第75話 巨牙衝突
大地を裂くような音が響いた。轟音と共に、グロム・ザルガスが戦場を駆ける。
その巨躯はまるで生きた山のように迫り、ただ前へと突進していた。
「来るぞ、散開!」
俺の号令に、仲間たちが一斉に反応した。ルナが弾かれたように走り、セリスは風をまとって斜めに身を引く。エルンは杖を構え、俺の身体に光の結界を張る。
周囲の兵士たちの中には、巨体の迫力に押され、思わず足を止めてしまう者もいた。鼓動が速まり、誰もがその存在に圧倒されていた。
次の瞬間、グロムの重斧が大地をえぐった。
岩盤すら砕くその一撃が、逃れた位置の地面を粉砕し、土煙と破片が吹き上がる。
「っ……速すぎる……!」
セリスが呟いた。
グロムの巨体からは想像もできないような加速。その突進力と重さ、すべてが規格外だった。
ルナがすばやく背後から飛びかかり、短剣を斬りつけるが、鎧に弾かれてしまう。
「全然効かないっ!」
「エルン!」
俺が叫ぶと、エルンはすぐに詠唱を開始した。
「光の精霊ルミナよ、我が魔力を代償とし、聖なる光の矢を放て——《ルミナス・レイ》!」
エルンの杖から放たれた光の矢が一直線にグロムの顔面を狙って飛ぶ。しかし、グロムはそれに気づいたかのように反射的に腕を振り上げ、光の矢を斧で払い落とした。
その瞬間、グロムの防御がわずかに緩んだ。それが、仲間の回避と反撃のための、決定的な隙となった。
セリスが滑り込むように接近する。勢いをつけた一文字斬りが一閃、グロムの脇腹を狙う。
——ギィィィン!
だが、その一撃も分厚い鎧に阻まれ、火花を散らして弾かれた。
「くっ……!」
セリスは跳ね飛ばされ、転がりながら距離を取る。
地面に手をついたまま、セリスは奥歯を噛んだ。
(駄目……。こんなことでは、守れない。私がもっと……強ければ)
それでも彼女は立ち上がる。《風哭》の柄を握り直し、再び前を見据えた。
「私は、もう退かない」
グロムは無言のまま、ただ敵の強さを見極めるように彼らを見据えていた。
「……力押しじゃ、無理か」
俺は水魔法で足元の地面を濡らし、土を泥に変える。グロムがその上を踏み込んだ瞬間、滑らせてバランスを崩させる。
「今だ!」
俺は鎧の隙間を狙い、突き出すように短剣を走らせたが、グロムは体をひねって回避した。
「……避けた、か。予測できる動きじゃない」
俺は目を細めた。
(こいつ……殺意に反応して動いてる? いや、それだけじゃない。こちらの気配そのものを読んでるのか……?)
俺は思考を巡らせながら、意図的に力を抜いた姿勢を作り直す。
次の一瞬、あえて斬撃を放つ瞬間の気配を抑え、踏み込みも緩めると、グロムは反応しなかった。
逆に、一歩踏み出すときに意図的に強い殺気を放つと、グロムは反射的に斧を振るった。
「なるほどな……本能で戦ってるんじゃない。感覚が鋭すぎるんだ」
後方でセリスが立ち上がり、もう一度《風哭》を握る。
「カイン殿、もう一度、参ります」
「頼む。少しでもデータが欲しい」
俺の剣が再び舞い、太刀筋を変える。今度は軽やかなステップで接近し、二撃目で急角度からの斬撃を放った。
——シュッ!
わずかに鎧を裂く感触があった。グロムの目が見開かれる。
「通った……!」
セリスが着地し、すぐに退く。
しばしの沈黙の後、グロムは初めて口を開いた。
「いい……その剣。少しは楽しめそうだ」
その低く、響く声に、俺の背筋がぞくりとした。まるで獣が新たな遊び相手を見つけたかのような喜びが、そこにはあった。
(この男……楽しんでやがる。だが、その油断が命取りになる)
この戦いは、まだ始まったばかりだ。
 




