。重装備の戦士たちは槍と盾を構え、軽装の斥候たちは弓を背負って隊列の後方に控える。
俺たちの進行に合わせて、後方支援や状況把握のための小部隊が同行するという形だった。
「我々もついていく。だが、グロムとの戦いは——」と、ギルドの副長が言いかけたとき、俺は首を横に振った。
「……グロムは俺たちが引きつける。支援が必要になったら、そのときは頼む」
指揮官も重々しくうなずく。
「我々にできることがあれば全力で援護する。……だが、あの戦い、前に出られるのはお前たちだけだ」
道中、空は曇天に覆われ、風が草原を撫でていた。
歩を進めながら、仲間たちは口々に想いを語った。
「……グロムの斧、重くて速くて……でも、カイン殿の一撃が届いた時、希望が見えました」
セリスが静かに語る。
「私も、あの巨体を風で押し返せたとき、少しだけ自信が持てました」
エルンが優しく微笑む。
「でも……こわかったよ。あんなの、ルナじゃきっと敵わない。でも、カインがいれば勝てるって信じてる!」
ルナが真っ直ぐな眼差しで言った。
俺は足を止めず、仲間たちに視線を向けた。
「……あいつは強敵だ。だけど、俺たちの連携があれば、きっと勝てる。絶対に倒せる」
「はい、賢者カイン……私は信じていますよ」
エルンの言葉には敬意と決意が込められていた。困難な状況にあって、常に希望を見い出す事ができるカインをエルンは賢者として認めていたのだ。
「ぜったい勝とうね、カイン!」
ルナの笑顔にセリスも小さくうなずいた。
やがて一行は小高い丘の稜線を越えた。そこから見える草原の中央には、まるでこの地の守り神のように、ひときわ大きな影が鎮座していた。それが、グロム・ザルガスだった。
その場に立つ彼の姿は、まるで巨岩のように不動だった。大地に根を張るように構え、彼は遠くから歩み寄る俺たちをじっと見据えていた。
「お前たちの気配が近づくにつれて、俺の中の血が熱を帯びる。……ようやく続きをやれるのだな」
その言葉を受け、俺もまた立ち止まる。
「こっちも準備はできてる。あとは……勝つだけだ」
誰からともなく、武器が構えられる。
風が唸る。火が瞬く。水が揺れる。そして、再戦の火蓋が切って落とされた。




