第64話 静けさの果てに、歩む先
王都の石畳が、足元に心地よい重みを伝えてきた。
幾日ぶりかに戻ったこの街は、相変わらず人の声と商人の掛け声に満ちていて、カラスの鳴き声すら懐かしく思えた。
俺たちはヴァルディスを討った後、残された影の残党を一掃し、遺跡の調査隊と引き継ぎを済ませて王都へ戻ってきた。
クリスタルの破片と、捕らわれていたエルフの記録、そしてヴァルディスが遺した魔術式の写し。
すべてがこの戦いの証となる。
ギルド本部に入ると、重傷から復帰したばかりのギルドマスター・ヴェルナーが迎えてくれた。
「戻ったか。……無事で何よりだ」
その目は、少しだけ赤かった。
「討伐は成功。核とおぼしきクリスタルは破壊、ヴァルディスは消滅。被害者の記録と証拠も確保しています」
俺が手短に報告すると、ヴェルナーは静かにうなずいた。
「……よくやった。お前たちがいなければ、この影の災いはもっと広がっていた。ギルドは今回の働きを、公式に記録として残す。王家からも、直接の表彰があるだろう」
それが終わると、俺たちは王都の王宮へと案内された。
第二王子レオンハルト・ロルディア殿下は、あの日のままの理知的な眼差しで俺たちを迎えてくれた。
「報告はすでにギルドより受けている。お前たちの働き、感謝する。……カイン、君たちは王国を救ったと言っても過言ではない」
「……ありがとうございます」
「この件に関わった貴族、影魔術に加担した者たちについては、我が手で粛清を進めるつもりだ。だが、お前たちは……少し休むべきだろう」
そう言われて、俺はようやく背負っていたものが軽くなった気がした。
――その夜
ギルド宿舎の屋上に腰を下ろしていると、静かな足音がした。
隣に座ったのはエルンだった。風にそよぐ淡い髪が、月明かりに溶け込んでいる。
「カイン、おつかれさま。ほんとに、全部……終わったんだね」
「そうだな。……実感がわかないくらいには、色々あったけど」
エルンは軽く笑って、視線を空に向けた。
「ヴァルディスは、静けさを求めていたんだね。でも、命を止めてまで得る平穏なんて、私は……好きになれないな」
「ああ。俺もそう思う」
星のない夜空が、静かに広がっていた。
続いて現れたのはルナ。人の姿で小さな包みを抱え、ふわりと俺の膝に腰を下ろす。
「カイン、おやつもってきた! がんばったから、ごほうび!」
「結局それか……まあ、ありがとな」
「うん! ルナもいっぱいがんばった!」
その笑顔は、どこまでも無邪気で、でも確かに強くなっていた。
少し遅れて、セリスも屋上に現れた。手には温かい紅茶のカップが二つ。
「私からも。……皆さん、お疲れ様でした」
「セリスこそな。よくあんな化け物と盾構えて立っていられたな」
「ふふっ……カイン殿のおかげで、恐れる暇もなかったのかもしれません」
誰も欠けずに終えられた戦い。それが、何よりの奇跡だった。
夜が更け、屋上の空気も少しずつ冷えてくる。
「ねえ、カイン。これから、どうするの?」
エルンがぽつりと問う。
「そうだな……まだ決めてない。でも、このまま何もせずにはいられないだろうな。今までみたいに旅をしながら、人を助けて、戦って……それが、俺のやれることだと思う」
皆、静かにうなずいた。
「ルナもいくー! ぜったいいくー!」
「私も、同行させていただきます」
「じゃあ、また四人で……出発、ですね」
その瞬間、ふと頭の中に、冗談めいた口調で声が響いた。
『まったく、面倒見が良すぎるのではないか、カインよ』
「……カイランか。出てくるの、遅いよ」
『私が知恵を貸すまでもなく、正しい道を選んだな』
「そうか?」
『ああ。ヴァルディスの誘いにも乗らず、誰も見捨てなかった。何より、同胞の悲劇を止めたのだからな』
ほんの少し、胸の奥が温かくなる。
「じゃあ……これからも一緒に頼むよ、賢者カイラン」
『もちろんだ。ようやくお前に興味を持ち始めた』
(長命のエルフってやつはこれだから……)
振り返れば、俺、竹内悟志は――。
50代で、何も成せず、終わったと思っていた。
だが、今は違う。この世界で、俺は生きている。
「——ああ、行こう。また、世界のざわつきの中へ」
その声に、仲間たちが笑った。
第二章・完




