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百周目の勇者と異世界転生した私  作者: 銀月
千年目の邪神復活と滅亡する世界

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6.カタリナ、本気を出す

「勇者ゴリラ候補のカタリナ参上!」


 階段を登りきったカタリナは、立派な扉をいきなり蹴り開けると高らかに名乗りを上げた。ザールが止める間もないほど、いきなりだった。


「いや、ゴリラ候補って」


 ロッサも、そう呟くのがやっとなほど急展開だった。カタリナの性格を少し甘く見積もっていたかもしれないと、ロッサとザールは内心でちょっと反省した。


「なっ、貴様、いきなり来るとは!」

「お前がこの塔の主だな! 魔物め、あたしのレベラゲの糧となれ!」


 塔の主らしき魔物にも、これは予想外だったようだ。少々焦った様子で慌てて立ち上がり、杖のような槍のような武器を振り上げる。


「遅い!」


 だが、カタリナは絶好調である。

 主の魔物が杖を振るよりも早く、ロッサとザールがどんな魔物なのかを見極めるよりも早く、突っ込んで剣を突き上げた。

 ちなみに、鞘はついたままだった。


「カタリナ、鞘!」

「あっ」


 思い切り突き上げた剣で主を吹っ飛ばしてから、カタリナはてへへと笑って鞘を外した。主は、さっき立ち上がったばかりの椅子に、頭から突っ込んでいた。


「ここんとこ付けっぱなしだったから、忘れてた」

「忘れてたじゃないよ、立ち上がるぞ、目を離すな」

「わかってる!」


 頭を振りながら、魔物がもう一度立ち上がる。

 ねとねとと緑色にぬめる皮膚と皮の翼、大きな爪とぎょろぎょろ互い違いに動く三つの目――どう見てもこれまでの魔物とは違う塔の主は、口からはみ出た牙をぎりぎりと軋ませて、怒り心頭といった様子だ。


「貴様ら……許さぬ」

「悪魔タイプ、みたいですね」


 ザールが目を細めて呟いた。


「魔法が来るな」

「はい。そのうえ、こっちの魔法も効きが悪くなります」

「わかった」


 それならカタリナの援護に集中したほうが良さそうだ。

 対魔法守護の加護を重ねようとロッサが集中する横で、ザールは小手調べにと簡単な攻撃の呪文を唱え始める。

 錘を捨てたカタリナは、さっきよりもさらに早い速度で斬りかかった。これまで戦ってきた魔物の数倍は手応えがあると、とてもうれしそうだ。


「ロッサ」

「なんだ?」

「瘴気だまりがあるみたいです」


 いくつか魔法を飛ばしてやっぱり効きが悪いことを確認した後、ザールがロッサにだけ聞こえるよう、ささやいた。

 ロッサもすばやく視線を巡らせて頷く。

 ここに瘴気だまりがあることは想定していた。それをなんとかすれば塔は魔物から解放されて、この近隣の魔物も弱くなるはずだ。


「カタリナのフォローと回復は僕が代わりますから、ロッサは瘴気だまりの浄化をしてください」


 ドラゴンの王から受け取った宝珠は、このためのものだろう。

 ロッサもいちおう神職だし、浄化の方法は知っているし、あの宝珠の扱い方もなんとなくわかる。

 ザールに「わかった」と頷いて、さりげなく後退した。

 その間も、「遅い遅いおそーい!」というカタリナの声が聞こえている。ひっきりなしに斬り付けて、主の注意を引きつけてくれているようだ……が。


「貴様……!」

「遅すぎ!」


 ドン、という爆発音が響く。

 が、主の放った魔法をひらりと軽やかに避けたカタリナが、また主に迫る。

 さすがに主だ。この程度斬っただけでは弱った様子も見せないが、それでもじわじわと追い詰めているはずだ。

 カタリナはぺろりと唇をなめて、目を輝かせる。


「すごい、まだ死なない!」

「なんだと……!?」


 主の振る杖から放たれた光がカタリナの頬を掠め――その後ろ、ザールの左側に着弾してドンと爆煙を上げる。


「カタリナ、後ろにも気を遣ってください!」

「はあい!」


 カタリナならともかく、ロッサやザールはそこまですばやく動けない。

 ふたりいっぺんにあの魔法を食らったら、立ってるのはきっとカタリナだけになるだろう。顔を見合わせたふたりは、さっと左右に散る。

 主がちらりと見た気がしたが、カタリナをさばくので手一杯のようで、少しだけザールは安心した。

 そのザールの目配せを受けて、ロッサはマントの下に隠し持った宝珠を握りしめ、集中を始める。主に瘴気だまりを浄化しようとしていることを悟られたら、カタリナよりもこちらが狙われる。

 小さな声で祈りの言葉を呟きながら、ゆっくり、ゆっくりとと主の視界を外れるように移動して――


「あっ」


 いきなり主が振り向いて杖を振った。

 ロッサに向かって爆炎の魔法を放ったのだ。

 もちろん、ロッサにも防御の加護はかかっている。それでも、まともに浴びてしまってはたまらない。

 ザールが慌てたように森の神に回復の秘蹟を願う。

 カタリナが「お前!」と怒りの叫びを上げて、思いっきり斬りかかる。


「貴様、何をたくらんでいるのかと思えば、その珠は……!」


 加護のおかげでなんとか立ってはいるが、ロッサのマントと外套は焼け焦げてボロボロになってしまっていた。手に握りしめた輝く宝珠も丸見えだ。

 主は、カタリナの剣をぎりぎり杖で受け止めてギリリと嫌な音を鳴らす。

 三人が、主を倒すより先に瘴気だまりの浄化を目論んでいたことに気づいたのだろう。今はカタリナよりも先にロッサを始末しなければ、力の源である瘴気だまりが無くなってしまう。


 主は、もう片方の手を振るった。

 この部屋に入ってからずっと感じられていた嫌な気配がゆらりと揺れて、主の元に集まり始めた。


「カタリナ!」


 ザールが叫んだ。

 カタリナがいったん引いた剣を振り上げて、主めがけて飛びかかる。

 ロッサも、今度はなりふり構わずに、もう一度祈りの詠唱を始める。

 カタリナの剣を振るう速さは増していくが、瘴気を吸い上げていく主の動きも素早さを増していった。カタリナの斬り込みはすべて片手に持つ杖に阻まれ、主の身体に届かない。


「貴様、黙れ! 祈りを止めろ!」


 主はカタリナを杖であしらいながら、もう一度ロッサに向かってもう片手を振るう。今度は間一髪、ザールが障壁の魔法で放たれた魔法をはじいた。


「お前! あたしが相手なんだぞ!」


 カタリナが斬りかかる。

 だけど、また杖で受けられてしまう。

 何度斬りかかっても、杖が邪魔をする。


「カタリナ、闇雲に斬っても――」

「わかってる!」


 ただよう瘴気を集めて、主はあきらかに強さを増していた。塔にいた他の魔物百匹を相手にするほうがずっと楽だと思うくらい、今の主は強い。

 カタリナはチッと舌打ちをして、数歩下がると、主から距離を取った。


「ほう、我には敵わんと悟ったか」

「違う。本気出す。本気出さないと、勝てないから」

「本気――?」


 カタリナはマントの留め金を緩めて落とす。他にも、胸当てやら何やらと、めぼしい装甲を外していく。


「ちょっ、カタリナ、何を――」

「何してるんですか、鎧無しで戦うつもりですか?」


 ザールとロッサが悲鳴のような声を上げる。近接戦をする上で防具は命を守るために必須のものなのに、なんで外してしまうのかと。


「当たらなければどってことないから大丈夫問題ないって、兵法書に書いてあったから平気!」

「それ本当に兵法書ですか!?」

「力量差を知って、とち狂ったか」


 ぶんぶんと二、三度剣を振ったカタリナが、油断なく身構える。


「これで動きやすくなったよ。もう負けないからね」


 にやりと笑って、カタリナは素早く踏み込んだ。主はまた杖で受け止め……けれど、その力までは相殺できずにたたらを踏む。


「ほら、今度はあたしのほうが強い!」


 カタリナが怒濤のように打ち込み始める。めくらめっぽうな方向に吹き荒れる嵐の風のように、主を切り刻む。


「――ロッサ、浄化を急いでください」


 こうなったら仕方ないと、ザールは腹をくくる。ロッサも、カタリナが作ってくれた時間を無駄にしてはならないと、少し早口に祈りの言葉を続ける。

 重たい鎧を脱いだカタリナは、本領発揮とばかりに主を追い詰めていく。




 何度も何度も、ロッサへ呪文を放つ隙なんて与えないよう、カタリナは斬り続けた。

 もちろん、カタリナだってタダではすまない。

 主の杖と爪に打ち据えられ切り裂かれ、その度にザールの治癒の秘蹟に癒された。

 けれど、その痛みに怯むことなく、カタリナは斬り続ける。


「“――時の神クァディアマルと、すべての善き神々の名において、この地にはびこりし穢れを清め、ここを清浄な場としめせ”」


 ようやく、ロッサの祈りが終わった。

 結びの詞とともに、手の宝珠がまばゆい光を放つ。

 ゲ、というかすかな呻きとともに、どことなく暗くよどんでいた部屋の中を冷たく澄んだ風が通り抜けた。


「これでどうだ!」


 カタリナの鋭い突きが主の身体のど真ん中を貫き、斬り裂いた。

 とたんに、しゅうっと何かが抜けるような音とともに、主の身体がしぼんでいく。まるで空気の抜けた風船のように主の身体はどんどん小さくなって……そして、とうとう見えなくなり、消えてしまった。

 砂粒よりも小さくなって見えなくなったのか、それとも本当に跡形もなく消えてしまったのかはわからないが――


「やった、勝ったあ!」


 カタリナが諸手を挙げてぴょんと飛び上がった。

 ロッサとザールもほっと息を吐いて、カタリナの無事を喜ぶ。


「ほら、当たらなきゃどってことなかったじゃない! 兵法書に書いてあったんだもん、間違いなかったよ!」

「何言ってるんですか! 僕がどれだけ必死に回復したり加護を使ったりしたと思ってるんですか!」

「そうだよ、めちゃくちゃ怖かったんだからな」


 そんなことないもん、平気だったもん、とカタリナはぷうっと頬を膨らませて……それから「そうだ、ここに空を飛ぶ方法があるんだよね! 探さなきゃ!」と手近な棚に飛びついた。


「あ、勝手にいじくるなよ! お前、魔法のことも錬金術のことも知らないんだろ、壊したらどうする!」

「ええ、大丈夫だよ」

「お前の大丈夫は信用できない!」


 ぎゃあぎゃあと言い合いながら、慌ててロッサがカタリナを止めようとする。

 ザールは苦笑を浮かべて、それから部屋のテーブルに放置されたままらしい書物を手に取り、パラパラと捲った。


 今日からしばらく、このまま“空を飛ぶ方法”を探すことになるだろう。瘴気だまりも浄化したし、しばらくはこの塔に魔物が湧き出ることもないはずだ。


「まあ、時間はありますから、手分けしてきっちり探して行きましょう」

「うん!」

「ああ」


 ともかく、一番の専門家であるザールの指示に従って、三人は端から順に、この大きな部屋の中を調べ始めた。


兵法書は、もちろん、サーリス・著です

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