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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
ep The fallen emperor
322/327

今は同じ道を征く者

帝歴401年4月10日


 「沢山食べるといい、ティターニア。

 君は育ち盛りだからね、沢山食べて大きくなれよ。

 にしても、相変わらず仕事熱心だな、モーゼノイス。

 ここじゃ向こう程の監視は厳しくない、肩の荷を下ろして気楽に行こうじゃないか?

 こんないい天気で全身黒の甲冑を着るのもどうかと思うよ?」


 仕事の視察でラークへと訪れた私達は、昼食を近くの店で取りながら適当な会話を交わしていた。

 今回の任務では目の前に居る黒髪の女、アーゼシカ・ハインリッヒと共にラークの視察をすること。

 彼女とは去年初めて顔合わせしたが、彼女に対する印象としては勤務態度の悪さが目に付く人物であること。

 しかし、タンタロスは彼女の能力を見込んで採用した模様、今後のヴァリスの発展に重要として何度が私の仕事に同伴させることがあったが……。


 仕事を旅行や遊びとして勘違いしてるのか、昼間から酒を開けようとする始末。

 手の掛かる部下に、私は頭を抱えていた。


 

 「しかしだ、我々は遊びで来てる訳じゃないだろう。

 今日の視察では、ラークの現状把握と経済支援の調整も兼ねている。

 加えて、今後の我が国の学習機関システムにおいての参考と改善も兼ねてだな………」


 「………全く、君のお父上は真面目だな。

 ティターニアもそう思うだろう?

 もう少しこのラークを楽しみましょうって、美味しい料理やお酒も沢山あるのにってさ……」


 「うん、パパはもっとあそぶべき。

 アーゼシカのかんがえにさんせい」


 「アーゼシカ……。

 ティターニアに変な言葉を吹き込まないでくれ。

 お前はそもそも学院国家に訪れて、開口一番に酒が飲みたいと抜かしておいて、よく言えたものだよ。

 今回の視察は遊びで来たわけじゃない」


 「上は休暇のつもりで今回の視察を言い渡したんじゃないのか?

 溜まった有給をろくに使いもせず、休日にまで仕事を持ち込んでばかりだろう……。

 子供の成長というのは我々の想像以上に早い、もう少し大きくなったら、父親離れしてそこら辺で適当な男とあそぶようになるぞ?」


 「うちの娘をたぶらかす不届きな輩は、我が剣の錆にしてやるわ!」

  

 「それだけ情を持ってるなら娘にもっと構ってやれ、普通の休日くらい、君の信頼する番犬君じゃなくて君自身でやるべきだろう」


 と、食事を終えた娘の口周りを拭きながら私に説教してくる同僚の女。

 娘からは亡き母や姉のように思っているのか、私以上に近い距離感をしている模様。

 確かに、連日の如く娘よりも仕事第一の身なのは傍目から見れば事実として捉えかねないだろう。

 

 私としては娘との生活の為を思って、恩義のヴァリスに尽力しているのだけなのだが……。

 前例として既に隣国サリアに息子を投げ出している時点で親として失格なのかもしれない。


 それでも、私にはやらなければならない。


 「それで、ただの遊びで私と共にお前が派遣されたわけじゃないだろう?

 タンタロスか何を命令された?

 それとも何か別な目的があるのかい、アーゼシカ?」


 「……、ふーん?

 そう言うのには勘が鋭いのかい君は?」


 「事実だろう?

 お前の経歴は私の勝手で調べさせてもらったが。

 君の履歴書や個人に関する情報の全て、全部嘘なんだろう?

 上も既に気付いてるが、君の能力を加味して残しているに過ぎないのは、君も気付いているだろう?」


 「なら、私を君が罰するのかい?」


 「上からはお前の始末を命令されていない。

 そして確実な裏切りの証拠が出揃っていない以上、勝手な粛清は行わないつもりだ。

 それとも君は、自ら裏切りを私達に自首して殺されるつもりかい?」


 「それだけ調べて、手を下さないとは随分と甘い。

 まぁ確かに経歴全部偽ってるのは事実だよ。

 ただ、これにはちょっとした事情があってね。

 大した理由じゃないさ、ただ今のこの身体に対する正確な年齢を記載すると色々面倒になりそうだったと言うのが本音。

 上のタンタロスに対しては利害関係の一致、裏切る裏切らない以前にお互いにお互いを利用してる関係なんだよ。

 そして、私の頭脳を当てにしているし私もヴァリスの戸籍や役職があることで追手からの隠れ蓑になってくれているから色々と助かってるんだ。

 まぁ、仕事サボってる事に対してはちょくちょく小言を言われたりして面倒に感じているけどね」


 そう言うと彼女は娘の頭を優しく撫でながら、言葉を続ける。


 「今回私が此処に訪れたのは、ある御方に面会する機会が欲しかったんだ」


 「ある御方?」


 「此処ではルークス・ヤマトと名乗っている。

 賢い君なら分かるだろう、例の帝国の忌み子だよ?

 オラシオン帝国最後の皇帝となったハルク・オラシオンの実の子。

 時が時であれば、かつての帝国を統べる皇帝となっていた御方だ」

 

 「ほう、例の忌み子と君に何の関係がある?

 帝国滅亡から既に二十年が近い今、当時子供であったであろう生娘の君に何の関係があると?」


 「生娘ね、確かにこの見た目ならそう思うか。

 でも残念、肉体年齢こそ若いが実年齢は君より上。

 いや正確に言うなら、内部記憶上は年上というのが正しいのかな?」

  

 「どういう意味だ?」


 「私はね、言うなれば器なんだよ。

 確かに私の名前はアーゼシカ・ハインリッヒという名を授かっているが、もう一つの別の肉体から記憶を複製して私の身体に取り込んでいるんだ」


 「つまり、君とは別の人間が君の中に存在すると?」


 「そういうこと、元々は不老不死の研究の一環で魂の複製に関しての実験の産物だったのだがね。

 タンタロスの言葉で言うなら、私のような存在はデジタルクローンって言われるらしい。

 そして、私の元となっている存在は帝国末期に皇帝一族と関係を持っていた人物だったという訳さ」


 「皇帝一族に近い人物だと?」


 「ノエル・クリフトそれが以前の私の名前だ。

 現在の私は彼女の用意した肉体に複製された記憶を埋め込まれて活動している存在。

 あくまで、主人格は私だが生前の彼女の知識の全てを現在の私は保有している。

 タンタロスが私をどうしても側に置いて利用したくなる理由も分かるだろう?」


 「ノエルだと?!

 本気で言ってるのかお前?」


 「私は彼女の予備の肉体として用意されていた存在。

 敢えてサリアではなく、隣国ヴァリスに身を置いていたのはこの肉体の悪用を避ける為でもあった。

 この身体は、第二世代型のホムンクルスをベースに私が調整した代物でね通常よりも魔力保有量が多い代わりに耐久性に多少難がある。

 通常、しっかり整備して二十年の寿命のところが十年保つ程度だからな……。

 まぁ、それでもあと七年くらいは余裕はあるがね」


 「ホムンクルスか……。

 あんなモノ、帝国が製造及び研究を禁止していた代物だろうに、帝国が隠れて製造していたとはな。

 それも、最盛期こそ帝国を代表する研究者の顔でもあったノエルがな……」


 「ホムンクルスの研究程度、他国もやっていた。

 だが、実用化も難しく量産も厳しい上に馬鹿みたいに予算を食う金食い虫だ。

 正直あまり推奨はしないが、一時期アルクノヴァと共に労働人口確保の為に共同研究をした際に、私なりにホホムンクルスの製造に関する技術を確立させたんだ。

 その産物の一つが、君の目の前にいる私という訳だよ」


 「それで、そのノエルが何を企んでいる?

 まさか、帝国再興を目論んで例の忌み子に接触するつもりかい?」


 「私個人として帝国再興に興味はないさ。

 既に滅んだ国を復活させて、世界に混乱を招きたくはないからね。

 ただ、ルークス君に接触したいのはノエルとしてのある種の後悔みたいなものさ」


 「後悔だと?」


 「帝国での私の経歴を知らないのか?

 まぁ、君くらいだと当時学生くらいのものだから帝国で出版された雑誌も碌に見てなかっただろうが」


 「確かに、その名前や栄光や成果の数々を耳にした事はあったが、経歴の詳細を知らないのは事実。

 確か、最後の皇帝となったハルク皇帝の兄君であるハンク・オラシオンとの婚約が当時囁かれていたが、任務の途中で彼が死亡、その後彼の遺志を継いで君は八英傑の一人として、主に研究職の分野において帝国に貢献したと…………。

 このくらいしか私は知らない」


 「まぁ、君くらい知ってるのは珍しい。

 大まかにはその通り、で長年帝国に仕えていた身としては皇帝一族の最後の生き残りであるルークス君には色々と思うところがあったのでね。

 皇帝であるハルクの、そしてその妻であった身重であったヒイラギ様も死亡。

 残された子供も行方を調べ尽くして、どうにかルークス君の所在を掴めたが、ソレを知った当時の私はサリアで色々とやることがあってね」


 「黒炭病の治療法に関しての共同研究及び、ラークと連携しての新型の鉄道機関及び通信設備の確立。

 私の記憶だとこの辺りを担っていたよな?」


 「それもあるし、あとはレティア王女の定期検診。

 彼女の容態に関して、女王自ら娘の治療を依頼されていてね、サリアから離れる暇が無かったんだ。

 で、他にも色々やってたら持病の魔力中毒が悪化してお陀仏しちゃって今に至る訳さ」


 「そう聞くと、その子に一目会いたかった理由も分からなくはないが………。

 でも、君が今更会ったところでどうなる?」


 「生前の彼の両親について、帝国について私の知ってる限りの事は伝えられるはずさ。

 まぁ、私の記憶にあるノエルの情報を元にしたモノに限るがね。

 それにだ、モーゼノイス。

 君の息子君に関してもだが、一族を手に掛けた連中に関しての情報も私は知っているよ。

 関与しているのは、主にサリアの貴族連中だが先王筆頭とした教会旧派の連中だろう」


 「私も無論、既に知っている。

 が、息子に関しては何故知る必要がある?」


 「君を知る上でその子の情報が必要だと判断した。

 私から見ても、大きな賭けをしたものだと思うよ。

 あの魔女に彼を託すとは、中々出来る事じゃない。

 まさか、あの火災の件に関して既に事件を予測をしていたのか?」


 「あくまで可能性を予測していた程度だよ。

 しかしだ、実際に起こるとは思わなかった。

 加えて、不測の事態が重なってしまったのが本当のところだよ。

 妻も死に、私に残されたのは彼女の腹の中にいた娘と生死も分からぬ息子のみ………。

 あの子の生存を信じ、そして娘を救う方法を模索した結果、今のところに私達は行き着いている。

 結果的に、息子を預けたのは正解かもしれないが」


 「炎の神器の所有者であるその子の力によって一族は皆、燃やし尽くされた。

 死体の多くがその炎によって消滅、最終的に生き残ったのが子供一人なのだから君達がまだ生きているとは誰も疑っていない。

 君達は騒ぎに乗じて上手く隠れたものだが、その子からすればたまったものではないだろうね。

 しかし、あのまま残っていれば一族はいずれ何らかの形で殺されるか妨害が継続されより多くの被害を受けていたに違いない。

 そして、本来の計画であれば一族が元々受けていた恩恵を旧派の連中が総取り出来る手筈だったらしい。

 まぁ、君達ありきのコネを彼等が扱える訳もなく、王国内部に大きな経済的な打撃を与えて反感を買ったのが事実だった模様。

 それでも、公にカルフの滅亡に加担した等言える筈もない、その責任を負えるだけの責任感もない小心者の寄せ集めだからな。

 よって責任追及に苛ついた連中は、生き残ったその子に対して責任を丸投げするべく毒殺や暗殺の計画が幾度か実行されていた模様。

 しかし、毒殺を受けても死なないのは君由来の悪運の強さとも言えるのかもしれないな?」


 「それは違うだろう。

 私達カルフ家特有の体質的な問題だろうな。

 我々は毒に対しては反射的に身体が反応しやすい。

 その後、分解あるいは魔力によって毒素が体外へと吐き出される具合だ。

 ある種の免疫と言えばいいのか、そういったものが他の者達よりも強く私自身含めて一族は引き継いでいる。

 要は他の者達より毒で死ににくい身体という訳だ。

 そして、魔女の元で武術を学べば自衛も問題ない。

 息子の身の安全に関しては、私達が深く考える必要性があまりないといったところだ」


 「なるほど。

 そして、生き残ったその子は魔女の傘下でシラフ・ラーニルと名乗り、サリア第二王女であるルーシャ・ラグド・サリアの専属となった。

 そうして昨年度、十剣として正式に認められ名実ともに彼は王国の最大戦力の一駒として君臨。

 まさか、死んだはずのカルフの者が四大国家の権力者の一人になるとは誰も思うまい。

 しかし、シファの身内という事で今度は彼女の失脚を狙うべく彼を狙う輩も出ている。

 こちらヴァリスでも同様に、あの子を危険視する者達は少なくないからね」


 「………。」


 「サリアとヴァリスは隣国故の睨み合いがある。

 現在に至るまで教会傘下の友好国とはいえ、文化圏のすれ違いや貴族同士の睨み合いが続いている。

 自国内輪揉めでさえ面倒なのに、他国と小競り合いもしなければならないのだからな」


 「今の私はサリアではなくヴァリスの身。

 君もそうだろう?」


 「確かにそうだね。

 拠り所を置いて貰っている以上、私も君達と同じくヴァリスの味方だよ」


 そして私達は昼食を終え、次の目的地に向けて街を見物しながら向かっていく。

 異国の風景、主に極東の建築に寄せた街並みが目の前に広がる中、私の手を握る娘のティターニアは目を輝かせていた。


 「遊びに来たわけじゃないんだろ、モーゼノイス?」

  

 「ああ、そうだな。

 勝手な行動は慎むように、アーゼシカ殿」


 「はいはい、てかさ今更だけど一ついいかい?」


 「何かね?」


 「君は最後までヴァリスの味方をするのかい?」


 「……娘の生活の為なら。

 私は私のやれる限りを尽くすだけだ、かつての富も名声を捨ててでも、私の元に唯一残されたこの子だけは何があっても守る。

 その為なら、ヴァリスの繁栄に手を尽くし、サリアに刃を向ける事になろうとも構わない」


 「そうかい、まぁ無理のない程度に頑張りたまえ」


 そう言って、食後で眠くなった彼女は大きな欠伸を横でかきはじめる。

 それに釣られるように、娘も大きな欠伸をした。


 娘の今後に影響が出かねない同僚の存在に、私は頭を悩ませていた。

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