第六十話 闘いの祭典
帝歴403年9月3日
この日、ラークにおいて第348回闘武祭が幕を開けることになった。
今年の闘武祭の参加者は総勢110万人程。
学院の生徒の内の役20分の1に及ぶ程である。
この祭りの予選は四つのエリア別に分かれて行われ、一つのエリアから決勝に進められるのはたったの4人。
4つ存在する各エリアからは、総勢16人が集められた後に決勝トーナメントが改めて行われる。
予選は数の都合上何試合も一日に行われ、対戦相手は各生徒の端末に通知が届く仕組みである。
この期間は学院の授業を闘武祭出場者に関してはある程度免除されており戦いに専念する事が可能。
その代わり、一日に何試合も行うという苦行を行わなければならない。
対戦相手の組み合わせによっては、連日あるいは数時間おきに手練れの者達を相手にしなければならないのだから。
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帝歴403年9月12日 オキデンス第4競技場において
「さあ、本日の目玉とも言える対戦カード!
サリアの姫君、シルビア・ラグド・サリア対同じくサリア出身のシン・レクサスの登場だぁ!!」
「「「ーーーーーーーー!!!」」」
盛大な歓声に包まれて私と対戦相手の選手が入場。
お互い着ている服は学院の制服、戦闘用では無いが向こうも同じ条件。
対して気にしなくても問題ない。
「その、本日はよろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ。
サリアの王女様に恥じぬよう頑張らせてもらいます」
観戦が一際大きくなる。
そして、目の前に立つ女性から放たれる冷たい殺気が突き刺さった。
「それでは、試合開始!!」
試合開始を告げる鐘が鳴り、再び歓声が沸く。
綿達を囲むように巨大な結界が構成された。
「「戦闘を開始します」」
お互いに同時に武装を展開する。
私が構えたのは白い長銃、対戦相手であるシンが構えたのは双の短剣。
お互い出方を警戒するので武装を展開しても全く動けない。
この人、今までとは明らかに違う……。
今までの対戦相手は開幕先手を狙ってくる事が多い。
故に単調な動きが最初に来ることが多く、これまでシラフさんに教えてもらった戦い方で多少実戦に不慣れな私でもある程度は勝ち続けられたのだ。
しかし目の前の相手は、今までとは違う。
同程度、いや今の私より確実に強い相手だ。
「なら、先手はこちらがもらいます!」
私は先手に打って出た。
魔力を込め神器の力を借りると、私の姿は空気に紛れて消え去る。
格上なら私に出し惜しみする余裕はない、一気に短期戦に持ち込んだ方がいい。
そして彼女の背後へ瞬時に回り込み魔力の弾丸を放った。
銃撃音が響くとほぼ同時に、目の前の彼女は自分に向けられた弾丸をその短剣で容易く迎撃する。
相手の迎撃による反応速度からして既に弾道を捕らえたのだろうか、そんな思考を過ぎる間もなく、彼女の姿はそこにはなかった。
「なるほど、流石です。
どうやら貴女は、あの短期間に恐ろしい技を身に付けたようですね。
正直、私の予想を遥かに超えた実力です」
やはり、見られていたのか?
仮に、相手がこちらの攻撃視線で追えられているのなら、私の技は彼女に意味がないのは明白。
私は彼女から少し距離を取り、全身に施した魔術を解き息を整える。
「インビジブル、光学迷彩の魔術です。
私の神器の力で姿や魔力を捕らえられなくなります。
私の武器は距離が取れないと扱えませんから」
「相手に能力を明かすとは、随分と余裕ですね」
「こちらの種をあなたは既に見破っていたでしょう。
こちらの魔力を探知する部類の魔術、あるいは能力か技量か経験か………。
それにあなたの事は、事前にある程度調べています。
お父様、サリア国王の特別な計らいによってあなたの主であるラウという殿方と共にこの学院へと来たそうですね。
シン・レクサスさん」
「それが何か問題でも?」
「以前、お父様から聞いた話があります。
ホムンクルスと呼ばれる存在の話です」
「…………。」
「私はあなたに以前お会いした事があります。
六年程前でしょうか?
その時はもう一人の女性がいましたね。
帝国の元科学者、ノエル。
その人に仕えていたのがあなただったはずです。
そんなあなたが何の目的があってこの学院にいるのですか?」
「マスターは、ノエルは既に亡くなっています。
私は彼女に託され、今の使命を果たす為にここにいるだけですから」
「それが、あなたの意思ですか……」
私は全身に魔力が込める、自分のの周りから光が包み全身に力が満ちてくるのが分かる。
一応、私も神器の力によって敵の情報がある程度は手に取るように視えていた。
グリモワール・デコイ、総表示された文面が彼女の頭上に表示されている。
私はこれを何処かで見たことがあるのだろうか?
そして、この神器のこの能力。
恐らく先代契約者、あるいは自分がかつて相対した事のある神器が関係する何か特異な力なのか?
いや、彼女が神器使いであればサリア国内どころか四国の関係にも関わる重要な事だろう。
それでも今は気にしない方がいい。
目の前の彼女を倒さないと私は勝ち進めない。
今の私に課せられた使命を、投げ出すわけにはいかないんだ!
「ならば私も、あなたに全力をもって応えましょうか?」
そう言って、私と同じく目の前の彼女の魔力が高まっていくのを感じた。
殺気が高まり、警戒を強める。
すると彼女の皮膚からは、規則的な幾何学模様が浮かび上がっていき淡い赤の発光をし始めた。
「グリモワール・デコイ起動。
対象を契約者と判定。
攻撃対象アイテールを認識。
これより戦闘を開始します」
「対象の観測を開始。
グリモワールの観測を確認。
対象の危険性を判断。
これより対象の殲滅を開始します」
お互いにお互いの情報が見えている。
身体能力、魔力の総量、戦闘経験、これから来るであろう相手の戦闘パターン。
全てが同程度読まれていると思っていい。
つまり、この戦いは先に読み合いを外した方が負ける戦いなのだ。
長期戦は必須だと確信した。
思わず僅かなため息が溢れるが、どうしてか分からないが私は何故か笑っていた。
この戦いに高揚感を、快感を覚えている。
今まではただ辛いだけなのに。
目の前の相手を超えたい、その衝動がこの小さな身体に戦意を強く駆り立ててくる。
高ぶる精神に身を任せ、身体に熱が帯びていく。
刹那、お互いの体が動き始めると思考の読み合いによる長い戦いが幕を開けた。




