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第58話 出発の朝、揺るがぬ決意

 ギルド本部の会議室。その空気は静まり返っていた。


 木製の重厚な扉の奥、ヴェルナーは包帯姿のまま椅子に腰かけ、重苦しい視線を俺に向けている。その手には、第二王子レオンハルト殿下から届いた封書があった。


「……出たか、王家からの許可」


「正式にテュールの墓標の調査と、ヴァルディス討伐が認められた。レオンハルト殿下が、なんとか繋ぎ止めてくれたそうだ。だが……軍を動かすのは、やはり難しかったようだ」


 ヴェルナーは一息ついてから、続けた。


「代わりに、他地域のギルドに討伐協力を依頼したらしい。すでにいくつかのパーティーが先行して墓標へ向かい、道を切り開いている」


「そうか……始まったんだな」


 俺の心に焦りはなかった。ただ、いよいよだ、という実感だけがあった。


「先行部隊は、ヴァルディスを追い詰めつつある。しかし……奴はしぶとい。負傷者も多く、戦況は拮抗しているとのことだ」


「となると、俺たちは決定打を狙う部隊、ということですね」


 ヴェルナーはゆっくりと頷いた。


「出発は明朝だ。今日一日は準備に充てろ。心身ともに整えておけ、カイン」


「了解です」


 そう答えた俺は、静かに会議室を後にした。


 演習場では、エルンが《終光ラスト・レイ》の安定放出の訓練を続けていた。


 紫外線の束をイメージし、手のひらに光を収束させて的に照射。小さな石を瞬時に焼き尽くすたび、周囲の空気がぴりりと緊張する。


「……安定してるな。威力も申し分ないよ」


「ありがとう、カイン。イルディアも、静かに見守ってくれてる感じがするの」


 隣で見守る俺に、エルンがうっすら微笑んだ。目に宿るのは、迷いのない光。彼女の光はきっと影を退けるだろう。


 一方、訓練場の隅では、セリスが木人を相手に《音消ミュート》の詠唱簡略化に取り組んでいた。


 剣先で相手の口元を的確に示し、「音を断て——《音消》!」と短く唱える。風の精霊シルフィードとすでに契約を交わしたことで、必要な魔力の供給と制御はできているようだった。


「これで、詠唱者の口を封じる速度、もっと上げられそうです」


「うん。完璧だよ、セリス。敵の魔術師が相手なら、初動を止められる」


 その言葉に、セリスは小さく頷き、剣を肩に担いだ。


「……賢者様。どこまでも、ついて参ります」


 その短い言葉に、俺は静かに応えた。


「ありがとう。頼りにしてる」


 そして、ルナ。


 人の姿になってからというもの、彼女は文字通り目を見張るほどの変化を見せた。


 自作の木の剣を振り回し、エルンに魔力の集中の仕方を尋ね、セリスの盾を借りてバランスを取る。


「ルナも、ぜんぶやる。剣も、まほうも、がんばる!」


 キツネの頃のたどたどしさは消え、今では流暢な口調で笑いながら駆け回る。


 そんな姿に、エルンとセリスも驚きを隠せなかった。


「……ほんとに、ルナなの?」


「うん、ルナだよー!でも今は人間バージョン!」


「不思議なこともあるのですね……でも、なんだか嬉しいです」


 セリスが柔らかく笑い、エルンも「よしよし」と頭を撫でた。


 こうして、俺たちはひとつの形としてまとまりつつあった。


――夜


 演習場の端、誰もいない小高い丘に立ち、俺は夜空を見上げていた。


 この空の下で、いったいどれだけの命が奪われ、守られてきたのだろう。


 あの丘陵で、仮面の男を前にしたとき。

 影の異形がヴェルナーたちを襲ったとき。

 仲間たちの力がなければ、俺は今ここに立っていない。


「……命を預かってるんだ、俺は」


 誰に聞かせるでもなく、独り呟く。


 50代で無職だった男が、異世界で仲間を持ち、命を背負って戦っている。

 今の俺は、かつての竹内悟志ではない。異世界アルヴェントで、カインとして生きているんだ。


「やれることは、全部できたかな……」


 そう呟いた俺の背に、軽い足音が近づいてくる。


 振り返ると、エルン、セリス、ルナ——仲間たちが集まっていた。


「そろそろ休まないと、明日は出発ですよ」


「そうだね。ぐっすり寝て、戦いに備えなきゃ!」


 ルナが満面の笑みで腕を振り上げた。


「……明日は誰一人欠けることなく、帰ってこよう」


 その言葉に、三人は静かに頷いた。


 いよいよ、封じられた聖域——テュールの墓標へ。


 ヴァルディスとの対決が迫る。

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