26.ここからが本番だ
洞窟の出口には、案の定、魔物の大軍がいた。
――いや、大軍は言い過ぎか。
狭い場所なうえに台地の上にいる魔物の数にも限りはあるようで、百どころか数十くらいの数だから。
「思ったより少ないね」
魔法を駆使してこっそり偵察した結果を検討しながら、カタリナが言う。
「でも、三人でいっぺんに相手するのはきついぞ」
「どうにかして分断するか、こっそりやり過ごすかしないと厳しいですね」
調べた結果を睨みながら、ザールがううむと唸る。
十体くらいならなんとかなっただろう。しかし、三十とか四十とかの数ではさすがに手に余る。
「洞窟の出口はこの一カ所。で、魔物軍がいるのはここで――」
「このあたり、視界悪そうだったよね。隠れられるんじゃないかな」
「出口からそこまでどうやって見つからずに移動するかですよ」
「朝霧に紛れるのはどうだろう? 音も消してさ」
「いい案だと言いたいですが、自分たちも方角を見失う危険がありますよ」
「でもちょっとだけで、すぐそこだよ」
「何も見えないくらいの霧をなめたらいけません」
そっかあ、とカタリナが黙り込む。
方角を見失って魔物軍に突っ込んでしまったら目も当てられない――けれど、待てよ、とロッサが呟いた。
「ザール、魔法の霧と組み合わせたらどうだろう」
「魔法……ああ、なるほど」
朝方に湧く霧は濃いけれど、それが薄れるタイミングに合わせて魔物軍の視界を遮るように魔法の霧を作るのだ。自然の霧と魔法の霧は見分けが付かないから、こちらの視界を確保しつつ魔物の視界をうまく遮って……
「行けそうですね」
「じゃ、それで作戦立てよう」
「外に出られればこっちのもんだよね!」
「上に霧を作るのも忘れるなよ」
「もちろんです」
翌朝、あたりに霧が満ちるのを待って、三人は行動を開始した。
霧が一番濃くなるのは明け方だ。そこから、日が高くなるにつれてすぐに霧は薄くなっていく。
魔物軍は相変わらず三人が出るのを待ち伏せているようだけど――
「もう数日、あいつらがイライラし始めるの待ってもよかったかもな」
「それ、こっちもイライラするからやだ」
ぼそぼそと小声で話しながら、ロッサはザールが霧の魔法を待つ。タイミングを合わせて音を消す魔法を使い、あらかじめ目を付けてあった岩陰にいっきに移動するのだ。先導はもちろんカタリナである。
その岩陰に入りさえすれば、一度にたくさんの魔物を相手にせずに済む。
もちろん、威力の高い範囲魔法を使わせないようにうまく立ち回る必要はあるけれど、それさえ対処できればなんとかなる。
「そろそろ行きますよ」
ザールの声に、カタリナとロッソは頷いた。
ゆっくり、明るく薄くなっていく霧に重ねて、ザールの魔法の霧が出現する。そこに一拍遅れてロッソが音消しの秘蹟を重ね、カタリナが走り出した。
すぐに、ロッソとザールも後を追う。
岩陰に飛び込んだカタリナが上空と広場を素早く確認して、「よし」と呟いた。
さすがにこの岩陰までは音消しの範囲に入っていない。
「見つかってないみたい。上からもたぶん見えてないよ」
「では、各個撃破、しましょう」
ザールがにんまりと笑った。カタリナは笑顔で頷いて、ロッサはすばやく加護の秘蹟を重ねていく。
「全部を撃破する必要はないですが、僕たちが先へ進んでも問題ない程度には減らす必要があります。いっぺんにたくさんを相手にしないよう、くれぐれも注意する方向で」
「わかった」
「ああ」
最初はこっそりと、闇討ちするように霧の中から魔物を狙う。
なるべく魔法を使う魔物を中心に、だ。魔法を使う魔物の体力は、他に比較してあまり高くない。
少しずつ少しずつ、幻や惑わし、眠りの魔法も駆使しながら魔物を減らす。
ある程度数を減らしさえしてしまえば、あとは見つかっても問題ない。問題なのは、数だけなのだ。減った後ならなんとかなる。
「ねえ、あそこ、何かあるよ」
「石像? 確認は後回しですけど、気になりますね」
魔物軍の少し後方にある立像に気がついたカタリナが、ザールに耳打ちする。
たしかに、こんな場所にそぐわない石の立像がある。
「じゃあ、さっさと片付けないとね」
「そろそろ、おおっぴらに襲っても大丈夫じゃないかな」
「もう半分ほどですか……そろそろ霧も消えますし、一気に行きましょう」
ザールの魔法の火球を合図に、カタリナとロッサが飛び出した。
カタリナは主に頑丈で力の強い魔物を、ロッサは魔法を得意とする魔物を相手にしつつ、ザールが魔法の壁や幻術で一度に相手にする魔物の数を制御する、いつもの戦いだ。
洞窟の中と違って場所が開けている分、少々やりにくくはあるけれど、ここまでの戦いで十分経験を積んで強くなっているカタリナとロッサなら、多少相手が多くなっても問題はない。
現に、カタリナはほんの数撃で一体倒しては次へと、次々魔物を屠っている。ロッサはさすがにそうもいかないけれど、秘蹟も駆使して魔物の魔法を止めつつ倒すことに集中している。
「魔物のボス、もらったあ!」
「え、もう!?」
カタリナの勝ち鬨にロッサが思わず目をやると、ひときわ大きな魔物に斬りかかるカタリナが見えた。その後ろでは、他の魔物を牽制しつつフォローするザールの姿が見えて、少し安心する。
『さすがテルちゃんの子孫よねえ。あの子、立派にゴリラだわ』
勇者ゴリラの剣がしみじみといった声音で呟いた。ロッサはその剣で襲いかかる魔物を斬り返しながら、頷いてしまう。
勇者ゴリラであるカステルは、当時、竜に攫われた姫をたったひとりで救い出し、魔王を倒したのだという。
いったいどれほど強かったのか。
ロッサは知らないが、少なくともカタリナ以上だったはずだ。カタリナがああも強いのは、きっと勇者ゴリラの直系だからだろう。
「やっぱカタリナはすごいな」
『あら、あんたもすごいわよ。テルちゃんほどじゃないけどね』
ふふふと笑う剣に、ロッサは眉尻を下げた。
どちらかと言えば回復や支援系バフのほうが得意で剣の腕はそこそこだったけれど、それでも勇者の剣から合格点はもらえたらしい。
しばらく後、ずん、という地響きに目をやると、さっきカタリナが「ボスだ」と言って襲いかかった魔物が、もう倒れていた。それを目にした魔物の生き残りがちらほらと逃げ出している。
「あとは残党狩りか」
『あんまり逃がさないほうがいいわよ。お代わりが来ちゃうから』
逃げた魔物がさらなる応援を呼んでくることは、想像に難くない。
その前にここを片付けて、さっさと移動したほうがいいだろう。
「ザール、残りは!?」
「カタリナが潰してます」
ボスを倒し終わったカタリナは、残った魔物の撃破に取りかかっていた。
この分なら、次が来る前に移動できるだろう。
「――ロッサ!」
急に呼ばれて、ロッサは振り返った。
「なんだよ」
「ちょっと来てください」
「いきなり言われても、困る」
「早く!」
まだ魔物が残っているのに無茶を言うなと思いつつ、目の前の魔物に手早くトドメを刺してロッサのところへ駆けつけた。
ロッサは、さっき見つけた石像を睨むように見上げていた。
勇ましく弓を構えた、女エルフの石像だ。
「これ、誰に見えます?」
「え? これ――これってサーリス様?」
やっぱりそう見えますよね、とザールが思いっきり眉を寄せた。
どこからどう見ても、ロッサの故郷である月影城にあった、サーリスの肖像画そっくりの石像だ。けれど、こんな邪神の本拠で魔物がサーリスの石像を立てる意味がわからない。
「邪神は創世の女神様で、サーリス様は人質として邪神に囚われたって、カシェル様も話してただろ。なんで魔物がサーリス様の石像なんか作ってるんだよ」
「わかりません。まさかサーリス様が魔物の頭領というわけでは……」
「まさか」
カシェルが嘘を吐いていた?
けれど、カシェルは女神に対して本当に怒っていた。なら、サーリスが、カシェルも含めた自分たちを騙していたのだろうか。
こんな石像を立てるほど、魔物がサーリスを崇めているとしたら……
「そんな、まさか、邪神の神官の筆頭が、サーリス様だって言うのかよ。だったら、なんであんな勇者の試練なんか作ったんだ……」
ロッサとザールは、無言で石像を見上げた。





