第32話 仕掛けられた牙
「エルフの男に、女一人とキツネ一匹……なるほど、話が本当なら上玉だな」
先に踏み出した男が、品定めするような目でこちらを見据えてくる。
もう一人は口を開かず、ただじりじりと間合いを詰めていた。
その動きは素人ではない。短剣の持ち方と足運びに、ある程度の訓練を受けた跡が見える。
「名乗りは?」
俺が問うと、男は鼻で笑った。
「名乗るような立場かよ。こちとら、買い手の注文で動いてるだけだ」
「……買い手、ね」
エルンが目を細め、呟くように言った。
「つまり、あなたたちは組織に属している。個人の野盗ではない、裏の連中……」
「察しがいいな、嬢ちゃん。でも、知ってもらっては困るんでな——」
男が短剣を構えると同時に、もう一人が背後から斜めに飛び込んできた。
「——ッ!」
咄嗟に振り向き、短剣を交差させて受け流す。
衝撃が腕に響く。重い、そして速い。
正面の男も間合いを詰めてきた。
「カイン!」
エルンが叫び、同時に詠唱を始める。
「疾風の精霊シルフィードよ! 我が魔力を代償とし、斬り裂け——《烈風の刃》!」
鋭い風の刃が一直線に走り、正面の男の頬をかすめる。
「ちっ……魔法持ちかよ!」
一歩後退しながら叫ぶが、もう一人は怯まず再度突きを繰り出してくる。
「お前ら、想像以上に……」
——速い!
俺は踏み込みに合わせて重心を落とし、逆手に持った短剣で軌道をずらす。
そのまま相手の脇腹へ肘を叩き込む。
「ぐっ……!」
男は呻き、バランスを崩す。
そこへ木の上から声が落ちる。
「いま!」
叫びと共に、枝から飛び降りてきたルナが男の顔めがけて火の玉を放った。
即席の火炎魔法は小規模ながら、視界を覆うには十分な閃光となった。
「っつぅああああ!」
目を押さえた男に、俺は容赦なく拳を叩き込んだ。
「っ——がっ……!」
そのまま、膝が崩れる。意識を失ったことを確認し、俺は息を整える。
一方、風の刃を受けた男も、傷を押さえながら距離を取っていた。
「やりやがったな!」
男は悔しげに睨みつけたが、すぐに背を向けて森の奥へと走り去る。
エルンが追おうとするが、俺は首を振る。
「行かせてやれ。あいつら、何か上の指示で動いてる。これ以上は危険だ」
「……そうね。深入りは避けるべきね」
エルンは納得し、視線を落とす。
一方、ルナは足元にぴたりと寄り添ってきた。
「こわい……人、みんな、ねらってくる……」
「大丈夫。お前がいてくれて助かったよ、ルナ」
「えへ……」
俺は気絶した男の装備を確認し、簡素な装備品に混じって、上質な金の印章が縫い込まれているのを見つける。
「……これだ。やはりどこかの組織が動いてる」
「ロルディアで情報を集める必要があるわね」
俺たちは再び歩き出す。
目指すは、都市ロルディア。
そこには、追放された者たちが生きるための手がかりがあるはずだ。
だが、今や俺たちは誰かに値踏みされた存在でもある。
この世界は、思った以上に……ざわついている——。




