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66話

皇子を追い詰めていく。


 魔術に集中しながらシリウスに纏わせている風を操り、シリウスが攻撃をする。皇子の攻撃は全てシリウスには届く前に魔術で相殺される。


まだ魔術で空を飛ぶことに慣れておらず不安定さと重さが働いていないシリウスであっても、いつしかエリクの操作するタイミングに完全に合わせられる。


信頼している人間に身を任せ、任せられていることの安堵感。まるで何年も共に戦い肩を並べてきたかのような阿吽の呼吸は時間とともに磨かれ、向上していく。


魔術師という肩書きも、能力によるものではない。信頼関係、一人ではないことが、シリウスの戦意を昂らせているのだ。


「くそ! くそくそくそくそ! お前らごときに!」


 形勢が逆転していく。


 冷静さを欠き、魔術の精度が落ちつつ、闇雲な攻撃に切り替わった皇子は不利であることを認められないのか。


「かわいそうな人だ、貴方は!」

「なに?!」

「ああ、まったく!同意見だぜ!」

「貴方は一人だ!誰も協力してくれず助けてももらえない!」

「己の器量に過ぎた力を過信しているとそうなる!」


 シリウスの斬撃に、皇子は背をむける。追いすがる虫をエリクの魔術が焼き払う。


「ぼ、僕は国を継ぐ皇子として当然のことをしてきただけだ!」

「その結果がこれなんだ! 自分のことしか考えられない皇子がどうして国のことを考えられる! 人を苦しめることしかできない皇子に誰が忠誠を誓う!」

「忠誠などいらない!皆は僕に従うだけでいい!邪魔者は皆殺す!そうしなければ!」


もう言葉は無駄だ。


 届かないことなど承知済み。彼を変えられないのはわかりきっている。ただ否定せずにはいられない。


威勢と勢いが失われていき、発動する魔術が弱く、その数が減っていく。


「魔力が尽きてきたな・・・・・・当然か!」


 皇子はきっと、魔術で直接戦ったことがない。陰謀や罠を張り巡らすことに使ってはいても命のやり取りで魔術を用いたことは皆無。振るう魔術はたしかに目を瞠るほど強力で危険だ。しかし、虫を操りながら逃げることに、そして多大な魔力を消費する魔術を闇雲に放つことに終始していて、隙が大きい。


 現に体力を失っているだけではない焦燥と疲弊、げっそりとした土気色に脂汗塗れの肺に穴が空いているような呼気。魔力が枯渇している特有の反応を示している。


「もう貴方の負けだ!」

「黙れ!それ以上近づくと妹を殺すぞ!」


 あろうことか、皇子はクローディアを盾にした。不気味な笑いを上げるが、それは皇子のみではない。


「な、なんだ。何を笑っている?」

「まだ魔術の何たるかを知らねえからな」

「ぶ、侮辱するか!僕がどれだけ魔術を学んできたか!」

「だが、実践したことはねぇだろ。だから知ってたらそんな間抜けなことする」

「こ、このおおおおお!」


 大袈裟すぎるほどの大振り。手全体を覆う雷が直撃することはなかった。


 クローディアの周りを薄く、硬く操作した風が、皇子の雷を防いだ。激しく衝突する風と雷が爆発し、そして双方ともに弾かれた。


「気づかなかっただろ。そいつの体をこっそり風系統で覆っていたことにも」

「か、が」

「はああああああ!」


 仰け反った体を直す暇もなく、白刃が迫る。シリウスの剣が、皇子を斬り裂いた。

悲鳴も上げることなく、鮮血を振り撒きながら落下していく。伴ってクローディアから手を離した。


「きゃあああああ!・・・・・・あ?」


引かれるようにして落ちかけたクローディアを、エリクが抱きとめた。


「おっと、大丈夫か?」

「・・・・・・」

「怪我はしてないか?」

「………あの、貴方は?」


 他人を見る視線のクローディアに、鑪を踏みかけるほど落ち込むが、そういえば記憶を全て無くしているんだったと気を取り直した。


「悪いな、待たせた」

「?」

「俺のことはいい。だが、もう心配はねえ」

「・・・・・・」


 覚えていなくてもかまわない。そんなこと些細なことだ。


「助けられてよかった……」


 胸を締め付けられるが、そのまま地上へと舞い戻る。先に降り立っているシリウスを見つけると、クローディアはエリクを押しのけて駆け寄った。


「シリウス、シリウス!」


 うわああああん、と号泣しながら駆け寄るクローディアを受け止めるものの、つい尻餅をついた。


「大丈夫。もう大丈夫ですよ」

「ひっぐ、うぐ、うわあああああん!」

「随分懐かれたな」

「もしかして嫉妬しているのか?」


 ふふん、と優越感に浸るドヤ顔を見せるが、エリクは不愉快そうに横を向く。それが図星をさされていることにしか見えず、ニヤつきがとまらない。


「んなことより、皇子の奴は?」

「さぁ。どこだろう」

「呑気な奴だな。まぁ生きてるかどうかわからんが、たしかめておかねぇと」

「ああ。そうだな」


 呪いを解くために。当然二人の意見は一致しているはずだった。


「息の根をとめねぇと次はなにをするか………」

「な!?」


 だが、エリクは予想外のことを告げたのだ。


「こ、殺すのか?」

「当然だろ」

「で、でも呪いは――」

「あいつがいなくても俺が解ける。あいつの部屋にあった魔導書と血もあればいい。あいつ自体に聞きだす必要はねぇ」

「だ、だが―――」


 ああ、本気だ。エリクは本気で皇子を殺す気でいる。


「ダメだ………」

「あ?」

「ダメだ!」

「なにを――」

「シリウス?」


 ついエリクの腕に抱き着いた。そうでもしないと、是非を問わず本当に殺しにいってしまうだろう。


「あいつが生きていたら厄介だってわかんだろうが」

「ああ! そのとおりだ!」

「もしまたクローディアになにかあったらどうすんだ」


 ああ、彼は優しい。あくまでもクローディアのために殺すつもりでいるのだ。だけど、してほしくなかった。


「ここで皇子を殺せば、君も皇子と一緒になってしまうんだぞ!?」

「っっっ」

「君の魔術は人を傷つけるためのものか?!」

「・・・・・・」


逡巡するように、何かを吐き出したいのを堪えるように、皇子とシリウスを交互に、最後に怯えているクローディアを見て、ふっ、と力が抜けた。


「お前、よく許せるな」

「許したわけじゃない。ただ、罪を償わせたい。きっとそのほうがクローディア様も望まれるだろう」

「・・・・・・」

「な、なんだ?」

「お前は本当に凄いな」

「!」


 不覚にも、優し気な眼差しに囚われた。


「あ、ああ、ありがとう?」

「だが、よくお前あの状況で静かに待っていられたな」

君ならなんとなく打開策があるんじゃないかっておもってさ」

「そうか・・・・・・ありがとな」


 照れが混じった礼が、こそばゆい。胸の内側を直接擽られているようだ。


「あ、ああ・・・・・・だが、君も無事でよかった」

「ん、お前もな」


 短い受け答えのあと、急に涙が出そうになる。


 ホッとしたのだ。彼が生きていたことに。


 そして、穏やかな温もりが、とくんとくんと心臓に優しい鼓動を与える。


「だが、あいつを拘束するぞ。帝都に連れていかないといけねぇし」

「ああ、そうだな・・・・・・。クローディア様。もう少しのご辛抱です」

「?」

「って、そもそもここはどこだ?」


 見慣れた領地のどこにも当てはまらない鬱蒼とした木々に湖。皇子を追いかけているうちに、とんでもないところに降りたってしまったらしい。


「ここは、もしかしてあのときの森か?」


 夜の闇に包まれていたときと違い、明るい太陽に照らされていて一望できるので違和感はするが、言われてみれば、なんとなく見覚えがある。レイモンドと骸骨達に襲われた風景と、一致するのだ。


「あの馬車。見ろ。前に宮廷で俺達が乗ってた奴じゃないか?」

「え? あ、そういえば」

「こいつは、この馬車であちこち転移してたのかもな」


 馬車をくまなく散策すると、記憶と一致する。もしかしたら、これですぐに帝都に戻れるかもしれない。転移のための魔法陣を解析し尽くすのは後回しにするとして、皇子を探す。


「クローディア様?」


 矢先、クローディアがある一定の方向をずっと眺めている。


「あっち………」

「え?」

「なんだ、どうした?」

「あっちになにかある………」


 あどけなさが、人間味が一切消えた表情で指をさす。方向をたしかめる前に、歩きだしたクローディアに付いていく。


 まるでなにかに引き寄せられているようだった。


 

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