鉄(偽)の王女に絡まれて
「お前の母親か………。
お前を生んですぐに死んだよ、とっくの昔にな」
物心付いた時既に、俺の両親は死んでいたらしい。
これまで実の母親だと思っていた人物から、当時七歳の自分に告げられた言葉がそれであった。
母親からの当たりが強かったのはいつものこと。
そしてこの時、血の繋がりが欠片もない事を知り、冷たくされるのも妥当であると本能的に理解した。
父親も死んでいる。
実の母親は俺を身籠ったまま、祖国へ戻りると頼れる親戚として今の父親の元を尋ね、自分を生んだのだという。
元いた国から病を持ってきたのか、実の母親の死に様はあまりにも酷いらしく。
両手足が魔水晶と化し、腹の中に居た俺を守る為に己の命の全てを費やしたのだという。
この話を、俺はあの一件のあった晩に父親から聞かされたのだ。
母親は幼い頃から、俺の実の母親とは仲の良かった友人らしく、当たりの強い理由も生前の彼女を思い出してしまうが故に、距離を取ってしまうからなのだと不器用な母親の代わりに父親が頭を下げてきた。
幼い俺には、その言葉の意味すら……。
いや、本当の家族が既に亡くなっていたことなどある意味どうでも良かった。
今いる家族が、俺の家族なのだと思ったから。
だが、世間はどうも俺をそうとは見ないらしい。
ただの平民生まれならまだしも、俺の身体に流れる血はどうやら様々な面倒事の要因になってしまった。
成長していくに連れて、その真相は自ずと理解出来るようになる。
俺を恨み、妬むように………。
影から俺を睨むと周りの人間は口々に、こう口にしていたのだった。
「帝国の忌み子と………」
●
帝歴400年11月20日
「でさ、ルークス?
あの姑というかヒサノ教授ったら酷いんだよ。
ちょっと居眠りしただけで、いきなり私の頭叩いて来たんだよ!
私これでも一国の王女なのに酷くない?!」
と、袋の中の菓子をつまみながら俺の向かいで愚痴る故郷ではまず見ない金髪の女……。
目鼻立ちも整っており、世間から見てもかなり美人であろう言えるし、実際俺もそう思うくらいの魅力と存在感を放ってくる。
風呂上がりで間もないのか、火照った身体に薄着で尚且つ無警戒に居座る様に、気恥ずかしさ以上にコイツの将来が非常に心配になってきた。
気分は最早、子供の世話をする親の感覚に近い。
「授業中寝ていたお前が悪いんだろ?
寝るならもう少しバレないようにしろ、というかだな………」
「何?」
と、とぼけた顔で菓子を頬袋いっぱいに頬張る彼女の姿に俺は呆れるしかなかった。
「何でお前いつも俺の部屋に来てるんだよ!
というか、用が済んだら帰れ!
毎度勝手に寝床を取れる俺の身も考えてくれ!」
「別に良いじゃん!
前に、いつでも来ていいってラクモさんやシグレも言ってたもん!」
「社交辞令だろ!!
本当に連日、当然のように来るやつがあるか!!
というか、既に一週間は俺のところ来てるよな?!」
「えー、でもさこんなに広くて部屋も沢山余ってるから良いでしょ?
お風呂も私のところと違ってすごく大きいし、ミナモさんの作ってくれるお料理もすごく美味しいし………。
私料理とか家事とか全く出来ないんだもん……」
「だったら俺の部屋に押しかけるな!
とういうか入り浸るなよ、お前王族依然に女として殿方の前では、もう少しこう恥じらい持つとかそういう貞操をしっかりとだな………」
と、俺が目の前の彼女に注意するも俺の部屋の引き出しを勝手に明け、予備の菓子の方へと手を伸ばしていたのだった。
「あっ……!
これこの前発売された新作のお菓子だよね?
食べていい?」
「俺の話を聞いてくれよ、頼むから!!
というかお前、俺に勉強教わりに来たんだろ!!
菓子ばっかり食うな、勉強しろ勉強を!!」
学院の交換留学という制度で、この女はここオリエント地区の留学に来ている。
彼女の名はレティア・ラグド・サリア。
サリア王国の第一王女、本来なら適当な社交場でお目に掛かって数回挨拶を交わす程度の間柄で済むはずの相手なのだが……。
以前に色々と揉めて、少々後から気が引けて仕方なくコイツの手伝いやら多少構ったりしてあげたした結果、俺は何故かコイツに気に入られていた。
正直理由は分からない、押しかけ女房の類いにしては身の回りの事がだらしないどころか、正直何も出来ないお荷物に他ならないであろう。
外面だけは完璧だ、周りからは鋼鉄だとか鉄の女とか言われるくらい文武両道の化け物みたいな扱いを受けているくらいである………。
しかし、目の前の彼女こそが現実である。
何も出来ない、それどころか女性としての恥じらいとかも欠けている始末である。
本当にコイツ第一王女なのかと、疑問に思う。
この間なんか勝手に遊びに来て泊まりに来た時には、勝手に部屋の寝床を奪ったどころか俺の横で裸同然で寝ていたのだ。
日課の鍛錬の為、起きてすぐに視界に入ったのがあの自堕落の塊のような奴とは思えない程に均衡の取れた程よい肉付きを持つ彼女の肌であったからだ。
最初は当然目を疑った、悪い夢かと思った程に。
しかし意識が覚醒し現実を受け入れると俺は思わず早朝間もなくして近所迷惑も辞さないくらいに女々しい大きな悲鳴が漏れ出てしまう。
最初は正直、俺が何かやらかしたのかと思った。
状況的にソレしか考えられない、周りから見ても一目瞭然で俺は完全にクロであると言われても文句の言えない状況である。
しかし俺はちゃんと服を着ていたし乱れてもいない。
少しコイツのよだれが服に付いてたのが気になったが、俺からは何もしていないのはすぐに分かった。
そして起きて間もなく、自分の姿に気付いて身体を隠し、俺は何故脱いでいたのか問い詰めた。
本人曰く、寝るときは邪魔だから脱いだとのこと。
知らねえよ、馬鹿野郎!
勝手に脱ぐんじゃありません!!
そんな理由で男の部屋で勝手に素っ裸で寝泊まりする奴が何処にいる。
しかし俺の言葉とは裏腹に、ここにいるよ!と本気で自慢気に腕組んで宣言した時には思わずコイツを叩き落とそうかと思ったくらいだ。
間もなくして、俺の悲鳴に駆けつけたのは世話係として同じ屋根の下で暮らしていたミナモである。
彼女の方から溢れ出る怒りの感情を必死に抑え込まれ、後々彼女の口からレティアは長々とお説教を受けていた、当然の報いだろう。
正直、この時点で出禁にしても良かったくらいだ。
しかし向こうが王女という身分もあり、これまで隠されてきた彼女の素行を知ってしまっていた俺には間もなくしてサリアの王室から「娘の世話を頼みます」といった旨の手紙が来たのが、ここ二日前のこと。
あー、外堀り埋められましたね、完全に。
俺の存在を何故向こうが知っているかと、一瞬悪寒が過ったが彼女に確認した答えはすぐに返ってきた。
「私がこの前お手紙で報告したんだよ!
学院でルークスっていう初めての男の子のお友達が出来たってね!」
満面の笑みで彼女から面と向かってそう告げられた俺は、一瞬の照れくささを感じたが、間もなくして事態を飲み込み全てをかき消すが如くとんでもない事をしやがったなと恨み節を込めながら頭を抱えることとなった。
俺の学院生活、故郷での白い目からようやく離れられ安堵していたら二年目で既にこの有り様なのである。
これから卒業まで、コイツの面倒に振り回せる事になるのだと俺は自分の受けた運命を呪うしかなかった。
●
帝歴400年11月21日
「おかわり貰えるかしら、ミナモさん」
翌日の朝、俺の隣で元気よく朝食を食べミナモにおかわりを申し立て、茶碗を彼女に差し出す王女の姿があった。
「はい、どうぞレティア様。
ルークス様はどうします?」
そう言って、当たり前のように彼女の茶碗に白米をよそいながらミナモは俺に声を掛けてきた。
「じゃあ、俺も貰おうかな。
味噌汁も頼む」
「あ、それ私もお願いするわね」
「畏まりましました」
そう言って、俺達二人の分を器によそう。
正直俺としてはミナモの方がこの光景に馴れているのが意外と言える。
「レティア様が居ると作り甲斐がありますね。
以前までは私とルークス様のお二人分だけでしたから」
「いつも苦労を掛けて本当に済まないな」
「私はいいんですよ。
お料理するのは好きですし、それに忙しい時は以前までラクモさん手伝って貰ってますから。
最近は色々とお身体が良くありませんから大変なのでしょうけど………。
心配になりますよね」
「そうだな………」
ラクモは先の祭典にて大きな怪我を負った。
四肢を失い日常生活を送ることすら困難な状況にも関わらず、無理を言ってすぐに退院して義肢での生活を1人で送っていた。
当然、俺と同様に旧知の彼女からすれば心配するのも当然である。
連日、自炊の困難な彼の代わりに弁当を用意したりと色々と世話を焼いていたりと彼女なりに出来る事をしてあげていたのだ。
「必ず、良くなりますよ………。
いずれは、ええ……元気になって……ルークス様との濃厚な………えへへっ……」
そう言って、変な妄想に浸る彼女から視線を外す。
ちょっと見直したらすぐにこれだよ、コイツ……。
「…………。
変な妄想はそのくらいにしろ、ミナモ……」
「あ、すみません、私としたことが………。
えへへ……」
ミナモも大概である、個人的な趣味の分で自制はしているようだが、正直隠しきれていない。
この一面が表にでなければ、追々縁談が来ても困らないであろうにとは思うのだが……。
実際、学費の免除の為に俺の身の回りの世話をして欲しいと義両親から頼まれ二つ返事で引き受けたのが彼女。
母親と比べて父親少々過保護、得体の知れない奴に俺の身が危険に晒される事を恐れたから、彼女を学費免除を前置きとしておきながら俺の側を見守って欲しいと提案したのだろうが………。
実際のところ、レティアが入り浸るようになり危惧していた事態が本当に起こりそうである。
ミナモにも以前、彼女の件については相談したのだがその時はというと……。
●
「あの方は大丈夫だと思いますよ。
貴方が間違いを犯さなければ大丈夫です、ええ。
むしろ起こして貰った方が……ラクモさんとの三角関係が……ぐへへ……」
「本気で言ってるのか?」
「こほん、とにかく大丈夫です。
少なくとも悪い御方ではありませんし。
それに、その少し純粋過ぎる方ですけど、それでもあの方はとても貴方を気に入っているみたいですし………」
「そうは言ってもな………」
「でも、少しだけ違和感を感じるんですよね?」
「違和感?」
「いくら何でも、距離感がおかしいというか。
同年代にしては、少しその幼い中身というか……」
「確かに、そうだな。
個性の一つだろ、多分」
「だといいんですけど……。
でも、先に手を差し伸べたのはルークス様です。
きっと何か意味があったんじゃないですか?
とても御綺麗な方ですし、ルークス様もその年ごろですから……その、下心の一つくらいありましたよね?」
「いや、ソレはない。
あれでも相手は王族だ、俺と違って正真正銘の実在する王族なんだぞ?
だから下手に禍根を残すと面倒だったから何というか………放っておけなくて……」
「………そうやって、誰これ構わず変に人助けばかりしてるのは昔からですよね?
そうやって変な勘違いさせて、後々面倒な事に巻き込まれる私やラクモさんの身にもなって下さい。
とにかく、コレは貴方の持ってきた問題なのでそちらで何とかしてください。
あまりに手に負えないなら、多少は私の方から助け舟を出しますので……」
●
と、そんなやり取りを交わした。
俺の周りにはまともな奴がいない気がする。
ラクモは実際小うるさい姑くらいの立ち位置に居る悪友みたいな関係と言え、俺の知る中では一番のマトモ枠と言えよう。
ある意味、一番の救いでもあるか。
とまぁ、どうにも考えがまとまらないまま時間は過ぎて行き、朝食を食べ終えると俺達三人は並んで学院へと向かう。
レティアはミナモとはウマが合う程に仲が良いのか、楽しげな会話が後ろの方から聞こえてくる。
そして、しばらく歩くと俺を待っていた腐れ縁のラクモの姿が見えてきて俺と合流して間もなく肩を並べて歩いた。
いつもの面々が揃い、俺達は適当に談笑しながら学院へと向かういつもの日々である。
しかし、彼の俺の横を歩くおぼつかない足取りに少々気後れするモノはあったが、その辺りの詮索も特に気にせずいつものように向き合うべきであろう。
アイツならきっと乗り越えられる、そう信じて。
しかし、周りばかり気にかけて、俺自身の問題とは俺自身が一番向き合わずのらりくらりとしているが問題と言えよう………。
それに甘んじて悪くないと思う自分。
しかし、同時にそれに対して苛立ちを隠せずにいる自分もあったが………。