賑やかな休日で、不穏な嵐が
帝歴401年3月6日
昨日の一件から日を跨いだ頃、俺はレティアに誘われて一緒に出掛けることになっていた。
ラクモも途中までは同伴だったのだが、右手の義手の調子が悪くなったらしく修理に出すと言って一時的に離脱。
自分の事は待たなくていいと、俺達を気遣って言ってくれたのはありがたいのだが………。
「そういう事じゃないんだよなぁ」
「ん?」
近くの露店で買ったアイスを美味しそうに食べながら、レティアは満足気な様子。
当然、俺とレティアの二人で街を歩いていると関係性を色々と誤解されそうな気がする。
もう馴れた光景ではあるが、隣のコイツにそういう認識があるのかどうか正直疑わしい。
同年代の同性と比べて、色恋沙汰に興味はない。
むしろ食い気は凄い、よくあれだけ間食を食っておいて日頃そこまで運動しないのに体型を保てるのが不思議なくらいだ。
元々節制した食事だったのか、それとも体質的にそうなのか分からないが………。
「美味しいか、ソレ?」
「うん、凄く美味しいよルークス。
ルークスもさっさと食べなよ、溶けちゃうよ?」
「わかってる」
彼女に催促され俺も自分のアイスを口にする。
アイツのが確か黒ゴマ、俺の買ったのが季節限定の青林檎の奴。
確かに美味い、味も中々新鮮な感じだが………。
「これからどうするんだ、レティア?」
「んー、私は服とか買いたいかな?
こっちで着る為に持ってきた服は一通り来たから、新しいのも着てみたいんだよね」
と、流石王女というか金持ちの発言。
正直全部似たようなものな気がするが、ミナモもそう言うお洒落な代物には結構目がなかった印象。
持ってきた服一通り着たから新しいの欲しいとか、もうちょい一着一着への愛着とか沸かないのか?
まぁ、何処かに行く宛もない訳だし従うとする、
「了解、それじゃ服でも見に行くか」
「うん、行こう行こう!!」
アイスを食べ終えると俺は彼女に手を引かれ早速彼女の服を買う為に呉服店へと向かったのだった。
●
店へと到着すると、レティアは早速店内へ迷わず入ったのが、俺は入り口付近に来て足を止めた。
当然だろう、何と言っても女性用下着の専門店だったからだ。
「………え、最初からここかよ」
流石に声が漏れた。
いや、流石にさ普通の服を買いに行く程度だと思ったよ。
まさか下着売り場直行とは流石に思わなかったわ。
てか普通行くのか?
男と買い物に向かう時点で、最初に下着売り場へ一緒に行こうとするなんて正気じゃない。
せめて行くにも同性だろ、いやそもそも男で同伴してわざわざ一緒に買いに行くところでもない。
女同士は割とあるのか?
いや、俺は知らん。
だが考えても見れば相手はレティアだ。
コイツならやりかねないと、何故俺は想定していなかった。
服買いに行く前に、どこの店に向かうか事前に聞いておくくらいの猶予はあったはずなのだ。
「うーん、どうする?
ここで待つか、いやだがレティアが俺を探して戻ってくる可能性も無くは………」
と、そんな思考を長らく続けていると買い物を済ませたレティアが戻ってきたのだった。
「あっ、やっぱりここにいた!
もう、私凄いルークスのことを探したんだよ?
どこ探しても居なかったんだからさ?」
「あのな、レティア。
どこの店に行くかくらいもう少し考えてから行動してくれ………。
いきなり下着売り場に行くとは思わないだろ?」
「えー、だって言ったじゃん。
一通り着たから、新しいの欲しいかなって」
「いや、それは服の話だろ?」
「それもあるけど、下着も欲しかったの!
だって最近小さくなってきたから、胸の辺りがちょっとキツくてね………」
と、自分の胸を抑えながらため息交じりにそう言う彼女………。
嘘だろ………、その大きさでまだ成長してる?
中身に伴わず、コイツの皮だけは磨きが掛かってるのはなんというか彼女らしい……。
「そういう事じゃなくて……。
あーもう、わかったわかった。
もういい、次はちゃんと服を買いに行くんだよな?」
「そりゃ今度は服を買いに行くよ。
気になってたお店あるから付いてきて!」
と、再び彼女は俺の手を掴んで次の店へと向かう。
完全に彼女のペースに巻き込まれ、既に腹を括り諦めるしかない。
それから、3つ程店を回って一通り買い物を終えると、今度はおやつが食べたいと近くの喫茶店に入ることになった。
荷物持ちとして、両手に結構な量の彼女の服の入った紙袋を持たされ束の間の休息に俺は安堵する。
注文した冷たい飲み物が身体に染みる。
天井を見つめ、そんな事を思いながら店のソファーに背を預け一息ついていたのだった。
「ルークス、そんなに疲れてたの?」
「まぁ、そんなところだな。
こんなに買って、全部着れるのか?」
「一部は妹達へのお土産なんだ。
向こうの服って一応サリアにもそれなりには流通してるけど、数や種類はそこまで多くないからね。
こういう時じゃないと買えないの
服の採寸はこの前クラウスさんが来たときについでに色々聞いておいたんだ。
今年からは、次女のルーシャが入学して、その2年後には多分末っ子のシルビアも入る予定だからさ?
ルーシャには入学祝いで直接渡して、シルビアにも後で手配して送る感じかな。
喜んでくれるといいけど」
と、買った服の一つを紙袋から取り出し自慢げに俺に見せ付ける。
それは、大きな可愛らしい猫の絵が描かれた服……。
確かに可愛いが、なんというか子供服………それも五、六歳前後が着ている感じのソレである。
「うーん、喜ぶんじゃないのかナー……」
反応に困った。
いや、まぁ贈り物としてなら悪くないだろ。
外で着るには多少厳しいが、部屋着としてはいい感じに似合いそうではある。
実際にレティアには似合ってるし、似たような顔の姉妹なら多分問題ないはず、そうだよな………?
俺は別に間違ってないよな?
本当にコイツの事止めなくていいんだよな?
「そうだよね!そうだよね!
でね、クラウスからこの間妹達の写真貰ったんだよ?
こっちで色々あって顔合わせてないから、どんな感じかなって気になってたからさ?」
と、彼女は自分の鞄から手帳を一つ取り出す。
革の保護具が付けられた、何とも数年以上は使い込まれているであろう年代物の代物である。
そもそもコイツが手帳を扱うような人間だったのが、正直意外だったのだが……。
「えっとね、ほらコレ!」
と、手帳に挟んであった1枚の写真を俺に見せる。
写っている人物は五人。
大人の男二人と、同年代くらいの少年少女と、一番華奢で少女の後ろに隠れている女の子……。
多分コイツの兄妹なんだろうが……。
確かコイツ含めての五人兄妹だから、この写真に写っている人物が一人多いのだ。
「この写真に写っているのが、そうなのか?」
「えっとね、後ろに立ってる背の高い二人の男性が私のお兄様だよ。
第一王子のアムレート兄様。
第二王子のゼルクーム兄様。
二人は普段王国騎士団の副官として、国防を担う仕事をしているの。
で、そこの二人の女の子が、私の妹。
さっき言ってた、ルーシャとシルビア。
で、ルーシャの横に居る男の子はルーシャの専属騎士であるシラフ君。
ルーシャ、自分の専属だからって彼が王都に来ている間はいつも連れて歩いてるみたいなんだよね。
家族写真にわざわざ入れるんだから、困った子だよ。
末っ子のシルビアも、まだ人見知りが激しいのかルーシャかお兄様の後ろに隠れてばかりみたいだし、あの子の独り立ちとか大丈夫かな?」
いや、お前が独り立ちの心配するのかよ!
ていうか、専属だからって家族写真に混ぜるか普通?
なんというかコイツとの血の繋がりを感じる部分だろう。
というか、姉妹に反して兄二人は滅茶苦茶真面目な印象を受ける。
騎士団所属だけあって体格も良いし、誠実そうな印象を受け流石軍人と言えるだけはあるだろう。
その手前の例の三人に関しては………。
次女のルーシャ王女は、レティアよりも少しトゲの有りそうな印象を受ける。
そして、彼女の横に無理矢理入れられたのかシラフと紹介された彼女の専属はちょっと嫌そうな顔をしている、まぁ当然の反応だろう。
しかし、年の割には身体を鍛えてるようで彼女が自慢したくなるだけのお墨付きがあるのか。
で、末っ子であるシルビア王女は見た目通り内向的な印象を受ける。
兄妹揃って個性的なのか、いや一番個性的なのは多分目の前の彼女だろう。
「なるほどな、両親の写真はないのか?」
「あー。
えっと、一緒に写ってる写真は今手元にないの。
ほら、やっぱり国の顔役だから仕事で忙しくて二人写ってる写真はあまりないからさ。
私だって、家族一同揃ったところとか建国記念日とかそう言う特別な式典以外滅多に無いんだ。
だから私からしたら、普段から二人の兄様が親代わりって感じだったんだ」
「なるほどな……」
と、彼女はそれから家族の事を楽しそうに話続けた。
こういう機会じゃないと、わざわざコイツの事を聞く機会なんて早々ない……。
そこまで興味がある訳でもないが、ただ聞いてる限りだと家族関の関係は良好に思えた。
が、違和感も同時に感じた。
彼女の性格や言動を含めてなんというか………。
なんだろう、この違和感は?
目の前に居るはずなのに、コイツと会話が成立していないような錯覚を受けた。
例えるなら、確認作業。
写真の人物が何処の誰なのか、それを確かめて頭に叩き込んで必死に暗記している感じ。
いや、忘れまいとする必死さのようなモノを感じた。
大切な家族との写真だから?
いや、それでも此処まで固執するのか?
ホームシック?
いや、それとも違う気がする………。
「ルークス?」
「なぁ、レティア?
お前はどうして………」
と、口を開いて間もなく俺達に向かって声を掛けていた者達が居た。
「ねぇ、君がミナモの言ってたサリアの方だよね?」
「だよねだよね、ルークス君?
そこの彼女が例の第一王女のレティア様。
合ってるでしょ?」
と、声を掛けて方を振り返ると顔見知りの方達がそこにいた。
正確に言うなら、ミナモを通じて数回の面識がある程度の関係だが。
「えっと、ルークス?
この方達は?」
「千影さんと、明さん。
あなた達も来ていたんですか?」
眼鏡を掛けたお下げの髪型が特徴的な千影。
そして彼女の横で俺達を意味深な視線を向けてくるサイドテールっだったかそんな感じの髪型をしているのが明。
両人とも、今年度卒業のミナモの所属しているグループの先輩方である。
「久しぶりだね、ルークス君。
悪いね、デート中に声を掛けてしまってさ。
いや、君のことを丁度探しててね?
ミナモちゃんにも連絡したんだけど、ここ最近連絡取れなくてさ?」
「そーそ、卒業記念の板絵くれて以降そっぽ向いて私達のことなんかお構いなしって感じだからさ?
で、色々聞きたくて丁度君を探してたんだよ」
「なるほど、それで俺を……。
まぁそれくらいなら構いませんよ。
別に俺達も忙しい訳ではありませんからね」
「いやー悪いね。
それじゃちょっと席を変えようか?」
と、二人の席を空ける為に俺はレティアの隣へ移動。
そして、向かい合わせに先輩方二人が座り店のメニューを眺めている。
「それで、先輩方?
別に楽しくお茶したいから探してた訳じゃないんですよね?」
「まーね、多分わかってると思うけど。
率直に言おうか、ミナモちゃん自分の作業が終わってないんだよね?
多分、手をつけてるのつい最近くらい?」
と、千影さんがミナモの現在の状況をあたかも全てお見知り置きと言わんばかりに告げる。
流石としか言えない。
「御名答。
流石アイツを見ているだけありますよ」
「まぁね。
伊達にあの子のお茶をすすってただけじゃないよ?」
「まぁとにかくだ、ルークス君から見てどう思う?
あの子、絶対無理をしていると思うんだが?」
「俺も何とかしてやりたいのは山々ですよ。
でも、アイツは昔から俺が自分の作業に手を付けられるのを嫌がってるんでね。
こればっかりはどうにも」
「ふーん、まぁ確かにアレを見られるのはね」
「あー、確かにアレは流石にね?」
と、先輩方はミナモから事情を聞いてるらしい。
元を辿れば過去の俺の犯した問題ではあるが、これに関して先輩方としてはどう思っているのだろう?
「なぁ、ルークス君?
ミナモの作品についてどう思う?」
「アイツの作品ですか?
画力は当然上手いでしょうし、簡単なデッサンとかでも同級生の中では上から数える方が早い」
「あー、そうじゃないそうじゃない。
あの子が賢人祭で出した漫画だよ。
去年の奴見てないのかい?」
「漫画……そういや、見たことないな………。
アイツの立ち振る舞い的に男同士の恋愛的なモノを描いてるくらいしか………」
「「そうかそうか、なるほどなるほど」」
と、先輩方は妙に納得した様子でうんうんと頷いていたのだった。
この会話で一体何が分かったと?
「あの、先輩方?
先程の会話の何に納得したんです?」
「君は誤解をしているよ。
別にミナモは君に作業を手伝って欲しくない訳じゃないんだよ。
そりゃ、手伝って欲しい訳でもないがね」
「何を言ってるんです?」
「いや、こればっかりはその直接見た方がね。
確か丁度、こういう時の為に鞄の中に去年のミナモちゃんの作品があったはず………」
と、明は自分の鞄中から一冊の冊子を取り出した。
いや待て、こういう時の為にってどういうこと?
そして、俺達のテーブルの上に置かれたのはミナモが昨年の賢人祭で出したという漫画作品。
その表紙には男二人が抱き合う絵が描かれており、当初の予想通りのモノがある。
その題名は……………
『剣の果てを求めて。
皇子と騎士との禁断の関係………』
予測通り、うん、そうだろうね。
でも待って、ねぇ、これマジで言ってる?
売られてたの、コレが去年本当に?
「ねぇ、ルークス。
これって………?」
と、レティアが漫画冊子を手に取り、表紙に描かれた男達の絵と俺と見比べる。
俺はレティアの言いたいことを察し、とてつもない嫌な悪寒が全身を巡っていく。
「似てるよね、ルークスとこの人?
あともう一人は、ラクモさん?」
「あっ……えっ…………?」
と、言葉に詰まり現実を受け止められない俺。
視線を先輩方へと向けると、現実を受け入れなと暖かい笑顔の視線を向けてくる。
「ルークス君。
ミナモちゃんはね、君とその幼馴染であるラクモ君をネタにその漫画を描き上げたんだよ。
私達もその漫画の作業には関わったからね、いやーさ最初は本当に驚いたよ。
でもね、ミナモちゃんの熱意とその意気込みに押されて私達も筆が止まらなくてね、あはは……。
去年の売り上げ知ってる?
なんと、うちらの過去一である約五千部だよ?
もーさ、反響も凄くて祭り終了後からも予約殺到でさぁ、あはは………」
と、愉快に語る千影の言葉に俺の動きが止まる。
とんでもない事になっていた。
俺の知らない間に……何でこうなった?
ミナモって実は凄い奴?
いや待て、さっき何て言った?
俺とラクモをネタにして、漫画を作った?
…………は?
「ふむふむ……なるほどこういう感じなんだ」
と、レティアは俺を他所に例の漫画冊子を読み始めている様子。
ねぇ待って、その中に何が描かれてるんだ?
なぁレティア、レティアさん、レティア王女?
俺とラクモの一体何が描かれているんです?
そして、レティアが読み終わって間もなく俺は例の漫画を彼女から受け取り、それを直接この目で確認する事になる。
レティアからの感想はというと……。
「うーん、なんだろう。
途中まで凄く良かったんだけど、最後がなぁ」
と、そんな事を言っていた。
そして俺は、事の顛末を探るべく恐る恐る例の漫画に目を通し始めた。