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百周目の勇者と異世界転生した私  作者: 銀月
千年目の邪神復活と滅亡する世界

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27.勇者を育てしもの

「よもやここまでとは」


 呆然とするロッサとザールに、声が降りかかった。

 しまった、とふたりが視線を動かした先に、邪神の神官――それも、高位の神官であることを示す立派な祭服を来た邪神官が、宙に浮いていた。

 フードと仮面に隠れて顔は見えない。ほっそりとした体躯の邪神官だ。

 残党狩りをしていたカタリナが気づいて、こちらへ走り来る。

 ロッサはザールの前へと踏み出して、剣を構えた。


「あなた方をこちらが侮り過ぎたことが、ここまでの敗北の原因でしょう。

 しかし、それはここまでの話。ここからは、我らがお前たちを侮ることはない」


 邪神官が杖を振りかざす。それを合図に魔物が三体、邪神官の足下に現れた。


「どれも悪魔タイプですね……しかも強力な」


 これまで出会ったどんな魔物よりも大きな力を感じて、武器を持つ手に力が入る。今まで戦ってきた“ボス”は基本的に一体で、その取り巻きは少々強めくらいの雑魚の魔物ばかりだった。

 なのに、この邪神官自身も三体の悪魔タイプの魔物も、一筋縄ではいかない力量を持つ魔物だと感じられるのだ。


「――勇者ゴリラの進撃も、ここで終わりです」


 邪神官が被っていたフードを下ろすと、流れるような緑の髪が背を覆った。


「え?」


 緑の髪は、エルフ族の証である。。

 そう考えて見ると、仮面のせいでくぐもって聞こえる声も、どこか聞き覚えのあるように思えてくる。


「そんな、まさか」


 瞠目したロッサが思わずこぼす。

 邪神官は、己の仮面に手を掛けてゆっくりと外していく。その下から現れたのはロッサたちの知る、ついさっきも石像として目にした顔で――

 にちゃり、と邪神官が嫌な笑みを浮かべた。


「我こそは女神セレイの忠実なるしもべなり」


 目の前に立つのは、片手に立派な弓を持つ緑の髪の女性のエルフだった。

 さっき目にした石像のような。

 その女エルフが弓を持つ片手を振りかざすと、三体の魔物が身構えた。


「サーリス様? ほんとに、邪神教団の、偉いひとなの?」

「そんな、カシェル様が言ってた、サーリス様を人質に取られてって、こういうことなのかよ」

「――どこかに囚われているのだとばかり思っていましたけど」


 いつも元気なカタリナが呆然とした声で呟く。

 ロッサもザールも苦々しい表情で、目の前のエルフ……サーリスを見つめる。

 “勇者を育てし者”の名のとおり、サーリス自身の勇猛さも伝説に謳われている。きっと、サーリス相手なら、今までにないほど困難な戦いになるだろう。

 あたりまえだ。勇者を育て上げられるほどの力量を持つのだから。


「お前たちはよく頑張ったよ。ここまで来れたのだからな」


 くくくと笑って邪神官サーリスが上げた片手を振り下ろすと、魔物たちがいっせいに吠えた。


「散って!」


 ハッと我に返って、ザールがふたりを怒鳴りつける。

 慌てて散開した三人の、それまで立っていた場所に、一拍遅れて火球の魔法が爆発した。


 そこからは、これまでずっとやってきたように、戦いが始まった。

 ロッサが加護(バフ)を配り、ザールが攻撃魔法で牽制する。

 カタリナが素早く邪神官へと走り寄って棘付鎖(スパイクドチェイン)を叩き込む。


「さすが“勇者ゴリラ”。なかなかの一撃だ」


 するりとカタリナの攻撃を避けながら、邪神官サーリスが嗤う。堕ちても“勇者を育てし者”と言うべきか、ひと筋縄ではいかないようだ。


「当たらなければどってことないって、そういうことかよ」


 思わずロッサが呟いた。

 その間にも、三体の魔物の攻撃を躱し、剣の一撃をたたき込みながら。


『サー様ったらあんなに女神のこと嫌ってたのに』

「女神が邪神に変わったから、宗旨替えしたのかもよ」

『ラスボスになりたいとかサー様なら言いそうだけど、だからってどうなの』

「カシェル様、このこと知ってたのかな」


 三体の魔物だけならどうにかできるかも知れない。

 ぶつぶつと零す剣の言葉に返しながら、ロッサは考える。

 ここまでの“試練”と、台地へ上がるための洞窟でさんざん戦った経験が、三人を強くしてきたからだ。

 でも、サーリス相手はどうだろうか。

 これまでにないほど苦戦しているカタリナを横目に見ながら、考える。

 早くこの三体を片付けてカタリナに加勢しなくては……そう思うのに、魔物はタフで頑丈で、ロッサとザールだけでは少々火力が足りないのではないか。


『あの人がコレ知ってたら、絶対黙ってないと思うのよねえ』

「そうだよな」


 一度話したカシェルのことを思い出す。

 彼は創世の女神のやりように心底腹を立てていた。サーリスのことさえなければ、絶対に自分が先頭に立ってここへ攻め込んでたと思えるくらいには。


 だったら、このことを知らせるのはどうだろう? うまくすれば、カシェルが加勢に来るんじゃないだろうか。


「――ザール! 少しだけでいい、こいつら足止めしてくれ!」

「は? 何を無茶な……」

「よろしく!」

「え、ちょっ――!」


 いきなり剣を引いて下がるロッサに目を剥きながら、それでもザールは立て続けに呪文を唱えて三体の足止めにかかる。

 下がったロッサは、懐から通信用の魔道具を取り出した。

 そしてメッセージを吹き込むと、いつもなら故国へ向けて放つそれの宛先をカシェルへ変更して、空に飛ばす。

 メッセージは即座に届くはずだけど、カシェルがそれを信じてここへ来てくれるかどうかは賭けでしかない。本当に来るにしたって、いつ着くかもわからない。



 * * *



 三体のうち二体まではどうにかできた。

 けれど、もう魔力も残り少ないし、何より、邪神官サーリスを相手にするカタリナの消耗が激しい。

 なのに邪神官サーリスは未だ消耗らしい消耗もなく健在で、いくつもの呪文を繰り出してくる。


「指輪を使う隙、作れますか」

「やってみる」


 頼みはザールの魔法だが、その魔法も魔力回復の指輪を使わなければそろそろ打ち止めだ。

 やっぱり、カシェルのいた島からこの台地は遠すぎたのだろう。

 未だ現れる気配がないことに、ロッサは小さく溜息を吐く。

 ここに即来られるような魔道具くらい持ってるんじゃないかと期待したのだけれど――。


 ドン、と大きな衝撃が走った。

 舞い上がる土埃と空気を震わせるほどの音に、ロッサもザールも思わず頭を庇って目を閉じてしまう。カタリナと邪神官サーリスですら、音の発生源に視線を向けてしまっている。


「――サーリスが魔術を使う? もしくは秘蹟を? それはありえませんね」


 薄れる土埃の中心で、静かな声が響いた。


「カシェル様!」


 来てくれたという安堵に、ロッサが喜色を浮かべて声を上げる。

 カシェルはそれをちらりと一瞥して、さっと杖を振るった。あちこち傷だらけだった三人の身体から、たちまち傷が消える。


「それで、どれがサーリスですか? まさか、その邪神官ですか? ずいぶん雑な変身ですが」

「なっ、貴様……!」

「いいですか。サーリスに魔術を使うなどという芸当など無理なんですよ。秘蹟なぞはさらに無理中の無理です。どんな神に対しても信仰心などかけらも持ち合わせない彼女に、秘蹟が使える日など決して訪れません」

「変身って、じゃあ、そいつ――」

「ソレはサーリスではありませんね。そもそも本当にサーリスでしたら、あなたたち三人を確実に潰せるまで己を強化したうえで潰しに来ます。こんなヌルい迎撃戦なんてするはずがありません」


 累々と折り重なる魔物の死骸を、カシェルはフッと鼻で笑い飛ばした。

 たしかに、あれほどレベラゲを重要視しているはずのサーリスが、直属の手下の魔物にレベラゲをさせないはずがない。

 邪神官と共に出てきた三体の魔物は同族の魔物に比べて確かに強いけれど、それでも時間制限もない以上、ロッサとザールのふたりだけで相手にできるほどでしかなかった。

 そこまで大きな差があるわけではないということか。


「おおかた三人の心を挫こうとでも画策したのでしょうね。あの堕女神の考えそうなことですよ」

「貴様、我が女神を愚弄するか! 恐れ知らずの裏切りものめ!」

「我々と世界を裏切ったのは、堕女神が先ですけどね」

「何を言うか!」


 邪神官が弓を捨て、腰の短杖を手に取り振るう。

 倒れたはずの魔物たちに力が戻り、ゆっくりと起き上がる。


「え、復活?」

「復活の杖とかなんとか、そういうアイテムがあるとサーリスが話していたことがありましたが……」


 チ、と小さく舌打ちをして、カシェルは杖を構えた。立て続けにいくつかの祈りの言葉を唱え、三人に加護(バフ)を与える。


「直接戦闘はお任せします。僕は援護に徹しますので」

「え、でも」

「僕はあまり戦闘向きじゃないんですよ」


 カシェルは有無を言わせずロッサとザールを前に立たせ、自分は一歩後ろから俯瞰するような立ち位置を取った。

 実際、単純な戦闘能力だけなら、カタリナはもちろん、ロッサとザールでもカシェルより上だろう。サーリスはこれまで勇者たちを鍛えてはいたけれど、カシェルを鍛えてはいなかったのだから。


「あのサーリスが作ったむちゃくちゃな試練を、三つともやり遂げたのでしょう? なら、君たちのほうが実力は上ですよ」

「うん、まかせてー! あたし、もう全部回復したからまた絶好調!」


 カタリナが笑いながら高らかに宣言する。

 ロッサとザールが小さく吐息を漏らしたあと、「がんばります」と呟いた。


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