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2125/12/15 文明を、皆で引き継ぐために

「……着いた」


 どこのどんな道路をたどったかなど、覚えていない。ただひたすら車を走らせて、港を出る船に潜り込んで、泳いで。ぼくは何とかたどり着いた。地球に降り立った、記念すべき場所。距離的に日本領であるはずなのだが、人が住んでいる様子はないし、住んでいた痕跡もない。いわゆる無人島だが、そもそもこの島を所有している人がいるのかさえ分からない。それほどに手入れのされていなさそうな、荒れ果てたところだった。


「船は、無事か」


 着陸した時のまま、船が残っていることを確認する。それもまた、この島に人が入っていないことの証拠になっていた。

 今度の目的地は、今までと比べ物にならないほど遠い。着くまでどれほどかかるのか、計算もしていない。幸いこの船は恒星の発する光を受けて、動力に変換するようにできているから、途中で止まって遭難する心配はない。だからぼくは、流れに身を任せるつもりでいた。


「……さよなら」


 ぼくは短くそう言って、発進信号を船に送る。四方を海に囲まれたその島の様子は、最後に実玲とともに見たあのにぎやかな景色とはまるで正反対だ。とても、同じ日本国内だとは思えない。一瞬全身に衝撃が走って、それから少しふわり、と浮き上がる感覚が突き抜ける。無事に船が飛び立った合図だ。


「やはりか」


 とりあえず発進はできたと、安堵した途端だった。頭の中で響く声がする。


「疑ってはいたが、まさか現実になるとはな。人間は我々のメッセージを無視するような、軽蔑すべき、処理すべき存在ではなかったのか。お前はいつから人間に味方するようになった?」

「君たちは、何も分かってない。ぼくは少なくとも、人間に接していろんなことを学んだ。それはいいことだけじゃない。人間が醜いと感じることも、たくさんあった。その間、君たちはずっと恨みの感情だけで行動してきたのか? それとも、この一年の間、ほとんど何もせずに遊んで暮らしてきたのか?」

「黙れ。いくら調子のいいことを言っても、お前が裏切ったことに変わりはないだろうが」


 話し合いにならなかった。クレイがぼくに警告したことは、ほとんどそのままの形で現実になってしまった。ぼくが言葉を返している間にも、船の外壁に銃弾や触手の当たる音がする。この船はある程度外部からの攻撃を受けても耐えられるような構造にはなっているが、どれだけ耐えられるかは分からない。


「ぐっ……!」


 船が衝撃を受けて、がくん、と揺れる。立ったままで操縦しなければならない構造のせいで、ぼくは自分の身体のバランスをとるので必死だった。ぼくは船の外の様子を見ながら、照準を合わせて光線を放つ。いくらかには命中したが、すでにこちらが上空に飛び立っているせいで、狙いを定めにくかった。その間にもどんどん向こう側の応援が駆けつけてきて、攻撃が激しくなる。


「あと、少しだ。もう少し上に出られれば……!」


 そう思って外を見つめ直したぼくは、驚きで動きを止めてしまった。小型の船がいくつも、ぼくの乗る大きな船を取り囲んでいた。見た目からして、連中の作ったものに間違いなかった。ぼくのような裏切り者が出ることを想定していたのかどうかは知らないが、ぼくが操縦する船より、ずっと身軽そうに動き回る。そして、四方八方から集中砲火を受けた。


「ここで死ぬわけにはいかない……せっかく、ここまでやってきたのに……!」


 ぼくは実玲の顔を思い浮かべる。最後の最後まで穏やかで、優しい顔つきだった実玲。今ここでぼくが墜落して死ねば、実玲に別れを告げた意味がなくなる。醜い形になってもいい、それでも自分の生きる世界に絶望して、悲しむような人がいない文明を作りたい。実玲にそう約束したのに。


”……左、斜め下!”

「弓依……!」

”今はいいから、目の前のことに集中しなさい……生き残るんでしょ?”

「……うん!」


 久しぶりに、弓依の声を聞いた気がした。自我としてぼくの中に残り続けてきた弓依も、一年近く経った今、その存在をかなり感じ取りにくくなっていた。そもそも自我だけでも残り続けることこそ異常だったのだ。弓依という存在が本当の意味で消えつつあるのは、ごく自然な現象だった。今聞いているだけでも、弓依の声がどんどん薄れていっているのが分かる。


”右斜め上、真下、左!”


 弓依は近づいてくる船を順番に見つけて、ぼくに撃ち落とすよう指示を出す。どこでそんな観察眼を身に付けたのかは分からない。ぼくは弓依の指示に従うしかなかった。そのうちに地球らしい星の姿が見えてきた。ひとまず、地球を出ることには成功した。


「ありがとう、弓依。助かった」

”礼……は、及ば……わ。私……あなたに死……は、困るの”

「……弓依?」


 弓依が何を言っているのか、聞き取れなくなる。かろうじて何が言いたいのか、伝わるくらいだ。弓依がどこかに行ってしまうような、という感覚。本で読んだり、映画で見たりしたことのあるその話を、自分が体験することになるとは思わなかった。


”おかしい、わね……地球から、出たからかしら……?”

「冗談を言ってる場合じゃない。弓依……」

”でも、仕方ないわ。だってもう、私は死んで何か月も経つというのに。いまだにイユと行動を共にしていることの方が、おかしいのかもしれないわ”

「……弓依」

”あなたに言いたいことが言える今のうちに。正直、殺されてまで自我として私が残るなんて思わなかった。あなたを恨んだりもしたし、私の顔と身体で勝手なことをされるのが、すごく嫌だとも思った。けれど、だんだんそうも思わなくなった。……今は、もしかしたら、あなたといられてよかった……なんて、思ってるのかもしれない。あなたが根っからの悪人じゃないってことが分かっただけでも、よかった”

「何を言ってるんだ。ぼくは人類が滅ぶきっかけを作ったんだ、そんなぼくが――」

”ありがとう。……元気、でね”


 すう、と胸のあたりが冷たくなる。このタイミングでのその感覚が、弓依と結びつけられないほどぼくは愚かではなかった。ぼくは胸に手を当てて、それからその手を握りしめる。そうすれば、わずかに残った弓依のかけらを、握って離さないようにできる気がした。


「弓依……!」


 思えば、ぼくの周りにはいろんな人がいた。弓依、鴨山、実玲。戊辰会のみんな。ほとんどみんな、ぼくが人間でないことを打ち明けても、驚きはしたが少し受け入れてくれた。本当なら、真っ向から対立して襲いかかってきてもおかしくないのに。ぼくが人間の文明を引き継ぎたいと言い出しても、それを支えてくれる、協力してくれる人ばかりだった。そんな人たちが、一人、また一人とぼくの前からいなくなってゆく。戊辰会のみんな、鴨山、実玲、弓依。ぼくは、最終的に一人になってしまった。


「……これで、よかったのかな」


 でも、最初は一人だった。一人で別の星に行って、一人で文明を作り出すつもりだった。誰の手も借りずに、自分の手だけで。それが、いつしかみんなの手を借りていた。今弓依のかけらを握りしめるこの手は、ぼく一人のものじゃない。ぼくに関わってくれた、全ての人たちの手。


「……もう、失うわけにはいかない」


 その時だった。危険を知らせるアラーム音が、船内に鳴り響く。後ろから隕石か小惑星か、船をはるかに上回る大きさの物体が飛んできていた。避ける余裕はない。


「そんな」


 直後、衝撃が襲う。ぼくは即座に床に叩きつけられて、そのまま意識を手放す。意識が離れてゆくということだけは、何とか認識できた。



* * *



――あの子へのクリスマスプレゼント、何にしようかしら。

――このぬいぐるみとかどうだ。俺はなかなか可愛いと思うけど。


 ふと、そんな会話が聞こえた。それとともに、にぎやかな街の音も耳に届く。


「……ん」


 ぼくは目を開ける。そこはビルとビルの隙間で、すぐそこに見える街とはまるで対照的な暗さを持っていた。ぼくは座り込んで、寝ぼけていた。


「ぼくは……」


 ぼくの記憶は、隕石がぶつかってきて頭を強く打ちつけた、というのが最後だった。目が覚めると、知らない街の真っ暗な公園に、うつ伏せで倒れ込んでいた。確認しなくてもあちこち傷ついていたぼくは、せめて目立たないところに行こうとここに来た。そのまま寝てしまったらしい。


「ここは、どこなんだろう」


 都市部だということは分かる。人の数が段違いで、こうしている間にも、次々と人が通ってゆく。みな楽しそうに会話を交わしていた。だからこそ、だろうか。元いた地球とは、何かが少し違う気がした。でもその違和感を説明することはできなかった。


「……おい」


 そんなにぎやかさの中に、誰かを呼ぶ声が聞こえる。もちろん楽しそうな会話をする人ばかりではないだろう。今この瞬間にケンカをしていない人が一人もいないはずがない。ぼくは、そんな人が相手を苛立ちながら呼んでいるのだろう、と思った。


「そこのお前だ。何をしてるんだ?」


 だが、二度目の呼びかけで気づく。呼ばれているのは、ぼくだった。もう一度目を開けて見てみると、すぐ隣に小さな女の子が立っていた。


「……」

「こんな隙間に座っているなんて。狭いところに挟まって過ごすのが趣味なのか?」

「……そんなわけないよ」

「なら、どうかしたのか? 何だか、困っているように見えたが」

「……分からないんだ。何年何月何日なのか。夜だということは、分かるんだけれど」

「なるほど、記憶喪失か……」


 その女の子は何やら妙に納得したような表情になって、それからスカートのポケットから端末を出して時刻を確かめる。通りを照らす明かりで、少しだけ彼女の亜麻色の髪を認識できた。


「2125年、12月25日だ。今日は楽しいクリスマス。私も、ちょうど相棒とどこかいいところで食事でもしようと、街を歩いていたところだ」

「12月、25日……」


 それは紛れもない、Xデー。あれは確か、午前九時に作戦開始だったはずだ。夜になった今頃は、とっくに終わっているだろう。少なくとも、こんなににぎやかに催し物をやっている場合ではないはずなのに。


「人類は……滅んでいないのか」

「人類が滅ぶ? なんだそれは、あんなことがもう一度あるなど、もうごめんだぞ」

「もう一度……?」


 弓依の記憶によれば、人類が滅亡するような大規模なことは起こっていない。この女の子とは、明らかに話が食い違っている。ぼくは思い切って、彼女に打ち明ける。


「なるほど、言われてみれば。そんなよく分からない液体を傷口から垂れ流す奴が、人間なはずはないな」


 指摘されて、ぼくは全身傷だらけであることに気づく。これで異形だと気づかれなかったのが奇跡なくらいだ。


「……しかし、驚いた。まさか並行世界なるものが、実在するとは」

「並行世界……?」

「私たちがいるこの世界は、宇宙人に侵略などされていない。2125年のクリスマスは、ごく普通の楽しい日だぞ」


 もっとも、楽しい人ばかりではないだろうがな、となぜか得意げに彼女はつぶやく。


「……驚かないのか。ぼくが、人間でないことに」

「あいにく、私も人間ではないんだ。人造人間というべきか、何と言うべきか……とにかく外身は人間そのものという点においては、全くもって同じだ。この世界は人間でない者にも優しいぞ。……まあ、人間を滅ぼして乗っ取ろうとするつもりなら、その限りではないだろうが」


 とりあえず、私たちの家に来い。そんなケガでは、まともに街を歩くことすらできないからな。


 彼女はそれが当たり前のことであるかのように言う。ぼくは立ち上がって彼女の後ろからついていったが、尋ねずにはいられなかった。


「ぼくは見ず知らずの宇宙人だというのに……どうして助けてくれるんだ?」

「私の相棒の教えだ。苦しんでいる人、困っている人を見つけたら、なりふり構わず助けろ。それがいつか巡り巡って、思わぬところで自分に返ってくる、とな」


 改めて見る彼女は、とても小さい。中学生か、下手をすれば小学生ではないかと思ってしまうほど。しかしそれにしては、妙に物言いがしっかりしていた。


「……ぼくは、人間を守れなかった。結局人間の醜さに気づいただけで、人間のために何か行動を起こすことができなかった」

「それなら、今からやればいいさ」


 振り返った彼女は、にっと笑っていた。こちらを心から安心させるような笑顔。


「幸いこの世界は、人類滅亡の危機には瀕していない。が、悪さをする人間がいて、そのせいで毎日どこかで悲しい思いをする人間がいるのは変わらない。そんな悲しい境遇にある人を、少しでも減らすのが私の仕事だ」


 こう見えて私は政府の人間なんだ、と得意げに言う。こんな小さな子どもが。ぼくには到底、信じられなかった。


「私の名前は、庵郷凛紗(あんごう・りさ)。嫌じゃなければ、覚えておくといい。名前は?」

「……イユ。ぼくの名前は、イユだ」

「イユか。悪くない名前だ」


 行くぞ、イユの話をいろいろ聞かせてくれ。


 凛紗はそう言って、どんどん歩くペースを速めて行ってしまう。ぼくは何だか嬉しくなって、全身傷だらけなのに小走りで凛紗に追いつく。


 ぼくが作り出そうと思っていた文明は確かに、きっと。ここに、ある。




―完―

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