第42話 グレイヴナーの陰謀
俺たちは壊滅させた組織のアジトを捜索し、重要な証拠を発見した。
「これは……決定的な証拠だな」
俺は文書を広げながらエルンと視線を交わした。
記録には影の魔法の研究においてエルフの生命を代償としていることが明確に記されていた。さらに、そこにはグレイヴナー伯爵という貴族の署名があり、関与を否定する余地はなかった。
「この証拠があれば、エルフが狙われている理由に説明がつく……!」
俺たちはすぐにギルドへと向かい、ギルドマスター・ヴェルナーに報告した。
「ほう……」
ヴェルナーは文書にじっくりと目を通し、鋭い眼光を向けた。
「……これは大したものだ。グレイヴナー伯爵の首を確実に絞め上げられる代物だぞ」
彼は重厚な木製の机に文書を叩きつけ、ギルドの者たちに指示を出した。
「この証拠を貴族会議に提出する。ルドヴィク・ファーレンハイト伯爵を通じて、グレイヴナーの処罰を求める動きを進める。王都の腐りきった貴族どもも、これを無視することはできんはずだ」
俺は安堵し、エルンと共にうなずいた。
ギルドマスターであるヴェルナーが動いてくれるのなら、これほど頼もしいことはない。
しかし、彼らはまだ知らなかった。グレイヴナー伯爵がこの一報を受け、即座に反撃することを——。
その日の夜、グレイヴナー伯爵の私邸では貴族や役人たちが密かに集められていた。
「証拠が出た、だと……?」
グレイヴナー伯爵はワイングラスを握り締め、苛立たしげにつぶやいた。
「ギルドめ……余計なことをしおって」
彼の周囲には自身の影響力を受けた貴族たちが居並び、静かに耳を傾けていた。中にはすでに彼の金で買収され、忠誠を誓っている者も多い。
「心配はご無用です、伯爵。証拠などいくらでも覆せます」
そう言ったのは王都の行政を担う役人の一人であり、伯爵の息のかかった者だった。
「ギルドが提出した証拠はカインとやらが捏造したものだと貴族会議に訴えましょう。彼らは突然現れた宿無しのエルフと、その仲間にすぎません。王都の秩序を乱す危険分子と見なせば、会議の流れをこちらに引き寄せるのは容易いでしょう」
「ふむ……」
グレイヴナー伯爵はワイングラスを傾けながら、考え込むように目を細めた。
「ならば手を打つとしよう。王都の貴族たちに私の意向を伝えろ。カイン一行は危険な異端者であり、王都の平和を乱す者たちだとな」
貴族たちは一斉にうなずき、次々と会場を後にした。
「カイン……貴様の浅はかさが、どれほどの代償を生むのか思い知るがいい」
グレイヴナー伯爵は嗜虐的な笑みを浮かべ、ワイングラスをゆっくりと傾けた。
とぷり、とぷりと、深紅の液体が床の絨毯に吸い込まれ、どす黒い染みが広がっていく。彼はその様を、いずれカインの体から噴き出す鮮血と重ね合わせ、愉悦の声を漏らした。
「王都での秩序を乱す者に、逃げ場などないのだからな」
***
翌日、王都では異変が起きていた。
「ギルドに王都兵が向かっている!」
ギルド内に駆け込んできた一人の冒険者が、息を切らしながら叫ぶ。
ヴェルナーは眉をひそめ、俺たちに鋭い視線を向けた。
「どうやら、貴族会議で奴の策が通ったようだな。カイン、お前たちを拘束するための兵が差し向けられた」
「なんだって……!?」
俺は拳を握りしめた。貴族たちの策略によって、自分たちが悪者にされたというのだ。
「悔しいが、ここで戦えばギルドごと巻き添えを食らう。今は逃げるしかない」
ヴェルナーはすぐさまルドヴィク伯爵に連絡を取り、伯爵に手配してもらった馬車へと俺たちを案内した。
「城壁の外までの道は確保してある。だが、のんびりしている暇はない。すぐに出ろ」
「ヴェルナー……助かるよ」
「礼なら生き延びた後に言え。俺は俺の仕事をするだけだ」
俺たちは馬車に飛び乗り、王都を離れた。
城壁の外に出ると、背後には王都兵が迫っていたが、ヴェルナーの手引きにより追撃を振り切ることができた。
「……ここまで来れば、ひとまず安全でしょう」
エルンが息を切らしながら周囲を警戒する。俺は馬車の揺れから解放されたものの、精神的な疲労でその場に座り込みたかった。
(エルフェンリートの森から追放され、王都からも追放……俺って、本当に人付き合いが下手なんだろうか……)
そんな虚しさを抱えながら、俺は静かに天を仰いだ。だが、感傷に浸る時間は長くはなかった。俺たちは今や、ただの旅人ではない。「王都を乱した罪人」として追われる身なのだ。
「カイン、今後のことを決めないと」
エルンの言葉に俺は我に返る。
「ああ。目的地はエルンの親友がいるという、フェルシアの里。だが、街道をまっすぐ進むのは危険すぎる。グレイヴナー伯爵の手の者が、すでに関所や宿場に手配を済ませている可能性が高い」
「……どうするの? 山の中……歩く?」
ルナが不安げに尋ねる。彼女のふさふさの尻尾は心なしかしおれているように見えた。
「その方が安全だ。時間はかかるが追手の目を逃れられる」
こうして、俺たちの本当の意味での逃亡生活が始まった。
日が暮れると、俺たちは火も起こさず、身を寄せ合って冷たい夜気をしのいだ。食料はヴェルナーが持たせてくれた干し肉と硬いパンだけ。それも日に日に減っていく。昼間は獣道を歩き、ぬかるみに足を取られ、夜は岩陰で仮眠をとる。その繰り返しだった。
「……お腹、すいた……。道、合ってる?」
三日目の朝、ルナが力なくつぶやいた。
「大丈夫よ、ルナ。エルフは星の配置で方角を読めるから。道は間違わないわ」
エルンは気丈に振る舞っているが、その顔にも疲労の色は隠せない。
「……少し、食料を調達するか」
俺は立ち上がり、周囲の森を観察した。
「このキノコは食べられるはずだ。こっちの木の根も、ちゃんとアク抜きすれば……」
食用可能な植物をかき集め、ささやかながらも温かいスープにありつけたとき、俺たちは心の底から安堵した。
***
そんな生活が数日続いたある日の午後だった。
「……カイン、人いる」
先行していたルナが、ぴたりと動きを止め、低い姿勢で茂みに隠れた。ルナの耳が緊張にピクリと動いている。
「どうした?」
「……人、たくさん来る」
俺たちは即座に近くの窪地へと身を伏せ、息を殺した。やがて、鎧の擦れる音と共に兵士の一団が通り過ぎていく。
「……見つからなかったか。例のエルフたちは」
「ああ。だが、この先の村には見張りを置いてある。いずれ姿を現すはずだ」
「見つけ次第、捕らえよとのお達しだ。なんでも、王都を狙う危険な存在だそうだ」
「生け捕りにすれば懸賞金が出るともな……」
兵士たちの会話が風に乗って俺たちの耳に届く。背筋が凍るような思いだった。グレイヴナーの策謀は俺たちを国家の敵へと貶めていた。
彼らが通り過ぎた後、エルンが青ざめた顔でつぶやいた。
「……フェルシアの里にこのまま向かうのは危険すぎるわ。私たちのせいで里が巻き添えになるかもしれない」
「ああ、分かってる。里には極力迷惑がかからないように忍び込む形をとろう」
俺たちは不安を胸にフェルシアの里の境界線を目指して、再び歩き出したのだった。




