受け取る覚悟(バレンタインSS)
それは一足早い春の気候が心地よい、ある日のことだった。
街まで買い出しに出ていたアレンは予期せぬ事態に見舞われていた。
「あの、クロフォードさん。これ……どうか受け取ってください!」
「む……?」
馴染みの雑貨店。
そこでいつも通り日用品を買い込んで、会計を済ませた後のことだった。
顔見知りの女性店員が、手のひら大の箱を突然取り出してきたのだ。箱は綺麗にラッピングされており、ご丁寧にリボンまで巻かれている。
「何だ、それは」
「えっと、その……ちょ、チョコレートです……」
「ふむ」
店員はおどおどと答える。
その箱をじっと見つめてアレンはしばし考え込んだ。やがてぽんっと手を叩く。
一度はしまった財布を取り出しつつ、アレンは肝心なことを訊ねた。
「よし、それももらおう。いくらだ?」
「えっ!? ち、違います! 会計のついでに買ってもらえるように、カウンターに置いてあるタイプの小さいお菓子ではなくってですね……!?」
店員はあたふたしながらも説明をする。
近ごろ、街では想いを寄せる相手にチョコレートを渡して愛を告白するのが流行っているのだという。
夫婦や恋人感はもちろんのこと、ブームに乗っかって告白する者もいるらしく、世はまさに一大恋愛戦国時代となっている……らしい。
「と、いうわけで……私も、勇気を出してみたんです……」
「なるほど?」
真っ赤になってうつむく店員を前にして、アレンは顎に手を当ててうなる。
話はよーく理解した。
つまるところ――。
(なるほど、美人局かデート商法だな)
このチョコレートを受け取ったが最後、強面の男が出てきて難癖を付けてくるか、高額な商品を買わせようとしてくるか。ふたつにひとつの展開が待っているのだろう。
(しかし……彼女が何か企んでいるようには見えないが)
じーっと見つめてみるが、この女性店員の言葉と態度に嘘はない。
とはいえ誰かが自分に恋愛的好意を寄せるなど――アレンには考えられないことだった。
(やはり、そういうトラップに違いないな)
そう結論づけたのなら、やるべきことはひとつだけだった。
手のひらをかざして、きっぱりと告げる。
「悪いがそいつは受け取れない」
「えっ……?」
「美人局ならやめておけ。俺は自分で言うのも何だが、そこそこ腕が立つ。その辺のゴロツキなら手も足も出ないだろう」
あ然とする彼女に、アレンは淡々と言葉を続けた。
「媚びを売って売り上げを確保する作戦でもいただけない。そんなことをしてもらわずとも、俺は今後ともこの店を贔屓にする。何しろ、街外れの変わり者を快く入れてくれるのはここくらいのものだからな」
「ち、違います! 私は本気でクロフォードさんのことが――」
「そういうわけで、話は終わりだ。失礼するぞ」
何事かを続けようとする店員の台詞を遮って、アレンは荷物を抱えて店を後にした。
通りに出るやいなや、人々がびくりとして目を逸らす。ひそひそと聞こえてくるのは「あれが森の魔法使いか……」といった、恐れと興味の入り混じる声ばかり。
アレンはフードを深く被り直し、ため息をこぼす。
「まったく、この俺に想いを寄せるなど……そんな女性がいるわけないだろうが」
そんなことをぼやきつつ、ひとりで暮らす街外れの屋敷まで足早に戻った。
だから女性店員が青い顔で箱を抱きしめていたことなんて――このときは気付きもしなかった。
◇
それから半年ほどが経ったころ。
アレンは同じ店をまたひとりで訪れていた。あのときと同じ女性店員がカウンターの向こうから顔を出し、にっこりと笑う。
「あっ、クロフォードさんお久しぶりです」
「ああ。今日はこいつを頼む」
「はいはい。いつものやつですね。花の香りのする石けんに、魔物用のペットフードに……」
買い出しのメモを差し出せば、店員はてきぱきと商品を用意する。
あっという間にカウンターには日用品の山が出来上がった。
それらを、アレンは持ってきたカバンに詰めていく。
アイテムを際限なく入れられる魔法道具だ。冒険者の必需品だが、日常生活でも役に立つ。
「これで全部だな。それじゃあ会計を――」
「いえ、ちょっと待ってください」
店員はごそごそと棚を漁る。
そうして出してくるのは、銀紙に包まれた簡素な板チョコで――。
「ご一緒にいかがですか、チョコレート」
「…………いや」
アレンはぴしりと凍り付き、しばらく経ってから声を絞り出した。
錆び付いたカラクリ仕掛けよろしく、ギギギとぎこちなく頭を下げる。
「あのときは、その……すまなかった」
「いいですよ。私ももう立ち直りましたから」
女性店員がころころと笑う中、アレンは冷や汗を流しっぱなしだった。
チョコレートを受け取らなかったあの日から時間も経ち、アレンの生活は一変した。
シャーロットと出会い、彼女と想いを通わせ、人生で始めての恋人となった。
アレンは人を想うことも、誰かに想われることも知った。
だから幸せいっぱいの日々を過ごす中で、ふと半年前のことを思い出したのだ。
そこで改めて「おや……? あれはひょっとしてマジだったのでは?」と気付いた。
気付いてしまって、即座にこの店まで土下座に来た。
そのときには、すでに店員は先ほど言った通り立ち直っていたのだが――彼女はくすりと笑う。
「今にして思えば、あれはちょっとした気の迷いだったなってしみじみ思いますし。どうかお気になさらずに」
「それなら何よりだが……何故、今もまだちょくちょくチクリと刺してくるんだ……?」
「えっ、当然の権利だと思いますけど?」
「まったくその通りなので、今後とも好きなだけ刺してくれ……」
「そのつもりですから、今後ともご贔屓にお願いしますね」
アレンはまた再び深々と頭を下げて、会計を済ませて店を出た。
しかし、そこで待たせていたはずのシャーロットたちがいなかった。周りを見回していると、通りの向こうからぱたぱたと駆け寄ってくる。
「すみません、お待たせしました。アレンさんの方はお買い物は終わりましたか?」
「ああ、問題ない。そっちは何かあったのか?」
「はい。ルゥちゃんたちと一緒に、あちらのお菓子屋さんを覗いていたんです」
シャーロットはほくほくした笑顔で、綺麗にラッピングされた包みを掲げる。
「新作のチョコレートらしいんです。帰ったら一緒にどうですか?」
「チョコ、レート……か」
思わぬアイテムの登場に、アレンはごくりと喉を鳴らした。
シャーロットに付き従っていたルゥとゴウセツはご機嫌そうに鳴く。
『ルゥたちもママにおかし買ってもらったんだよ! いいでしょ!』
『我らはクッキーを賜りました。早く屋敷に戻り、ティータイムとしゃれ込みましょうぞ』
「ふふ、いいですね。それじゃ、ミアハさんたちにもお声を掛けて……アレンさん?」
騒ぐ二匹の頭を撫でながら、シャーロットは笑みを深める。
そんな彼女の手を、アレンはチョコレートの包みごと握りしめた。
そのまま、重い覚悟とともに口を開く。
「……そのチョコレート、心していただこう」
「? アレンさん、そんなにチョコお好きでしたっけ?」
シャーロットはきょとんと目を瞬かせる。
あのとき街で起こったブームは一過性のもので終わったため、知らなくても無理はなかった。
そんな折、雑貨店からあの女性店員が顔を出す。
ガチガチに固くなったアレンのことを遠目に眺め、彼女はくすくすと笑った。
「ふふ……お幸せに、クロフォードさん。私じゃ、あんないい顔はさせられませんからね」
Twitterに上げたSSです。バレンタインは過ぎましたがね!