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百周目の勇者と異世界転生した私  作者: 銀月
千年目の邪神復活と滅亡する世界

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13.真を暴く鏡

 月影の国で聞いた「地獄のような場所」は、たしかに的を射た表現だ。

 元“善き神々の神殿”だった場所を跋扈する魔物は、その瘴気の濃さにふさわしくほとんどが“悪魔”と呼ばれるものと……そして、おそらくはこの神殿に詰めていた神官たちのなれの果てであるアンデッドだった。

 神殿の内部に描かれ、装飾の一部となっていた神話に語られる神々――創世の女神セレイアティニスと彼女を支える三柱の神々、つまり森の神フォルケンセ、時の神クァディアマル、光の神スラニルフェスの姿は特にひどく、冒涜と言っていいほどに汚されている。


「こんなの、ひどいよ……」


 カタリナが涙ぐみながら、それでもアンデッドとなった神官の亡霊に一撃を与え、その身体を突き崩す。


 この場所以外で戦った魔物といえば、ほぼすべてが瘴気から生まれたある意味“純粋な魔物”だった。

 だがここにいるのは“悪魔”を別にすればほぼ全部が元人間だ。

 ぼろぼろになった神官服を纏って動く腐った死体(ゾンビ)やら生前の姿のままの幽霊(ゴースト)やらが、生きた人間である三人を怨嗟の唸りとともに襲うのである。


「ここにはどのくらいの人がいたんでしたっけ」

「少なく見積もって、神官だけで二百以上かな」

「いったん引きましょう」

「でも」


 まだ神殿跡の入り口を潜ってそれほど経ってはいない。

 なのに、すでにたくさんのアンデッドと戦っている。


「いったん引いて侵入経路を考え直す必要があります。魔物が多すぎる」


 いつになく固い口調のザールに、カタリナもロッサも頷いた。




 元神殿から少し離れた斜面にある小さな洞窟が、三人の定めた拠点だ。

 ここなら雨風をしのげるし、テントを張る必要もないのでいざとなれば捨てて別な場所に移動することもたやすい。


「――アンデッドを回避しないと、きりが無いですね」


 戻ってそれぞれが腰を落ち着けるなり、ザールが口を開く。


「今回は試練じゃありません。トライアンドエラーにも限界があります」

「内部の瘴気が思ったよりも濃い。だから、魔物が次から次へと湧き上がるし、どれも強いんだ」

「あたしたち、レベラゲが足りないってこと?」


 はあ、とザールが溜息を吐く。

 勇者の試練はもうふたつをクリアしたし、それ以外のダンジョンだって攻略できた。国元を出たときよりもっとずっと強くなったはずなのに、それでも足りない。


「いくらレベラゲをしたところで、無尽蔵に湧いて出るものを相手にするのは限界がありますよ。使える時間が無限にあればどうにかなるかもしれませんが、僕たちはそうじゃないんです。

 それに、もたもたしていて魔王軍に鏡のことが知れたら意味がありません」

「正面以外に入り口があるはずなんだ。神殿なんだから、正面から聖堂を通らなくても使用人用の通用門とか神官だけが使える裏口とか、そういうのが」

「今も使えるかはわかりませんが、神殿がセオリーどおりの作りなら、場所の目処は立ちますね」

「じゃあ、今度はそっちから侵入だね」


 じゃらじゃらと棘付鎖(スパイクトチェイン)の鎖を鳴らして、カタリナがぐっと眉を寄せる。いつもは強い魔物との戦いを無邪気に喜ぶばかりだったけれど、元人間のアンデッドばかりを相手にしていた今回は、何か思うところがあったようだ。


「そうと決まればさっさと休んで、明日は夜明けと共に神殿跡へ行きましょう」


 いつもどおりの順番で番を立てて、三人は夜を過ごした。



 * * *



 そして翌日、今度は裏手に回り、通用門らしい場所から内部へと入った。

 アンデッドは、その大多数は神官であるためか、かなりの数が聖堂付近に集中しているようだ。裏側には元使用人とおぼしきアンデッドがちらほらいるくらいで、瘴気から生まれた悪魔タイプの魔物ばかりだった。


「これなら気兼ねなく戦えるよ!」


 昨日とは打って変わって、カタリナが順調に魔物を倒していく。

 魔法が効きにくいといっても物理は普通に効くし、三人の中のメインアタッカーであるカタリナの本領発揮といったところだ。


 内部へ侵入した三人は、聖堂から新手が来る前にと走る。

 宝物庫は、高位の神官しか入れない区画にあるはずだから――


「瘴気の発生源は、聖堂のようですね」

「そうだね」


 かつて神官たちの生活の場だった居住区を抜けて、聖堂の裏手に回る。


「鏡ゲットしたら、瘴気の浄化する?」

「――手に入れてから考えましょう」

「余力次第だな」


 カタリナの問いに、ザールとロッサは慎重に答える。本当なら二つ返事でもちろんと答えたかったが、今優先すべきなのは鏡なのだ。

 カタリナもそれはわかっているのか、「そっか」と少々残念そうにちらりと聖堂の尖塔を仰ぎ見て、すぐにまた先を急いだ。

 パラパラとまばらに襲ってくる魔物に応戦しながら、三人はさらに走り続けて――けれど。


「鏡が、ない」


 幼い頃、ロッサが父母に連れられて一度だけ見た宝物庫のその場所に、鏡は無かった。以前は城に置かれていたが、あまりにも「真を暴きすぎて危険だ」と言われて大神殿のこの場所に安置されることになったのだと聞いた“真を暴く鏡”が、その台座から消えていたのだ。


「魔物に持ち去られたんでしょうか」

「なんで……魔物に鏡の価値なんてわかるのかよ」

「魔法がかかってるからって持ってっちゃったのかな?」


 魔物に見つかって、本格的に囲まれる前に鏡を見つけなければ……三人は手分けして宝物庫の中を探し回るが、それらしいものは何もない。

 両手でないと掲げられないほどの大きさだ。隠すにしても場所は限られる。


「あと、ありそうな場所は……聖堂くらいしか」


 ロッサは必死に記憶をたぐる。

 大神殿へ来たのは、まだ十歳になるかならないかの頃だ。神官に案内されながら敷地内の建物はひと通り歩いたが、他にありそうな場所は思いあたらない。


「しかたありません。大聖堂を確認しましょう」

「大聖堂でむそーだね!」


 こうなると思った、とカタリナがにまっと笑う。


「瘴気さえ浄化すれば、アンデッドはあまり問題にならないでしょう。悪魔だけなら、僕たちだけでも十分相手になれます」

「たしかに、アンデッドと悪魔両方を相手にしながら鏡を探すのは難しいな」

「大聖堂で一番に優先するのは瘴気の浄化。それから悪魔の駆逐です」


 幸い、宝物庫にあまり魔物は来ないようだ。

 三人は少しだけ休憩を取り簡単に準備を整えて大聖堂へと向かった。



 * * *



 女神と三柱の神々に対する信仰の総本山とすべく大神殿が建てられたのは、もう五百年は昔のことだ。

 単なる巡礼者は大陸各地にある神殿を回るものだが、正式に神官を目指す者はかならずここで神学を修めなければならない。ロッサとザールも、こんな事態になっていなければ、将来的に、数年かけてここで神学を学んでいたはずだ。


「この島の聖なる結界がなくなったのは、やはり大聖堂の瘴気のせいでしょうね」


 いかに魔物の集まる場所へ向かうからといって、正面から堂々と乗り込むのは、魔力と体力がいくらあっても足りないだろう。

 だから三人は、なるべく魔物の少ない、最短のルートを辿っている。

 それでも少なくないアンデッドたちを倒しながらでは、思うように進めない。


「ここに瘴気が湧き上がるなんて、誰も予想しなかったんだろうな」

「ヒビってどこにでもあるんだね」

「そういうことすべて対策したうえで、大神殿を作ったはずなんですけどね」


 小さな声で話ながら、ようやく大聖堂の入り口に辿り着いた。

 正面の大扉ではなく、神官が祈りを妨げることなくそっと出入りできるよう、物陰に作られた小さな扉だ。

 ここなら気づかれずに入って、中の様子を伺えるだろう。


 まだ見つかっていないことを確認した三人は、扉を静かに開けてすばやく身体を滑り込ませた。

 思ったとおり、ここは天井を支える大柱と小祭壇を置いたアルコープの陰になっている。ここなら中の魔物たちにすぐ見つかることもないだろう。


「大丈夫、みんな、真ん中のほうにいるよ」


 最初に入ったカタリナが、柱の影からそっと魔物たちの様子を伺う。

 ロッサも中を伺い見て――


「鏡、あった。中央の大祭壇……瘴気のど真ん中だ」

「あれ、ボスかな?」


 魔物たちの中心には、ロッサも見たことがある“真を暴く鏡”と神官のような格好のひときわ大きな悪魔がいた。




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