第七十五話 それぞれの想う人
二人の尾行にバレてしまい、私はルーシャ姉様と合流する為にシラフさんと二人で彼女の元へと向かっていた。
「それで、ルーシャは今何処に?」
「えっと、多分他の小物店にいると思いますよ。
二人の監視を私は頼まれていたので………」
「そうか……全く手前の掛かるお姫様だな……。
それにしても、どうして俺達を尾行していたんだ?」
「それは……シラフさんがあの人とどんな関係なのかについて気になったので三人で調べていたんです。
お二人の距離がその、とても近くて親しげに見えていましたから」
「なるほどな……。
確かに、あんなの見せられたらそういう関係じゃないかと、誤解されるのも無理はない。
目立つ行動も多々あったからな。
とにかく、あの人と俺との間にはそういう類いの関係は一切ないよ。。
その事についてご理解してもらえれば何よりだ」
「あはは……、分かりました。
あの……それでは?
一体、あの人と一体どんな関係なんですか?」
「いや、それも別に大した物でも無いよ……。
なんというか、学院に向かう途中に知り合った程度だからさ……。
主に、彼女の主関連で繋がっているというか」
「そうでしたか……」
シルビア様としては、俺達の関係について何か気になる事でもあるんですか?」
「……シラフさんは好きな人はいるんですか?」
「えっ……?
あーその、急に言われても困りますね。
こちらとしては、正直そんな相手が居ない事くらいわかっているかと思いますが。
ほら?第一、そういう類いの話はあなたのお姉さんであるルーシャがすぐに勘づいて面白がって向こうからかってくるでしょうに………」
「それはそうですけど………。
ちゃんと答えて下さい、シラフさん!
真面目な話なんです……!!」
「……そう言われましても……。
どうしてシルビア様がそんな事を聞くんです?
まさか、ルーシャから俺の弱みを探れとか変な事でも言われたりました?」
「いえ、違います。
そうじゃないんです。
あなたは例え未熟だとしても、サリアを守り抜く騎士の一人、ルーシャ姉様専属の護衛役です。
そんなあなたが優柔不断に多くの女性達と関係を持っているのがどうしても私個人として許せません。
だから、今ここではっきりと答えて下さい」
「いやまあ、その………。
確かに周りには女性が多いですが、そういう人は」
「答えて下さい、シラフさん!!」
私が目の前の彼に問い詰める。
ここではっきりとして貰わなければ姉様はきっと想いを抱き続けたままでいてしまう。
例え姉様以外の人物に好意を抱いていたとしても。
いや、それでも私にとっては………。
「………。
俺はその人を覚えていません、それが答えです」
彼から告げれたその答えに私は疑問を抱いた。
「え………。
それって、どういう事ですか?」
「覚えていない、そのままの意味ですよ。
俺はその人の顔も名前も忘れてしまったんです」
彼の言葉はとても淡々としていた。
それは既に過去の出来事であり、その人の事を完全に忘れてしまっている……。
どれくらい前なのか分からない、そしてその人が姉様なのかそれ以外なのかも分からない。
「…………。」
「唯一覚えているのは、俺はその人に何か贈り物をした事だけです。
それが何かが分からない、恐らく一目それを見れば思い出せるはずですから……。
これが俺の答えです、シルビア様。
納得してくれましたか?」
「そうですか……」
目の前の彼の言葉に何を言えばいいのか分からない。
しかし、彼の言葉で何かが引っ掛かる事があった。
話してくれた事の中で、これまであった出来事の中に何かが大きく引っ掛かる……。
「シルビア様?
そろそろ時間も厳しいですし行きましょうか。
ルーシャも今頃俺を探し回っているはずですからね」
「あ、はい……。
そう……ですね……。」
何だろうこの違和感は……。
何か重大な事が抜けてしまっているような……。
この感覚は一体なんだろう?
「シルビア様?」
「何ですか、シラフさん?」
「シルビア様はどうなんです?」
「どうとは?」
「俺に好きな人が居るか聞いていたので。
あなたはどうなのかと、思ったので」
「…………」
「まぁ、シルビア様も年頃ですからね。
そういう相手は誰かしら居るんでしょう」
「………そうですね、ええ。
勿論居りますよ、そういう人が………」
「好きな相手の事なのに、表情が暗いですけど?
何か、ありました?」
「…………居ても、居なくても関係ありませんから。
私、学院を卒業したら政略結婚が決まってるので」
「…………」
そう………。
私は、この学院生活を終えたら婚約が決まってる。
そもそも私は、この婚約を受け入れる条件の下で学院に通う事ができたのだ。
姉様達のような立派なサリアの王族となることを目指す為に、私はその条件を受け入れたのだから。
「それは、その……なんというか……」
「珍しい話でもありませんよ。
王侯貴族の大半は政略結婚ですからね。
私もその一人ってだけの話ですから………」
「えっと、ちなみにお相手はどういう御方ですか?」
「そうですね……、家柄は悪くはないです。
年齢もあまり離れていませんし……。
でも、きっとその人は私以外と結ばれる方が幸せなんだとは思います………。
例えば、ルーシャ姉様の方が私よりもずっとずっと相応しいはずなんですから………」
「それは、つまりお相手との婚約には前向きだけど、自分とは不釣合いに感じているという訳ですか?」
「そうですね、そういう感じです」
そうに決まってる、だって私のお相手は……。
「大丈夫ですよ。
シルビア様もちゃんと魅力的ですから。
ルーシャもほら、学院に入ってから色々と頑張って今みたいな感じですから。
シルビア様も、これから頑張ればきっとそのお相手に相応しい立派な人物になれますよ、必ず。
姉達が揃って優秀なんですから、シルビア様もきっと大丈夫に決まってますから」
「そうですね、そうなれば良いですけど。
私、姉様達みたいに大人っぽくありませんから。
体型もまだまだ子供っぽいですし、未だに姉様達からも小さな子供扱いです。
それは、シラフさんも同じようですし………」
「いや、自分は別にそんなことは………」
「無理しなくていいです。
姉様達は、父方のお祖母様似で今の私くらいの頃から大人っぽいみたいですけど。
私はお母様似みたいですからね………。
その影響で、体型は勿論顔も童顔っぽくてみんなからはいつもいつも子供扱いでしたから」
「いやでも、これからですよ。
学院での生活が続けば、年月と経ちますし自然と大人っぽくなりますって、必ず、ええきっと」
「そうですね。
じゃあ私、それまでは今の姿で頑張ってみます。
その人が、少しくらいは私のことを意識してくれるように………」
「その意気ですよ、必ず上手くいきます。
俺は、応援してますよシルビア様を。
王女として、一人女性として将来きっと素晴らしい御人になって、良い御方と結ばれてくれると信じていますから」
「姉様が羨ましいです、本当に………」
横を歩く彼に聞こえないように、私はそう呟いた。
そして、私よりも二回り以上大きい彼の手を取る。
「早く行きましょう、シラフさん。
ルーシャ姉様が待っていますから」
いつかは伝えなくてはいけないのだろう。
あなたが少しは振り向いてくれるように……、
私は、あなたの婚約者となるべくして学院に行くことを受け入れたのだから………。




