1.自称勇者、現れる
「王都がこんなに発展するとか、やっぱ人間ってすごいなー」
「たった百年でここまでとは、驚きしかありませんよ」
百年ぶりに訪れた王都は、都市と呼んでもいいんじゃないかというくらい発展していた。私もカシェルもテル坊も、ぽかんと口を開けて石造りの大きな建物の立ち並ぶ大通りに立ち尽くしている。
どこからどう見てもお上りさんだ。
カシェルのドラゴン目撃から大急ぎで準備を整えて、現在、私たち三人は人間の王都を訪れている。
もちろん、勇者テル坊がお姫様奪還を申し出るためだ。
「本当ならもうちょいすると王様がおふれを出すから、それ見てテル坊が十六になる日に勇者の後継として名乗り出るのが正しい流れなんだよなあ」
ぶちぶちと呟いて口を尖らせる私を、カシェルがじっとりと見つめてくる。
誕生日を待たずにやってきたのは、主にカシェルの抗議とテル坊の「攫われたの知っててほっとくのは勇者らしくないよね」という言葉のせいなのに。
十六歳の誕生日に旅立つのは、勇者としてのロマンなのに。
――それにしても。
「あの、すみません、そんなにたくさん買えません。それから僕、ちょっと急ぐので……ああ、わかりました、ひとつだけなら――」
「っちょ! 待った! 物売りは去れ!」
三歩歩くごとに絡まれては花やらパンやらガラクタやらを売り付けられるテル坊を、私は慌てて引き寄せて物売りたちを蹴散らした。
いったいなんなのだ。
テル坊ってそんなにカモに見えるのか。
しかも、脂が乗ってて極上のネギを背負ったカモに。
……たしかに、この両手いっぱいガラクタを抱えて話しかけたら必ず立ち止まってホイホイものを買うテル坊は、カモ以外の何者でもないが。
「テル坊はお店以外でものを買ったらいけません」
「でも師匠。売れないと今日のご飯がないって言うんです。僕がひとつ買うだけで、小さな弟妹たちがお腹いっぱいになるって言うんです」
「それでもです! そういうの助けるのは勇者じゃなくて王様の仕事だから!」
ちょっと不服そうに頬を膨らませるテル坊の手からガラクタを奪い取って小袋にザラザラと入れる。
カシェルは少々呆れた顔で、けれど笑いながら「カステルのそういうところは良いと思いますが、限度問題ですね」とテル坊の頭をポンポンと叩いた。
しかしそれからもずっと、王城へ向かうまでの短くはない路上で、テル坊は待ち構えるすべての物売りやら物乞いやら全部に引っ掛かった。
何しろ、「そこの優しそうなお坊ちゃま、どうか助けてくださいませ」と掛けられる声すべてに振り向いてしまうのだ。全部を相手にしていたらキリがないのだと言い含めても、テル坊は我慢できずに振り向いてしまう。
これが勇者メンタルというものなのか。
いや、アベちゃんは知らないがオリさんはそんなことなかった。
彼はちゃんと自分の手が及ぶ範囲を知っていた。
「テル坊、ほら、日が沈む前に行かなきゃいけないんだから」
私はそう言って、容赦なくテル坊を王城まで引きずって進む。
カシェルは仕方ないなと見ているだけだった。
* * *
「――森の引きこもり期間が長すぎて、町の常識覚えはぐったのかな」
「もともとの性格もあると思いますよ」
謁見まで待たされながら、私は大きな溜息を吐く。カシェルは私とテル坊を見比べて、軽く肩を竦めた。
テル坊はそんな私とカシェルを交互に見て、やっぱり不服そうに頬を膨らませる。
「でも師匠たち。全部は無理でも、僕の目に入った範囲でも助けるべきではないですか? 僕は勇者なんでしょう?」
「いやだからね。そういうのは王様とか行政の役目だし、そうやってただ施すだけが福祉じゃないんだよ。独り立ちさせるために敢えて手を離すのも時には必要なの」
「ふくし? でも、手を差し伸べないと明日どころか今日も――」
コンコンとノックが響き、私たちは口を噤む。
どうぞ、と応えると、扉を開けた上級使用人ぽい立派なお仕着せを着た人間が、慇懃に礼をした。
私たちも、エルフ式の立礼でそれに返す。
「カステル・ロアレス殿、謁見の間へご案内いたします。こちらへ」
「はい!」
テル坊の背がピシッと伸びて、ぎこちなく歩き出す。
テル坊なりに緊張しているらしい。もしかしたら、路上のあれこれも緊張でテンションがおかしくなってたせいなのかもしれない。
案内された謁見の間は、百年前よりもずっと煌びやかに飾られていた。
百年前は暗かった。だから今のキラキラ度も五割増くらいに見えるのだろうけど――それにしてもずいぶん様変わりしたなと思う。
しかし玉座自体は、木の艶は増していても意匠は百年前のままで、少しだけ安心する。
王様自身も、なんとなくではあるが、百年前当時の王様の面影があるようなないような……? 人間の顔って今ひとつ見分けづらくて困るわ。
「そなたが、勇者を名乗る者か?
かつて現れた勇者、かの大魔王に立ち向かった者は、女神セレイアティニスのしもべたるエルフの導きにより現れた光の勇者であると伝えられてはいるが……」
カシェルがしょっぱい表情を浮かべ、私もどこか遠い世界を見つめてしまう。
そりゃ百年前この城を訪れた時は女神があんなんだと知らなかったし、大魔王と女神を倒したあともわざわざここに立ち寄るなんてことはしなかったけど――まさか“女神のしもべ”なんて屈辱感溢れる称号で伝わってるとは思わなかった。
「再び魔物が現れたのは、女神がお戻りになっていないからだろうか」
「――え?」
「やはり、女神の代理たるフォルケンセ神では力不足ということか」
私とカシェルの頬が、ひくりと引き攣った。
いや、力不足は女神の方だし、森の神フォルケンセは女神の上司だってのに、こうもいろいろ改変されて伝わってるって……あ、もしやアレか。
仕える相手が美しい女神からむさいおっさん神に変わって現実を直視できなかった神官たちの逃避のせいなのか。
絶句する私たちに、テル坊がちらちらと横目に視線を送ってくる。
「ともかく、そなたは勇者たる証を持っているのか? それが無くては、そなたを勇者と認めることはできぬが」
「ああ、これから取りに行きます。資格がなくては手に取ることもできない、由緒正しい勇者の剣をね!」
「――おお!」
気を取り直し、ドヤ顔で断言する私に、王様が目に見えて安堵する。
出自不明の少年が自分は勇者ですといきなり主張したところで、ただの不審者でしかないもんな。自称勇者をホイホイ認めていたら、勇者の大安売りになってしまう。
そして、ゲームでそこらへんの事情が省かれてたのは、容量が足りなかったこと以上にうだうだ語られても面白くないからだろう。
オープニングとかチュートリアルとかというのは、ダラダラと設定を語られるより、わかりやすくサクサク進むことの方が大切なのだ。
「では、剣を持ち帰り、それがたしかに勇者の剣であることが確かめられた時に、そなたこそが勇者であると認めよう」
「はい、任せてください!」
テル坊がいい笑顔で返事をする。
さっそく明日にでも出発して、さっさと剣を持って帰ろう。
「あっ、あと王様、ひとつお願いがあるんです!」
「なんだね?」
だがしかしこれで話は終わりじゃなかった。
テル坊のいきなりのお願いに、王様が軽く眉を顰める。私とカシェルも何を言い出すつもりかとぎょっとしてテル坊を見る。
「“ふくし”をお願いします! 道端の花でも何でも売らないと、今日のご飯を食べられない人たちがたくさんいたんです! だから、“ふくし”を!」
「ふくし……? ああ、貧民への施しということか。それは言われるまでもなく、日を決めて行っておるぞ」
「そうでしたか、よかった」
私とカシェルはあたふたとしながら、安堵するテル坊を引き摺るようにして謁見の間を退出した。
謁見即おねだりとか、そこは勇者じゃなくていい。
テル坊は「なんで?」という顔をしていたが、この世界は民主主義社会ではなく封建社会なのだ。絶対王政か立憲君主制かは知らないが、人間の頂点にいる王様に直訴とか、切り捨て御免されたらやばいだろう。
とにかく、今はテル坊が本物の勇者である証を立てるのが先決なのである。
「王様に直接お願いは、勇者の身分証明が終わってからね!」
「でも、“ふくし”は王様の仕事だって、師匠が言ったのに……」
「王様とタメで話してもいいのは魔王倒した勇者だけ! これテストに出るからちゃんと覚えておくこと!」
「はあい」
引き摺られて不貞腐れた顔になるテル坊に、カシェルは苦笑する。
「ああいう偉い人間は、初対面の相手に不躾にお願いされることを嫌うんです。
お願いしたいなら、最初に与える印象は大切ですよ」
「そうそう。だから今はとにかく、お願いより先に勇者証明の剣を取りに行こう。隠したの私とカシェルだし、取ってくるだけなら楽勝だからさ」
テル坊は小さく息を吐いて、「わかりました」と頷いた。





