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第74話 鼓動高鳴る迎撃の陣

 グラムベルクの空気が張り詰めていた。防衛線の構築が急ピッチで進み、城壁の上には弓兵、通路には槍兵、そしてその後方に控える魔術師たち。全員が息を潜め、迫る戦乱に備えていた。


 中央迎撃本部では、ドワーフ王バルグラス・アイアンハートが戦士たちの前に立ち、堂々たる声で命じた。


「この都市に刃を向ける者どもを、決して許すな! 我らの鋼で、その野望を打ち砕け!」


 その一声で、兵たちの士気が一気に高まった。俺たちもその列に加わり、王の姿を見つめていた。


「……気骨のある王だな。好かれる理由が分かる気がする」


 俺は呟きながら、腰の短剣に手を添えた。


 ほどなくして、ギルド代行のドランが俺たちの元にやって来た。


「カイン殿。貴殿らには前衛突破任務をお願いしたい。敵の進軍路を塞ぎ、我らが本隊を導いてくれ」


「任された。俺たちが風穴を開けてみせるさ」


「私も、再び剣を振るえることを光栄に思います」


 セリスが《風哭》を携え、静かに頷いた。


「ルナもやるよ! こんどは、もっともっと速く動くんだ!」


「私は支援に徹するわ。皆を守る魔法を準備しておく」


 エルンの瞳が真剣に光る。横ではティルがローブを整えながら、手元の魔力探知器を確認していた。


「ぼ、僕は後方支援班に残ります。魔力探知と結界展開を全力でやりますから!」


「頼りにしてるぞ、ティル」


 カインがにやりと笑うと、ティルは赤くなりながらも真面目に頷いた。


 野営地の片隅で、カインが仲間たちに目を向ける。


「セリス、無理だけはするなよ」


「はい……でも今は、怖さより、守りたい気持ちが強いです」


「……そうか」俺は頷いた。「じゃあ、俺も全力でいく」


 ルナはぴょんと跳ねて、「お揃いの短剣で、カインと一緒に頑張るのー!」と笑う。


 エルンは杖を手にして目を閉じ、静かに魔力の流れを整えていた。


 一方、遠く離れた戦場の丘では、ダークエルフのネフィラが魔術陣を操っていた。


「前衛、右翼を三歩下げて……そう、今は牽制で十分」


 戦場に陣を敷く獣魔族たちが、まるで彼女の意思を読み取るかのように動く。だが、その統制された動きに混ざって、重々しい足音が響いた。


「ネフィラ」


 背後から聞こえた声に、彼女は振り返る。そこにいたのは、漆黒の鎧をまとった巨躯、グロム・ザルガス。


「カインとやら……来てるんだろ?」


「ええ。確認済みです」


「なら、行く」


「まだ全軍が動ききっていません。指揮系統が乱れます」


「知らん。俺は戦いたい奴と戦う。それだけだ」


 グロムの目には、戦場全体など映っていなかった。あるのは、ただひとつの牙を立てる相手だけ。


「……本当に、理屈が通じない」


 ネフィラがため息をつく間にも、グロムはゆっくりと戦場へ足を進めていった。


 そのころ、グラムベルクの前線拠点では、カインたちが防衛線に布陣していた。


「敵影、まもなく接近!」


 斥候の報告が響く。ティルが魔力探知を確認しながら叫ぶ。


「すごい密度の魔力反応です! 一体だけ、異常に大きな反応が……! まるで、溶岩が歩いてるみたいな……重くて、熱くて……」


 彼の声は震えていたが、それでも両手で探知器を握りしめ、仲間たちへと情報を届けようとする意志がにじんでいた。


「……カイン、たぶん、それが……」


 ルナが肩をすくめて小さく震える。


「グロム・ザルガスだな」


 俺は視線を前へ向ける。


「……来るぞ。奴が、動き始めた」


 そして、ついにそれは見えた。


 平原を覆うように、土煙が巻き上がる。獣魔族たちの咆哮と重い足音が混ざり合い、地面を震わせる。


 その中心。異様な気配をまといながら、グロム・ザルガスがゆっくりと現れた。


「うわっ……あいつ、でかい……」


 ルナがぽつりと呟く。


 漆黒の鎧に覆われた巨体、まるで山が動いているかのようだった。大地を踏みしめるたびに風が唸り、地表がわずかに陥没する。


 その姿を見た兵たちが、思わず息を呑む。


「……あれが、獣魔族の最強……」


 エルンの声に、わずかな震えが混じる。


「セリス、いけるか?」


 俺が問うと、セリスはぎゅっと柄を握りしめて頷いた。


「はい、カイン殿。ここで退けば、守るべきものを失います」


「……いい心構えだ。なら、こっちも全力でいくぞ」


 風がざわめく。


 グロムの瞳が俺たちを捉えた。


 次の瞬間、大地を割るような衝撃音が響く。巨躯が駆け出した。獣の咆哮とともに、戦場が揺れる——。

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