12.こんなはずではなかった
「何か言いたいことでも?」
「――さくばんは、おたのしみ、でしたね」
虚無の表情を浮かべたカシェルの顔が、私のセリフにさっと紅潮する。
おもしろくない。じつにおもしろくない。
本当なら、こう言われるのはテル坊のはずだったのに。
あのドラゴンとの対話を終えた後、とにかく姫を城まで送り届けるのが先決で、魔王はそれからだと決めた。
ゲームじゃお姫様連れでラスボスに凸った記憶はないので、たぶんそれで正解なんだろう。あれ、それともラスボス戦後にお姫様救出だっけ?
ま、いいや。もう助けちゃったんだし。
もちろん、ドラゴンに城まで送ってもらえれば安全だし話は早いだろう。
しかしドラゴンは魔王の手下として世間に認識されている。仲良くしている姿を目撃されては命取りだ。ついでに言えば、無駄に城を騒がせることにもなる。
ゆえに、我々はヘタしたら一般人より体力のない姫君を連れて、城まで戻らなければならなくなった。
そうは言いつつ、トンネルから一番近い町までは送ってもらったけど。
そして、城へ戻るには、いくつもの町を経由しつつ何日も旅をしなければならない。箱入りで育ったはずの姫にひたすら歩けと言うのはさすがに酷なので、粗末ながらも馬と馬車を用立てたり諸々の物品をそろえたりする必要もある。
よって、帰還の旅の始まる町には数日滞在することになったのだ。
最初に決めた部屋割は、「個室が良い」と主張するガリルーと、テル坊とカシェル、私と姫の組み合わせで三部屋というものだった。
私だけなら雑魚寝上等だが、さすがに姫を雑魚寝させるわけにはいかない。
さらには、姫だけにするのもいろいろまずい。
なんてめんどうなのか。
もっと言えば、最初の腹づもりではドラゴンを倒したテル坊にフォーリンラブした姫を合法的に二人部屋に押し込んで「さくばんは」をするはずだった。
なのに、いざ寝る段になったところで、「お花を摘みに」と部屋を出た姫の代わりに部屋へ戻ったのがテル坊だった。
姫様曰く、「わたくしはカシェル様の妻。なればわたくしがカシェル様と同室であるのがスジというもの。それに、勇者様は師匠であるサーリス様のお世話をなさらなければ」――そうやってテル坊を言いくるめ、合法的にカシェルを襲い、事実上の妻の座へ納まったというのだ。
姫、すげえな。さすが王族、ネゴらせたら右に出るものはないのか。
カシェルの合意は、たぶん、うやむやのまま奪い取ったんだろう。この二百年の付き合いで、ヤツがものすごく押しに弱いことは私もよく知っている。
ついでに、ヤツは筋金入りのチェリーというやつである。前世なら魔法使い通り越して大賢者までいってもおかしくないレベルの筋金入りだ。姫にかかったらチョロい以上に楽々だろう。
カシェル、成仏してくれ。
「既婚者になったら、そうそう連れ出すわけにもいかないよねえ。私、嫁にマウント取るクソ幼馴染女子のポジションとか遠慮したいし」
ぶつぶつと今後の算段をする私の横で、テル坊は「カシェル師匠、お嫁さんもらえてよかったですね」とニッコニコだった。
カシェルがいればどんな無茶もできたが、さすがに今後は考えねばならないだろう――ちょっとつまらないな。
「百年もすればまた暇になるだろうし、そしたらまた誘えばいいか」
そういえば、さらに何百年か後くらい、姫と勇者の子供が新大陸発見してさらに国を広げてた気がするし、さらには次の魔王も現れてた記憶があるんだけど、そこはどうなるんだろうか。
心配したところできっとまたどうにかなるだろうし、その時考えればいいか。
それに、カシェルの子孫なら、合法的にゴリラ育成できそうだ。
「師匠はお婿さんいらないんですか?」
「え、私? えー、結婚とかめんどくさいし、まだまだやりたいこといろいろあるんだよねえ。あちこち出歩くにしても、ひとりのほうが楽じゃん?」
「なるほど、さすが師匠ですね!」
テル坊はなるほどなあとしきりに感心していた。
私は念のため聞き耳を立ててみたが、もちろん、隣のはずの姫とカシェルの部屋からは何も聞こえてこなかった。
そして、冒頭である。
いわゆる大人のプロレスイベントはクリアしたのだろう。
朝食の場に現れたつやっつやな笑顔の姫と虚無の顔をしたカシェルに、私はお約束のセリフを言わねばなるまいと、義務感に駆られてしまったのだ。
そう、あくまでもお約束なのだから仕方ない。
「これで、お父様も旦那様との結婚を反対できませんわね!」
「……もう、どうとでもしてください」
既得権益……ではなく、既成事実を作っておけば、さすがの王様もふたりを引き剥がせまいということか。さすが姫だ。
ゲームの姫も、そこまで織り込んだうえで、「さくばんは」と言われるような状況に勇者を追い込んだのだろうか。
そして、追い込まれたカシェルは年貢を納めきってしまったと。
「じゃあめでたく姫様とカシェルが事実婚キメたんだし、お祝いしようか」
「サーリス」
「よかったねえ。聖女ちゃんと結婚した先代勇者のことうらやましがってたもんね。これで空に向かって自慢できちゃうね!」
「サーリス……」
恨めしげに「ハメやがって」という顔したって私は知らない。
PもDもAもすべて、姫自身が計画のうえ実施したことなのだ。あきらめろ。
そこからおおよそ二ヶ月くらいだろうか。
なるべく安全かつ平坦で馬車が行けるようなルートを選び、どうにか城へ到着した。二ヶ月姫に押しまくられたカシェルは、この頃にはかなり絆されていた。
あたりまえだ。美人でかわいい女の子が、世間知らずであっても健気に「教えてくださいませ」をして、毎日のあれこれを手伝おうとするのだ。
そんなん私でも落ちるだろう。押しに弱いカシェルならなおさらだ。
テル坊はなぜかふたりを兄のような気持ちで見守っているし、ガリルーは創作意欲がわいたのか、立ち寄った町すべてで積極的にテル坊の活躍と姫と神の使徒カシェルのラブロマンスを歌にして、二本立てで披露していた。
私はもちろん、この状況を楽しんでいる。
もし万が一、王様が結婚を反対したら、ふたりに私の秘密基地を提供してもいいくらいには、応援もしている。
これだけ外堀埋めまくっていれば、そんな心配いらないだろうけど。
「勇者様! お姉様を助けてくださって、ありがとうございます!」
「お迎えありがとうございます。お姉さんのロスマリン姫はご無事です。あと、カシェル師匠と結婚しちゃいましたよ」
「まあ! 女神のお使い様と! まあ!」
お城へ戻った私たちを最初に出迎えてくれたのは、妹姫だった。
テル坊がなんのてらいもなく姉姫とカシェルの事実婚をぶちまけると、妹姫は明らかに喜んでいた。さもありなん、という空気すら伺えたのは、姉の好みをバッチリ把握していたがゆえのことか。
ガリルーがあちこちでばら撒いた歌が噂になってここまで届いていたというのもあるだろうが。
「勇者様、ではわたくしがお父様のところへご案内しますわ! お姉様も、早くお姉様の大切なお方をご紹介なさってね。お父様、とっても首を長くして待っていらしたのよ」
「ええもちろんよ、カタリナ」
姉妹は顔を見合わせてウフフと笑う。
私とガリルーは、完全なる傍観の姿勢を決め込むことにした。
妹姫にがっちりと腕を組まれたテル坊が引きずられるようにして歩く後ろを少し離れて付いていきながら、心中でテル坊にエールを送った。





