第62話 襲い来る影
ヴァルディスの宣言とともに、空間が震えた。
祭壇を中心に広がる黒の魔法陣が、高く唸り声のような音を響かせて脈動する。
空間を満たす影が生き物のようにうねり、影の雨が降り始めたようにも見えた。
「来るぞ!」
俺がそう叫んだ瞬間、四方から黒い触手が伸びてくる。
それは地から生え、天から落ち、俺たちを包み込もうと襲いかかる。
セリスが前に出て、盾で一本を弾いた。
「カイン殿、まずは周囲の影兵を減らしましょう!」
俺たちを包囲するように立ち現れたのは、半実体化した影兵たち。仮面の男が操っていたものよりも大型で、より濃く、凶悪な魔力をまとっている。
「ルナ、感知を!」
「うん——ソリュ・ミナ・フェイ、リュン……《感知の魔眼》!」
ルナの額に光が灯り、空間に幾つもの気配の流れが浮かび上がる。
「右に三体、左に二体……でも、奥にいるのが本体っぽい! ヴァルディス、じっとしてるけど、何か溜めてる!」
「なら、その前に倒す!」
セリスが左へ駆け、二体の影兵に斬りかかる。盾と剣のコンビネーションで押し込んでいく姿は、まさに最前線の壁だった。
俺は逆方向へ動き、水の魔力を集中させる。
「ウンディーヴァよ、蒼き閃光を放ち、敵を撃て——《蒼閃》!」
青白い斬撃が一直線に走り、影兵の中心を貫く。
影の体が歪み、砕け、光の粒となって消滅していった。
「エルン、援護!」
「了解。イルディアよ、終わりの光で焼き尽くせ——《終光》!」
紫外線のように不可視の光線が、敵の魔力の中枢を焼き切る。
影兵の一体が動きを止め、崩れ落ちた。
「順調だ……!」
そう思った次の瞬間だった。
「——終わりだと思ったか?」
ヴァルディスの声が空間全体に響いた。
ヴァルディスはクリスタルに手をかざし、その内にある魔力ごと体内に吸収するような動きを見せる。
すると影が渦を巻き、ヴァルディスを覆い尽くす。
次の瞬間、ヴァルディスの体が、禍々しい異形へと変貌した。
頭部からは角のような黒い煙が立ち上がり、下半身は影そのものとなって空間を滑るように浮かんでいる。
そして背中からは無数の触手が生え、まるで意志を持っているかのように蠢いていた。
「静寂の完成を邪魔する者ども。消えよ」
「そっちこそ、消えろ!」
俺たちは距離を詰める。
セリスが先陣を切り、ヴァルディスの本体へと盾を構えて突っ込む。
「この盾で、影なんて打ち払ってみせる!」
しかしヴァルディスの一撃は重かった。
空中から落とされた影の刃が、セリスの盾をたたき落とし、彼女の体を後方へ吹き飛ばす。
背中から倒れ込んだセリスは、すぐに起き上がろうとしたが、衝撃で腕がしびれていた。
「っ……重い、魔力の質が変わってる……!」
「セリス!」
俺が駆け寄ろうとした瞬間、ルナが叫んだ。
「まってカイン! ヴァルディス……さっきとちがう!」
ルナの《感知の魔眼》が、異変を察知していた。
「魔術の核が、ヴァルディスの中心にある! 胸のあたり、そこが……! 何かとつながってる!」
「つまり、核を壊せば……!」
「うん、力が弱まるか、あるいは!」
その言葉に、俺の中に策が閃いた。
俺たちがこれまで戦ってきた相手は、どれも影の魔法に依存していた。ならば、その力の中枢に直接干渉できれば、いかに不死を謳う相手でも揺らぐはずだ。
俺はエルンを振り返り、素早く指示を飛ばす。
「エルン、セリスを援護。回復を頼む。ルナ、俺と一緒に接近するぞ!」
「了解っ!」
「わかりました!」
俺たちは動き出す。
次の一撃で、すべてを終わらせるために——。




