23.レッツゴー溶岩湖
『やだもう、アタシ勇者ゴリラの剣なのよ。しゃべるくらい当然じゃない!』
とは、剣の主張だった。
ぼさっとしてないでちゃんと戦いなさいとどやされたロッサは、剣を気にしつつも、カタリナと一緒にさほど苦労することもなく魔物を倒すことはできた。
『次は三人って聞いてたけど、ほんとに三人なのねえ……アタシちょっと驚いちゃった。でも、構成がちょっと違うわよ。女の子が魔法系ゴリラって話だったんだけど、男の子じゃないの』
「ああやっぱり。サーリス様の予言じゃそうだったんですね。だからこのローブ、女性向けのデザインなんだ……」
「あたし、魔法とか無理-! 呪文とかぜんぜんわかんないんだもん!」
ローブの上からしっかりマントを着込んだザールが、微妙な表情を浮かべる。
『それはそうと、アタシを抜けるならゴリラの称号に十分相応しい強さよ。ま、それでもテルちゃんにはまだまだ及ばないけどね』
「そのテルちゃんというのは?」
『先代の勇者ゴリラ、カステルに決まってるじゃない。サー様にはテル坊って呼ばれてたわね』
レベラゲはものすごくやったし試練だってちゃんとこなしたのに、先代はこれ以上とかどれほど強かったのか……三人は思わずぶるりと震えてしまう。
もしかして、試練をすべてこなして初めて勇者ゴリラに相応しい実力になったのではなく、勇者ゴリラとして認めてもいい最低限にようやく到達できたに過ぎない――そういうことか。
「もっと強くならないとだめなんだな」
「あたしもっともっとたくさん強い魔物倒す!」
「どうにかして、もっと高度な魔導書を手に入れないといけませんね」
三者三様に呟きながら、各々拳を握りしめ……顔を上げたカタリナが洞窟へと睨むような視線を向ける。
「ここの魔物全部倒そう! そしたらレベラゲにもなるよね!」
「そうですね。神殿なら何かしら魔導書も見つけられるかもしれませんし」
「やる気出てきた」
三人とも、これまでの“勇者の試練”にすっかり染め上げられていた。
そしてその言葉どおり、三人は出てくる魔物も邪教徒も区別なく容赦なく倒していった。邪教徒は単に邪神の信徒である人間だ。しかし、最初の数回こそ会話や説得を試みたものの、言葉は通じてるはずなのに会話は成立せず、とても話のできる相手でなかった。ゆえに「しかたない」と割り切った形である。
剣曰く『人間の姿のまま人間やめちゃうヤツって結構いるわよ』である。
そして、洞窟を奥へ奥へと進めば進むほど気温は上がって行き――
「溶岩だらけ!」
「ここ、火山の火口の真下なんじゃ?」
「なんでこんなところに神殿作ろうと思ったんでしょうね」
地底湖ならぬ、地底溶岩湖の真ん中の島に、邪神殿があった。
上には小さく空が見えるから、やはりここは火口の中なのだろう。
ここまで拾った情報をまとめると、「信者は入り口の魔物から耐熱の加護をもらって、ここで洗礼を受ける」という話だった。信者でなければもちろん加護はもらえない。耐熱の加護がなければここ辿り着く前に熱さで燃え死ぬだろう。
もっとも、加護云々より先に入り口にいた魔物に殺されるのだろうが。
そして、あの“千尋の谷底”の執拗な環境攻めはこのための訓練だったのか――三人ともちょっと遠い目になる。
それならそうと教えてくれたってよかったんじゃないだろうか、と。
「とにかく……ここなら風で飛ぶこともできそうですね」
「めちゃくちゃ熱いもんね! あの試練の溶岩といい勝負だよね!」
「試練と違うのは落ちたら間違いなく燃えるか溶けるかで消えることですよ。気をつけてください」
「わかってる。耐熱厚めにしとく。あと、身体強化も強めに」
溶岩湖の中央の島へは橋がかかっている。
だが、あの橋を素直に渡ろうという気にはならない。
「ここから飛んで強襲だよね」
「そうですね。橋は間違いなく何かありますよ」
「ザールは上の高台あたりにいたほうがいいかもな」
「たしかに。そうします」
ザールが風の呪文を唱えると、竜巻のような風が巻き上がった。
本来はここまで強い風にはならないが、溶岩の発する熱を利用すれば三人を軽々と浮かび上がらせるほどの上昇気流となるのだ。
「いっちばーん!」
「おい、ひとりで突っ込むなよ!」
さっそく風を捕まえたカタリナが舞い上がり、まっすぐ島へと向かう。
続いてロッサがその後を追い、ザールは溶岩湖を取り囲む壁の岩棚、全体を俯瞰で見回せる位置に落ち着いた。
ふたりからはやや離れているけれど、魔法が届かないわけではない。ここからふたりに横やりが入らないよう見張るのも、ザールの役目だ。
上から見れば、中央のようすがよくわかった。
中央には大きな柱に囲まれた祭壇と、大きな神像とおぼしき彫像。そのすぐそばには、神官服らしい衣装をまとった四本腕の魔物だ。
神官だとするなら、話に聞いた「もともとは女神の神官だった人間が魔物となったもの」なんだろう。通常の魔物と違って人間のように考えられる分、苦戦するかもしれない。他にも大きな魔物が数体いる。
どれもこれも、熱に強い魔物なのだろう。
熱に強い魔物は得てして冷気に弱いものだ――ザールは氷の呪文を用意して、カタリナたちの参戦を待った。
「勇者ゴリラ、カタリナ参上! 一番鎖ー!」
「一番鎖ってなんだよ!」
『ふたりとも元気ねえ。いいことだわあ』
カタリナとロッサは祭壇前に立つ魔神官へと躍りかかった。が、その傍らの大きな魔物がすばやく前に出て、カタリナの一撃をブロックする。どろどろの溶岩の塊から頭と腕が生えたような姿の魔物だ。
「魔物のくせに、やっるう!」
この魔物強い、と思ったからなのか、カタリナが目をキラキラ輝かせて棘付鎖を振り回す。
ロッサは地面に降り立つと同時に油断なく剣と盾を構えた。
気づくと、ザールの魔法なのか、氷の壁がぐるりと周囲を取り囲んでいた。魔神官と溶岩の魔物とふたりだけを囲んで周囲から切り離すように、だ。
「これで邪魔が入らないね」
「魔神官は俺が相手するから、溶岩はカタリナに任せる」
「うん、わかった」
『やっとオツトメ果たせるわね!』
久しぶりのまともな戦いが続いているせいか、勇者ゴリラの剣は終始ご機嫌だ。魔剣らしくほんのりと光を放つ刀身も、いつもより三割増しで輝いて見える。
「神を神とも思わぬ不遜の輩の子孫め……」
「やっぱり元人間なんだ。なんで魔物になって平気なんだよ」
「元人間? 私が人間のような低俗な種族だと?」
四本腕の魔神官が空に向かって吠える。
「元人間じゃないなら、何だって――」
「我らはもともと、女神ご自身の招きによりこの地へ来た! 貴様らのような低俗な人間は、我らのおこぼれに与っただけにすぎんのだ!
なのに、女神の恩寵を忘れ、あげくの果てに女神を陥れるなど、言語道断!」
いったい何の話をしているのか。
ロッサは思わず眉を寄せ、それから、少し前に父祖カシェルの話を思い出す。もともと、創世の女神はエルフたちの崇める女神だったという話を。
「まさか元人間じゃなくて、元エルフ? エルフなのに、魔物になったのか?」
「それがどうした! この姿こそ女神の恩寵の証! 貴様ら低俗な人間などすべて滅して女神に報いるのだ!」
魔神官は一対の腕を掲げ、女神への祈りを唱え始める。ロッサは、そうはさせないと斬りかかるが、もう一対の腕がそれを阻止する。
さすがに戦いにくい。
『アンタったら剣はヘタクソなのねえ』
「そもそも俺は神官なんだってば」
『でもアタシを使うのはアンタなんでしょ。ちょっと手伝ってあげるから、しっかり戦いなさい』
どこかぎこちなさが残っていたロッサの太刀筋が、急になめらかになった。
さっきまでいっぱいいっぱいだった戦いがちょっと楽になった気がして、ロッサは目を瞠る。これが、勇者ゴリラの剣なのか。
『もたもたしてたら氷が溶けて次が来ちゃうんだからね!』
「わかってる!」
「はりきっていっちゃうもんねー!」
動きのよくなったロッサを横目に、カタリナも負けじと鎖を振るった。





