空っぽの少女
帝歴404年1月13日
「はぁ、全くいつもどうしてこうなるかなぁ」
「仕方ないですよ、ルーシャ様。
だってシラフ先輩ですよ?」
「それはそうだけど………」
姉様達が会場の中央で踊りを披露している中、私はアクリと共に遠目から眺めていた。
ようやく、来賓の方々との挨拶も一通り終えて羽を伸ばせると思ったのだが、途中シラフがシトリカと一緒に姉様の横で踊り始めた際には流石に色々と言いたくなる。
普通、シラフから私を誘うべきであったはずだ。
まぁでも、仕方ない事。
シラフが距離を取っているのは、昼間の一件があったからなのは言うまでもない。
「アクリ」
「何でしょう、ルーシャ様?」
「この会場に怪しい人達は居る?」
「あー、今のところは居ませんね。
というか、魔力の強い人達が多いですから力を持ってる人の目処がつきにくいんですよね。
お貴族様って、血統も大事ぽいので魔力の平均がどうしても高めになるんですよね」
「そうなんだ、私のも見えるの?」
「勿論ですよ、見立てだとシルビア様より少し魔力は多いくらいですかね。
魔術自体はある程度使えるんですか?」
「自衛の為の防衛魔術を少しかな」
「なるほど。
でもルーシャ様じゃ反応する前にやられそうですね」
「あはは……」
「まぁでも、多少気になったのはやはりあの方ですかね?」
そう言って、アクリは向こう側で他国の来賓の相手をしている人物の方を軽く指差す。
現教皇、シャルル・ラグド・ティアノスである。
「なんというか、初対面から何処か胡散臭い人なんですよね?
でも、根っからの悪い人って感じではない。
非の打ち所がない優れた人に見えますけど、何を腹の底に抱えてるのか読めない人です。
シラフ先輩がおかしくなったのも、あの人がシファ様が亡くなった事実とか、私達しか知らない情報の幾つかを握っていたとか、本当どんな情報網を握ってるんでしょうね、あの人は?」
「うーん、確かにシャルル様に対してそういう印象を持つのはしょうがないかなぁ。
アクリの言う通り悪い人ではないんだけど、若くして今の教皇という地位に立ってるからさ色々と本人は思うところがあるんじゃない?
シラフを必要としたのも、確か今の組織をまとめるための抑止力を欲したからって訳だしさ」
「まぁ、教会って古臭い組織みたいですからね」
「うん、だから色々と大変なんだと思うよ」
「ルーシャ様はあの人の肩を持つんですね?」
「うん、まぁその……ね。
私さ、前に王都で助けて貰った事があるんだシャルル様に」
「なるほど、どんな感じで?」
「えっと、シラフ達と一緒に王都を巡ってた際に私だけはぐれちゃって、その時にシャルル様が助けてくれたのよ。
本人は公務が嫌で、抜け出したって言ってたかな」
「なるほど、だからあの人の素の部分が分かると?」
「うん、だから分かるの。
悪い人ではない、でも正しさを、理想を求めるような人だとは思うかな。
それも少し怖いくらいには」
「なるほど。
善人気質ではある代わりに手段は問わない感じですかね」
「そこまで言ってる訳じゃないよ。
でも、色々と敵は多いのかも知れないね。
理想を求めるが故に、正しさを求めるが故に穢れたモノを許容する事が出来ない。
教会の組織の末端の幾らかは、以前汚職とかで問題になってたからさ。
その際、あの人って今の教皇の地位では無かった。
手の届くところにあったモノを、あの人は目の前で失ったとか、私を助けてくれた時に言ってたんだ」
「………失いたくないから、手を伸ばした。
シラフ先輩みたいですね、あの人……。
あー、もしかしてルーシャ様の好みってあの人に影響されてたり?」
「それは、あはは……。
とにかく、多分シャルル様をそこまで警戒する必要はないと思うよ」
「なるほど……、まぁルーシャ様がそう言うなら」
と、アクリは納得したのか会場の中央で踊っている人々に視線を向けた。
学院での舞踏会では色々あったけど、今回は流石に無事で終わりそうで何よりと言ったところ。
問題はその後、結婚式の当日と以降の問題。
ヴァリスの動きもあるが、シラフが抱えている問題の解決策を何かしら講じなければならない。
すぐに動けるならそうしたい。
でも、私はまだ学院に通っている程度の未熟な存在。
第二王女としての地位は確かに今尚機能しているが、それだけなのだ。
シラフが私を信じてくれた。
だから私も果たさなくていけない。
彼の覚悟を私は決して無駄にはしない為に……。
●
「………、異常は今のところ何も無さそうですね。
ラウさん、そちらの方で何か怪しい気配は?」
「今のところ、何も反応はない。
巡回の警備に配属されている兵士の気配は感じるが、コレと言って怪しい動きをしている者は居ない」
「そうですか」
シファの捜索を一度切り上げ、私は王宮に戻り今後の動きを確認する為に十剣のクラウスの元を尋ねた。
そして、彼から言い渡されたのが第三王女であるシルビアの護衛任務である。
そして、彼女は本来舞踏会で姉達と同じく来賓の対応に追われるはずなのだが……。
「君のすることではないだろう?
正直、他の兵士にでも頼んだ方がいい」
「それだと、子供の戯言だといって適当にあしらわれるだけなんです。
ラウさんだったら、そういうことはしないでしょう?」
発言の通り、彼女は王宮に異常がないか私に頼み込んで建物内の巡回を現在している。
確かに、問題が立て続けに起こっている現在。
様々な事象に対し不審に思うのも無理はない。
が、この国の王女である彼女がわざわざ表に出てやる事でもないのだ。
制止を呼びかけたところで、恐らく無理だろう。
ある程度気の済むまで泳がせつつ、彼女の身柄を保護する事に努めるべきか……。
未熟とはいえ、王女で尚且つ神器の担い手。
抑えるのも一苦労する実力はある。
さて、何時まで付き合えば満足してくれるか……。
「ラウさん、あれってもしかして……?」
「………何故彼女が此処に居るんだ?」
彼女の向けた視線の先には、一人の女性が居た。
第二王女、ルーシャ・ラグド・サリアである。
いや、よく見ると背丈や体格が実際の彼女より僅かに華奢である。
故に別人だろう、だがだとしたら彼女は一体?
「ルーシャ姉様、どうしてこんなところに……?」
「…………」
私達が現在居るのは舞踏会の会場である広間から東に離れた別棟の通路である。
そして、会場を去る前に第二王女が来賓の相手をしているのをこちらは目視で確認している。
「流石に冷えるね、こんな格好だとさ?」
そう言って、ルーシャ王女らしき人物はこちらの方を振り向いた。
何かがおかしい、警戒するべきであろうと私の直感が告げ戦闘準備に入ろうとするとシルビアが私の前に出て制止させた。
「シルビア、いいのか?」
静かに彼女は頷くと、目の前のルーシャ王女らしき女に話し掛けた。
「その姿で私達の前に現れるとは何が目的です?」
「ラウ君に、シルビアさんでいいのかな?
一応、手を組んでるって建前だからさ。
私がこうして赴いた訳なんだけど、聞いてない?
本当は素顔を隠したかったけど、流石に警備の人は許してくれなくてね………。
仕方なくこうして顔を晒した訳なんだけど」
「何を言って………」
「貴様、ラグナロクの者か?」
「正解だよ、ラウ君。
私の名前は、リースハイル。
ラグナロクの第七席の元サリア王国女王、リースハイル・ラグド・サリアだよ」
「リースハイル……何を馬鹿な事を………」
「生前の姿というか、生前の全盛期の姿かな。
似てるよね、私と今のこの国の第二王女様とさ?
私も驚いたもん、こんなことあるのかなぁって」
そう言って、こちらへと歩み寄るリースハイルと名乗るラグナロクの存在。
シルビアが間もなくして、武器を構えたが臆する事なく女は微笑み、向けた刃の先を優しく指で触れた。
「あなたはほんの少しお姉様に似てるね。
でも、まだまだ未熟かな。
その魔術と身体運びは多分、そこのラウ君に教えて貰ったのかな?
うーん、というかラウ君がこの子の師匠って感じなのかな?」
そこに見えない彼女とのやり取りに、シルビアは緊張しているが私の見た手ではこの女には敵意はない。
単に戯れているだけだろう。
「ラウ君からも言ってよ?
私、別に今ここで君達と殺し合うつもりはない。
というか、一応私この国の王族だったんだよ?
何で子孫の子と争う必要があるって話だし」
「……、だそうだ。
シルビア、武器はしまって問題ない。
そして、リースハイル。
わざわざこちらに何の用がある?」
武器を渋々しまい、シルビアは目の前の彼女を警戒するも間もなくして、女は彼女を優しく抱きしめた。
「っな、急に何ですか?!」
「うーん、やっぱり同じだね私達……。
血は争えないというか、小柄なのはどうもね」
「な………、私小さくありません!!
ちょっと離れて下さい、ラウさんからも離して貰うように説得を」
「用件を早く言ってくれ、元女王。
面倒事を増やさないで欲しい」
「はーい、それじゃあこのくらいで」
そう言って、女はシルビアから離れる。
体格はどう見てもほとんど変わらない。
女の小さいという表現は間違いではないのだろうが
「えっと、私が来たのは今回の件についての状況説明と共有かな」
「情報共有か、そちらの頭は来ないのか?」
「向こうは向こうで色々と対応中なの。
カオスは世界樹の調査をしているから、今回の件は私が代理として一任されててね。
人員はこちらからあと何人かは招集かけるけど、問題は君達でどれくらい対応出来そうなのって話かな?」
「敵は例のヴァリスの存在か?」
「そうだね、ヴァリスのタンタロスをどうにか処理できれば私達の勝ちなんだけど。
正直、現状かなり厄介ではあるかな」
「………」
「向こうの主戦力は、タンタロスとイクシオン、ヘリオスにティターニアとその父親のモーゼノイスとアーゼシカっていう魔術師。
あと、サリア王国側の裏切りに現ヴァルキュリアの騎士団長であるシルフィード・アークス及び騎士団長の中枢人員の幾人かが加担している模様なの。
サリアとヴァリスの両陣営に対して、中立の立場にあるのが現十剣の長であるアスト・ラーニル。
ざっくりと分かってる主戦力でコレくらい、あとは非戦闘員及び支援派閥の教会貴族が幾つかってところ。
で、予定だと小一時間程足止めしてくれたら、あとはこっちからの対応で何とか出来る算段ではあったんだよ、ほんのつい最近まではね?」
「何を言っているんですか、貴女は?
ヴァリス王国がこの国を攻めようとしていると?」
シルビアは話の理解が出来てない模様。
当然だ、ラグナロクの説明すらまともにしていないのだから、わからなくて当然である
「………、ラウ君?
シルビア王女には、今回の件に関しての事情を何も説明してないの?」
「必要ないと判断していた。
が、無視出来ない問題が山積みになっている。
シファは現在何処にいる、それくらいはラグナロクも把握しているだろう?」
「うん、しているよ。
彼女は死んだよ、何者かに殺された。
私達ではない、君達の知る異時間同位体でもない、ヴァリスの勢力でもない、未知のナニカの手によってね」
「シファの死は確実なのか?
遺体の確認もしたのか?」
「遺体は教会側が回収したみたい。
事前に死ぬのがわかってたみたいな動きをしているのが少し気になったけど。
まあでも、今は教会なんてどうでもいいんだ。
後でこっちから調べれば済む話だし。
問題はこのことによってシファ・ラーニルが死んだ損失があまりに大き過ぎるんだよね。
その点に関しては、ラウ君も分かるよね?」
「そうだな。
シファ無しで奴等に勝てるとは到底思えない。
一人一人が、私と同等かそれ以上。
特に、タンタロスとヘリオスの存在は私では恐らく手に負えない。
そちらがどうなのかはわからないが………」
「こっちから出せる戦力の内、先程挙げた2人に対抗出来るかはちょっと難しいかもね。
特にタンタロスは私もちょっと勝ち筋が見えない。
グリモワールを持つラウ君で何とかならないの?」
女の言葉に先日のやり取りが脳裏に過ぎる。
グリモワール及び、魔術の使用を禁じられる。
肉弾戦ならと言っても、向こうは魔術を当然行使出来るだろうと考えると勝ち目があるとは思えない。
腕の1本を賭けて、かすり傷の一つでも運良く与えられればマシというくらいだろう。
「その顔だと、無理そうみたいだね。
やっぱりオーディンを出すしかないか。
分かったやってみるよ。
それで、もう片方よヘリオスは何とかなるの?」
「シファの弟が対応するだろう」
「………、無理だね。
今の彼じゃ、ヘリオスに勝てないよ。
確かに今の君達で一番強いのは、ラウ君かシラフ君のいずれか一人だと思う。
でも、2人が束になってもヘリオスには勝てない」
「理由は?」
「戦闘機って分かる?
旧時代の国々が持っていた、音速を超える速度で空を飛ぶ戦闘用の兵器の一つ」
「その戦闘機とやらに何の関係がある?」
「あのヘリオスって子は、そんな音速を超える速度で飛んで攻めてくる化け物なの。
記録だと、マッハ3とからしいから……。
まあその、音速の三倍ね。
そんな化け物とまだ子供の彼が戦って勝てるのかっては話になるんだよ?
勿論、速度以外にも素の戦闘能力だけで十分脅威でしかないだけどね……。
だから本来の作戦では、ヘリオスとタンタロスをシファ・ラーニルに任せ、彼等の取り巻きを君達が対処して貰えれば良かったんだけどさ」
「肝心のシファが既に居ない状況が故に、ヘリオスかタンタロスの片方の対応が出来ないと?」
「そういうこと。
で、何とか策を練りたいところなんだ?
向こうの目的とか、何か分かってる?」
「あの弟を狙っていたよ。
そもそものカルフ家が元々ヴァリスとの繋がりがあり、彼等の傘下の一つであった可能性が非常に高いと思われる。
あの弟の力の出処も、恐らく奴等の技術やらが関連している可能性が高い。
そちらが名を挙げた、ティターニアとモーゼノイスが彼の親族でもあるのだからな」
「そうなんだよね、シファ・ラーニルも多分その点に関しては察知していたとは思うけど………。
基本的にあの人ってほら、問題起こさない限りは放任って感じじゃない?
事前の準備段階で動いてくれるのは、ほんとに気まぐれだから気付いた時には結構手遅れだったり。
とにかく、向こうの狙いがシラフ君ならやっぱり彼の持つ力は向こうからしても脅威ではあるって事かもね。
あるいは家族、血縁関係からの恩情から来ている可能性の線もあり得なくないんだけど、実際のところどうなのか分かったりする?」
「親族故の恩情の可能性は確かにあり得る。
加えて、今日の昼間にも自国の人間に毒を盛られていたようだからな。
気丈に振る舞ってはいるが、体調が優れないのは言うまでもない。
本来なら舞踏会の護衛の席を外し、明日に備えるのが当然の選択なのだろうがな………」
「あー、話には聞いてたけどシラフ君ってやっぱりこの国の人達からあまり良く思われてないのか……。
それなら、素直にヴァリスで身柄を引き受けてくれた方がこの国の人達的には良いのかな。
でも、この国の今後を考えるならシラフ君を手放すのはあまりに愚策だろうね。
その辺りに関しては、先代含めて現国王が一番頭では分かってる。
でも、現国王と比較しても先代ってかなり潔癖主義だからカルフの末裔である彼をあまり良く思ってないみたいなのが少し拗れてるみたいでね……」
「………お祖父様」
「結論を言うなら本人の選択次第だ。
サリア王国の敵に回る選択を取ったならば、その都度の対応をするべきであろう」
「ふーん、なるほどね。
それじゃあ、ラウ君はどうなのかな?
君はどうするつもり、今回の問題とは無関係だし引くべき案件ではあると思うよ。
むしろ、引くなら今の内だね」
「私は、学院にてシファ・ラーニルからアレの事を任されている。
故に私は、シラフ・ラーニルの選択を肯定し彼女の代わりにその使命を全うする」
「ラウさん、あなたは……」
「そっか、そういう選択するんだね君は?
意外だよ、てっきり私は彼等を見限って見捨てると思ってたからさ?
自分で決めたの、その選択は?
それとも、シファに彼を託されたから?」
「私自身で選択した道だ。
どのみち、私の歩む道の先でアレの存在は無視出来ないだろう。
それが例えこの国の敵であろうと、味方であろうとも私は彼女に託された彼の行く末を見届ける必要がある」
「…………、あの人は君の思う程の善人ではないよ」
「知っている」
「彼女は人を人として見れなくなった哀れなナニカ。
昔からそうだった、あの人はずっとずっと私や彼、いやこの世界に生きる人間全てを犬や猫と同じように見ていたから。
過去に受けた、私達人間が与えた傷があの人をそうさせてしまったの………」
「………」
「シラフ君の事も同じだったと思うよ。
あの人の本質を見抜いたからこそ、アスト君や他の人達も彼女の元をいつの間にか離れてしまったんだからさ?
そうだったよね、そこで私達を監視しているクラウス・ラーニル君?」
彼女の言葉にシルビアは驚き、後ろを慌てて振り向くと通路の角から姿を現す、その男の姿があった。
そして、ゆっくりとこちらへ向かい私達の目の前に立ち止まる。
「お会い出来て光栄です。
元女王陛下のリースハイル様」
「ええ、私も一度お会いしたいと思っていたの。
腕の立つ御方だと報告で耳にしていたから」
「それは有難いお言葉です。
それで、君達3人はここで隠れて何をしている?」
「今後の方針を確認していた。
ヴァルキュリアに内通者が居る。
クラウス・ラーニル、早急な対応を求めたい」
「………、なるほど。
困りましたね、やはり裏切ったかアイツ」
そう言って、頭の後ろを掻き視線を僅かに下へと向けた。この男、こちらの知らない何かを既に知っているようである。
「あー、ごめんね。
ちょっと、昔の事を思い出しただけさ。
騎士団長のシルフィード、アイツとは僅かな間だが同じ孤児院に居た時期があってね。
悪友みたいなものだよ、そしてアイツにひっ付いていた妹分の彼女が、シラフ君の父であるオクラスの前妻だったんだよ。
あの子が後にあんな目に遭ったからか、流石にというか当然というか以降のアイツは少し変わったんだ。
後に養子としてテナを迎えたみたいだが、常に何処か危うげで怪しい雰囲気を醸し出していたからね。
実力は勿論あったが、国に対しての不信感は人一倍強かったと思うよ」
「騎士団長の件についてはどうするおつもりで?」
「私が直接対応するよ。
この国の、いや私と彼とのケジメを果たさないといけないのでね。
道を違えた友を斬るのはとても辛いが、これまでのこれからもシラフ君のしようとしている事に比べたらこの程度の事で私が折れる訳にはいかない」
そう言って、クラウスは腰に帯びた剣に左手を添えると深い溜め息を吐いた。
そして、状況を呑み込めないシルビアは何処か狼狽え手先が震えていた。
「シルビア、顔色が少し悪いが大丈夫か?」
「いえ、その……すみません。
私、そのこの状況がよく分からなくて。
あのリースハイル様が目の前に居て、シファ様が亡くなっているみたいで、シラフさんの家族は私達サリアの敵で、この国を守るべき騎士団が裏切ろうとしているとか、訳が分からなくて」
「………、ラウ君。
この子を部屋に返してあげて」
「リースハイル様?」
「今のあなたは足手まとい。
実力は多少あるみたいだけど、経験が足りない。
精神も幼い、そんな子がこれからこの国で起こりえる一大事を担わせるのは無理な話。
だがら、あなたはもうこの場を離れなさい」
「っ……、でも私はこの国の第三王女です!!
だから、目を背けてはいけない。
王族としての務めとして、必要な……」
その瞬間、私自身も突然の出来事に驚いた。
彼女と同程度の体躯しかないリースハイルが、目の前のシルビアの胸ぐらを掴み上げたのである。
「要らないの、分からない?
今のあなたはただのわがままな子供。
無責任にこの問題に首を突っ込むつもりなら、その覚悟があなたに出来ているの?」
「何を言って……覚悟なんて、当然………」
「人が死ぬのよ、あなたの無責任な選択によって。
まだ子供同然あなたが不用意に関わって、そのせいでこの国の人間が民が沢山死ぬの。
王族故のの王という立場、その地位の重みをあなたは本当に分かってる?
私の前で王の血族を宣言する意味を、小娘風情が本当に分かってるつもりなの?」
「っ………!!」
反射的に、シルビアは神器の力を用いて反撃した。
しかし、その攻撃はいとも容易くリースハイルの放った魔術の障壁によって阻まれた。
「………、所詮その程度でしょうシルビアちゃん?
空っぽなのよ、あなたは。
不用意に強大な力に手を伸ばして、その力に自惚れて居るだけで、あなた自身はまだまだ子供。
他の彼等もそうだけど、あなたは特に酷いわ。
その力の意味を何も分かってない、その責任の意味も何もかもを分かっていない。
あなたには何もないの、掲げる理想の何もかもが空虚で力に溺れるだけの獣も同然ね」
「そんなの分かってますよ!!
私には何もない!!
だから、だから必死に追いつきたくて!!
兄様達や姉様達のような、シラフさんやラウさんみたいに誰かに必要とされたくて、認められたくて私、私はずっとずっと頑張ってきた!!
結果だって当然出した、学院での成績も常に一番を取り続けてきた、でも誰も私を見てはくれない!
誰も私を認めてくれない、所詮は第三王女だから一番小さな小娘のお飾りに過ぎないの……。
だから力が欲しかった、あの人達のようになりたくて、追いつきたくて、だから力を得られてようやく認められるって思った」
「馬鹿じゃないの、あなた?」
「え?」
「その程度で、頑張った?
努力したから、結果も出したから周りに自分を見て欲しい、そして認められたかった?
そこに、あなたが王族として果たす理想はあるの?
あなたは王族でしょう、シルビア?
自分の国に対してあなたは自分の国の民に対して何をもたらしてくれるの?
認められたい、見て欲しい?
それでこの国の人達の何が変わるの?
王族として、あなたが果たさないといけない役割の何が出来ていると言えるの?
だからあなたは駄目なのよ、王族としての王として叶えたいあなたの理想が何もないの。
だから子供だって言ってるの、いつまでも自分を見て欲しい、認められたいというあり方が通用するはずないのに、まだ分からないの?」
「私は……そんなつもりじゃ……」
「あなたのお祖父様である先代は、確かにシラフ君の一族に対して酷い事をしたわ。
でも、彼はこの国の民の雇用に関して30年以上にわたって玉座に居座り守り続けた。
国外の製品、主に帝国産やラークの製品や食物が多くを占めいた中で国内雇用を守る為に関税法を大きく変えたの。
この国の民の為の生活を守る為に、毛嫌いしていた当時カルフの当主であった方とも協力してこの国の主経済を守り抜いた立派な存在だった。
あなたのお父上も、帝国崩壊から間もなく不安定な経済状況の中での統治運用に関しての手腕は中々のものよ。
完璧とは言い難いけど、臨機応変によくやってるわ。
そうやって、何代も何代にも渡ってこの国も他の国の王達はこの国を民を守り続けてきたのよ。
あなたは出来るの?
自分を見て欲しい、認めて欲しいしかないあなたに何ができるのかな?」
そう吐き捨て、リースハイルはシルビアの身を投げ捨てた。
「もういいわ。
ラウ君、クラウス君、あとはお願いね。
また後でお会いしましょう」
そう告げると間もなくして、彼女の足元に青く輝く魔法陣が出現し姿は消えた。
意気消沈し、泣き震えるシルビアに対し私とクラウスは一瞬顔を見合わせ何を言うべきか言葉に悩んだ。
「私……私はただ………」
そう何度も嗚咽混じりに泣く彼女を、私は見ている事しか出来なかった。