12.私と勇者の旅
さすが、腐っても女神と称賛すべきか。スーパーゴリラ勇者に進化したオリさんを相手に、まったく引けを取らない戦いぶりだ。
回復防御系だから戦闘能力は高くないと見積もってたのに、当てが外れた。
おまけに、神だけあって魔法抵抗も高い。こっちのデバフ矢はほとんど効果が無く、オリさんへのバフもこれ以上は打ち止め状態だ。
かといって、アベちゃんパーティから誰かを回してもらう余裕もない。
「サーリス、中和の矢はあといくつ撃てますか?」
回復杖と長剣を両の手にそれぞれ持ったカシェルが寄ってきた。
「え? あと二本……回復矢捨てれば三本いけるかな。でも、三本繋いだところでたいして長続きしないけど」
だから、ここぞという時を狙わなきゃと出し惜しみしていたわけだが、カシェルに何か考えでもあるのだろうか。
「見る限り、アレの近接戦能力は秘蹟頼りです。僕がアレの背後に回ってオリヴェルさんの援護をします。彼の力なら、魔法の援護はなくても十分でしょう」
「なるほど……中和矢で秘蹟剥いでる間に物理でキメようってことか。なら、私の攻撃もそっちに集中するよ」
「はい」
――エルフという種族について、お花畑で霞でも食って生きてるみたいなイメージを持たれていることが多いが、それはとんだ勘違いだ。
見目良く知的なイメージに反して、とんでもない戦闘種族でもあるのだから。
まず、エルフに生まれた時点で全員もれなく剣と弓の訓練を受けさせられる。
隠密行動の基礎も叩き込まれて一人前になると、狩りも交代でバリバリこなすことを求められるのだ。
もちろん、捕らえた獲物は肉としてがっつり食べる。エルフが菜食なんてのは、外が勝手に期待してるだけの虚構でしかない。
おまけに、森に侵入者がいれば絶対許さんと問答無用で迎撃に出るし……考えれば考えるほど、かなりの脳筋種族なのではないか。
故に、常は穏健ヒーラー職をしているカシェルの戦闘能力だって意外に高い。
私とオリさんに付き合ってそこそこ戦ってもいたので、実はアベちゃんパーティに見劣りしないレベルでもあるはずだ。鎧だって、間に合わせとはいえ、鎖帷子に板金パーツを合わせた中装鎧という、防御重視に変えている。
「わかった。あっちには私が伝えとく。カシェルの合図で射るから」
カシェルは頷いて影のように移動する。彼は隠密っぷりもなかなかのものだ。
私はオリさんと女神、それからカシェルに注意を払いながら、少し離れたところで弓を構えるエストラスに作戦を伝えた。
アベちゃんパーティはこのまま魔王を惹きつけ、あわよくば倒してしまう方向で動く方針に、即、決定した。
「サーリス!」
カシェルの合図に合わせて魔力中和矢を射る。狙いは女神本体だが、当たったのは女神の足元の床だ。
そして、女神を中心に中和フィールドが広がった。
オリさんの持つ剣の輝きが消える。
魔力が消えたことに気づいた女神が、その効果範囲を離れようと身体を捩っ……たところで、カシェルが女神に蹴りを入れた。
たたらを踏んだ女神が、また範囲内に戻る。
『わっ、わたくしを……女神たるわたくしを足蹴に!』
激昂する女神に、私とオリさんが容赦ない斬撃と射撃をお見舞いする。女神は『ヒッ』と悲鳴を上げて、すぐに回避へ専念し始めた。
カシェルの見立てどおり、女神の素の戦闘能力はたいしたことなかったらしい。
それでも女神は、手にした小剣でゴリラ全開のオリさん相手に必死に応戦している。
とはいえ、オリさんもまったくの無傷とはいかない。女神の反撃であちこち傷を負っているが、もちろん魔力中和エリアの中では回復なんてできない。
ここからは、オリさんが先に倒れるか女神が先に潰されるかのチキンレースになるんだろう。たぶん。
「ちょっとでも回復できれば違うんだけどな……」
女神が中和範囲から出ないよう牽制を含めた矢を射込みながら、私はアベちゃんパーティを確認すると、さすが次代勇者だという安定した戦いぶりを見せていた。
ゴリラ度ではオリさんに遠く及ばなくても、魔王の手の内を知り尽くしたうえで、巧みに一手一手を積み重ねているし――基本はひまわり攻撃とか、正しく数の暴力の基本を踏襲している。
時折、魔王から“闇の霧”が放たれたりアベちゃんの光のカケラが輝いたりしているけれど、魔力が中和されるこちらへの影響はもちろん皆無である。
なんだか消化試合っぽくなってきたぞ。
ラスボス+αなのに。
「サーリス、次を!」
「あっハイ」
「オリヴァルさんは半歩右へ!」
「了解」
カシェルの合図で次の中和矢を射た。
見ていると、女神を足払いで転ばせた上でオリさんを範囲からほんのちょっとだけはみ出させ、そこに回復杖を使うとか……次の矢のタイミングといい絶妙な移動加減といい、カシェルは私よりも私の矢の効果を熟知してやいないだろうか。
オリさんをスーパーゴリラへ変貌させたダンジョン周回は、カシェルを戦闘の匠へと変えてもいたらしい。
「サーリス、ぼーっとしてないで援護を!」
「あっハイ」
魔力中和で秘蹟をほぼ封じられてしまった女神は、正直、オリさんとカシェルの敵じゃないようだ。
火力任せに正面から殴る、由緒正しきゴリラのオリさんを、カシェルが巧みに誘導して女神の移動も阻害して……女神の勝ち筋がカケラも見えない。
弓という遠距離攻撃の利点を活かして、オリさん対女神とアベちゃん対魔王のそれぞれの戦いを俯瞰で見ながら、私ははあっと溜息を吐いた。
同じように距離を取って弓を射るエストラスが、そんな私に肩を竦める。
そしてとうとう魔王が倒れ、その断末魔が王座の間に響いた。女神が弱々しい悲鳴を上げ、逃げ出そうと周囲を見やる。
もちろん、カシェルとオリさんに隙はない。
『不遜な……女神たるわたくしを弑して神殺しの大罪を犯そうというの!?』
「女神だからと僕たちを弄んだのはあなたが先です。僕たちは真っ当に報復をしているだけですよ」
どうでもいいけれど、最後の中和矢の効果はそろそろ切れそうなんだが――もしやその前にぐっさりやっちゃうつもりなのだろうか。
本当に。
ギリギリと歯噛みしながらこちらを睨む女神を前に、オリさんとカシェルは無情にも剣を振りかぶる。
このシーンだけ切り取れば、我々こそが悪役だろう。
まあでも、「お前はやり過ぎた」って奴なんだから仕方ない。
心の中でナンマンダブと両手を合わせつつ、私も次の矢をつがえ弓を引き絞る。
アベちゃんたちは魔王戦にギリギリ勝利の疲労困憊ゆえ、手は出さないながらもこちらを見守っていた。
――と、そこにいきなり、ものすごい光の奔流が降り注ぐ。
いったい何が? まさか女神に助っ人!? マジで!?
と慄きつつ、あまりの眩しさに思わず閉じた瞼をおそるおそる開くと、そこには輝く巨大な腕と、鳥籠のような檻に閉じ込められた女神がいた。
オリさんとカシェルはふたりとも剣を振りかぶったポーズのまま、私も弓を引き絞ったまま、凍りついたようにぴくりとも動けずにいた。
『すまぬが、この女神を弑すること、見過ごすわけにはいかぬ』
むすめ? と私は首を傾げる。
女神って、誰かの娘だったのか? と。
「――まさか、森の神フォルケンセ、ですか」
ようやく動けるようになったカシェルとオリさんが剣を下ろす。
さすが元女神の神官か、神話にも詳しいカシェルには、すぐに男神の正体がわかったようだった。
私は、ああ、そんな神様もいたなあなんて考えながら、弓を下ろした。
『いかにも。彼女の傲慢は私が詫びよう』
輝く腕がしゅるしゅると縮んで、同時に女神の入った鳥籠も普通サイズの鳥籠に縮んで、ちょっといかつい、しかし眩い神気を纏った男神の姿に変わる。
さすが、女神とは格の違いを感じる。
『さまざまな事情ゆえ、ここまで介入することが叶わず、そなたたちには苦労をかけた。この事態を憂いていた善き神々を代表し、私から詫びと礼を言う』
こうやって、人々の目の前に女神以外の神が降臨するなんて、エルフの伝承ですら聞いたことがない。
私はもちろん、オリさんもカシェルもアベちゃんたちも、あまりの出来事に驚愕したまま、ただ頷いていた。





