第38話 揺れる護衛任務
森を抜け、再び街道に合流した俺たちは、敵の撤退後も周囲の警戒を緩めることなく、静かに商隊へと戻っていった。
だが、戻ってみれば、そこにあったのは——別の意味での緊張だった。
「お、おい……あいつら、無事で戻ってきた……」
「いや、それより……さっきの敵、あいつらのこと狙ってたんじゃ……?」
従者たちの視線が、あからさまに変わっていた。
恐れ、距離感、警戒。
護衛として迎えられた俺たちは、いまや厄介ごとを引き寄せる存在として見られていた。
「戻ったぞ」
俺は短く言って馬車に近づくと、商人ハインズがぎこちなく笑みを作った。
「……無事で、なによりだ」
その言葉の裏には、帰ってきたなという意味がにじんでいた。
「敵は姿を消した。だが次があるかもしれない」
俺は馬車の周囲を一瞥して続けた。
「すぐに出発した方がいい。ここに長居はできない」
「……わかった」
ハインズは短く頷いたものの、目を合わせることはなかった。
馬車が再び動き出す。
しかし、その空気は重かった。従者たちも口を閉ざし、誰一人として雑談すら交わさない。
「……わかりやすいほど、避けられてるな」
俺は苦笑混じりに呟いた。
「まあ、当然といえば当然ね」
エルンは淡々と答える。
「護衛のはずが、危険を呼び寄せている。そう思われても仕方ないわ」
「でも、カイン、わるくない……」
ルナが小さな声で抗議のように言った。
「よくない、にんげんのにおいがした……あいつらが、わるい……」
その言葉に、俺も少し救われた気がした。
「……ルナの言う通りだ。俺たちはただ、生きてるだけなのにな」
やがて、森の木々が開け、目的地——ノルハイム村の集落が視界に入った。
「ついた……か」
ハインズがぼそりと呟き、馬車が停止する。
従者たちが荷の点検を始める中、俺たちはひとまず護衛の任務が完了したことを確認するため、ハインズに声をかけた。
「ここまでが依頼だったはずだ。問題なければギルドで報酬を受け取る」
「……ああ、そうだな」
ハインズはどこか気まずそうに頷く。
「ロルディアに戻ったら、ギルドに報告する。今後の対策も必要だ」
「……ああ。考えておくよ」
その答えに、俺は違和感を覚えた。
考えておく——あまりにも曖昧すぎる。
まるで、これ以上関わりたくないと言っているようだった。
俺たちは敵から守った。護衛は果たした。
にもかかわらず、向けられるのは感謝ではなく——拒絶に近い視線だった。
「……変わったな」
俺は馬車を見送りながら呟く。
「ええ。私たちの立場がね」
エルンもまた、肩越しに視線を向ける。
「このままだと、ギルドの中でも立ち位置が微妙になるかもしれないわよ」
「わかってる。だからこそ……」
俺はゆっくりと、確かめるように言葉を紡いだ。
「この状況の裏に、何があるのかを突き止める必要がある」
エルンが頷く。
「敵の動きは明らかだった。目的は私たち……エルフの身柄」
「しかも、撤退命令が出ていた。誰かが指揮してる」
「狩られてる……そんな感じ……」
ルナの声が、霧のように残る風に消えた。
俺たちの周囲には、まだ明かされていない意図が渦巻いている。
その正体は見えずとも——確実に、どこかで、世界がざわつき始めていた。




