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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
ep The fallen emperor
317/324

大丈夫、そう言い聞かせ

帝歴401年3月5日


 この日、学院では卒業式が行われた。

 俺達にとってはまだまだ先のこと。

 学院生活六年過ぎた彼等が迎える巣立ちの日、しかしそんな日にも関わらず夕暮れ時になると、俺は一人の生徒を迎えに行く行くのであった。

  

 「あー、本当につかれたよ………」

 

 「お疲れ様、レティア。

 で、試験の結果は?」


 俺が結果を尋ねると、彼女は自分の鞄から紙を数枚取り出し内容見せ付ける。

 常に補習まみれの彼女が六科目を受けた結果はというと………。

 百点満点の内の平均90前後、思ったより悪くは無かった模様で………。


 「…………、お前とうとうやったのか?」


 「やったって?」


 「いや、追試の割には点数良すぎるだろ?

 絶対不正したよなお前、今からでも遅くない自首をするんだレティア」


 「酷いよ!!

 コレはちゃんと私の実力だよ!!

 この間までずっと補習だったんだから!」


 「いやいやだからな、そういう奴が急に全科目九割取れる訳ないだろ!!

 なんだ、つまりお前日頃の素行が酷すぎて悪かったのか?

 やれば出来る子的な?」


 「別にそういう訳じゃないよ………。

 ただ単純に、物覚えが悪いだけで今回はちゃんと全部覚えられたから……」

 

 と、機嫌を損ねたのか頬を膨らませながら子供のように俺に訴え掛けてくる彼女……。

 しかしまぁ、これでコイツの今年度の補習と追試は全て終わった訳である。

 俺も似たようなものだが、アレは正直仕方ない。

 コイツが一緒にヤマトに行きたいって話が膨らんで、サリア側の対応で一ヶ月遅れただけである。


 元を辿れば、コイツが変なことを言わなければ俺も補習を受けることは無かったのでは?

 いや、まぁ過ぎた事を気にしてはしょうがない。


 「まあいい、とにかくこれで一通り終わったんだ。

 これからどうする、レティア?」


 「うーん、いつもなら夕食ご馳走になるからミナモさんの買い物に付き合ったりするけど………。

 ミナモさん、最近部屋に籠もってばかりだから」

 

 と、最早居候同然の扱いになってることが気に障るが、確かにここ最近のミナモは部屋に出てくる事が少ない。

 せいぜいトイレとか、風呂とか食事を取りにくるくらいで必要最低限……。

 家事もラクモや俺に任せたきりで、本人の様子は確認するまでもなく機嫌が悪そうではあった。


 「………、確かにそうだな。

 やはり一人じゃ進捗が厳しいか………」

  

 「前は手伝う人が他にも居たの?」

  

 「一応居たには居たんだ。

 でも、今日はほら卒業式だろ?

 アイツが組んでた人達って、今年度で卒業するから今は実質アイツ一人で全行程をやってるんだよ。

 本人は先輩達に心配を掛けさせたくないから、責任感じて一人で思い詰めてるところ。

 そして、誰かを頼ろうにも頼れず今になって焦って作業をやってるんだろうよ、俺の推測ならな……」


 「………、一人なんだミナモ………」 


 「こればっかりは仕方ないだろ?

 過疎って終わりかもしれないところに、一人ようやく新入生が入ってくれた。

 でも、一人残してしまうことに先輩方から余計な心配をさせる訳にはいかない。

 別に卒業しても全く連絡取れない訳じゃないが、それでも思うところはあったんだろうよ。

 それに、部外者の俺が余計に口を出すにもな………」


 「ミナモさんのこと、なんとかならない?」


 「折れないように見守るか………。

 それとも、折れる前に無理やりにでも手伝うか……。

 もっとも、俺達でアイツの力になれるかは少しばかり怪しいところ。

 生活面での補助はある程度可能だが………」


 「そっか……」


 と、心配そうな表情をするもソレを飲み込み彼女は空を見上げる。

 コイツなりに色々と考えてはいるのだろうが、まあやれることが限られてる以上はな………。 


 まぁ、現在の進捗がどの程度なのか………。

 それくらいは一度確認しておくべきだろう。

 一人ではままならないなら、流石に俺も手を出さざるを得なくなるかもしれない……。 

 


 その日の夜、ラクモが用意した夕食を俺はミナモの部屋まで運んでいると部屋の前に来たところで彼女と鉢合わせる。

 飯の匂いを嗅ぎつけたのか、あるいは風呂かトイレかその辺りか?


 「おはようございます、ルークス様」


 「おはようじゃない、今何時だと思ってる?

 あとこれ、今日の夕食」


 「あー、そうでしたか。

 申し訳ありません、お手を患わせてしまって」


 「それは別に気にしてない。

 お前大丈夫なのか?

 賢人祭までもう期間は残り少ないだろ?」


 「それは、そうですが………」


 「進捗はどうなんだ?」

  

 「卒業式用の先輩方へ向けた板絵の方は、三日前に完了済み………。

 依頼された他のモノも既に完了、あとは自分達のところで出すモノに手を付けたところで………」


 「え?

 まだ自分のところをやってなかったのか?」

  

 「それはその………他にもやることがあったので」


 「いや、だがその量があるならもっと早くから他の人から手を借りるなきゃ無理だろ?」

 

 「大丈夫、徹夜でやれば間に合うはずだから」


 「いや、そういう問題じゃないだろミナモ?

 そんなに不味いなら、俺達にも何か手伝え………」

  

 その先の言葉を言おうと瞬間、彼女の地雷を察知し発言を止める。

 表情に出る前だったのか、俺が言葉を止めて間もなく彼女の表情が若干曇り始めた。


 「………、大丈夫。

 その、食事の用意をありがとうございます。

 では、私は失礼しますね」


 と、俺から夕食が乗せられた盆を奪い取ると彼女は俺の前から姿を消したのだった。

 

 「………、今のは少し不味かったかもな」


 僅かにため息を吐きながら、俺は肩を落としながらも自分の部屋へと戻ることにした。

 

 

 ミナモとは物心ついた頃からの付き合いがある。

 兄妹の中で一番年下だった俺にとって、ミナモは唯一の年の近い相手であり、彼女は俺にとって妹のような存在だった。


 ラクモと関わる以前の俺は、ミナモと一緒に遊ぶ事が多く側に居ない日の方が珍しかった程。

 しかし、その関係が変わり始めたのは俺が剣術を習い始めて間もない頃だったか………。

 

 ミナモは俺の家の家業に興味を持ったらしく、俺とは対照的に絵を習い始めたのだ。

 最初はそこまで上手くはなかったが、次第に腕を上げていき、元から才能もかなりあったのか将来はうちで稼ぎ頭になるかもしれない。

 そんな期待を彼女や俺自身も夢見ていたのだが、剣術の稽古のない日のこと。

 手も空いて暇だったのでミナモの絵描きに付き添った事で、俺と彼女の間に明確な亀裂が生まれた。


 単純に言えば、出来上がった作品を見比べた際にお互いの両親から褒められたのはミナモの作品ではなく自分の描いたモノだった。

 

 才能の差とでも言えばいいのか、彼女は今にも泣きそうな程悔しそうにしていた。

 しかしそれですぐに折れる彼女でもなかった、来る日も来る日も、あの日以降は狂ったように絵描きに取り組むようになった。


 しばらくが経って、再び同じように俺は彼女の絵描きに連れ添った。

 結果、出来上がった彼女の絵はとうとうお互いの両親からも評価されたのだった。


 これで良かったはず、だと思ったのが今にも至る俺の大きな過ちであろう。

 簡単な話、出来上がった作品を見て彼女は俺が手を抜いた事を見抜いてしまったのだ。

 

 俺としては娯楽の一つとして適当に取り組んだものの一つだった。

 しかし、ミナモからすれば今回の絵描きは自分の成長と実力を見せ付ける為の真剣勝負だったとのこと。


 この件以降、こと絵描きや彼女の創作活動に俺が口を出すことが彼女の地雷となったのは言うまでもない。

 この禍根は現在に至るまで根深く、つまるところ本気でミナモから恨まれているくらいなのだ。


 相手の覚悟、本気の姿勢に対して無下に扱ったこと。

 剣の道を進んだ者としても、失礼な行為をしてしまったと本気で反省し謝罪もしたが意味はなく………。


 その禍根が今尚続いてる。

 


 彼から受け取った夕食を自室へと運び、盆を床に置くと作業机の上にある道具を少しばかりだけて食事が取れるだけの空間を確保し、食事を開けた空間に置いて一人静かに私は食事を取り始めた。


 僅かに冷め、物静かな部屋で一人きり。

 自身の立場故に後ろめたさを感じる中、私は退けた作業中の道具達へと視線を向けため息を吐いた。


 「…………駄目だな、私………」


 食事を終え空の食器類を台所まで運び、片付けを終えるとすぐに元の仕事へと戻る。

 退けた道具を再び戻し、進捗状況を確認。


 締め切りまで、残り2週間。

 出来ているのは、全体の軽い下書き程度。


 原稿の総数が60枚、残りを一人でやるとなると……。


 「…………、無理か、いやでもまだ………」


 全てを諦めきれず、妥協も出来ない。

 そして私は無駄な思考を捨て、作業に没頭する。


 しばらくして、現在の時刻を確認。

 

 3月6日の午前6時……。

  

 八時間、いや十時間くらい?

 

 思考が回らなくなり始め、作業にも支障がで始めると私は仮眠の為に一旦床の布団に横になる。

 2時間くらいの仮眠をして、それから………。


 思考を続ける間もなく、横になった瞬間私の意識は途切れ、気付いた時には午後の二時過ぎていた。

 

 「っ!!!

 駄目、駄目駄目駄目!!!

 やらなきゃ、早く終わらせなきゃいけないのに!!」


 食事も寝るのも惜しくなって、再び作業へと戻る。

 でも、身体が上手く言う事を効かない。


 連日の作業に身体が限界を迎えてる………。

 でも、そんなの分かりきってる。


 でも、やらなきゃいけない。

 

 あの人の手を借りる訳にはいかない……。

 私一人でやらなきゃ意味がない………。


 先輩達の為にも、私の為にも………。


 だから……だから……


 震える手を抑えながら、私は目の前の原稿と向き合う。

 手指の感覚がわからなくなって、包帯で巻き付けて補強して、常に原稿と向かい合わせ。


 それでも、終わらない。 

 終わりが見えない………。


 「やらなきゃ、私がやらなきゃいけないの……」 

 

 そう、何度も何度も自分に言い聞かせた。

 何度も言い聞かせ続けた。

 続けて、続けて、何度も何度も……何度も。


 終わらない、でも諦められない。

 やるって決めたから、私が決めたことだから……。

 

 追いつくって、追いつけるって………。

 その為に、その為に私は此処まで来たんだから……。


 「絶対に、完成させるんだから………」


 震える手を、身体を奮い立たせる。

 そして、時間の流れを忘れた頃に、再び私の意識は途切れてしまった。


 僅かに血の滲んだ指先………。

 それに触れてきた、温かいナニカ………。


 意識が僅かに浮かんでくると……。

 私を抱き抱えていた、ルークスの姿があって……。


 「なんで………どうして……?」


 答えは聞けず、私はそのまま彼の温もりを感じながら意識が途絶えてしまう。

 その時、どれくらい時間が経ったのか分からない。


 でも、この瞬間がとても………嬉しくて……。


 私の涙は止まらなかった…………。

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