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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
ep The fallen emperor
315/324

己の夢は、誰かの為か

帝歴401年2月8日


 当初の予定なら年明けくらいにヤマトへの帰省だったのだが、急遽増えた客人への対応にヤマト王国政府及び実家ではそれなりに大きな騒動へと発展していたらしく、気付けば一ヶ月程も当初の予定より遅れての帰省となってしまった。

 

 一応、今回の帰省は幼馴染のラクモの為に組んだ予定である。

 日々、怪我や色々と思い詰めるところが多いのだから実家の家族に顔を合わせて少しくらい気分を休ませて欲しいものだ。

 近い内に師匠の方にも顔を出したいところである。

 

 そして、何処からか今回の帰省を耳にしたレティアはというと当然、そう簡単に向こうへ行ける訳が無かったのだった。

 まず、行きの船内では彼女の祖国であるサリアからわざわざ護衛がやってきて厳重警備の元、ラークへの帰国まで予定びっしりの缶詰状態。


 俺も思わず引いてしまった。

 一瞬だけ彼女と顔を合わせた際には、今にも泣きそうな表情を浮かべ、ついさっきまでの行きたいところリストやら、食べたいものリスト等と記されたメモがポロッと地面に落ちてしまった程。


 つまり、お忍びでヤマト王国での俺の実家に押し入るどころか向こうでは最後の最後までびっしり母国から与えられた公務に勤めることになった訳である。

 無論、元々溜め込んでいた課題や追加の補習用の課題も彼女の荷物に含まれており正直俺も同情したくなる程可哀想な目に遭っていたのだった。

 まぁ、課題に関しては彼女の自業自得ではある。

 しかし、流石に可哀想なので諸々が終わったら何かお菓子でもご馳走してやろう。


 「はぁ……全く困ったものだな………」


 「そうですね、あなたと同じくそう思いますよ」


 と、ヤマト行きの船の甲板で俺の横に立つ男。

 鍛え抜かれた肉体が、服の上からでも分かるくらいで俺と一回りくらい年の離れた人物。


 例の王女の護衛としてサリアから派遣された人物の一人、確か名前はクラウス・ラーニルだったか……。

 腕の立つ人物なのは見てすぐに分かった、佇まいといいうか魔力の質が他の護衛と比べても段違い。

 

 多分、本業も軍かソレに準じる騎士団に所属しているのだろうか?


 「いいのかよ、あんたは?

 王女の護衛を放っておいてさ?

 アイツの事だ、勝手に逃げるかもしれないぞ?」


 「心配せずとも、問題ありません。

 彼女の部屋の中にも、侍女を二人配置しております。

 加えて、三交代尚且つ常に三人以上常に護衛として兵を配置しておりますから」


 「ソレ、流石に可哀想だな……。

 いや、自国の王族ならそれが普通か………。

 ラークが異常に寛容過ぎるからな。

 俺も、向こうでの生活の癖で夜間に外出とか普通にやりそうになるかもな」


 「ははは、それはそれで楽しそうですね」


 「……で、結局何で俺のところに来た?

 それとも、帝国の生き残りとして俺をそんなに警戒しているのか?」


 「そんなつもりはありませんよ。

 ただまぁなんというか、個人的にあなたの事はレティア様本人から色々と聞いておりましたので………」


 「例えばソレは、どんな内容を?」


 「例えばですからそうですね……。

 以前、午前の授業を寝坊して遅刻しそうになった際には元々授業をサボろうとしていたあなたを見つけて一緒に午前中の授業を欠席して、後日あなたのご友人に大層怒られたとか?」


 うわ……この前の奴じゃん………。

 俺のサボりを口封じする為にレティアを巻き込んだら、案の定すぐにバレてラクモからめちゃくちゃ怒られた時の事である。


 まさか他にも言ってないよな?


 心当たりがありすぎて胃が苦しくなりそう。

 

 「あはは……、そんなの言ってたんですねーー」

 

 と、俺は思わず視線を横に逸らす。

 さっさとこの場から居なくなりたいとさえ思ったのだが、意外にも向こうの機嫌は悪くない様子である。

 

 「遊べるのも今の若い内ですからね。

 将来の事を考えると、今のこの時くらいはもう少し羽を伸ばしてあげるのも良いのかもしれません。

 流石に、限度というものはありますけど………」


 「そうですね、程々にします」


 「そうして頂けると有り難いです。

 レティア様が、あのように笑顔を見せるようになってくれたのは本当にいつ振りでしょうかね……」


 と、何処か感慨深くそう告げた彼の言葉に俺は不思議に思った。

 笑顔を見せるのが珍しいだと?

 あの、毎日愉快極まりないアイツが?

 

 「あの王女が笑顔を見せるのがそんなに珍しかったりするのか?

 正直、俺は毎日のように見飽きる程見てるが?」


 「こちらの知る限りでは、あなたと関わるようになるまではあまり笑っているところを見せた事がありませんでしたからね。

 毎日何かを思い詰めては、王族として振る舞いや王女としての在り方、その理想を演じては苦しんでいる姿ばかりでしたから………。

 幼い頃は、もっと明るく笑う子だったんですけどね」


 「今も十分過ぎるくらいだがな………」


 「………、レティア様は幼い頃からとても苦労なさっておりますからね……」


 「まぁ、成績も危ういからな………。

 留年も退学もしてないのが奇跡だと思いますよ」


 「そうですか………、まだ大丈夫なのですね」


 「まだ………?」


 「………いえ、何でもありません。

 また機会があればお話しましょう。

 ルークス君、あなたが今後ともレティア様の良き理解者である事を心の底から私は望んでおります」


 と、彼はそう告げると綺麗な一礼をして俺の元から去ってしまった。

 最後の方に気になるような言い方があった。


 まだ大丈夫………。


 レティアが留年、退学してない事に対しての答えにしては違和感を感じた。

 それはまるで、彼女がそうなる事を分かった上で言っているように思える。

 だが、分かった上でも彼女が今の現状を保っている事に安堵もしている。


 やっぱり、アイツには何かあるのか?

 それとも、俺の考え過ぎか……?


 「…………」


 「ルークス、寒くないの?

 そろそろお昼だし、ご飯行きましょう?」


 突然の声に俺は驚き態勢を崩してしまうと、帰省に乗っかってきた人物その二であるメルサがそこに居た。


 メルサ・ハーヴィー。

 この前勝手に婚約を申し込んで以降、彼女はレティアと同様に俺に毎日のように絡んでくるようになった変な女だ。

 ここ最近、俺の私生活にはちょっと変な女に絡まれる事が増えた気がする………。


 まぁ、今年度新たに新入生が入ればその三候補である彼女も来るのだろうが………。


 その一は言うまでもなく、レティアである。


 「なんか失礼なこと考えてない?」


 「いや、別に………。

 というか、別にわざわざ誘わなくても勝手に食いに行けばいいだろ?」


 「そうは言っても、知り合いがほとんどいないから。

 ほら、レティア様の方はお仕事だし………。

 ミナモさんは真っ先に誘ったんだけど、なんか祭りが近いから忙しいので後にしてとかって………。

 ラクモさんは、その………あんまり私とは親しくしないというか、ちょっと距離を感じて………」


 「うーん、確かにその人選ならそうなるか」 


 「だから、ルークスを誘った訳だよ」


 「そういうことなら仕方ない。

 多分ミナモはこっちから食い物渡さないと食わんだろうから、何か適当な片手間に食える奴を部屋まで持っていこう。

 ラクモはまぁ、そっとしておいて上げてくれ」


 「そうだね………。

 まだ、やっぱり怪我の調子は良くないのかな?」


 「生活自体はとっくに問題ない。

 アレは精神的な問題だからな、分かるだろ?

 武を重んじる家系で、その手の武器を扱えなくなったとなったらな………」


 「それは確かに辛いね」


 「でも、だからって諦めたくはないんだよ。

 俺も、アイツと再び並び立つ時を待ってるんだ。

 とにかく、今は信じて待つ他ない……」


 そして俺は、メルサと共にその日の昼食を終えた。



 帝歴401年2月15日


 実家に戻り、明日の船でラークへ戻る予定の中で俺は養父と向かい合って将棋の盤を指していた。


 「んー、やるなルークス。

 んー、これは………また厳しい手を………」


 と、俺が一手を打つ度に数分は手が止まり既に冷めた茶へ手を掛ける父親の姿が目の前にある。

 サナムネ・ヤマト、帝国からどうにか生き延びた当時身重であった俺の母親を引き取り、間もなく生まれた俺を実の子同然に扱ってくれた。


 母親と違って拗れた感情は向けていないが、世間的に言えば親バカと言えるような人物と言えよう。

 姓こそヤマトという、王族の名を持っているが分家故にそこまで高い地位もなく、下位貴族の一家系に過ぎない程度。

 使用人として、ミナモの一族を専属で置いている程度のそこそこの家……。

 いや、使用人を置けるだけ裕福な方ではあるのだろうが……。


 「そろそろ降参か、父さん?」


 「いや、まだだ………まだ手は………」

  

 「一応分かってると思うが、そこの歩で取ると四手で詰みだぞ?

 あと、その銀も下げたら駄目」

 

 「う………」


 俺が助言してやると、再び頭を悩ませる父。

 頭を悩ませ、うんうん唸りながら身体を上下に動かしうっすらハゲた後頭部がたまに視線に入ってくる。

 

 まぁ、歳だからなしょうがないか………。


 この家での一番上の兄が確か今年で三十、末の娘であるカナデも確か俺より二つ上とかだからな………。

 実際俺が養子に入って一番下が俺に変わったくらいだからな。

 若くして子供も持ったとはいえ今年で確か四十後半くらい、まぁハゲるのも仕方ない年だろう。

 

 と、そんなことを思ってるとようやく諦めたのか肩を落としながら情けない声で「参った」と告げると、父親は残った茶を一気に飲み干したのだった。


 「これで俺の三連勝か………」

  

 「こうしてお前と勝負出来るのも、実質今日で最後になるのかな………」

  

 「また今度帰省した時に出来るだろ?」


 「それもそうだが、内の子らも既に独り立ちして行ったからな………。

 カナデが嫁入りしたら、お父さんもう寂しくして寂しくてどうすればいいかなぁ……」


 「大の大人が情けない………。

 母さんや本人の耳に入ったらまた愛想尽かされるぞ?

 ソレに、無理に子離れしろとまでは言わないがあんまりべったりするのは、年頃の娘にはキツイんじゃないのか?」


 「それもそうだろうな………。

 で、お前の方も学院で話は耳にしていたが実に相変わらずみたいだな?」

 

 「成績は問題ない。

 ソレにあんまり俺が素行良すぎると生徒会に推薦されて面倒になるだろ?

 ラークは生徒が国の自治を主体的に行う特殊な国だからな………」


 「……………」

  

 と、俺は盤に広がっている将棋の駒から自分の王の駒を手に取りそれを父親に見せる。

  

 「考えてもみろ、かの皇帝の血を継ぐ者がラークの治世に登壇したとなればヤマトどころか他の国からどう思われると思う……?

 俺は別に気にしないが、家族にその辺りで迷惑は掛けたくない………。

 既に次男のヤスケ兄なんか、六年前に俺の事を下手にかばったせいで上から干されて今は田舎のどっかで隠居生活ときてる。

 全く、どうしたものかな………」

  

 「しかし、ルークス。

 アレはお前のせいではない………」


 父親はそう諭すが、俺としては実際に自分のせいで次男は仕事を飛ばされていると認識している。

 手に取った駒を握り締めながら、それをゆっくりと元の盤の上に置き、他の駒を手に取り置いた駒の上に置きバランスを取りながら上に重ねつつ、俺は言葉を続けた。


 「だが、世間はそう思わないだろ?

 ラークへの入学に関して、元はお上の判断だ。

 皇帝としての血筋以外にも、俺は実の母親であるヒイラギ・ヤマトの血を継いでいるんだからな。

 俺の母親が存命ならヤマト王国の元第一王女。

 現在新たな帝候補として争点となっているシグレはその下の第三王女に当たる。

 この時点で俺は厄介な地雷に他ならない。

 なのにだ、わざわざ俺をラークに入れたがる。

 要は何らかの政治的材料として俺を利用したい思惑が上にはあるんだろうな………」


 慎重にバランスを気にしながら既に七つの駒が縦に重なっていた。

 これ以上を重ねるのが若干気後れし、もう一つを乗せようとした寸前で俺は手を止める。

 

 俺が手を止めたタイミングで父親はようやく閉ざした口を開き喋り始めた。


 「…………、そうだろうな。

 だが、何も悪いことばかりではないだろう?

 例えばほら、今遊びに来てるハーヴィー家のメルサちゃんだっけ?

 あんなに可愛い子に言い寄られてるんだからさ?

 入学して別に悪いことばかりじゃないだろ?」


 と、父親は機転を効かせ、話を明るい話題へと変えてきた。いかにも年頃ならそういう事に興味くらいあるだろうなという感覚で話してきたのだろうが。

 

 まぁ、俺も男だしな………。

 そりゃ異性に興味が無いわけがない。

 が、気乗りしないというか………なんというかな。

 

 「別に、女遊びがしたい訳じゃないんだがな。

 そもそも、俺と関わるような女に碌な奴はいないだろうよ……。

 それにさ、元々興味本位で知りたかったものの一つである帝国に関しては分からない事が多かったんだ。

 情報のほとんどが閲覧規制の黒海苔まみれ。

 まぁ知られたくない情報が沢山あるんだろうよ。

 ソレを知れる唯一の望みが情報開示の為に闘舞祭優勝で得られる権限何だが、コレがまぁ相手が強いのなんの厳しいなってところだ」


 積み重ねた駒の塔を軽く指で小突き、軌跡的なバランス感覚で立っていたソレは当然のように崩れてしまう。

 どことなく、目の前の父親が心惜しそうに残念そうな顔を浮かべていた気がする。


 「そんなに厳しい相手ばかりなのか?

 お前は元々、同年代の中ではこの国で一二を争う程には強かっただろう?

 優勝とまではいかなくとも良い結果には漕ぎ着けはしたんじゃないのか?」

 

 「それがそうでもないだよ。

 今年は神器もあったし、ちょいと頑張ってはみたが、それでも今年の結果は決勝トーナメント初戦敗退。

 相手は当然上澄みの上澄みときた。

 そして、来年からは天人族の留学生が来るとか?

 相手がそもそも人間じゃなくなるなら、俺としてもやってられねぇよ全く……」


 「そうか、色々と苦労を掛けているようだな」


 「いや、俺一人が迷惑を被る分には別に構わない。

 一応父さんの言うように俺は学院で好きに楽しくやってるからな。

 私生活では顔馴染みのラクモやミナモも居るし、今年からはシグレの奴も来るだろう?

 それでもちょいと悩みの種も増えてはいるが……。

 サリアの第一王女については多分聞いてるだろ?

 連日あれだけ新聞や雑誌に掲載されれば嫌でも目に入ってくるからな」

 

 「あー、それと例の話は本当なのか?

 お前がその、レティア王女と交友関係にあるというのは、どうも俺はそれが未だに信じられなくて……」

  

 「俺も信じたくはないんだがな。

 色々あって、まぁ色々と………」


 「そうか、失礼のないようにしろよ。

 お前のことだから、心配は無用なのだろうが」


 「そう、だな………」


 ごめんよ父さん、既に遅いかもしれない。

 俺というか、向こうから問題を持ってくるのが実情なのだが……、王女の外面でしか伝わってないのなら俺が彼女に迷惑を掛けていると思われても不思議ではない。


 まぁいいけどさ、いいんだけどさ………。


 「さて、帰りの支度も残ってるだろう?

 片付けはやっておくから支度に向かうといい」


 「了解、戻ったらまた勝負しよう」


 「ああ、楽しみにしているよ」


 親子との僅かな時間を終え、俺は自室へと戻る。

 また次から騒がしい学生生活に戻っていく。


 卒業後の進路とか正直まだ先のことだが、そう遠くないいつかは考えないといけないこと。

 帝国の因縁が残っている俺の将来………。

 

 一応、王様になりたいって夢はあった。

 それを俺が目指すということは、かつての帝国の栄光を取り戻す為にみたいな話になる。


 そういう目的の為に王様になりたい訳じゃない。

 ただ俺は、ルークスとして王になりたいってだけだ。


 そう、誰もが努力すれば大成を成せるのだという証明をしたいがために。

 そして、俺が俺として世界に名を残したかったこと。


 皇帝の血を継ぐ者としてでなない。

 ルークスとして、俺が王となるというそんな夢物語を叶えたかった。

 本当にそれだけで、それだけが本当に難しいのである。

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