第59話 テュールの墓標
朝焼けに染まる空の下、俺たちはギルドを発った。
目的地はテュールの墓標。スレイン丘陵の北の山林地帯に隠された古の遺跡。かつて王家直属の魔術師たちが禁術の研究を行っていたとされ、長らく封鎖されてきた場所だ。
「……空気が重い」
セリスがつぶやく。
見上げた空には雲ひとつなく、風もないのに、肌を撫でる感触はどこか湿っていた。
ルナがぴたりと立ち止まる。人間の姿になってから数日、すっかり少女としての動きに馴染んでいたが、その耳は今も鋭く反応する。
「においがする。魔法のにおい。強くて……壊れかけてる」
「魔力の残滓か……先行パーティーの痕跡かもしれないな」
俺たちは徒歩での進軍だった。馬を使えば速いが、遺跡周辺の地形があまりに入り組んでいるため、騎乗では逆に危険が多い。
昼をすぎた頃、古木に囲まれた谷底にぽっかりと開かれた岩の裂け目が見えてきた。
「……あれが墓標の入口か」
自然のものとは思えない、切り裂かれたような岩の口。そこから、ひんやりとした気配が流れ出ている。
遺跡の入口付近には戦闘の痕跡が生々しく残されていた。
砕けた魔石、焼け焦げた地面、折れた槍。散乱する破片にただならぬ激戦の気配が漂っている。
「……ここで、一戦あったみたいね」
セリスが折れた剣を拾い上げる。刃の表面には黒ずんだ魔力のこびりついた跡があり、並の魔物ではない何かと交戦した痕跡を物語っていた。
「でも、遺体はない。……中に運ばれたか、もしくはまだ戦ってるか」
俺たちは警戒を強めつつ、墓標の内部へと足を踏み入れた。
石造りの通路は冷たく湿っており、天井の低さと、所々崩れた柱が圧迫感を与えてくる。
「……これは……」
エルンが壁に残された魔術式を見つめ、声を漏らす。
「封印結界の残骸……でも一部、わざと破られてるわ。内部から誰かが、中の何かを解放したのかも」
「ヴァルディスの仕業……かもしれないな」
通路を進むごとに空気はさらに濃く、重くなっていく。
時折、遠くで何かが打ち鳴らされるような鈍い音が響いた。
「戦ってる音……?」
ルナが耳をすませる。
「うん。遠くに人の気配……いくつか。でも、その手前に、怪我した気配がある」
言葉を交わさずとも、皆の足が速くなった。
奥へ進んでいくと、半崩れの階段の先、小さな広間の隅に人影がうずくまっていた。
「……! 誰かいる!」
セリスが駆け寄ると、そこには肩から血を流し、壁にもたれかかる男がいた。顔色は悪く、呼吸も浅い。
エルンがすぐに詠唱を始めた。
「光の精霊リュミエールよ。我が魔力を代償とし癒しの光で命をつなげ——癒しの光!」
温かな光が男の身体を包み、わずかに表情が和らぐ。
「……あんたら、ギルドの……?」
「ああ。王都からの討伐隊だ。ここで何があった?」
男は苦しげに喉を鳴らしながら答えた。
「遺跡の中……ヴァルディスの手勢がいた。仮面の術師と異形の影……あいつら、俺たちの動きを読んでいたようだった……」
「仲間は?」
「……中に……まだ戦ってる」
それだけ言って、男は眠るように意識を失った。俺は仲間たちを見渡し、即座に決断した。
「急ぐぞ。仲間が危ない」
三人は無言でうなずいた。
さらに通路を進み、奥の広間へと続く回廊へ差しかかる。そして、次の瞬間——。
爆ぜるような魔力の音と悲鳴が響いた。
「来てる!」
セリスが叫び、俺たちは駆け出す。
広間へ飛び込んだ瞬間、そこには混沌とした光景が広がっていた。
魔法陣が半壊し、血にまみれた戦士たちが倒れている。
その中の一人が今まさに、黒い触手のような影に絡め取られようとしていた。
「エルン!」
「光の精霊ルミナよ、我が魔力を代償とし聖なる光の矢を放て——聖光の矢!」
閃光が走り、影を焼く。
「セリス、左から!」
「了解!」
剣がうなり、残された触手を切り裂く。
「水精レヴィアよ! 我が魔力を代償とし流転の鎧で動きを封じろ——流転の雫!」
濃密な水球が影を包み、動きを鈍らせた。その隙にルナが負傷者を抱えて後退する。
「大丈夫、まだ息ある!」
「よし、あとは——」
「俺たちが食い止める。お前たちは仲間を外へ!」
俺は剣を抜き、前へ出た。
影がうねりをあげて、こちらへと殺到してくる。
「終わらせるぞ!」
「はいっ!」
「承知しました!」
「ルナも、いくよっ!」
四人が結束し、影の脅威に立ち向かっていく――。




