7.空を飛ぶ方法
結論。
空を飛ぶ方法は、たしかにちょっとだけ空を飛ぶかもしれないが別に空を飛ぶわけではなかった。
「――空を飛ぶ方法って、これでいいのかなあ?」
「わかりません」
主を倒して、塔の最上階の部屋をくまなく執拗に探し回って、ようやく見つけたのは翼を模した魔法具だった。
いわゆる「魔法のかかった品物」である。
「でもまあ、これがあれば今後の移動が楽になるのは間違いないですね」
この塔の本来の主人が書き残した記録によれば、この翼は「記憶させた場所へひとっ飛びに行ける」道具だった。「ひとっ飛び」というのは文字通りひとっ飛びであり、天井のあるところで使うと頭をぶつけるというおまけも付いている。
魔力を込める必要はあるし、記憶できるのは翼に生えた羽根一枚につき一カ所だけ。しかし、最終目的目指してどこをどれだけ歩くことになるのかわからない現状、とても有用な道具である。
ついている羽根は全部で十枚。つまり記憶できるのは十カ所だ。すでにこの塔は記憶させてあるから、残りは九カ所である。
「一度戻って、三国の王城を記憶させましょうか」
「そうだね。あと六カ所は――どこを記憶させる?」
「慌てることはないでしょう。この先、ここは絶対に記憶させるべきだという場所があるはずですし」
「だったら、三国のお城はひとつで良くない? そんなに離れてないよね」
魔法具を囲んで、三人で頭を悩ませる。
たしかに、三国全部を記憶させる必要はないかもしれない。
「火輪の国は三国の真ん中だし、火輪のお城だけ記憶させとけばいいんだよ。そこからどっちに行くにしても、急げば三日くらいだし」
「――カタリナの“急げば”って、馬を何頭も乗り潰して体力を極限まで使っての“急げば”でしょう。普通は最低でもその倍はかかります」
「でも、何か伝えたい時はそこから伝令飛ばすってのはありだと思う。この先、何があるかわからないんだし」
なんとなく自分の故国だけ記憶させることに抵抗があったザールも、そんなことないもんというカタリナの主張とロッサの言葉もあってようやく頷いた。
「なら、一度国に戻らないといけませんね」
「ちょうどいいタイミングじゃないかな。カタリナの防具はもうちょっと軽くて動きやすいのに替えたほうがよさそうだし、ザールもそろそろ高位の魔法が必要だろ? 今いるのは西大陸だし、月影の国は通り道だ。ついでに寄れば、姉上か母上に上位魔法書の用意を頼めるよ」
「たしかに……それに、小母上がうまく教団員を捕まえててくれれば、“台地”を登る鍵のことも何かわかるかもしれません」
とりあえず、これが「空を飛ぶ方法」だとして、あと必要なものは“台地”へ登るための鍵だ。
もちろん、あとふたつの試練もある。勇者ゴリラのための武具も必要だ。
「じゃあそれで決まり! 早く戻ろうよ!」
* * *
町に戻った三人は、馬を調達するとさっそく旧大陸を目指した。
塔の瘴気だまりがなくなったおかげか、魔物との遭遇も減ったようだ。
西大陸から見て三国があるのは北東の方角だ。いったん北へ抜けて月影の国へ入り、そこから海沿いに火輪の国、さらに海峡を渡って破邪の国、という順番で戻ることになる。陸路では内海をぐるりと回り込むのでかなりの日数がかかってしまうからと、一番近い港町で、月影の国へ向かう船を捕まえた。
これで、旅程はかなり短縮できるはずだ。
内海はおおむね穏やかで、波が荒れることもあまりない。
それでも最近は魔物が増えたため、腕の立つ戦士や魔法使い、それに神官も歓迎される。安く乗せるかわりに、魔物が出たらよろしく頼むというわけだ。
「内海だからまだそんなに強い魔物は出てこないって言ってたけど」
「強くないけど、こいつに刺されたら身体が麻痺して動けなくなるんでしょ?」
「そうやって動けなくなった獲物を水中に引きずりこんで食うんですよ」
しゅるしゅる伸びて来る触手を払って、カタリナが「うええ」と顔を顰めた。
出航して数日、襲ってきた魔物は通称「しびれクラゲ」だ。
クラゲに似た姿で長い触手を持っている魔物だが、その本体はクラゲより大きくずっと頑丈でしかも捕らえにくい。ぷかぷかと海面を漂いながら水面近くの獲物にさっと触手を伸ばし、その先にある毒棘で麻痺させて水中へ引きずり込む、見た目よりずっと恐ろしい人食いの魔物だ。
そのしびれクラゲが何匹も浮かび上がって船を襲っているのである。
もちろん、三人とも船側の戦力として応戦しているが、いかんせん相手は水中なので、今ひとつ戦果が上がらない。
水に潜って戦えない以上、カタリナには伸ばされた触手を切り払うくらいしかできないし、ロッサの火炎魔法の杖も効果は今ひとつだ。
あとは、ザールの雷か氷の魔法くらいしか期待できない。
「せめて空を飛ぶ方法でちゃんと空が飛べたら、斬りに行けたのになあ」
カタリナがぼやきながらさくさくと触手を処理していく。
今のところ毒にやられる者が出ていないのは、カタリナの処理が早いおかげだろう。それでも戦いとしてはかなり不完全燃焼なのか、カタリナのぼやきは止まらない。ひたすら地味に触手を払って魔法と弓で水中のクラゲを倒して……ようやく戦い終わる頃には魔力も底を打っていた。
船を沈めるような魔物でなかったのは、たぶん幸運だった。
「これから海路も使うことになるんだし、海の魔物対策も考えないといけないな」
「そうですね。僕たち、カタリナがメインの戦力ですから、カタリナが戦えないとかなり厳しいことになりますね」
「泳いでると、ちゃんと剣が使えない……」
「とりあえずは、弓を忘れずに持つくらいしかありません」
今すぐどうこうできる手段なんて浮かばない。
当面は棚上げするしかない問題だ。
内海でしびれクラゲは、平常でもよく出てくる魔物らしい。その後もちょくちょく襲われて撃退してを繰り返し、ようやく月影の国に到着した。
「残念ながら、あまり調べは進んでおらぬでなあ……」
城で上位魔法の呪文書を受け取りがてら邪教団の情報についても尋ねたけれど、女王の反応はあまり良いとは言えなかった。
捕まえられた教団員は少ないうえにすぐに自害してしまうため、“台地”や本拠地のことはほとんどわからないも同然のままだったのだ。
だが――
「ロッサ、ひとつだけ朗報があるんだ」
「姉上?」
王太女シエラが、城の古書の中から見つけたという書き置きを出してきたのだ。
「これに、父祖カシェル様が何らかの魔法具を隠したと記されている」
「姉上……それ、本当にカシェル様が書いたんですか?」
城の古書から出てきたといっても、使徒カシェルが姿を消したのはもう百年は前だ。その間見つからなかったものが、なぜ今出てくるのか。
「わからんが、城に残っている手記とも筆跡は一致するぞ。信憑性は高い」
「でも」
「ロッサ、シエラ王太女がそういうのです。その魔法具を隠したという場所にも行ってみましょう」
「カシェル様がわざわざ書いてるなら、きっといいものだよ。それに、隠し場所に魔物がいたらレベラゲもできるよ!」
「……まあ、たしかに」
その隠し場所を記されているという紙切れを受け取って、ロッサは頷いた。
それから、月影の国の王城への滞在は最小限に済ませて、三人は慌ただしく三国を回った。
予定どおり火輪の国の王城の場所を“翼”の羽根に記憶させ、破邪の国の王城ではカタリナの武具を一新し――そこから“翼”を使っていったん西大陸の塔へ“飛んだ”後、まずは月影の王太女シエラから受け取った書き置きにあった“隠し場所”へ向かうのだ。
“隠し場所”は、“翼”を見つけた塔から西大陸を南に下ったあたりらしい。
それに、他の試練があるのは別な大陸だ。先にその“隠し場所”へ行ったほうがいいだろう、というのがザールの意見で、ロッサもそれには賛成だった。
塔へ戻り、町での買い出しもそこそこに街道を歩きながら、ザールは地図と方角を確かめる。
カタリナが、故国で新調した武器を手になじませるためだと言って武器を振り回しながら歩いているが、時々、後方のロッサやザールのところにまで飛んでくるので、非常にあぶなっかしい。
……そう、“飛んで来る”のだ。
カタリナの持っている武器は棘付鎖とでも言うべき形状の、普通ではあまり見ない武器だった。
両腕を広げた長さの三倍はある長い鎖の両端に棘の付いた錘がついている、扱いの難しい武器だ。だが、長さがあるので剣よりも攻撃できる距離がずっと長く、近接戦専門のカタリナの短所を補う武器なのだ。
さっきからその鎖を振り回しながら歩いているのだが、その錘が時折ロッサやザールの足下に飛んでくるので、危なくて近寄れない。
「カタリナ、他に人がいないからって、いいかげん振り回すのやめろよ」
「だいぶ慣れてきたから、もうちょっと! 少なくとも、もううっかり鎖に絡んだりはしないよ!」
「当たり前だよ! 何回治癒したと思ってんだよ!」
「だからもう大丈夫って言ったじゃない」
カタリナは武器が好きだし新しいものも好きだ。
だから、珍しくて新しい棘付鎖を振り回すのが楽しくてしかたないらしい。
「魔物出てこないかなあ」
魔物が出てきたらいろいろ試したいことあるんだよなあ――と、ニッコニコのウッキウキで振り回し続けている。
「明日には荒れ地に入りますし、そうすればカタリナお待ちかねの魔物がいくらでも出てきますよ、きっとね」
「そうかなあ。楽しみだなあ」
うへへと笑いながら、カタリナはますます棘付鎖を振り回した。





