帝国の生き証人
帝歴401年4月11日
時刻は昼を過ぎた頃、本日分の在庫は完売。
ひとまず今日の仕事はもうおしまいかと思いきや、何故か俺達は人集りに囲まれていた。
いや、正確に言うならレティア目当てに彼女のファンが押し寄せ端末を片手に写真を撮りまくっているのである。
彼女の人気に巻き込まれる形で、俺はその横で男装姿のレティアに腕を組まれて、何か色々とポーズを取られこの場はレティアの仮装大会と化していた。
「うわ………流石サリアの王女様、人気が凄いなぁ」
「私も一応、同じ王族なのですけどやはり私とは貫禄が違いますね」
「まぁ、レティアちゃんほんと人気だからねぇ」
と、言いつつ離れて撤収作業をしている先輩とシグレの視線が俺と重なる。
しかし、この期に及んで他人のフリをするのかすぐに視線を逸らした。
「ちょっと、あいつら………」
「まぁまぁ、もう少ししたらきっと落ち着くよ」
「そういう問題じゃないだろ、コレ?
お前が良くても俺が巻き沿い受けてるんだよ」
お互いにしか聞こえない小さな声で隣で腕を組むレティアと会話を交わす。
だが、最初の方は二、三人程度だったのだが噂は噂を呼んで気づけばこの有様だ……。
男女問わず、というかミナモの作品目的じゃなくてレティア目的で人が増えてるのである。
「レティア様の男装姿、素敵ー!!」
「レティア様ぁぁぁ、こっち向いてーーー!!」
「てか隣の女の子誰?
レティア様と仲良さそうだけど、あんな子居た?」
「隣のお姫様もかわいい!!
こっち向いてー!!」
「レティア様も良いが、隣の子も中々………!」
「ねぇねぇ、この後暇なら一緒にお茶でも………」
さて、どうしたものだろうか………。
レティアの人気に呆気に取られて、気づけば自分が狙われてるではないか………。
というか、写真撮ってる奴の数人に視線が向かう……。
何人か必死になって下からのアングルから、俺の着ているドレスの中身を撮ろうとしているではないか。
おい、やめろクソ野郎!!
コイツ等気が動転しているのか、俺が男だと分かってやってるのか?
というか女相手にもするな!
クソ野郎、お前ら全員今すぐ衛兵に突き出すぞ?
「あはは………」
「うーん、次はこんな感じとか……」
そう言って、レティアは俺の顎に手を伸ばし自分の顔の方を向けさせ距離を近づかせる。
「レティア、お前何を考えて?」
「えっとね、確かこの前読んだミナモの漫画でこんな感じの構図があったんだよね?」
「………」
というか、レティアの方が俺の顔一つ分くらいの身長差があるので、なんというか………。
「なんかちょっと首痛くなってきた………。
ルークス、ちょっと屈めない?
ドレス着てるんだし、いい感じに膝を曲げてさ?」
「えぇ……」
「いいから、ほらほら」
そう言って俺の肩に手を伸ばし、無理やり身長差をごまかしていく。
彼女にされるがままに俺は少し膝を曲げて、身長差は若干俺が少し高い程度に落ち着く。
というか、膝曲げた分ドレスのスカートが床に広がって形が崩れていた。
コレ確か、サリアからわざわざ取り寄せた高い奴。
生地を見ればわかる、絶対高い………。
賠償金怖さに汚れが付かないようにしたいが、膝を伸ばすとレティアが首を痛める訳であって……。
彼女に駄々をこねなれるのも困る話。
というか、これ以上一箇所き人を集めてしまうのは流石に困るというかなんというか………。
様々な思考が重なり、対応に困り果てていると後ろから誰かに身体を突つかれる。
思わず振り向くと、ミナモが神妙な顔付きで話し掛けてきたのであった。
「ルークス様、その大変申し上げにくいのですが」
「ミナモ、まさか撤収作業で何かあったのか?」
「いえ、撤収作業は順調です。
その、要件としては………そのですね………」
「今更俺にそんな気を遣う必要があるのか?
こんな格好させておいて、今更過ぎるだろ?」
「あはは、確かにそうですね。
えっとですね、ルークス様にその……。
是非一度お会いしたいというお客様が来ていらっしゃると、いま先程運営側から連絡がありまして……」
「運営を通してわざわざ俺に客人、何処の誰が?」
「ヴァリス王国のアーゼシカという御方です。
あの、ご存知ですか?」
「いや、知らないな。
どんな人物か聞いてないのか?」
「見た目はその、綺麗な黒髪の女性だそうです。
彼女のお連れには黒甲冑の男とその娘さんと思われる御方が同行しているようでして………」
「………」
俺に客人、名前やその姿を聞いて正直心辺りがない。
ヤマトの実家での取引先相手にそんな名前があったような、いやそうであっても俺に会う必要があるのか?
どうする?しかし、わざわざ遠くから俺を訪ねてきた客人を無視するのも勿体ない………。
「ルークス様、どうなさいますか?」
「わかった、すぐに向かおう。
悪いレティア、そういうことだから俺は一旦着替えて客人の相手をして……」
「いえ、そのですねルークス様。
その先程から端末で写真を撮ってる集団の一人に例のお客様がお見えになって………」
「えっ?」
その言葉に俺は思わず、辺りを見渡す。
すると、困惑している俺の様子を見てニヤニヤとしている学生達に混ざる女性の姿があった。
「やあ、はじめましてかな?
私は先程紹介に預かった、ヴァリスのアーゼシカ。
少し場所を変えて話をしようか、ルークスちゃん?」
「あ…、ハハハ……ハイ………」
思考が真っ白になった。
こんな醜態を見られては、俺は……俺は………!!
「これじゃあお嫁に行けないね、ルークス?」
そう言って、呆然としていた俺の肩を優しく叩いてきたレティア。
「俺は、お嫁じゃねぇ!」
果たしてコレが正しい応答なのか分からない。
そして俺は、その場を例の客人と抜け出し乗り切るのであった。
●
会場の更衣室で着替えを済ませ、アーゼシカと名乗る人物の案内の元、俺と彼女は近くの喫茶店に足を運んでいた。
目の前でメニュー表を眺めながら、大人の余裕を醸し出す謎の人物………。
初対面のはずだが、何故か俺は不思議と彼女に対しては全くの他人という気がしないのである。
それかあるいは、何らかの魔術の類いだろうか?
もしくは、俺は本当に何処かでこの人と出会った事があるのか?
「………」
「まだ注文が決まらないのかい、ルークス君?
それとも、私に見惚れていたのかな?」
「いや、そういう訳じゃない」
「そうかい、それじゃあ私はこれにするかな。
ルークス君、注文はどれかな?
値段は気にしなくていい、私が全て持つからな」
「それじゃあ、お言葉に甘えて……」
そして俺は目の前の彼女に自分の欲しい品物の欄を指差し、目の前の彼女が勝手に注文を進めていく。
それから程なくして、注文した飲み物が届くとお互いに口を付けて喉を潤す。
緊張感が拭えない中、俺はもう一度目の前の彼女を確認する。
移動中にも多少会話したが、分かっているのは彼女はヴァリス王国生まれのアーゼシカ・ハインリッヒ。
年齢は秘密、今回仕事の為に同僚と共にこのラークへと訪れたついでに、俺を目当てにこの機会に接触したということ。
で、何で俺に接触したのかそろそろ彼女の口から割り出して貰いたいところである。
「…………」
自分の飲み物に視線を向けながら思考を巡らせていると、目の前の彼女が俺の顔をじっと見てきた事に気付く。
「どうかしましたか?」
「いや、考え込む姿が懐かしくてね。
君の父親そっくりだよ」
女の言葉に俺は疑問を感じた。
「………、どういう意味です?」
「言葉の通りだよ、君のお父上がよく考え事をする際に自分の手に付けた飲み物へ視線を向けていたんだ」
「俺の父親が?」
あの義父にそんな癖があっただろうか?
考え事をする時なんて、あの人は昔からうんうんと唸りながら身体を揺するのが癖である。
明らかに俺とは似てない。
それじゃあつまり、この女性が言っているのは……?
「あー、君が知らないのも当然だよ。
生前のハルク陛下がよくやっていたんだ、昔はいつも勝手に宮殿を抜け出す手段を考えてばかり考えて、まぁよく居るクソガキの一人だったよ」
「あなた、何者です?
流石に帝国を知る人間にしては、幾らなんでも貴方は若過ぎる気がしますが?
魔術で若作りをしているにしても、香水のような特有の違和感も感じない………」
「確かに、私はこの私自身が直接君の父親と関与してきた記憶はないよ。
わかりやすく言うなら、前世の記憶で君の父親の事をよく知っていると言った方が分かりやすいかな?」
「前世だって、本気で言ってます?」
「まぁ分かりやすい例え話として出しただけさ。
本来の仕組みはまた別だが、こう言ったほうが君には分かりやすいと思ったんだけどね?」
「では貴方は、要するに転生前は生前の実を父を知っていた誰かであったと?」
「そういうことになるね、ルークス君。
アーゼシカは母の旧姓、ハインリッヒは今の雇い主が付けた名だ。
私の元となった人物の名前はノエル・クリフト。
元オラシオン帝国の八英傑が一人、学院内で君達が扱っている端末や乗っている列車の運行システム、更には以前に黒炭病に関しての治療法の確立した、ただの一般魔導工学者の一人だよ」
「帝国の八英傑だと!?」
「ああ、だから私は帝国を知っているんだ。
君の父上とは腐れ縁みたいなものでね、昔から色々と厄介事に関わってきた関係だよ。
君の母上であるヒイラギ様についても知っている、彼女の婚礼にあたって昔から彼を知る私自らがアレの好みを色々と助言していたからね」
「………、それで?
そんな貴方が、今更ながら俺を訪ねたのはどういう要件があっての事ですか?」
「うーん、特別何か用があったわけでもないさ。
ただ、昔話の少しでもしてあげたかったんだよ。
君の存在は兼ねてから噂で聞いていたが、生前の私にも色々あってね、生きている内に出会う事は叶わなかったんだ。
帝国崩壊間もない頃は、亡命先に困って流れ着いた先ではヤケ酒と厄介事ばかり巻き込まれてしまった。
そして最後は例の滅亡の際に己に降りかかった魔力中毒の後遺症という具合でね。
色々遅くなってしまった訳なんだ」
「………」
「帝国末期の八英傑での生き残りは、私の知る限りだと末期手前にラークに亡命したアルス以外は私を除いて全員帝都で行方不明及び死亡。
といった具合で、あの当時の八英傑を知る生き証人は現代において私以外誰も居ないも同然なんだ。
だから私は帝国を知る最後の証人として、陛下の残した唯一の御子息である君にだけは、私は元八英傑として私の知りうる帝国の全てを伝えてあげたいと思っているんだよ」
「帝国の情報ですか……」
「君は知りたくはないのかい?」
「………では、手始めに一つ。
帝国が滅んだ理由は何ですか?」
「簡単に説明するなら主要因となったのは二つ。
皇帝支持派と反皇帝派による内戦によるもの。
そして、例の魔水晶だ。
魔水晶に関しては内戦で使用されて何らかの兵器として今現在世界各国は認識しているが、実際は違う。
アレは内戦の最中、何の前触れもなく中央の宮殿を中心に広がりやがてそれは帝都を包んだ謎の代物。
その中、帝国の最後を見届ける為に君のお父上であるハルク陛下は宮殿に最後まで残り、帝国の未来の為に私を含め、君の母であるヒイラギ様を帝都の外へと逃がしたんだ。
帝都から離れる際の私は当時、君の母上を部下の兵士に任せて帝都に残り、広がっていく魔水晶から民を逃がす為に避難を呼び掛け先導していた。
そして、その最期は今の君達が知る現在に至る」
「つまり、内戦と魔水晶は無関係だったと?」
「いや、全くの無関係だったとは言えない。
両派閥の最高戦力が全力でぶつかり合い、それによって生じた大気中の魔力の乱れが、魔水晶の火元となったソレを刺激した可能性がある。
魔水晶を引き起こしたソイツは、二人によって討ち取られたらしいが今は復活の時を狙い、帝都の魔水晶を餌としてその時を待っている」
「つまり、あの魔水晶は何者かの意図的な行為によって生まれたというのかよ?
何者なんだよ、ソイツは?」
「世界樹内に存在する演算世界の中で生まれた、別の世界線のオラシオン帝国の皇帝。
彼等は存在しない世界の可能性を存続させる為に、外の世界を狙ってあの魔水晶を引き起こした。
つまりはそうだな、自分達の国を守る為に他国の侵略を行ったと言えば分かりやすいか」
「世界樹内の演算世界だと?」
「そうだ。
前提として、この世界に存在する12本の世界樹は世界の維持の為に世界の歴史を管理している。
未来に引き起こる可能性を、この世界に存在する魔力を介して我々人類の営みを監視し、その情報を元に世界樹内では別の世界を数多く生み出して、歴史の再現を行なっている。
そして、演算された可能性において最も相応しい可能性を我々の世界に反映するべく、世界樹は魔力を介してありとあらゆる人々の歴史に干渉し続けてきた。
そして、その可能性の世界の一つが現実に干渉をし始めたということになる」
「つまり、絵本の中の人達が現実に危害を与え始めたとでもいうのか?」
「概ねその認識で間違いないだろう」
「世界樹内の存在しない帝国が………?
いや、本当にそんな事が可能なのか?
普通に考えて、信じられる訳が無い」
「私も当初は同じ反応だったよ、しかし証拠が集まっていく度に、その現実を受け入れせざる得なくなった。
皇帝一族、正確に言うなら神の血統を引き継ぐというラグド教の教皇一族の持つ未来視の能力は、この演算世界で引き起こった記録が流れ込んでいる。
生前の私が君の父上の持つ未来視の力の原因を調べて欲しい依頼を受けた際に色々と調べたんだ。
当時は分からず仕舞いだったが、帝国崩壊後にであったその演算世界の人間の言葉によって私の中に一つの仮説が浮かび、それが正しいのだと判断した」
「…………」
「しかしだ、仮に魔水晶で滅ばずとも、いずれは内戦によって帝国は割れた末に滅んでいただろうよ。
内戦を当時率いていたのが、皇帝支持派に帝国で生きる英雄とまで謳われた八英傑ラウ・レクサス。
反皇帝派には同じく八英傑であり、私の弟であるノイル・クリフトを中心に運動が活発だった。
八英傑内で亀裂が入った最大の要因が内戦以前に問題となっていた地下街の再開発事業によって社会問題となっていた地下街との抗争であった。
あの一件で、当時八英傑の一人であった者が組織を裏切りレジスタンスと称して地下街の先導者として帝国を敵に回し、ノイルとラウはその対処に追われた。
この一件は後に解決したが、両者の間で思想は割れて私の弟は国を変える為に反皇帝派として対立した。
そして彼等はその最期、地下街の一件において最後の決戦の場となった帝都の秘匿区域で共に命を落とした」
「ラウ・レクサスは最後まで皇帝に、俺の父親に仕え続けたのは何故です?
それに、貴方の弟さんが裏切った理由も……」
「心辺りが多過ぎて、私には何が原因に至ったのかはあの日から十五年以上経った今になっても私は分からなかった。
そして、その答えを直接聞くことも出来ないからね。
私自身、弟が何故皇帝に反旗を翻したのか実の家族でありながら最後まで分からなかった。
だが当時の私は、帝国の為に今を生きる人々の未来の為に何が出来るのかをやり遂げようとした。
一人でも多くを生かす為に、一人でも多くの民を外へと逃がしたんだ。
そして、私はかつての仲間が再び帰って来る事を信じて私は帝都を去った……。
それから先は誰一人として二度と私の前には戻っては来なかったが………。
最後の生き残りとなった者も数回の会話のみをしてこの世を去った、それも結局は己の不始末であったが。
これは私個人の勝手な想像にはなるが、ラウと皇帝は兼ねてからの親友のような関係だったからこそ、一人の友として皇帝を守る選択をしたのだと思う。
一番近くで皇帝を、君の父親を見たきた上で国の未来には皇帝が必要だあると証明する為に彼は尽力した。
しかし私の弟は、国の未来を守る為に今の国の在り方を変えたかったんだろうな。
その結果として今の皇帝を引きずり下ろし新たな秩序を保って新たな世界を目指そうとした。
結果だけで言えば他にもやりようはあった。
でも、あの時は、あの当時はどうしようもなかった。
だってそうだろう、今その時生きていた当事者でもない奴らの妄言と、今目の前で起きている現実において、彼等が取れた選択も出来る事も可能性すらも違う。
それしか、我々に出来る事はなかったんだ。
だが、せめてものノエルにとっての救いは、こうして両陛下が残した君と出会えたことだろう……」
彼女の言葉に俺は何を返せばいいのか分からなくなった。
俺の知りたかった帝国の真実。
だが、結果として知り得たのは残酷な現実。
歴史の大きな流れにおいて、必然的にいつ起きてもおかしくない転換期を合間見たということである。
父親が優れたのか、そうでなかったという話ではない。
「そう、ですか………」
帝国の内戦において、対立関係にあった八英傑。
その中で目の前の彼女は、当時の帝国の未来の為に一人でも多くの民を守れる選択を取った。
何かが絶対に正しい訳ではなく、目の前で起きた出来事に対して自身に出来る最善を尽くした。
しかし彼等の末路は、得体の知れぬ突如として現れた魔水晶の手によって終わりを迎えたのだということ。
納得出来ない理不尽な災厄に言葉が纏まらない。
俺の知りたかったことはこんなことだったのか?
帝国はそんな訳も分からない理由で滅んだのか?
俺は、俺なら、何が出来たのだろうか?