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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
ep The fallen emperor
326/327

そう、何度でも……。

 アーゼシカとの会話も終わり、俺は一人で帰り道を辿っていた。

 途中で彼女と別れ、そして端末内には溜まった着信の履歴が数多く。

 十件程度の内容、そのうち5件くらいはレティアからの連絡である。

 

 「何時くらいに終わりそう?」

 「私達、先に帰っちゃうよーー」

 「ルークス、まだ終わらない?」

 「夕飯全部食べちゃうよーー!!」

 「今日何時くらいに帰れるのー?」


 等、なんともいつもの彼女らしい内容である………。

 シグレやミナモ、ラクモからも同様に何件か連絡はあったが、すぐに返信しなかったのはマズかったかも知れない。

 ミナモの事だから、変な誤解を招く発言をしていなければよいだろうが……?

 いや、レティアもその場に混ざってあらぬ誤解は重なって、シグレまでも変な思い込みをするかも知れない。

 それに先輩達も面白がってたり………

 

 そんな予想が浮かぶ中、俺はレティアからの文面に視線を向けていた。


 「…………」


 アーゼシカとの会話で出てきた彼女の話題。

 その内容は良いものではなかった。


 今まで彼女に抱いていた違和感の正体。

 外の肉体とはかけ離れた精神的な幼さとでも表現出来るのだろうか?


 今までは彼女の個性として受け止めていたものだったが、あの人格形成に至るまで何度も繰り返していたのだろう。

 今の彼女は、出会った当初と比べて僅かだが大人びているとは思う。

 いや、出会った当初は同年代よりも大人の女性という印象が強かっただろう。

 

 しかし、彼女と関わるようになってその内面は明らかになり、彼女の精神面を垣間見ることが出来た。


 ただその中でも印象に残っていた要素。

 俺が彼女を見捨てなかった理由そのもの………。


 王族としての姿、第一王女としての自覚を持って彼女なりに懸命に努力している姿である。

 自身の駄目なところを分かっていながら、人望を集める理想像を演じていた。


 彼女の素の一面を知ってからは、彼女のそのひたむきな姿には素直に尊敬している。

 本人にそんな事を言うのは恥ずかしいが………。


 「……三年、か………」 

 

 三年、それが今の彼女。

 今までの彼女が繋いできた時間の全て………。


 その限られた時間でした今の彼女は存在できない。

 この事実を知って今、彼女のこれまでがどれだけ困難な道であってのだろうかと、思わず考えてしまった。


 過去の記憶が存在せず、最悪立つことも話すこともままならない状態で日常生活を過ごす。

 これだけでも難しいのは言わずとも分かる。


 手足が不自由になったラクモでさえ、義肢に馴れるまでに一ヶ月近くは要した。

 常人でも数カ月は掛かること、しかしレティアの場合はその状態でこのラークに通っているという事である。


 自分の記憶がいつ消えるかも分からない。

 仮にも世界随一を誇るこの学院に入学している時点で相当なものだと言えよう。

 加えて彼女は王族としての重圧がある。

 

 どんな覚悟でどのような想いで過ごしてきたのだろうか?

 あの笑顔の裏にあった苦悩の数々は想像できない。


 俺の知る彼女は常に笑顔ばかりだった。

 なら、笑顔を振り向けられたのは何故だ?


 諦めていたなら、そもそも学院に通う真似はしない。

 王家としての務めを果たす為に、彼女は表の顔として第一王女としての威厳を示している。


 実際の彼女はそうではない。

 並の人間より要領も悪いのは勿論、当人も周りより劣っている事は自覚している程なのだ。


 それでも、境遇に諦めず乗り越えようとしていた。


 そして彼女は毎日、笑っていた。

 その姿は他の生徒達とそう変わらない程に………。


 「…………」


 思考を巡らせながら帰路を辿る。

 その中で思い浮かぶのは、これまで過ごしてきたレティアとの思い出………。


 他愛もないやり取りの一つ一つ………。

 少々礼節に欠けながらも、それでも明るく振る舞う彼女の姿………。

 俺自身やミナモやシグレ、ラクモや先輩達とも分け隔てなく接する彼女との日々………。


 そんな今の彼女は三年で失われる。

 そしてまた新たな自我を獲得しても、同様に三年程度で失い、ソレを繰り返す。

 

 アーゼシカが告げた魔力の寿命はあくまで指標。

 実際は三年も保たない可能性もある。


 加えて、何度もその繰り返しに身体は耐えきれる訳もなくいずれは限界が訪れるとのこと。

 彼女は大人になるまで生きられない可能性が高いとなれば………。


 それはつまり、このラークへの在学中に亡くなる可能性があるという事だ。


 彼女はソレを承知の上でこの学院に訪れている。

 

 以前、幼い頃から彼女を知るというクラウスの言っていた言葉……。


 まだ、大丈夫………。


 この言葉の重みは如何程のものなのだろう。


 どうしてレティアは、ここまでするのだろうか?

 王族としての務め、責任感からか?


 まともな王族、いや身内相手に死ぬとわかった上でこんな真似はさせないだろう。

 彼女の容態をアーゼシカ、当時のノエルから彼女がそう長くは生きられないと知っているなら、まずそんな無理はさせないはずだ。


 少しでも長く生かす為の延命措置は幾らでもするはずである、なのに………彼女は此処にいるのだ……。

 

 つまり、何らかの理由で彼女はこのラークへ通うことを自らの意思で決めたということ。

  

 何が彼女をそうさせた?

 本来なら誰かが止めるべきだったのでは?

 

 そんな思考を俺は何度も繰り返していた。

 直接、彼女に理由を聞くか?


 いや、それもどうだろうか?

 俺に、俺達には自らの事情をこれまで一切語らなかった程である。

 知られたくなかったからこそ、彼女は隠し通した。


 打ち解けた相手だから、相手を気遣っての優しさから来たものかと普通なら思う。

 言われたところで、どうにかなる訳でもない。


 だが、何故だろう……。

 例え真実を伝えられなくとも、何かしらの形で言えるべきことはあったのではと思ってしまう。


 彼女が王女だからではなく、友として何らかの形で寄り添える、手を伸ばせる何かがあったのではと……。


 ………違う、そんな事を思いたいわけじゃない。

 そんな都合良い事を望んでる訳じゃない。


 「俺は………」


 俺は、彼女にどうして欲しいんだ?

 レティアにどうあって欲しいんだ?

 

● 


 何か明確な答えも見つからないまま、気付けば寮の建物が見えてきた。

 時刻は既に夜の八時を過ぎ、ヤマトに居た頃なら門限をとっくに超えてお叱りを受けても文句は言えない時間帯である。

 

 「………誰か、居るな?」


 入口前でうろうろと彷徨う人影が目に入る。

 距離が近づき、その人影の正体がようやく分かる。


 この辺りでは珍しい長い金髪を後ろにまとめた、レティアであった。

 そして、向こうの彼女も俺の存在に気づいたのかゆっくりと歩み寄ってくる。


 「おかえり、ルークス。

 向こうでの用事、結構長かったよね?」


 「ただいま、レティア。

 悪いな、向こうでちょっと色々あって………」


 「そうなんだ、あとそうだ!

 ルークスの分の夕食もちゃんと取り分けてあるからって、ラクモが言ってたよ。

 今、ミナモと先輩達は売上げの集計作業で忙しいみたいでさ……」


 「それで、レティアは何をやってたんだ?」


 「ルークスが心配だったから、外で待ってたの。

 まさかこんな夜遅くになるなんて思っても見なかったけどさ………」


 「そうか、それは悪い事をしたな」


 「全くもう、みんな色々と気になってたよ?

 あの、アーゼシカって人とどんな関係なのかって結構話題に挙がってたんだから。

 ミナモ曰く、昔好きだった女性説?ってのが濃厚らしいけど……」


 「なんだよソレ、そもそも俺とあの人は今回が初対面なんだからあり得ないだろ。

 まぁ、向こうは俺の事を前々から知ってたぽいが」

 

 「そうなんだ、やっぱりその帝国関連の?」


 「なんというか、どう説明するべきか………。

 まぁ、帝国関係の人間っていうのは間違いないよ。

 ただ、厳密に当時を知るよりかは情報として事前に知っていたというか………。

 とにかく、帝国について色々知ることが出来たよ。

 俺の両親についてだとか、まぁその色々と………」


 「そうなんだ、あとで色々聞かせてねルークス?」

 

 と、いつも通りの様子でレティアと言葉を交わす。

 目の前の彼女はいつも通り、そう……。

 俺の知るレティアは、そこに居た……。


 だが、本当にそれだけか?

 本当にいいのだろうか?


 「ルークス?」


 ふと気づいた時、レティアは俺の頬に手を伸ばしてふと、その右手の指先で頬に優しく触れてきた。


 「大丈夫、熱とかじゃないよね?

 やっぱり向こうで何かあったの?」


 そう言って、俺の顔をまっすぐ見つめるいつもの彼女の顔がそこにはあった。

 その視線に温もりに一瞬だけ安心感を感じた、しかし間もなくそれは不安に変わって心が押しつぶされそうになる。

 

 どうしてだよ?


 どうして、レティアは自分じゃなくて俺なんかを心配出来るんだよ?


 「……、俺は……」


 「ルー……クス?」


 「分からないな、俺には……」


 「………」


 「何で、出来るんだ?

 どうして、レティアは俺なんかに優しくするんだ?」


 「………、やっぱり辛い事でもあった?

 今のルークス、そんな顔をしているよ」


 「………」


 レティアはそう語って、指先は手のひらに変わって俺の頭を優しく撫でてきた。

 そして優しく、彼女は語りかけてくる。


 「ルークスは私を助けてくれたから……。

 私だけじゃない、ミナモも、ラクモも、先輩達もみんな何かしらルークスに助けられてる。

 だから私も力になりたいの、ルークスが助けてくれたように私もあなたを助けたいから、力になりたいから」


 でも、違う……。

 俺が聞きたい事はそんな言葉じゃない……。


 「そうじゃない……。

 そうじゃないんだ、レティア……」


 「………、ルー……」 

 

 「帝国のノエルを知ってるか………」


 俺がそう告げた瞬間、レティアの手が指先が俺からゆっくりと離れていく。

 何も言わず、視線は俺を見ていて見なくなった。

 彼女は何処か、遠くを見ている気がした。


 「………、ノエ…ル……」


 「………」


 「何を聞いたの?

 その人から、何を聞かされたのルークス?」


 「ノエルから直接聞いた訳じゃない。

 彼女を知る人物から……話題に挙がったんだよ。

 レティア……お前のことが」


 「聞いたの、私のこの身体のこと………」


 「ああ、詳細に関しては俺の理解を超える範囲だったが、大まかなことは聞いた。

 お前が脳機能の多くを失い、かつてノエルが施した魔術によって生かされていること。

 その結果、数年程度しか自身の記憶を保てないこと。

 そして、大人になるまで生きてられる保証がないことも、その明確な治療法が今現在も目処がないことも」


 「………そう」


 「この話の詳細は俺と当人達以外しか知らない」


 「うん、そっか……。

 聞いちゃったんだ、私のこと全部……」

  

 「ああ」

 

 「………そっか……そういうことか……。

 余計な心配させちゃったか、私………」


 「…………」


 「そうだよね……。

 あんなの聞いたらそうなるよね………」


 「レティア」


 「そうだね、多分ルークスの聞いた話は全部本当のことだと思うよ。

 私も、そのことはちゃんとわかってる。

 分かった上で、此処に居るから。

 いつかは自分の口から何かしらの形で伝えなきゃいけないとは思ってたんだけどね………」


 「そうか」


 「ルークス。

 この際だから言うけど、今の私は今年で死ぬ。

 厳密に言うなら、私の記憶が私じゃない私の記憶として身体に残るみたいなものなのかな。

 上手くは言えないんだけど、感覚としては私じゃない誰かの記憶が今の私に重なってる感じかな………。

 完全に消えるというより、成り変わるようなものだと思う。

 これまで何人の私が居たのかは分からない。

 だから、これまでの私が今の私につなげる為にこの手帳があるの………。

 この手帳がレティアという人間を何度も何度も繋いだ証なの………」


 「怖くないのか?」


 「怖いよ、すごく怖い。

 私が何かした訳じゃない、どうしようもない理不尽な運命………、自分が生まれながらの王族で、それで大人になるまで生きられない。

 すごく怖いよ、だからたまに思っちゃう。

 どうして私なの?何で私が、私だけがこんな目に遭わないといけないのって、辛かった……。

 ううん、何度も何度も記憶を無くすどころかそれ以外の時も泣いてばかり。

 自分の定めから、この呪いのような運命から逃れられなくて何度も泣いた」


 「…………」


 当然だ、そんな話を受け入れろってのが無理な話だ。

 でも、実際それを受け入れるしかないのなら当然泣きたくもなるはずだ。


 「でもね、今を選択出来るのは今の私だから。

 沢山泣いて、沢山辛くて、逃げたくて、抗いたくても無力で……それでも、そこから何もしないか、何かをするかは今の私が決められる。

 その先の未来が決まっていても、その過程の私の選択は、私の歩いた足跡は残り続ける。

 サリア王国の第一王女としても、ううんレティアとして歩いた証を少しでも多く残せるのは、これまでの私が何かをする選択をし続けたお陰だから」


 「何かをする選択………」


 「多くの理不尽で何度倒れても、辛くても、そこから立ち上がらないのは誰かのせいじゃない。

 自分の責任、そうでしょう?

 今の選択は今の私にしかできないこと、この先今の私が居なくてなっても、次の私に繋がないといけない。

 これまでの私が遺してくれたモノを、足跡を、その過程を失わせたくないから。

 家族との思い出も、ルークスやみんなとの出会いも私は全てが無駄だなんて思いたくないから」


 「………」


 「だからね、ルークス。

 一緒に帰ろう、そして明日もまた元気にみんなで思い出を作るの。

 思い出は少しでも多い方がいいでしょ?

 私はルークスと、みんなと一緒で過ごせる今の時間がとても楽しい、そして大切なの。

 だからね、私は大丈夫だよ。

 ルークスと一緒に過ごせる日々がとても楽しいから」


 そう言うと、彼女はまたいつもの笑顔を向け俺の手を握りその手を引いた………。



 これがレティアという人間の本当の強さ………。

 学院での成績、剣の技量、魔力の量や魔術の技術では推し量れない、本当の意味での人の強さ………。


 前を向き続けるその心の在り方………。


 故に俺の彼女に対する心配は無用のようだ。

 なら、俺がレティアに出来ることは………。


 彼女の歩みを、残した足跡を。

 彼女がこれから切り開くであろう苦難の道の行く末を見届けよう。


 「早く帰ろう、ルークス?

 ルークスの分のご飯、私が全部食べちゃうよ?」


 「そうだな、帰ろう………。

 何なら明日から普通に授業だからな……」


 「あっ………どうしよう………。

 課題、幾つか貯めちゃってるかも?

 ねぇ、ご飯食べる前にルークスのレポート一回写させて、お願い!!」


 「分かった分かった、だからそんなに喚くな!!

 良いこと言ったあとにすぐこれかよ………。

 全く、レティア……お前はなぁ………」


 「えー、ほら!!

 早く帰ろうよーー!!

 私これじゃ徹夜しても終わらないーー!!

 また放課後に居残り食らっちゃうからぁぁ!!」


 そして何事も無かったかのように、いつもの調子に戻る彼女。

 先程の言葉を言った者と同一人物とは思えない。


 が、それでも………。


 「はいはい、分かった分かったから………」


 俺は彼女を、レティアを助けたい。


 例え、今の彼女が目の前で消えるとしても………。

 この先何度も彼女が自分を、何もかもを忘れても……。


 俺はそれでも、彼女を救う選択をしよう。


 そう、何度でも………


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