30.大団円はどこに
「え、ちょ、マジで!?」
カタリナとのやり取りとのあと、いきなり抜けたロッサにさすがのサーリスも困惑した。え、浄化? 邪神を浄化って、そんなこと可能なの? マジで? とぶつぶつ呟きながら、なんとか女神の攻撃をさばいている。
そして、カシェルの表情も何かを考えるようなものに変わった。
「ちょ、ちょっ、カシェルも手抜きするなよー!」
サーリスの文句を横に、カシェルの注意がロッサに逸れる。
その隙を狙って囲みを逃れようとする女神を、どうにかカタリナの鎖とサーリスの牽制が防ぐ。
「――サーリス、あとを頼みます。ロッサの言にも一理ありそうだ」
「は!? え、待ってよカシェル!」
カシェルがいきなり戦線離脱して、サーリスは慌てた。
オペレーション・ヒマワリというのは、最低でも前後左右の四方向を固めてこそ効果を発揮する戦術なのに、二人でどう戦線を維持しろというのか。
「ちからこそパワーだから大丈夫って、兵法書に書いてあったから大丈夫!」
「たしかにそうだけど今はそうじゃない!」
カタリナが「パワー!」という雄叫びとともに鎖を振り回し、女神を縛り上げ――しかし女神を身を捩り、二対の腕と翼で自身を絡め取る鎖を引き千切ろうと全力を尽くし、その女神の体勢をサーリスがさらに崩してどうにか現状維持を粘っている状況だ。
今はなんとかなっても、そのうちジリ貧に変わるだろう。
ほんとにどうすんだ、とサーリスは慌ただしく作戦変更へと頭を切り替える。
「ザール、中和はやめて、二人に加護を!」
「わかりました、後はどうにかしてくださいね!」
サーリスの呼びかけに、ザールも魔力中和の魔法をやめた。
ほんと勘弁してよと愚痴をこぼすサーリスと元気いっぱいに女神を縛り上げるカタリナへの加護を中心に、時折女神への弱体も試しつつ、隙を見て攻撃魔法も打ち込み……と忙しく呪文を唱え始めた。
それを認めて、カシェルはロッサの横に並ぶ。
「カシェル様?」
「僕も手伝いましょう。二人の儀式にすれば、効果は上がるはずです」
「はい!」
ロッサは慌ただしく“光のしずく《スラニルの輝き》”を取り出した。
これは、かつてこの世界を闇に沈めた魔王の瘴気すら退けた、聖なる光を凝縮した宝珠なのだ。
天に翳すように宝珠を掲げ、ロッサとカシェルは祈りの言葉を唱和する。
すべての善き神々に穢れの浄化と加護を請う祈りの言葉だ
【あまねく世界を照らす光よ。すべての善き神々に我ら地の民は希う】
掲げる宝珠に聖水を散らす。宝珠と聖水が陽光を反射し、宝珠の輝きが増す。
そして宝珠から放たれた光に灼かれ、女神が悲鳴を上げた。
「んんん……こうかはばつぐんだ! いいぞもっとやれ!」
サーリスがにやりと笑い、これならイケると歓声を上げた。それに合わせて「やったー! もっとだー!」とカタリナも鎖を振り回す。
「ロッサくんさっすがー! 伊達にカシェルの子孫やってないね!」
「ロッサは頭良いんだよー。ザールほどじゃ無いんだけど」
カタリナがニコニコしながら上げているのか落としているのかよくわからない評価を下す。
『止めよ……止めよ!』
苦し紛れにか、女神が闇の矢を放つ。
もちろん、ロッサとカシェルめがけてだ。
だが、そんな精度で放った矢は、ロッサを掠めるだけに終わった。これまでのゴリラ化試練を耐え抜いてきたロッサの集中が、その程度で崩れるわけもない。
『止めよと言っておる!』
女神はさらに力を放とうとする……が、今度はカタリナの鎖に足下を崩された。
『女神たるわたくしを地に這わすとは、なんという不敬――!』
「しょーがないでしょ。創世の女神のくせに破壊神になってんだもん」
『貴様!』
「え、あっ、ちょ――」
激高する女神の二対の腕がサーリスを襲う。どうにか凌ごうにも、サーリスの腕は一対だ。鋭い爪に左肩をえぐられて、一瞬ひるんでしまう。
「あっ、サーリス様!」
「だっ、だいじょうぶ、当たったけどどうということはないから!」
すかさず飛ばされたザールの回復でも治り切らなかったところを見ると、かなりの深手だった。
女神がにやりと笑みを浮かべ――二対の腕と背中の翼、それに長く伸びた尾のすべてを使ってサーリスへと攻撃を集中させた。
「うわ、そりゃ攻撃の一点集中は正義だけどさ-!」
「こっち向けー!」
「ロッサ、まだですか!」
両手に握った小剣でサーリスは防御に集中するが、だからといって捌けるわけではない。もちろんカタリナだって援護しているし、ザールだって立て続けに防御と回復の秘蹟を繰り出している。
しかし、今、魔力中和もなく、女神の傷はみるみる回復しているうえに、自身の加護で力は増している。ロッサとカシェルの浄化が間に合わなければ、最悪、全滅もあり得る。その場合、どうやってリトライすればいいのか――そんなことまで、サーリスは考え始めた。
『ふふ……貴様さえ居らねば、わたくしの世界の再創造も容易いということは、すでにわたくしにはわかっているのよ』
「伝説編最終戦の勝利条件って、十分にレベラゲした勇者が三人、リソース残したまま邪神降臨まで揃ってることなわけよ」
いきなりのサーリスの言葉に、女神は思わず顔を顰める。だが、すぐに嘲るような笑みへと表情を変えた。
『何の話かは知らぬが、では、この子供ら三人とも居なくなれば、もうわたくしの邪魔はできぬというわけよな』
「いやあ? こっちはすでに三人揃ってるし、リソースもまだ残ってるし、おまけに伝説編のラスボスはもう第二形態っていうか邪神降臨済んでるでしょ? これ以上そっちに隠し球ないじゃん」
『――何を企んでおる? だが貴様らにもこれ以上の何かは出せまい。今すぐ慈悲を乞うというのであれば、考えぬでもないぞ? 貴様の献身ひとつで、子供らの命を助けてやってもいい』
カタリナの鎖を弾きながら、女神はさらにサーリスを切り刻む。ザールはサーリスの回復で手一杯だ。
だが、身体中、あちこちから血を流しながら、サーリスはにっこりと笑った。
「それがさあ、一本道シナリオならともかく、ここってすでにシナリオ外れて久しいわけ。言うなれば、コンピュータRPG遊んでたはずなのに、いつの間にかTRPGになってました、みたいな感じ?」
『貴様、この期に及んでまだわたくしに抗うつもりなのか』
追い込まれつつあるはずなのに、不遜な態度を崩さないサーリスに、女神が怪訝な表情となる。
「本来ならテル坊の子孫三人が三勇者として今回旅立つはずなのに、テル坊の子孫って二人だけなわけ。スタート時点の設定から違ってるんだわ。さらに言えば、魔法ゴリラ担当も物理ゴリラ担当も性別とか変わってるし、これどう考えてもシナリオ改変だけじゃ済まないでしょ」
「そういえばそうだったね! ロッサはカシェル様の子孫だけど、カステル様の子孫じゃないし……じゃ、ロッサは勇者じゃないの?」
「え、あの試練三つこなしたんだから、立派な勇者だ――っ、痛っ!」
つい注意を逸らした隙を狙い、女神の爪の一撃がサーリスの脇腹を斬り裂いた。
「でも、今がTRPGみたいな状況になってるとすれば、別におかしくないんだよね。未来なんて思惑と不確定要素でどうとでも変わってくんだよ。その場にいるメンバーが最善を考え抜いて、行動を選んで、シナリオに書いてあるエンドなんか吹っ飛ばして最高のエンディングを作り上げるものなんだから」
「よくわかんないけど、そう!」
左腕は肩より上に上がらなくなってしまったが、それでも致命傷だけは避けながら、サーリスは続けた。
カタリナも、よくわからないけどと合いの手を入れつつ、必死にサーリスを援護する。
「つまりね、もう私にもどういうエンディングになるのかわかんないわけ。考えてみたら、オリさんとアベちゃんの時からそうだったんだよ。私がやったのなんて、せいぜいレベラゲだの特訓だのって引っ張り回しただけだし」
『だから貴様は見逃すべきだとでも言いたいのか』
睥睨する女神に、サーリスは一瞬目を丸くして……それから「んなわけないじゃーん」と笑った。
「だから今回も、元のシナリオどおりなら邪神プチッとやっつけて大団円だったんだけど、ロッサくん見てたらそういうんじゃないみたいだなって思ったんだ」
『何を――』
「だって、シナリオだのなんだのと余計なこと知ってる私じゃ思いつかなかったことを、今、ロッサくんたちがやってるんだから」
【この穢れを清め、ここを清浄な場となさしめよ!】
とうとうロッサとカシェルの祈りの言葉が終わった。
しん、とあたりの空気が鎮まり、何かがピンと張り詰めたように、硬質な冷たさが満ちて……
ドン、と光が落ちた。
サーリスとカタリナの目の前、異形となった女神めがけて落雷のように光が落ちて柱となる。
女神が声にならない悲鳴を上げ、光に灼かれていく。
あまりの眩さと圧に、カタリナとサーリスが押されるように後退さる。
「なにこれ……」
「まぶしー!」
そして、しばらく後、光の奔流がゆっくりと収束していった後には、黒焦げになった邪神ではなく……
「あっ! なんかちっちゃい子が落ちてるよ!?」
真っ先に駆け寄ったカタリナがつまみ上げたのは、手のひらに収まるくらいの、小さな小さな女の子だった。





