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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
ep The fallen emperor
313/324

知り合いの気苦労を垣間見て

 帝歴400年12月1日


 この日の授業も無事終わり、放課後に入ると俺を待っていたのか校門前で例の奴を見かけた。

 当然、あの容姿で目立たない訳がなく今も四人程の男共に囲まれている様子だ。


 「是非とも自分と放課後にお茶を一つ……」

 

 「いや、ここは自分と是非……」


 「いやいや、私と共に……」


 「レティア様、本日は私とどうか………」


 「申し訳ありません。

 既に私には先約が居りますので……」


 そう言い、あの輩をどうにか上手く受け流しているレティアは俺の姿を見つけると駆け足で寄ってくると俺に有無を言わせず右腕に抱きついてきた。


 「今日はどこに行きましょうか、ルークス?」


 「そういうところは上手いよな、お前……。

 いつもの店でいいか?」


 「勿論です、是非行きましょう!」


 そして、俺にべったりな彼女の姿に男共は愚か他の生徒達の視線を集めてしまう。

 ただでさえ好奇の目で日頃の悪目立ちがあるとはいえ、彼女が交換留学に訪れてからはほぼ毎日これである。

 たまに、ミナモと一緒に帰る日もあるらしいがそれでも比率的には俺に八割くらい構ってきている程。

 大型犬でも飼っている気分だが、最近になって彼女の人となりが見えてきた気がする。


 腕に抱きつき、冬でも少々暑苦しいと感じるが彼女の身体は寒さだけで震えてはなかった模様。

 長々とあの取り巻きに囲まれ、相当な負担だったのか緊張で身体が強張っていた様子。


 「あんなの、さっさと追い払えば良かっただろ?」


 「断ってもキリがないの……。

 でも私が強く言うと何されるか分からないし……」


 と、彼女は口を漏らした。

 大方自身の外の仮面と、内面との差がこういうところで影響しているようである。

 そりゃあ普段、公に晒しているコイツの姿といえば、可憐な見た目にそぐわぬ冷徹な支配者としての姿。

 公での彼女の一言一句、下手すりゃ人だって殺せるんじゃないかってくらい畏怖を感じる程。

 余程の馬鹿か命知らずじゃなきゃ、言い返す気も起こらない。


 しかし実際の彼女はまるで違う。

 頭も要領も悪い、威厳があるかといったら正直……、まぁ、よく公でこの姿のボロか出ないのが不思議なくらいと言える。

 

 まぁ、突然見知らぬ男共に囲まれてどうしたらいいのか分からないのは女性からすれば普通の反応と言えよう。

 文武両道で通ってるとはいえ、実際の運動面は正直普通の女性と比べても悪い部類に入る。

 下手に刺激して、反感を買うのが怖いのは当然か。


 「いい加減、その演技辞めたらどうなんだ?

 続ければ余計に自分の首を締めるのは目に見えてるだろ?

 あのまま待ってても、俺がいつもお前の元に来れる訳じゃないんだ。

 何かあったらでは遅い。

 いい加減、少しはわかったらどうなんだ?」


 「それでも私はやらないといけないの。

 こんなのでも、私は第一王女だもん。

 下の妹達からの期待も裏切れないし………」

 

 「今のままなら、すぐにボロが出る。

 というか、お前の今の成績だと留年するんじゃないのか?」


 「大丈夫だよ、課題はなんとか出してる。

 試験も追試でどうにか……。

 そういうルークスはどうなの………?」


 「俺か?」


 そう言って、俺は自分の端末を取り出し前回のこの前の試験結果を彼女に見せた。


 「…………、嘘でしょ……」


 画面に表示されてるのは、試験の科目別の点数とその順位の内訳である。

 各科目200点満点のうち全科目190点前後で俺の試験の点数は占められてる。

 全体の平均点が大体120前後になるように調整されていて六科目の1200点満点の内、合計450以下は留年。

 逆に、1100以上で特待生として学院側から特権やら一部学費免除当時福利厚生が美味くなっていく具合だ。

 その中で俺は合計1165点、特待生の中でもかなり恵まれている方である。

  

 反面、代表生徒だかの面倒な役職を押し付けられているが……。

 それでも、学院内に存在する劇場とかでは良い席を取りやすかったり、飲食店や映画館での割引が効いたりと良い部分もあるにはある。

 成績自体は良いに越した事はないのだ。


 「そういうことだ。

 悪かったな、頭の出来が違くて」


 「酷いよ!

 ルークスも絶対に私と同じだと思ってたのに!!

 最近いつも一緒だけど、ルークス全然勉強とかしてないよね?!

 おかしいよ、絶対おかしい!」


 「そう言われてもな、これは生まれつきなんだよ」


 「うっ……酷い、あんまりだよそんなの………」


 「というか、別にラークに行かなくても自国の学院に通えば良かったんじゃないのか?

 王女だから多少コネ使っての入学もしやすかっただろ?」


 「受けたよ、勿論……。

 でもね、私自国のところ全部落ちちゃったから………。

 でもさ、ラークって身分証明と国からの承認とか出せばあとはマークシート方式のテストの解答を送れば良かったでしょう?」


 「確かにそうだったな………。

 待て、お前まさか………」


 「うん、なんかそのね……。

 いい感じに、点数が良かったみたいで……。

 あとはほら、サリアって昔からラークに結構お金とか出してたから………」


 「あー、なるほどね………。

 そういうことかぁ………」


 なるほど、こんなのでもラークに入れる訳だ。

 まぁでもラークに入学するだけなら、そこまで難しくはないであろう………。

 問題は………、コイツみたいな運良く入ってきた奴に対しての振るいがかなり厳しい点である。


 「えっと………ルークス?」


 「その本当に大丈夫なのかお前?

 点数ぎりぎりでも普通に留年はあり得るからな?

 というか、よくお前それで二年生に上がれたな?」


 「あはは………まぁね」


 そう言って、彼女は俺から視線を逸らした。


 うわ、コイツ絶対やらかしてるだろ。

 思わずそう言いたくなったが、抑えた。

 しょうがない……。


 「後でまた勉強を見てやるよ。

 知り合いが留年されるのも色々と面倒だからな……」

 

 「ありがとう、ルークス」



 その日、俺は帰宅するなり自室へと籠もった。

 壁に立て掛けているカタナを手に取り、鞘からその身を引き抜く。


 「………」


 一応、手入れはたまにしている。

 特別思い入れのあるモノではないが一応入学祝いで両親から贈れられた代物だ。

 それなりに価値のあるモノらしく、手入れをサボって錆まみれにでもしたら、後でかなり怒られるであろう。


 「…………」


 部屋の引き出しの一番下の方へと入れている、黒い風呂敷で包まれた小包を一つ取り出す。

 そしていつもの定位置である部屋の角の方へと腰を下ろす。

 中に入っている手入れ道具をその場に広げ、普段特に使われていないカタナの手入れを始めた。

 特に誰かと喋る相手も居ないので、静かな部屋で一人淡々と作業を進めていく。


 ある程度時間が過ぎた頃に手入れも終わり、茶でひと息着こうかと思いながら道具を片付けると部屋の向こうからミナモの声が聞こえた。


 「ルークス様、お茶をご用意を致しましたがいかが致しますか?」


 「丁度欲しかったところだ。

 一杯頼む」


 「畏まりましました。

 では、すぐにお持ち致します」


 そう言って、彼女の気配が消えた。

 時間はそうかからず戻るであろう、何か適当な茶菓子の控えが無かったか菓子をしまっている二段目の引き出しの中身を確認していく。

 

 いつも2つ程何かしら備えている漆塗りの木箱を取り出し中身を確認すると中身は空だった。

 そういえば、この前レティア泊まりに来た時に勝手に食ってたような記憶が……。

 

 「いつものことか……」


 仕方ない、ミナモが何か持ってくる事を期待しよう。

 向こうが気を利かせて茶を用意してくれる訳だ、何か良いものでも貰ってきてるのだろう。


 となると、こちらに出来るのは……。

 ミナモが茶を持ってくるまでの間に立て掛けている小さなちゃぶ台を部屋の真ん中に置き座布団を用意。

 レティアと違って、ミナモなら別に部屋の詮索もしないであろう……。

 実家でもそうだが、書物以外特に物を多く置いてる訳でもないから部屋の片付けは基本楽ではある。


 「ルークス様、お待たせ致しました。

 部屋に入ってもよろしいでしょうか?」


 「構わん、入れ」

 

 「では、失礼致します」


 間もなくして、熱湯の入った湯瓶を左手に持ち、茶の道具が入っているであろう籠を持ちながら彼女は部屋に入ってきた。


 「………、カタナの手入れでもしていました?

 少々、その類いの匂いがしましたので」


 「さっきまで手入れをしていたからな。

 錆まみれにしたら何を言われるか……」


 「それなりの家が建つくらいの代物でしたよね。

 やっぱり朝廷一族は私達とは持ってる物すら違いますよ、ほんと……。

 いつもこんな安いお茶ばかりですけど、本当にこれで良かったんですか?」


 「俺が好んでる柄なんだ。

 師匠の家で出されたのが、この柄の茶なんだよ」


 「そうですか、とりあえずすぐに淹れますね」


 そう言って手際よく二人分の茶を淹れると、一つを向かいの俺に差し出し、自分の方に一つ寄せると道具の入った籠から大福が四つ乗った皿を卓の上に置いた。


 「先週発売されたばかりの新作らしいですよ。

 中身はなんか少し珍しい香草をこし餡に練り込んだとモノらしいです」


 「なるほど、珍しい香草か……」


 と言って、手を付けようとするとミナモに弾かれた。


 「何で?」


 「手を洗って下さい、それからです」


 「…………、分かった」


 母親に叱られる子供のようである。

 というか、茶を淹れる前に言ってくれ。

 会話した時点で察しろと?

 まあ、それでも悪いのは自分であると押し込み、一度部屋を出る事にする。

 茶が少し冷めるかもしれないが、まあさっさと済ませればいい。

 茶菓子として出された大福も、ミナモなら一人で食べ尽くすような真似もしないだろう。


 そして、手洗いを済ませ部屋へと戻ると正座を崩して先に大福の一つを咥えていた彼女の姿が視界に入った。


 「まあ、先に食ってはいけない訳でもないが……。

 そういや、夕食の準備もこれからか?」


 俺は彼女にそう尋ね、少し冷めた茶を一口含んだ。

 そして気になっていた大福を一つ手に取る。


 「まぁ、昨日の余りですけどね。

 少し多めに作り置きしていたので、温めればすぐに食べられますよ。

 御屋敷だったらそんな真似すると色々言われますけど、ルークス様はその辺り厳しくありませんからね。

 夕食前にこうしてお菓子をつまみ食い出来るのも向こうじゃ絶対出来ませんから」


 「まぁ、一方的に任せているから構わない。

 なるほど、この新作、割といい感じだな……?

 後味がいつもと違って爽やかな感じがするが……」


 「そうですね、今度また買ってきます?」


 「ああ、機会があれば頼む。

 レティアの口に合うかは分からないが……」


 「そうですね……。

 ルークス様、最近レティア様の事ばかりですよね?」


 「目を離すと何をするか分からないだろ、アイツ」


 「そうかも知れませんけど、レティア様と関わってからなんというかルークス様は楽しそうですし。

 いつも退屈そうというか、何処か物足りない雰囲気出してましたから、そういう姿が割と新鮮ですよ」


 「…………そう見えるか?」


 「ええ、昔から見てる身としては今のルークス様は以前に剣を習っていた頃と同じくらいは活き活きしていると思いますよ。

 剣自体はまだ続けているみたいですけど、以前程の勢いはそこまでありませんからね………」

 

 「確かに、退屈はしていないのかもな。

 全く、騒がしい奴と関わるようになったものだ」


 「そうですね………」


 と、2つ目の大福を食べ終えたミナモは残った茶を飲み干しひと息つく。

 

 「ふう、割と悪くないですねこういうのも。

 ルークス様、それじゃあ私は夕食の支度に移りますので先に失礼しますね。

 後で道具一式を台所まで運んで貰えますか?」


 「了解した、運んでおく」


 「それじゃあお願いしますね」


 そう言うと、彼女は部屋を出ていく。

 既に見慣れた光景ではあるが、この時間は有限。

 学院という限られた環境のみで許されたモノだ。


 今はああやって、普段通りの姿を見せてはくれるが向こうに戻れば俺は御家の存続云々で使われるか、彼女もまた侍女の末端としての生活に戻る。

 こうして同じ宅で茶をすするような事はあり得ない。


 偶然、自分の両親の目に留まり特別にこの学院へと通うことが許されたのが彼女。

 本来ならば見ることも叶わない夢のような場所、そんな慣れない環境で彼女よくやってると思う。


 まぁ人の目のないところでは、今のような姿を時折見せてはくれるが………。

 この先もずっととはいかないのだろう。

 

 お互いに縛られ、定められた身分がある。

 この制度は古い確執として今現在も当然残っている。

 歴史ある国、いや昔からそうやって人を住み分けてきたのだから身分の差は無くなることはない。

 

 不思議とこの学院のみで許された、奇異な関係。


 そんな物を悪いとは思わないが……。

 

 色々と思うところはある。

 最近の悩みの種でもある、レティアはその一つ。

 王女という身分に縛られ、面倒この上ない存在。


 しかし、立場から逃げずにソレを受け入れ抗う彼女の姿に対して俺は思うところが何もなかった訳じゃない。

 俺自身が既に諦め、逃げの為に学院に流れついたようなもので、彼女の姿はある意味新鮮に映っていた。


 彼女を厄介で面倒な存在だとは思ったが、彼女の在り方全てを否定さ出来なかった。

 むしろ、その背を後押ししてやりたいとすら思った程である。


 不思議と人を惹きつける力でもあるのだろう。


 しかし、なんというか俺に対して距離感が近い。

 サリアという国ではあの雰囲気が普通なのか?

 服を身に着けず寝る文化は一応あるみたいな事は、人伝に聞いたが……。

 異性を相手にあれだけべったりするのは、流石に違うと思いたいところである。


 「ほんと、よくわからない奴だよな、アイツ………」


 それから間もなくして道具一式をまとめ、台所に向かうとまた勝手に上がり込んでいたレティアと顔を合わせた。

 ミナモが温め直した夕食のおかずの一つを彼女は一足先につまみ食いしているようである……。


 やっぱりコイツを見習うのはやめようかな?

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