第41話 影の巣窟を暴け
ロルディアの市場を離れ、俺たちは尾行者から聞き出した「市場の外れの酒場」へと向かっていた。
夜の帳が下り始め、通りの明かりが次第に灯る。酒場が集まる通りには、既に酔客がちらほらと現れ、騒がしい声が響いていた。その中に目的の店——隠れ家のようにひっそりと佇む一軒の酒場があった。
「ここが例の店ね……」
エルンが静かに呟きながら、店の周囲を警戒するように見回す。
「かなり目立たないな。まるで、わざと客を寄せ付けないような作りみたいだ」
俺が店の看板を見ながら言うと、エルンは少し考えるように言葉を続けた。
「ただの酒場にしては、人の出入りが少なすぎるわね……それに、あそこ」
エルンが視線で示した先には、黒ずくめの男たちが数人、酒を飲み交わしているのが見える。
「彼ら、ただの酔っ払いじゃないわね。言葉の端々に、妙な緊張感があるわ」
「ん……中にいる……怪しいひと」
ルナが鼻をひくつかせながら、低く囁いた。
「間違いない、奴らが情報を売る相手だろうな」
俺はじっと様子を窺った。彼らの会話ははっきりとは聞こえなかったが、その視線や態度からして、ただの客ではないことは明白だった。
「どうする? 直接話を聞く?」
エルンが提案するが、俺は首を横に振る。
「いや、ここで騒ぎを起こすのは得策じゃない。奴らの目的を探るためにも、尾行してアジトを突き止める方がいい」
「……そうね。それなら、慎重にいきましょう」
エルンも同意し、俺たちは酒場の外で様子を伺うことにした。
しばらくすると、黒ずくめの男たちは会計を済ませ、店を出た。彼らは周囲を警戒するように辺りを見回しながら、通りの奥へと進んでいく。
「よし、尾行開始だ」
俺たちは慎重に距離を取りながら、彼らの後を追った。
男たちは路地を抜け、さらに暗い裏通りへと入っていった。
「こっちは街の外れ……人気のない場所に向かっているわね」
エルンが小声で言う。
「間違いない、アジトに戻るつもりだ」
俺は確信し、歩調を合わせる。
やがて男たちは、朽ち果てた倉庫のような建物の前で立ち止まった。彼らの一人が何か合言葉のような言葉を口にすると、扉が軋みながら開かれる。
「……ここが奴らの拠点ね」
エルンは声を潜めながら言った。
俺たちは倉庫の裏手へと回り、様子を伺った。
「どうするの? このまま様子を見る?」
エルンが問いかけると、俺は微かに笑った。
「いや、奇襲をかける。俺たちが先手を取れば、混乱の中で情報を得られる可能性が高い」
「奇襲……確かに、まともに戦えばこちらの数が不利だものね」
エルンが即座に考えを巡らせる。
俺は短く指示を出した。
「まず、俺が正面から注意を引く。その隙にエルンは風魔法で攻撃し、ルナは小さな火を使って敵の意識を散らすんだ」
「わかったわ。準備するわね」
「ルナ、できるか?」
「うん……まかせて」
俺たちはそれぞれの位置につき、奇襲の準備を整えた。
俺は倉庫の扉を力強く蹴り開ける。
「よぉ、楽しそうだな?」
「な、なんだ!?」
内部には十数人の男たちがいた。彼らは驚き、一斉に武器を手にする。
「侵入者だ! 殺せ!」
男たちが一斉に襲いかかる——しかし、次の瞬間。
「疾風の精霊シルフィードよ! 我が魔力を代償とし、この場に吹き荒れよ! 烈風の刃!」
エルンが鋭い風の刃を放つ。空気を裂く音と共に、敵の剣が弾かれた。
「ルナ、今よ!」
ルナが口元を開き、小さな火球をぽんっと放つ。それは敵の足元で炸裂し、一瞬だが視界を奪った。
「ぐっ、何だ!?」
その隙に、俺は素早く間合いを詰め、敵の一人の腕を掴むと、体重を乗せて投げ飛ばした。
「ぐあっ……!」
倒れた男の武器を素早く蹴り飛ばし、別の敵の懐へと入り込む。短剣を抜き、鋭く振るうと、男の腕をかすめた。
「くそっ……こいつ、ただの冒険者じゃねぇ!」
敵の一人が叫ぶが、俺は動きを止めない。
「もう抵抗しないほうがいいわ。あなたたちが何をしていたのか、すべて話してもらうわよ」
エルンが静かに言うと、敵の一人が恐怖に怯えながら呟いた。
「……俺たちは……ただの運び屋だ……上の命令でエルフを運んでただけだ……」
「上?」
「俺たちも詳しくは知らねえ……だが、貴族の連中と繋がっているのは間違いねぇ……!」
「貴族……!」
エルンが表情を険しくする。
「つまり、私たちが探している黒幕に近づいたということね」
「あなたたちの仲間を生きて返してほしいなら、協力するのが賢明よ」
エルンが静かに言うと、男たちは怯えながらも頷いた。
こうして、俺たちは貴族が使役する組織のアジトを壊滅させ、エルフ誘拐の裏に貴族が関与しているという新たな手掛かりを掴んだのだった。




