第30話 森を出て
エルフェンリートの森を背に、俺たちは人の国へと続く街道を踏みしめていた。
空は晴れていたが、胸の内に広がるのは未知への緊張だった。
——俺、カイン。
かつては人間の男、そして今は、エルフの姿でこの世界に立っている。
傍らには、銀髪のエルフ・エルン。そして、小さな魔法キツネ・ルナが寄り添う。
「このあたりからは、人の気配が濃くなってくるわ」
エルンが慎重に周囲を見渡す。
「エルフの姿は珍しいし、ましてや私たちは森を追われた者……護りもなく、狙われやすい存在よ」
「……物騒な話だな」
俺は木立の隙間から覗く空を見上げる。
「この世界では、生まれや種だけで価値が決められてしまうの。エルフは、美しさと長寿、魔力の素養を併せ持つ。……だから、商品になるの」
エルンの言葉は淡々としていたが、そこに込められた怒りと悲しみを感じ取れた。
「エルン」
「……ええ、私は大丈夫よ」
しかし、油断はできない。
森を抜けた今、ここはもう外の世界——命を守るためには、力も知恵も必要だ。
「におい……する」
ルナが急に立ち止まり、鼻をひくつかせた。
「人……いっぱい。こそこそ、してる」
「……つけられてる?」
「ええ、気配があるわ。私たちの動き、誰かが見ている」
まるでそれを裏付けるかのように、街道の先の茂みが不自然に揺れた。
何かが潜んでいる。——いや、誰かがだ。
「……進路を変えるわ。街道から逸れて、小川沿いに移動しましょう」
エルンは地図を広げ、小道のルートを指差した。
俺たちは草を踏み分け、小川のせせらぎが聞こえる静かな森へと足を進めた。
警戒しながらの行軍は、緊張感の中にも静かな連帯感を生んでいた。
「エルン、俺たちは、ただ逃げてるわけじゃない。きっと、意味のある道を歩いてる」
「ええ。私たちは、追放されたんじゃない。自由を得たのよ」
——その言葉が、旅の始まりを確かにする。
だが、俺たちの背後にはすでに牙を研ぐ者たちがいた。
茂みの奥、影に潜む者が静かに呟く。
「……奴ら、こっちに来たぞ」
「銀髪の女と、妙なキツネ。それに……男のエルフか。珍しい組み合わせだな」
「売り物としては上等すぎる。逃がすなよ」
知らず俺たちは、既に追われる側となっていた——。




