来たる祭典に向けて
帝歴401年4月3日
「………眠い。
全く、入居早々やる気に満ち溢れているのは流石というか、相変わらずというか………」
「その割には、ちゃんと付き合ってあげるのもルークスらしいとは思いますがね……」
「はぁ、やっぱ損な性格してるよなぁ。
俺って奴は、いつもそうだよ………」
この日、早朝早くから近くの公園に出向いて鍛錬に取り組んでいる俺と、ラクモとシグレの3人……。
俺とラクモは一足早く休憩に入り、まだ満足に鍛錬し足りないと休憩もせずに継続するシグレの様子を見ていたのだった。
まぁ、シグレが入居してきたその日からこうなるんだろうなと分かっていたのだが………。
昔はよく朝早くから鍛錬に取り組んでいたのだが今の俺達は、昔と比べて状況が変わっている。
まずラクモは、昨年の闘いで四肢を失い義肢の身。
鍛錬したところで、手足が鍛えられるとはいえずむしろ旧式のモノを取り付けている為、現在普及されている一般的なモノより耐久性には劣る。
日常生活への支障はないが、少なくとも以前のような厳しい鍛錬に耐えられる状態ではない。
まぁ、それでも俺は構わずシグレとの二人きりで付きっきりは荷が重いから付き添いを頼んだのだが……。
そして俺はというと、確かに剣の道は辞めた訳では無いがかつてのように多くの研鑽をする事は控えていた。
単純に剣を扱うことが嫌になった訳でも、面倒になって辞めたという訳でもない、一応その辺りに関してはラクモにも説明はしている。
俺の体質的な問題、要は未来視の負荷と神器の扱いに関わってのことだからだ。
まず、未来視の負荷に関してはヤマトの居る時から向こうからも言われていた事だが。
昨年度は使い過ぎて、失明手前。
加えて覚えたての神器をこれでもかと使った自滅戦法を取った事で、俺はラクモはともかくとしてミナモを通じて実家にもこの一件が伝わっている。
それで言い渡されたのがいわゆる謹慎。
未来視や神器、何なら激しい鍛錬も控えるようにとのことである。
これに関しては、当然でしょうとしか言えない。
俺が神器だの、王族だの、関係ない。
親が子供に対する躾けそのものだ。
実家の帰省ではラクモやレティアとか他の奴らばかり心配していたが自分もそうは言ってられないところである。
まぁ鍛錬サボれる口実は出来たから内心喜んでいた反面、次の祭典で勝ち上がれるかは分からない。
相手の実力もそうだが、優勝狙うなら前みたいな厳しい鍛錬の継続は最低条件。
それをしたところで、勝てるかは別問題だが。
それでも、まず己の身体が資本の世界であるのは言うまでもない事実だ。
それでも、相手が悪ければラクモのように腕や手足の一本や二本が飛んでしまう可能性がある舞台。
最悪、命だって落とす奴もいる。
つまり言うところ、これ以上戦うことはやめろ。
親として、保護者として当然の意見だろうとは思う。
逆の立場なら、俺でも同じ事を言うかもしれない。
そんな俺達二人の背景も知らないシグレは、俺を早朝から叩き起こして鍛錬に誘ってきた訳である。
眩しい後輩からの期待を無下にも出来ず、仕方なく引き受けてはみたが………。
結果は見た通り。
シグレは以前のような無茶な鍛錬を続けているみたいだった。
俺でさえ普通に休憩は取るくらいなのに、目の前の頑固娘はこの有様である。
「…………、どうすんだよアイツ?
一応お前の為らしいが、もう意味がないんだろう?」
「シグレ様が言って分かると思いますか?」
「確かにそうだろうけどさ、もう少しやりようはあるだろう?」
「方向性はどうであれ、ほぼ毎日は鍛錬に取り組んでいたみたいですからね。
ですから、自分の言葉がより彼女を傷つけてしまうのかもしれないと思うと……」
「………、俺は知らないぞ?
シグレ、そのうち無理が祟って折れるかもな。
ミナモの一件と違って、今回はラクモの為っていうのが………。
まぁ、俺からしたらただの自己満足だろうが」
「復讐は何も生まないと、考えて?」
「いや、復讐に意味はあるだろう?
でも、復讐の為ってだけの在り方がいつまでも続くと変に拗れてしまうだろうがな……。
最終的には、シグレ自身が何とかしないといけない事だろうがな。
だから俺は、変な口出しは控えるつもりだ
何かあっても、変に騒ぎ立てる奴でもないからな」
「……それで、本当にいいんですか?」
「俺の問題じゃないからな。
お前とシグレで何とかしろ、さて………」
俺は重い腰を上げ、背筋を伸ばし一呼吸する。
「俺は鍛錬に戻るよ、お前はどうする?」
「朝食の準備がありますので、先に戻ります」
「そうか、今日の朝食は?」
「昨日、レティア様の調子が悪そうでしたので彼女の祖国の朝食を再現してみようかと」
「あー、そういや確かに昨日のアイツは調子がおかしかったよな?
普段おかわりは必ずするのに、1回もしないどころか半分くらいしか食事に手を付けなかったし」
昨日の夕食の光景を思い出す。
シグレの歓迎も込めてミナモとラクモは一層豪華な食事を用意したのだが、一番食べている大食漢のレティアがずっと何処か上の空だったのだ。
熱がある訳ではない。
シグレの前だからいつもの外面を被ってたの原因かと思ったが別にそうではないらしい。
そして夕食を軽く済ますと、彼女はそそくさと自室へと戻り籠もってしまった。
確かに、昨日の彼女は調子が悪そうではあったのだ。
「ええ、ですから彼女の為に何かしら出来る事をと思ったところです」
「なるほどな、それなら仕方ないか。
で、向こうの料理の再現なんて出来るのか?」
「端末で作り方を調べて再現すれば問題ありませんよ。
朝食として作るものですし、あまり手の込まないものにはしますからね。
シグレ様の口に合うかは分りませんが」
「良いんじゃないのか?
まぁ、楽しみにしてるよ」
「ええ、では鍛錬が一区切りしましたらシグレ様を連れて戻ってきて下さい。
無理をしそうでしたら、あなたから言えば話を聞いてくれるでしょうし」
「了解、じゃ鍛錬に行くか。
それじゃ飯は頼んだぞ、ラクモ」
「ええ、シグレ様をよろしくお願いします」
●
帝歴401年4月10日
明日に控える賢人祭に向けて、いよいよ大詰めとなった今日。
いざ集大成の舞台へと、ミナモを筆頭として俺達は決戦の場へと向かっていた。
「大半は既に会場に搬入済みなんだっけ?」
「ええ、自分達の場所の設営が終わり次第ご実家の販売場所の手伝いへ向かいましょう。
どうやら、手続きで難航しているようですので」
「去年はそんなこと無かっただろ?」
「担当が変わったそうで、今年初めて現場担当だそうですから色々とあちこちで問題が起きているみたいなんですよね。
そして、その問題が私達のところも例外なくといった感じですので、色々と準備が遅れて難航している模様といったところです」
「なるほどな……」
移動の列車内で俺の横で端末を弄りながら向こうの状況を確認する私服姿のミナモ。
いつもと違ったおしゃれのつもりなのだろうが、普段慣れない着付けに鬱陶しく感じたのか、少し前に髪飾りの一つを取って後ろで軽く縛る簡単なモノになっていた。
前の髪型も悪くはないとは思うが、今日の目的とはまた違う訳だし、俺が気にしてもしょうがない。
そして、ミナモの横に並んで先輩方二人は目の前に大きなスーツケースを置いてニヤニヤとしながら、端末内の他所の出店情報を見ている様子。
ラクモは俺達の昼食を用意してから来るとの事で今日は途中参加予定。
まぁ明日からが本番なんだから、今日はそこまで本気になる必要はないが………。
思えば、賢人祭に運営側として参加するのは初めての経験だな。
ミナモは去年と相変わらず楽しんでる様子は見ていたが、俺は剣術や神器と祖国にない多様な異文化のそれを楽しむのに夢中で特に気にしなかったが………。
悪くはない経験だろう………。
「ルークス、食べる?」
「いや、いい。
お前が食ってろ」
と、俺の横で駅前の売店で買ったおにぎりを頬張る平常運転のレティア嬢。
この前の調子の悪さは何処へやら、まぁ誰だって調子の悪い日の一つや二つくらい存在する。
今日はいつもの様子みたいだし、調子が良いならそれで良いだろう。
というか、コイツに手伝わせて大丈夫なのか?
準備の邪魔にならないだろうか?
「ルークス様、レティア様のことが心配ですか?」
と、俺の思考を読んでいたのか脇腹を小突きながらミナモが話しかけてきたを
「当たり前だろ?
というか突付くな……」
「はいはい、でも心配せずとも問題ありません。
当日はレティア様、ルークス様、ラクモさん、シグレ様と交代して売り子をやらせる予定ですので」
待て、今何を言った?
売り子、レティアに………?
此処で俺やラクモの名前が入ってた事に関して色々言いたい事は勿論あったが、それ以上に異物が増えているのである。
シグレだ、シグレが増えてる……
「待て、お前何をさせるつもりだ?
その面子でさせていい仕事なのか?」
「いいじゃないですか、お祭りですし。
レティア様やシグレ様はノリノリでしたよ?
ラクモさんは、ちょっと嫌な顔をしましたけど私が圧を掛けて無理やり了承させて貰いましたが」
「脅迫じゃねぇか…………」
そうか、ラクモ……お前も難義なモノだな。
俺はまぁ、一度ミナモを手伝うと先輩方へと頭を下げた結果なので、自分の責任として役割を果たすのみ……。
しかし、しかしだ………。
よくやらせようと考えたものだな、ミナモ……。
というか、シグレは断ると思ったが………。
案外、ノリが良いところもあるのかもなシグレ。
まぁ、俺達が勝手にしていた偏見だったのかもしれない。
でもなぁ……俺一人ならいざ知らず、その横にレティアやシグレが同じ格好で居ると思うと……。
なんか、今からでも帰りたくなってしまった。
というか、さっきから他の人達からの視線が気になるんだよなぁ。
なんか異様に俺達の方を見てくるし、気の所為かと一瞬思ったがそうじゃない。
多分、女数人引き連れてるから好奇の視線を浴びてるのだろう………。
元々の俺の奇異的な視線もあるし………。
「あれって例のレティア王女よね?」
「だよねだよね、本物のお姫様じゃん」
「ほら、レティア様のご飯食べてる。
なんかハムスターみたいで可愛い」
少し聞き耳を立てると俺じゃなくてレティアだという事に気付く。
まぁ、俺の事知ってる奴より現役の王族の方が知られてるよね。
というか、外面は完璧な影響故に元々人望の高さも相まって人気は依然として高い模様。
彼女を素性を知る者も当然少なからず存在しているだろうが、根っこが素直で愛想も良い子供なので謎に人気を集めているのだろう。
最近知ったものだと、コイツのファンクラブまで存在しているくらいらしい。
なら、毎日のように一緒に俺を恨めしく思う連中も少なからず存在しているのだろう。
「ルークス、やっぱり食べたい?」
と、思わず視線を向けた彼女が俺に気付いて一口食べ掛けのおにぎりを半分に分けて俺に差し出してきた。
別に腹が減った訳じゃないんだが………。
「要らないよ、というか今からそんなに食って昼飯食いませんでしたとか、言わないでくれよ?」
「大丈夫、昼食までにはちゃんとお腹空くからね」
と、笑顔でそう言うと半分に割ったおにぎりを一口で頬張った。
人目もあるのに、よくやるな。
まぁ、飯食って駄目なんてルールはないが………
というか、やっぱコイツ。人気はあるんだよな………。
どういう訳か、彼女は人を惹きつけるみたいだし……。
良い意味でも、悪い意味もあるが………。
ふと、帰省の際に交わした会話が過ぎった。
●
「あの王女が笑顔を見せるのがそんなに珍しかったりするのか?
正直、俺は毎日のように見飽きる程見てるが?」
「こちらの知る限りでは、あなたと関わるようになるまではあまり笑っているところを見せた事がありませんでしたからね。
毎日何かを思い詰めては、王族として振る舞いや王女としての在り方、その理想を演じては苦しんでいる姿ばかりでしたから………。
幼い頃は、もっと明るく笑う子だったんですけどね」
「今も十分過ぎるくらいだがな………」
「………、レティア様は幼い頃からとても苦労なさっておりますからね……」
「まぁ、成績も危ういからな………。
留年も退学もしてないのが奇跡だと思いますよ」
「そうですか………、まだ大丈夫なのですね」
「まだ………?」
●
確か、クラウスって人だったよな。
昔からレティアと関わって、そして彼女の何らかの事情を知ってる存在。
コイツが裏に何か隠してるってのは、多分本当。
ソレがレティアと数カ月にも渡って過ごしてきて得た感想である。
表裏の性格の面ってものじゃない、何というか根本的な何かだということ。
まぁ、ソレが分からないのだが……。
目の前で美味そうに飯を食うレティアも本心。
そして、時折見せるそのナニカも本心だろう。
知ったところで俺の何が変わるって訳じゃない。
自らの両親、つまり現国王陛下に対して俺をわざわざ友達として紹介した。
彼女の本心から、そうした行為をしたのなら………。
なら、何故今もソレを俺達には隠しているんだ?
それでも今気にしたところで解決する訳じゃないし、何かあったところで俺が何とか出来る保証もない。
まずは目の前の問題を解決。
それが先決なのだから