たとえ、あなたが誰であろうと
帝歴404年1月13日
舞踏会も無事に進行していく。
シトリカに絡まれたりといった出来事はあれど、無事に終わりを迎えつつあるのは何よりだ。
ルーシャは変わらずアクリと一緒に行動している為、ひとまず無事といったところか………。
教皇の話が事実なら、深夜に彼女が何者かに襲われるといった事を述べていたがアクリと一緒なら問題ないはずだろう。
本来なら自分も一緒に彼女の護衛をするべきなのだが、昼間の一件もある。
正直、今も少しばかり体調は優れていない。
毒は吐き出したが、気持ち的な問題か、余計な事に対して周りを警戒し過ぎ、無駄な疲労を重ねているといったところ………。
もう少し、あと少しだけ何も起こらないだけでいい。
それだけを心の底から祈るしかない。
「済まない。
君はシラフ・ラーニル殿で間違いないかな?」
と、突然声を掛けられ振り向くと少し小太りの中年男性がそこに居た。
誰だ?、何処かで知り合った事があったか?
姉さんか、あるいは十剣の関係者か?
「貴方は一体?」
「娘が世話になったみたいだね。
ミルシアの養父、ニコライ・カルフという者だ。
良ければ少しばかり、場所を変えて話せないか?」
「………、そういう事でしたら構いませんよ。
自分も少しばかり向こうの事情について色々と気になっていたので」
●
場所を変え、宮殿の空いた一室に俺とニコライと名乗った男は向かい合ってソファーへと腰掛けた。
「済まないね、時間を取らせてしまって。
今の君は人気者だから、色々と大変でしょう」
「そうかもしれませんね。
少しばかり面倒事が多いくらいですかね」
「そうか………」
「自分に何か用があるんですよね?
サリアのカルフ家、自分の本当一族についてだったりしますか?」
「そうだな、その辺りを含め色々聞きたい」
「………」
「オクラス・カルフ。
君の父親については、その所在を存じているか?」
「一応は、把握しています」
「………、自身の母に関して何か知っているか?」
「自分の母親は、アスト卿の娘であると話としては聞いています」
「そうか。
しかし彼女は、アスト卿の実の娘ではない。
あの子は、彼が何処から拾った孤児の一人だった」
「拾った孤児?」
「ああ、加えて言うなら彼女は人間ではない。
ヴァリスの何者かが生み出した特殊な生命体なのだそうだ。
ホムンクルスやゴーレムといった類いの存在らしいが、その詳細は私もよくは知らない。
が、ヴァリスがこの度の一件において色々と絡んでいるのは確実と言えよう」
「俺の母親が人間ではない何かだと、どうやって貴方は知ったんです?
同じカルフ家だから、知っていたとでも?」
「シラフ君。
我が一族は人との間に子を成せない存在なのだよ。
そして、アンブロシアに放された我々は向こうから失敗作の烙印を押された者なのだよ。
しかし、役目を与えられたのだ。
ミルシアの持つ神器の管理、それが我々アンブロシアのカルフ家に与えられた役目なのだから」
「子を成せないとは、どういう意味です?
それが、俺達の一族とそちらとの違いであると?」
「その通りだとも、故に君は現にフィルナ殿とオクラス殿との間に生まれた存在だろう?
選ばれし血統を持つべくして生まれた存在、英雄となるべき力と資格を得た存在なのだよ」
「選ばれし血統?
まさか、あのヘリオスって奴の事か?」
「まさか、君は例の彼女に会ったのか?」
「ああ、多分……あの赤髪の女性だよな?
ヘリオス・カーエルフ。
自分の持つ神器と同じ名と物を持つ存在でしたよね」
「ああ、そうか……既に会っていたか………」
「…………」
「シラフ君、悪い事は言わない。
今すぐこの国を去れ、親しい友人や仲間が居るなら彼等を連れて少しでも遠くに逃げなさい」
「何を言ってるんです?」
「あの女は危険だ、シファ・ラーニルと同じいやそれに匹敵する脅威を持つ存在だからだ。
だから、逃げろ……。
この国を捨ててでも、早く遠くへ………」
「………、それは出来ません」
「どうしてだ?」
「俺にはやるべき事があります。
その為に、この国は必要で守らないといけない。
その為に、この国の脅威をなんとかしないといけないのに、逃げる必要がありますか?」
「あの女を相手にしてはいけない。
命が幾つあっても足りない」
「あのヘリオスという人物、それにカルフ家とは一体何なんですか?」
「新人類の為の世界を作る為に生まれた存在。
かつて、世界に災厄をもたらした我々の始祖であるヘリオス・カーエルフの力を引き継いだ存在を生み出すべく用意されたモノなのだよ」
「あの赤髪の力を引き継いだ存在を生み出す為に用意されたモノ……?
いや、用意されたって……それって………」
「我々は、我々の元は人間ではないんだ。
故に子を成せない我々のような一族は他国に放たれ彼等の手足として、利用されてきた。
そして、子を唯一残せたのがシラフ君の一族だった」
「な…………」
「酷いモノだろう?
君の祖父母やその上の彼等も若くして亡くなった。
人間とは違う存在だからか、身体の構造が非常に不安定で50年も生きれば良い方らしい。
恐らく、君もその例外ではないだろう」
「…………」
「今の君は神器を使えるのだろう?」
「ええ、一応は」
「なら、一族の中でも特にそう長くは生きれない事は覚悟した方がいいだろう」
「どういう意味です………?」
「20年だ、それ以上は命の保証はない。
何か心当たりはないかね?
神器を使った際の反動だったり、副作用だったり」
「反動や副作用………」
「その認識が出来ないのかい?
炎の力を扱いながら、熱による火傷の痛みを感じないのかい?
あるいは、自覚する事が出来ない程に身体は既に蝕まわれてしまったのかい?」
「…………」
神器を扱う際、その熱は確かに感じる。
が、魔術での身体強化や神器を使用した際に勝手に身体が治っていくので、身体を蝕んでいくような自覚症状を俺自身は全く感じた事が無かった。
そもそも、神器を使う際は相応の覚悟と全身の神経を研ぎ澄まし多少の痛みや熱さを気にしてる余裕なんてないのだ。
故に、自覚症状なんてものをわざわざ認識している訳がない。
せいぜい気にするなら、契約時の代償か負荷の高い深層開放を長時間使用した際程度だろう。
「まさか、君は何も感じないというか?」
「ええ、まぁ魔力を大量に使えば反動は来ますけど自分の出す炎で身体が焼けるなんて事で苦しんだ事は一度もありませんよ。
以前は力を使おうとした際、火災の時の記憶が脳裏に浮かんで上手く制御出来なかった事に長年悩まされましたが、それでも自分の出した炎で怪我をしたなんて事は一度もありません」
「どういう事だ?
いや、だがそういうことなら………」
「何かこの現象に心当たりでも?
そもそも、十剣含め自分の神器の力で出した物で本人が怪我なんてする話は聞いた事がありませんよ……。
自分も含めて、クラウスさんも同じでしょうし」
「………私は長年、神器の力によって契約者本人もその反動を受けるものだと聞かされて、今もそう思っていた。
だが、君の話を聞いてそれが誤りであるという事に気付いた」
「どういう意味です?」
「君達の世代は、向こうの彼等よりも身体が神器に適応しやすくなっている。
あるいは、魔力の存在が君達に対して何らかの影響を与えているのだろう。
この事実を向こうが認識しているかどうかは気掛かりだが、もしかたら君達が彼等に対抗出来る策になり得るかも知れない。
私ではどうにもならなかったが……」
「………、ミルシアの事をどう思います?」
「現在の歌姫である彼女をか?
困った娘だよ、周りの迷惑も考えないで仕事を放棄したり、街を勝手に遊び歩いていたり。
全く、世話が焼けるよ………だが、」
「だが?」
「同時に申し訳ないと思っている。
厄介なお役目と責任を、我々の身勝手で押し付けてしまっているからね。
名ばかりにも父親としての務めを果たしたかった、せめて以前のように食うに困ることが無いようにはしてきたつもりなのだが………」
「彼女は、優しい人ですよ。
素行は確かに良くはないかもしれませんが、彼女なりに周りを気遣う事はありましたから。
少し遅いかもしれませんが、今からでも家族として向き合ってあげても良いと思いますよ」
「君はどうするつもりだ?
父親を、家族と、どう向き合える?
長年、離れ離れだった血を分けた唯一の肉親。
我々とは違う、正真正銘の親と子そのものだ」
「血はそこまで大きな問題ではありませんよ。
皆が姉さんを、シファ・ラーニルを恐れ、悪く言われようが、俺にとっては唯一の家族だった。
だから今の、シラフ・ラーニルとしての自分が、ハイド・カルフの実の父親であるオクラス・カルフが、モーゼノイスとして俺の敵として立ちはだかるなら。
俺は、それでもあの人に剣を向けるでしょう。
家族としてのケジメの為に」
●
宮殿の中庭に、私はアクリと共に訪れていた。
舞踏会の騒がしい空気から少し外れて、気分を変えたいと言ったところ。
多分、いや本当は彼の事を探しているのかも……。
私のせいなのかな………。
この国の人達は彼を認めてくれない。
剣士として、騎士としての実力は十分。
でもそれが仇になっている。
要は嫉妬を買っているのだ、私が勝手に側に置いたからこそその地位を狙っていた輩から非難と侮蔑の目を向けられていた。
以前はシファ様がその辺りの人達に対して一石を投じて水面下で守っていた。
でも、今はもうあの人は居ないのかもしれない。
誰が守るの、彼を?
いや、彼は守るべき立場にある人だ。
私を守る騎士としての……。
でも、それ以上に彼はこの国の民をも守る立場にある。しかし、彼を良くは思わない人達はこの国の中にも居て、実際に殺意を向けられ、私の前で殺されかけた。
「色々と考え過ぎじゃないですか、ルーシャ様?
昨日今日で何とか出来る話じゃないですよ」
「…………うん」
「はぁ〜、本当仕方のない人ですよね………。
シラフ先輩も、ルーシャ様もそういうところというか何というか………」
アクリはそう言い、空を見上げた。
「ここ、寒くありません?
お身体に障りますし、さっさと中に入りましょうよ」
「………ねぇ、アクリ?」
「何ですか?」
「あなたの事。
そろそろちゃんと聞いておきたいと思っていたんだ」
「あー、そういや今朝はクラウスさんの前で色々漏らしましたからね。
やっぱり気になります?」
「あなたも、本当はシラフの敵だったりするの?」
「………まぁ一応、元敵でしたよ、私」
「元?」
「聖誕祭の以前、シラフ先輩が自分の家族を助けたいとかで色々とシファ様とかと揉めた事があったじゃないですか?
その時、私向こうで彼等の敵の一人だったんですよ」
「っ………」
「シラフ先輩の救いたかったその人は、いわば私の生きる意味の全てみたいな人で……。
でも、殺されたんですよね。
シラフ先輩でもない、誰かの手によって。
そして私も手を全く汚さなかった訳じゃない」
そう言うと彼女は指を鳴らし、魔術の淡い光によって姿が変わる。
藍色の長い髪、その姿はまるで………。
いや、違う……この雰囲気は本当に………
「シン……さん?」
目の前の彼女は首を振った。
「私、殺したんですよ。
シン・レクサスは私が殺したんです。
帰省なんて真っ赤なウソ、殺したんだからもう居ないんです。
で、今の私のこの姿は言わば彼女の記憶とでも表現しましょうか?
治癒能力の延長として、保持された姿の一つ。
以前、シルビア様との戦いの際に使用した魔術はコレの応用みたいなモノですね。
簡単に言うなら、私が殺した者達の力と姿、その記憶を私は継承している存在ということになりますか」
「…………」
「勿論、一度や二度じゃありませんよ?
生き残る為に、殺すしか無かったんです。
工場と同じなんですよ、一定の基準、一定の性能に満たなければ私達は処分されるんです。
だから殺した、同じ場所で生まれ、兄妹、家族同然で過ごしてきた人達、みんなみんな殺して、生き残ったのが今の私なんですから。
私は、私達はあなたのような綺麗な場所ですくすくと伸び伸び育った人間じゃないんですよ。
人を殺す為に、神を殺す為に人間の悪意、欲望によって生み出された道具なんですから。
やっぱり警戒しますよね?
現に、あなたの手は身体は震えている。
単に外の空気が寒くて震えてるのかもしれませんけど、この程度なら私に関係ありませんし……」
「じゃあ、何でシラフの側に居るの?」
「同じ目的があるからですよ。
シラフ先輩の家族であったその人、私が先輩と呼んでいたあの人を殺した存在への復讐。
その為に、私はシラフ先輩と手を組みました。
あなたを守るのは、あなたがシラフ先輩に必要な存在だからです。
だからこそ、私の目的を果たす為に今あなたに死なれては大変困るんですよね?
特にここ最近のシラフ先輩は余裕が無くて、いつ死んでもおかしくない危うさがありますからね。
この前なんて、私に八つ当たりしていますし……
加えて現にこの国の人間からも殺されかけていますし、最悪ですよほんと……」
「………」
「ルーシャ王女、あなたはあなた自身が思う以上にシラフ先輩にとって大切な人なんですよ。
正直、羨ましいくらいです。
だって、自分の家族や国、その全て敵に回っても、守るべきであると天秤に掛けた上であの人はあなたを第一に守る道を選び取ったんです。
だから別にあなたが私をどれだけ強く憎もうが、恨もうが幾らでも構いませんよ。
それでも、シラフ先輩にとってあなたは必要で守るべき大切な人であることはどうあがいても揺らぎませんからね。
だから、シラフ先輩があなたを必要としている限りは彼の命と同等に、この命を掛けてでもあなたを必ずシラフ先輩の代わりに守ります、絶対に」
そう言うと、彼女は私の前に片膝を下ろし、その右手を取り優しく握り締めてきた。
私よりも、細くて華奢な指先。
でも、私達と変わらない肌の温もりを感じた。
「アクリ………」
「やっぱり怖いですよね。
こんな化け物が近くに居るんじゃ……。
私、普通の女の子じゃないですからね……」
「それでも、私にはあなたが必要だよ。
私にも、勿論彼にも……アクリは必要な存在だから」
「…………」
「私には、シラフもアクリも必要なの。
みんなが必要なの、彼の為にこの国の為に……。
だから……」
その瞬間、私の視界が突然揺らいだ。
いや違う、突然アクリに突き飛ばされたのだ。
「っ………?!」
「全く、好機だと思ったのですがね。
アルクノヴァのホムンクルス……」
そんな声が聞こえた。
身体が上手く動かないが、アクリともう一人誰かが居る。
聞いた事がある声、姿はシンの姿をしているアクリと似ていて、いやシンの姿をしている誰かだ。
………、確かヴァリス王国の……サイなんとか……
「突然何の真似ですか、ヴァリスの下っ端さん?
宮殿内で夜襲とは、ほんと手段も問わないくらい余裕がそちらにはないんですね?」
アクリはそう向こうを挑発する。
そして目の前の彼女を立ち塞ぐように、私の前に立って武器を構えていた。
でも右手の肘から先がない……。
まさか、私を庇ったせいで………
「悪趣味なのはそちらでしょう?
私の姿を真似て、化け物が騎士様気取りですか?
ほんと、品性の欠片もないのはどちらでしょうか?」
「アクリ……、その……あなた、腕が……」
「あなたはさっさとこの場から離れて下さい!!
早く!!」
「っ………」
駄目だ、私は彼女の邪魔になる。
でも、身体が動かない……。
目の前の出来事に気が動転して、腰が抜けている。
「あらあら、本当にお馬鹿さん?
あなたみたいに身体が強靭ではないのに、同じレベルの行動を求めるなんて……」
そう言うと目の前の女の姿がどろどろと溶けていき、ひ明らかに人ではない異型のナニカに姿を変えた。
液体のような、黒い塊。
私から右の方に、大きなナタのような刃が怪しい輝きを放ちながらこちらの方を見ている。
「っ………!!」
間もなくして、身体に何かの衝撃訪れた。
身体を思い切り蹴れられたのか、いや突き飛ばされた。
目の前の光景がゆっくりに見える中、左足が無くなっているアクリの姿が映り込む。
「ア……クっ!!」
宮殿の外壁に身体が叩きつけられた。
でも、まだ私の身体は動く。
意識もうっすらとだが残っている。
「守りながらじゃ勝てませんよね?
旧世代の欠陥品では?」
「ほんとに、このクソ女……」
魔術の発光と共に片足で立ち上がろうとする彼女。
駄目だ、殺される……。
私が居るから、動けないから………。
何で……何も出来ないの………
「やめて……」
「さっさと……欠陥品は処分しなければ……」
「………、やめて」
ゆっくりと歩き迫ってくる彼女。
アクリも応戦するように足掻くが、今すぐ動ける身体の訳が無い。
出血も酷い、このままじゃ本当に……。
掠れた声で、薄れていく意識の中で私は手を伸ばす。
彼女が繋いでくれた命なのに、私のせいで……。
「お願い………」
私が無力なせいで………
「お願いだから……」
アクリが………、私の大切な人達が……
「私の友達を殺さないでよ!!!」
その刹那、再び大きな衝撃に辺りが包まれる。
「っ!!!」
今にも消えかけた意識の最後に、燃え盛る剣を持った誰かが居た………。
「貴様……何故、私の……!!」
「………もう大丈夫だ。
ルーシャ、アクリ、後は任せろ」
彼女に向けて振るわれた、その刃を受け止めている。
彼が、シラフが私達の元へと駆け付けてくれたのだ。
「シラフ……先輩?」
アクリの方を僅かに彼は見た。
その姿で察したのか、拳が怒りに震えていた。
「シラフ・ラーニル………」
「俺の大切な人達を傷つけたか……」
「私の邪魔を……するな!!」
「俺の主を、その友を傷つけたか……」
瞬間、大きな衝撃が再び巻き起こる。
女の攻撃が、あの怪物の攻撃が彼に向かって放たれたのだ。
しかし、震えていたのは敵の女の方だった。
あの異型の怪物が、アクリが成す術もなくやられた相手が彼を前にして震えていたのである。
「俺から逃げられるとでも思うなよ?
必ず捕らえてやる、絶対に……!」