共に夢をカタチにしたい
ミナモの描いた例の漫画。
あらすじとしては、かつて世界を支配していたとある王国、しかし内政の腐敗により国は崩壊し国を治めていた王族は内乱に巻き込まれ散り散りになる。
王国の王子であった主人公、ルーナスはその身一つで国々を渡り、とある国にて騎士団を目指しているというラモスとの運命の出会いを果たす。
といった内容の物語。
ルークスはルーナス、ラクモはラモス。
そして最初の概要がもろ俺の境遇であると言っていい、というか帝国滅んで以降似たような国の崩壊ネタの漫画が増えた気がするが、今は置いておく。
さて、この二人が出会って何があったのか。
表紙からして不穏な気がしてならない、主に自らの貞操の危機である。
読み進めていくと、二人が関わったのが6歳前後の辺りから、お互いの身分も知らずに関わってきたということが分かってくる。
その辺りの説明、主にラモスの両親や近所の人間達がしてくれたりと、内容自体は頭にすっと入ってくる。
普通に読んでいる分には今のところ普通、いや面白い部類と言えよう。
人物の表情や仕草、その構図。
どれもかなりよく出来ており、流石ミナモと認めたくなるくらいの代物。
物語は進んでいくと、主人公の出自が国にバレてしまい衛兵から追われるところをラモスが協力して逃がそうと奮闘している場面へと。
この出来事の元ネタは恐らく、十年くらい前に実家の仕事関係で招待された親族の結婚式での出来事だろうか?
確かあの時は、俺が例の帝国の生き残りだと公にバレてしまい、糾弾されていたところをラクモが機転を効かせてその場から退避させたこと。
この事がきっかけというか、以降俺とラクモはよく関わるようになって、剣術を共に学ぶようになった。
今にして思えば懐かしい思い出。
なるほど、あの時の出来事はこんな形でと、色々と物語の解釈をしていきながら漫画を読み進める。
終盤へと差し掛かると、嫌な予感は的中。
追手に追われ、追い詰められていく二人は空き家で雨風をしのぎながら、最後の夜を共に過ごす事になる。
気まずい濡れ場のシーンが描かれると、俺はそっとそのページを読み飛ばす。
知らない、見ないことにしたい。
とりあえず見ないでおこう、見ると何かが終わる。
そんな気がしたからだ。
そしていよいよ終盤。
物語も残すところあと僅か。
最後の夜を越え、二人は国境付近にたどり着く。
しかし、行く手を阻む王国兵。
ラモスへと、ルーナスの身柄を大人しく引き渡せばお前を罪に問わないと交渉を持ちかけられる。
友の命と、自らの命を天秤に掛けられ決断に迷うラモスであったがそこでルーナスは彼の手を振り解き、王国兵の元へと自ら投降していく。
涙を流すラモスに向けて、ルーナスは彼に向けて最後の言葉を投げかけたのだった。
「またいつか、同じ空の下で会えるよ」
その言葉を最後に物語は幕を下ろした。
●
「…………なるほどな」
一通り読み終えた感想。
内容自体は悪くない、むしろ良作と言える。
濡れ場の場面が無ければ、実家の事業での一般販売も視野に入るであろう出来と言えた。
作画も話も申し分ない、が………。
最後の台詞……あの言葉は確か……。
かつて、俺がミナモに言った言葉である。
黒炭病の流行っていた当時のこと、ミナモも家族もかの病の被害を受けていた。
彼女の父親が病に侵されてしまったのだ。
そして父親が亡くなると、幼いミナモは毎日悲しみに暮れていた。
そんな彼女に、俺は言ったのだ。
「大丈夫だ、きっと同じ空の下で会える。
僕の母上も亡くなる前にそう言っていたから……」
お互いに似たような境遇だったからこそ、俺達は互いに支え合うように補うように、昔は常に一緒だった。
だが、俺がラクモと関わるようになって少しずつ距離が空いてしまって…………。
何でアイツは、こんな戯言をわざわざ………。
所詮は子供のまやかし、おまじない程度。
現実から目を逸らす為の妄言に過ぎないのに……。
俺には分からない。
でも、あの当時の俺はアイツに何かを言ってやりたかった末に、あの言葉が出てきた。
母上の今際の言葉………。
いつかまた同じ空の下で会える。
また会えるから、悲しむ必要はない。
でも、その言葉を告げたのは生まれたばかりの俺ではなく、生まれたばかりの俺を取り上げた、ミナモの母と俺の今の義母である。
ミナモはどうして、あの時の言葉を………。
「案外面白かったでしょ、ルークス君?
ミナモちゃん、本当はコレを君だけには見せたくなかったみたいなんだけどね?」
「そりゃ、そうでしょ。
本人を前にあんなのを出せる訳がないですからね」
「まぁ、それだけじゃないよ。
あの子はあの子なりに、ルークス君の事を伝えようとしていた。
一コマの描き込みに関して、君のキャラだけ手間が込んでるからね」
先輩達の言葉に、俺は手にある冊子の表紙に再び視線を向ける。
俺に対して、何かしら思うことがあった。
ただ、それを直接言わずしてこの冊子に込めていると言ってもいい。
何を考えていた…………?
何を思っていた………?
分からない。
でも、やるべきことはわかった気がした。
「やっぱ、俺がやらないといけないんですね。
でも、多分俺一人じゃ無理でしょうけど………」
「それじゃ、ルークス君はどうしたいの?」
「先輩方に折り行って頼みたいことがあります」
●
帝歴401年3月8日
暖かい感触があった。
近頃は不摂生極まり生活ばかりで、いつも疲労と眠気と隣合わせだったにも関わらず。
暖かい毛布と、心地よい暖房の空気に身も心も委ねたくなる。
「……………?」
寝返りをすると、誰かの姿が目に入る。
私の作業机に座り、勝手に作業をしている一人の男。
その横で、彼の手伝いをしている女性が二人。
今年卒業したはずの千影先輩と明先輩。
そして、勝手に私の作業場を占領しているのは………
「なっ!!!
何勝手にやってるんですかぁぁぁ!!!」
事の重大さに気付いた私は飛び起きて、私の聖域を汚す男の元へと詰め寄る。
「ルークス様、私の机で何をしているんですか!!」
「悪いな、ちょいと借りてる」
作業に集中している当人は、私の言葉も意に介せず私の原稿に勝手に手を加えていた。
「借りてるって……ルークス様……。
どうして、そんな………私は………」
「…………、疲れは取れたのかミナモ?」
「ええ、多少はどうにか………」
「今ラクモが食事を用意してる。
レティアには風呂と着替えの支度を任せた。
もう少し休んだら、入浴と食事を済ませて作業に戻って欲しい。
やっぱお前抜きだと、俺にはどうも勝手が分からないんでね」
「…………、どうしてですか?」
「ん?」
「どうして急に手伝ったりしたんです?
もう絵からは離れて、剣術ばかりのあなたがわざわざこんなお遊びに興じるのは………」
「お遊びね、なら剣術も似たようなものだぞ?
というか、俺は始めから絵も剣術もお遊びのつもりだったのかもしれないな」
「…………」
「だがな、ミナモ。
俺は、努力してる奴を馬鹿にはしないよ。
お前が絵を描くことが誰よりも好きなこと、その絵がどれだけ上手くて、優れてるのかも分かってる。
ただな、そんなお前が今ここで倒れてしまうのは惜しいと思ってるんだ。
もう少しなんだろう、この作品は?」
「でも、あなたには関係ないでしょう。
それに先輩達だって、もう卒業しちゃうのに帰国の準備だってあるのに私なんかの為に時間を使って……。
私一人で大丈夫ですか、だから、だから………」
「そうは言ってもね?
これはルークス君に頼まれたことだからさ」
「そーそー、ミナモちゃんの為にあれだけ真剣に頼まれちゃったからね?
それに帰国の準備って言っても、次の賢人祭を見て回りたいからさ?
ミナモちゃんの作品をこの手で直接手に取るまで私達はおいそれと祖国には帰れないの」
と、先輩達は顔を見合わせながら私に告げた。
そして目の前の彼は作業の手を止めて、私の方を見る。
「同じ空の下で会える。
俺が昔、お前に言ったやった言葉だったな。
あの時は伝えられなかったが、この言葉にはまだ続きがあるんだよ、ミナモ………」
「何があるんです?」
「アレは俺の母親の今際の言葉だったよな?
『私達は、同じ空の下で会えます。
どれだけ離れていても、心は共にあるから。
例え道が分かたれても、同じ空の下にある限り私達はいつか必ず巡り会えると信じて………』
道が分かたれても、心は共にある。
この道は何も生死だけを表している訳じゃない。
この言葉を当時直接聞いたのは赤ん坊だった俺を取り上げた今の俺の母親。
そして、お前の母親もその場に居たよな?」
「…………」
「道とは人の人生そのものだ。
昔はいつも一緒が当たり前だったよな、俺達?
でも、それぞれが進んだ道は違ったんだ」
「そんなの、当たり前のことでしょう?
それの何が言いたいんですか?」
「その………去年の奴、読ませて貰ったよ」
「っ…………?!!!」
彼の言葉に頭が突然真っ白になる。
思考がただでさえまだ鮮明じゃないのに、その言葉一つで私の思考は止まった。
あ……終わった………私の人生オワッタ………。
あんなの見られたら、私もうお嫁に行けない………。
というか本人には見られないようにしていたはずなのに………まさか先輩達が……?
「言いたい事は沢山あるんだが………。
ひとまず置いておく。
その、作品自体は良かったんじゃないのか………。
頑張ってると思うよ本当に………。
それなりに沢山売れたんだろ、お前の描いた作品に読者が惹かれてさ?
だから、今年のミナモの作品を待っている人達の為というか、その……。
とにかく俺はお前の積み重ねたモノが無駄になるのは嫌だと思ったんだ。
作品だけじゃなく、俺達みんなミナモには助けられてばかりだろ。
だからこそ、こんなところでお前のやってきた事が無駄になるのは嫌だと思ったんだ」
「ルークス様…………」
「だからさ、ミナモ。
俺にもお前の作品を手伝わせてくれないか?
お前の作品を完成させたいんだよ。
ミナモの力になってやりたいって、俺が俺達がお前の力になってやりたいって勝手に思ってやってる事だ。
だから、あとを決めるのはお前だ、ミナモ」
そう言うと、彼は腰掛けていた席から離れた。
そして、私に選択を強いる。
彼は、私の答えを待っている。
私がどうしたいのか?
私にどうして欲しいのか?
「ずるい人ですよね、あなたはいつも……」
彼が手を付けた原稿を手に取り、内容を確認する。
ほんと上手い、ずっと昔から一緒に落書きをしていた頃から変わらない。
あー、やっぱり今の私よりも上手いな………。
ほんと、相変わらずですねルークス様はいつもそう。
でも、嫉妬だけなんかじゃない。
子供の頃は当たり前だった光景だった。
それは別に悔しいとか、ずるいとかそれだけじゃなくて嬉しかったんだ。
ルークスと一緒に居られる事が、私の幸せだった。
いつも一緒が当たり前で、この先もずっとずっと一緒に居るものだと思っていた。
そして今も、これからも共に居たいと願っている。
変わらない、あの頃から変わらない、この想い。
でも、心残りはある。
同じ世界を、隣で同じ夢を描いていたあの頃。
でも、いつの日からかそれは無理だと理解していく。
私と彼は、生まれた身分が違う。
故にその先が、この先も一緒にあるとは限らない。
いや、あり得ないんだ。
でも、でも……それでも私は……。
叶わないとしても、あり得ない夢物語だとしても。
あの頃みたいに、また隣に居たい。
あなたの横に、一番側で夢を描きたい。
だから私は絵を描くことに固執した。
私の作品の中でだけならこの夢は叶うのだから。
絶対に叶わないとしても、私の幻想の中でだけなら私とあなたの夢は同じ作品の中で共存する。
分かってる、それは無駄な足掻きだとしても。
現実を受け入れられないとしても。
でも、でも………辞められなかった。
あの頃が忘れられなくて、あの頃みたいにまた一緒に絵を描いていた頃のようになりたかったなんて。
口が裂けても貴方に直接言えるわけが無かった。
貴方にはやるべき事がある。
従者として、貴方の側に仕えてきたからこそ分かる。
貴方のやるべきことは私の隣で絵を描くことではない、貴方にしか出来ない大義があるのだ。
でも、もし叶うのなら。
もしこの学び舎の中で許されるのであれば……。
たった一度でいい、一度きりでいい。
ルークスと一緒に一つの作品を形に残したい。
でも、無理だと思っていた。
私にはその資格がないって、自分の身の程を私自身が一番分かっていたのだから。
でも、貴方からソレを望んでくれたのなら………、
「ほんと、あなたはいつもそうですよね。
それじゃあ、お願いしてもいいですか?」
「そうか、俺達は何をすればいい?」
「そんなの決まってるじゃないですか。
一緒に描いてくれませんか、ルークス様?
あの頃みたいに、あの頃以上の作品を世に出す為に。
私はこの作品を完成させたいんです。
だから私に力を貸して下さい。
ルークス様、それに先輩方も……。
私の、私達の夢をカタチに残す為にお願いします!」