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65話

 蟲が、シリウス目がけて殺到する。身を伏せ回転し、斬り倒す。倒したかどうか確かめることもせず、王子へと走る。


「はあああああ!」


 振り下ろした剣が皇子に触れることはない。消えた彼を探すより先に虫に取り囲まれる。


「ははははは!」


皇子が、宙に浮いている。いつだったかエリクがやっていた魔術を身に纏う方法をしているのだろう。そのまますぃ~~~、と空中を闊歩し、


「追ってきたいなら追ってくるがいい!」

「クローディア様!」

「シリウス!」


 伸ばした手が繋がることはなく、指の隙間からクローディアが零れそのまま姿が小さくなっていく。窓から外へと逃れた皇子は、そのまま空へと逃れた。


「くそ!」


 そして後を追うように、シリウスは窓から身を投げだした。屋敷の外壁に爪先と踵をくっつけ摩擦を生み落下速度を軽減させ、ある程度の高さまできたところで壁を蹴る。何度か身を回転させながら着地し、そのまま後を追う。しかし、段々と放されていってしまう。


「ダメだ………」


 追ってくる虫を相手していると更に距離ができる。焦燥がシリウスの体力を奪っていく。


「ダメだ………!」


 守ると誓ったのに。


「ははははは! 君になにができる!? 魔術を扱えない無力な子犬騎士!」


 結局僕にはなにもできないのか!


「わああああああああん!」


 悲しみからも守ると誓ったのに。それすら果たせないなんて。


「ダメだ!!!!」

「はははははは! はは―――」


 高笑いが、突如消えた。


 突風が皇子にぶつかった。


 硬い風によって態勢を大きく崩された皇子は、くるくると錐もみ回転。四方八方、あらゆる方向から襲いかかる突風は質量のみならず、身を引き裂くほどの鋭さを兼ね備えている。


「ま、まさか………」

「よぉ。元気そうだな」

「貴様は!?」

「あ、ああ………」


 安堵からへなへなと腰が抜けそうになる。


 大嫌いだった。だけどいつしか頼っていた存在。だが絶対にここには現れることができないはずだった。


「エリク!」


 悠然と、彼は現れた。


 いつものように冴えない面倒くささといんきんな表情。風に包まれ、皇子と同じく空を舞っている。


「誰?」


 一人、クローディアだけはエリクに首を傾げている。


「貴様はどうして!?」

「諦めな皇子。あんたの所業は夫人と同じくすべてバレた」


 泡を食ったくらいの動揺を示している皇子と正反対に、エリクはどこまでも冷淡だ。


「今ルッタとカトレアが皇帝に説明をしているところだ。俺も一回魔術を使うと全員信じたぜ。あとレイモンドも捕えられて自白した。あんたに命じられてクローディアを殺そうとしたとかな」

「な、この………」

「どうして僕だとわかった!?」

「これ、あんたの部屋にあった本だってな。こいつをルッタが覚えていたんだよ」


 投げ渡された本が、皇子の目の前でとまり、ページが捲られていく。


「花。魔法薬の材料にも使われるもんだ。これを使って呪いの材料にできるもんを選んでいたんだろう? 毒性を持つ花なんて珍しくないからな」

「ぐ、………!」

「すぐに帝国の軍がここにやってくる。俺は一足早く駆けつけた。そんだけだ」

「ぐうううううう………」


 皇子は悔しさを滲ませると、目にもとまらぬ速さで飛んでいく。


「諦めな。もうこの国にあんたの居場所はねぇ」

「ふざけるな! 僕はこの国の皇子だ! やがてはすべてを統べる男だぞ!」


 叫び、爆ぜる雷を放つ。


「魔術を究めることもできないくせによく言う」

「黙れええええええ!」


 闇雲な魔術は、しかし放たれた直後方向を変える。意志を持っている生き物のようにどこまでもエリクを追尾する。


「だからなんだ! 君程度の魔術師が! 小犬騎士が! 真実を知ったところで! すべての者の記憶を消せばいい! お前達を倒したあとで!」


 雷が、エリクを貫く。内部から焼き、痺れさせる。掠めただけで巨大な火傷を創り、


「そいつみたいにか?」

「そうだ! なに簡単なこと! 消された本人達は呪いを、魔術をかけられたということにも気づきはしない!」

「つくづく救えねぇ。お前には無理だ。もしお前がそんなことをしても、俺が解く。お前がどれだけ魔術を、呪いをかけても俺はあらゆる方法を使って解いてやる」


 エリクの魔術と皇子のとが衝突する。発動した途端に爆発音が、閃光が、突風がそこかしこで煌めく。


「お前の陳腐な魔術なんて、俺がすべて消す。魔術のなんたるかもわからない下種やろうが」


「ぶ、無礼者! 貴様一人で僕の呪いをなんとかできるものか!」

「………ああ。そうだな。俺一人じゃ骨が折れる」


 いつしか皇子の魔術がエリクを追い詰めている。自身が有利になったことで悦に浸っているのか皇子は更に攻撃を激しくさせる。


「だが、もう一人いたらどうだ?」

「あ?」

「はあああああああああああああああああああああああああ!」

「!?」


 後頭部に、なにかで殴られた衝撃。


 脳がふらつき、目にちかちかとした星が。しかしまだ終わらない。顔、肩、足、背、あらゆる箇所に同じ衝撃、嫌痛みが走る。


「が、な、」

「なにやってやがった」

「うるさい。黙れ。僕は空を飛ぶなんて初めてなんだ」


 生まれたての仔馬のように頼りない姿勢で、ふわふわと漂うシリウスが、そこにいた。


 自分に視線を釘付けにしている間、地上にいるシリウスに同じ魔術を纏わせ、バレないように空へと連れてきていたのだ。


「君こそ遅かったじゃないか。なにをしていた?」

「うるせぇ。こっちはこっちで大変だったんだ」

「こっちはもっと大変だったんだぞ!」

「いや、こっちだ」

「なにいいい!?」


 場にそぐわない口論を始めようとしたシリウスは、体勢を大きく倒しそうになったがエリクがすんでのところで支えた。触れた手が、抱きしめられた胸板、そして懐かしさすらあうエリクの匂いに、心臓がときめいた。


「気をつけやがれ」

「う、うるさい! 助けるならさっさと助けろ! この………」


 決壊した。


 感情が。涙が。心細さが。


「この大馬鹿者………心配したんだぞ………」

「そいつぁ光栄だな」

「クローディア様も………すべて忘れてしまっている………君のことさえも……」

「そうか………なら、あいつを一発ぶん殴らねぇとな」

「いや。百発だ」


 笑いあった二人は、そのまま、二人は合図もなく皇子へと向き直る。人数が増えたというだけではないのだろうが。


 絶対に負けないというほどに心強い。

 

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