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50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく  作者: かわさきはっく
第一章 エルフの森の試練

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第29話 試練の終わり、そして旅立ち

 エルフェンリートの森の中央に位置するオルデリアの試練場。陽光が差し込む神聖な広場には、厳かな、それでいて張り詰めた空気が漂っていた。

 その中央に鎮座するのは、エルフの秘宝とされる巨大な結晶石。その表面は滑らかで、長い年月をかけて魔力を蓄えてきたため、通常の攻撃では傷一つつけることすら難しい。


 周囲を取り囲むのは、試練を見届けるために集まったエルフたち。ヴィンドール率いる保守派は厳しい視線を、エルンや若い世代は祈るような眼差しを、俺に向けていた。


 試練の課題は「エルフの魔法体系にない新たな魔法を生み出し、それを用いて結晶石に傷をつけること」。智慧ちけいと創造性の両方を求められるこの試練は、賢者として認められるための最後の関門だった。


「試練の内容は理解しているな?」


 審査官役の長老が、厳しい目を向ける。俺は静かに頷いた。


「……始めます」


 深く息を吸い、これまでの知識と経験を総動員する。カイランの記憶と俺自身の生きてきた世界の物理法則。それらを結びつけ、新たな魔法を構築する。


(ただ力任せの魔法ではダメだ……。この石に傷をつけるには、物理的な原理を応用するしかない)


 そう考えたとき、俺の脳裏に竹内悟志だった頃の記憶が浮かぶ。ウォータージェットカッター——水を極限まで圧縮し、高速で振動させることで金属すら切り裂く技術。これを、この異世界の魔法で再現できないか?


『水を刃のように操り、削り取るか……。面白い。お前の世界の理は、我らの魔法と根本から異なるようだ。試してみるがいい』


 カイランの声に後押しされ、俺は手をかざす。掌に魔力を集中させ、エルフたちが見守る中、青白く輝く、極細の水の刃が形成されていく。


「……行くぞ!」


 蒼く輝く刃が、結晶石に向かって放たれた——。

 しかし、次の瞬間、異変が起きた。


 ズズ……!

 水の刃が結晶石に触れる寸前、石の表面に一瞬だけ、黒く淀んだ紋様が浮かび上がった。そして俺の魔法は、まるで紋様に吸収されるかのように力を失い、ただの水蒸気となって消滅したのだ。


「……!?」


 俺は違和感を覚えた。確かに、魔法は発動した。しかし、何かに魔力を吸い取られたような感覚があった。


「ふん、やはり失敗か」


 その声は、ヴィンドールだった。彼は待ってましたとばかりに、冷ややかに呟く。


「結晶石に傷一つつけられないようでは、賢者の資格はないな!」


「やはり、高位エルフの器ではなかったということか」


 彼の言葉に呼応するように、保守派のエルフたちがざわつき始めた。


 ——違う。これは、ただの失敗じゃない。

 俺は確信していた。何者かが、この試練に細工を施している。


「試練は失敗と見なす」


 審査官が淡々と告げた、その瞬間。


「お待ちください!」


 エルンが声を上げた。


「これは明らかにおかしい! 今、結晶石に闇の術式の反応がありました! 何者かが試練に細工をしています!」


 しかし、ヴィンドールがそれを遮るように叫ぶ。


「見苦しい負け惜しみを言うな! 掟は絶対だ!」


「そうだ!」「異質な者を賢者にはできん!」「追放すべきだ!」


 保守派のエルフたちは勢いを増し、広場は混乱に包まれた。


「試練に失敗した者は、100年間の再挑戦を認めない。それが掟だ」


 審査官の非情な宣告に、エルンは怒りを露わにする。


「100年ですって!? 人間だったというカインにとって、それは一生と同じ時間ではありませんか!」


 だが、保守派は意に介さなかった。


「ならば、この森を出て、よそで力を証明するがいい」


 静寂が訪れる。その決定は、あまりにも理不尽で、政治的なものだった。


 俺は、静かに拳を握る。そして——顔を上げ、微笑んだ。


「100年も待つ気はない。俺は、俺のやり方ですぐにでも自分の力を証明する」


 その言葉にヴィンドールは鼻で笑った。


「ならば、その仲間も同罪だ。賢者を惑わせ、森の秩序を乱そうとした危険人物として、エルンストも共に追放処分とする!」


 その決定に、エルドレアが「待て、ヴィンドール!」と声を荒らげたが、もはや議会の空気は保守派に傾いていた。


「……エルン、すまない。お前まで巻き込んで」


「いいえ」


 エルンは俺の隣に並び、静かに、しかし強く言った。


「私は、カイラン様に仕えた者としてではなく、カイン、あなたを信じる者としてここにいます。それに……あなた一人をこのまま放っておくほど、私は冷たい女ではありませんよ」


 その言葉に、カインは苦笑する。

 そして、物陰からルナが駆け寄り、俺の足元にぴたりと寄り添った。


 こうして、カイン、エルン、ルナの三人は、森を追放された。

 だが、その背中には敗北の色はなかった。

 エルフェンリートの森を去る彼らの後ろで、ざわつくエルフたちの声と、そして、彼らの未来を案じるいくつかの温かい視線が、静かに見送っていた。


第一章・完

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