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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第三節 英雄讃歌
306/324

掴んだその手は

帝歴404年1月13日


 王都サリアに赴いた際、俺には必ず行く程に気に入っている行きつけのお店がある。

 味覚はないが、それでもあの店の料理をもう一度口にしたいと思い、俺の意向に乗り皆で其処へ向かう事になった。


 店の名前は、戦士の宴。

 言わゆる酒場のような店だが、昼間は懐に優しい価格で美味い料理が振る舞われる知る人ぞ知る名店として知られている。

 酒が飲めるなら、夜がおすすめだとクラウスさんに昔言われた事があったのが懐かしい。


 そんな俺の行きつけの店に訪れると、見知った人物を見かけ向こうも俺に気付いたのか真っ先に俺の元へと走って抱きついてきたのである。


 「にいさん!!」


 「ティターニア、君も来てたのか?」


 生き別れの妹である彼女がそこにいた。

 そして、彼女の連れと思われる赤髪の女性と狼頭の獣人の姿がある。

 俺の父親の姿はない。

 どうやら彼等と来たようだが、女の方を見るなりアクリとリリィの警戒が高まった。

 向こうも彼女達の敵意を察したのか、警戒してくる素振りが垣間見えたがすぐにその警戒を解く。


 「一般人を巻き込んでの争いは避けるべきでしょう。

 分からない?」


 赤髪の女の言葉に渋々と同意したのか、二人はあの二人への警戒を解く。

 そして、彼女達のやり取りに何も出来ず困惑しているルーシャは一つ咳払いをして、彼等へと話し掛けたのであった。


 「こほん、えっとあなた方は何者です?」


 「お初にお目にかかります、サリアの第二王女。

 私はヴァリス王国騎士団、第1遊撃部隊所属のヘリオス・カーエルフ。

 隣の彼も同じく第1遊撃部隊所属、イクシオン・マルクベールです。

 そしてその子はヴァリス王国の宰相の一人娘、ティターニア、いや貴方達から見ればそこの彼の妹であるティターニア・カルフと言えば伝わりますか」


 「そう、やっぱりこの子が例の………」


 「信じて貰えないかもしれませんが、私達個人個人においてそちらと敵対する意志はありません」


 そう言って、こちらへ深く頭を下げる彼女。

 一触即発も懸念していた俺達からすれば予想だにしない光景に少し戸惑うもルーシャは俺達の方を僅かに見て口を開いた。

 

 「分かっています。

 私達と同じように単に食事に来ていただけでしょう。

 私もわざわざそちらと争うつもりもありませんので、心配せずとも大丈夫です」


 そう言うとルーシャはティターニアの方を見て、口元に付いている食べ物のカスを自身のハンカチで拭き取る。

 

 「シラフ、今日はその子と一緒に過ごしてあげて。

 私達の事は気にしなくてもいいから」


 「ルーシャ………」


 ティターニアはルーシャの方を見て、何処か警戒をしていたがすぐに落ち着きいつもの様子へと戻る。


 「御理解頂けて何よりです。

 イクシオン、彼の代わりに彼女達の護衛をしてあげて」 


 「えっ、ちょっと何で急に……?

 ヘリオスさんがやればいいでしょう?」


 「女ばかりだと甘く見られるでしょう?

 とにかく命令だから、あとよろしく」


 そう言って、ティターニアの左手を取り俺はティターニアの右手に掴まれそのまま店内へと連れ込まれる。


 何処か呆れた様子で顔を手で覆う獣人に向かって、ルーシャ達は何とも言えない表情を浮かべていたのだった。



 「あー、うん。

 勿論自分がお金出すんで、どうぞご自由に……」


 屈強な体躯をした、私達の二回り以上大きな身体をした獣人のイクシオンと名乗る彼は私達にメニュー表を渡すと、目の前のコップの水に口を付け肩身の狭い思いをしている様子である。


 「ちょっと、コレ私達どうすればいいんです?」


 「分からないでしゅ……それに、あの方あの赤髪の人と結構仲の良い感じでしたし……。

 もしかして、そういう関係だったとか?」


 「………美女と野獣の組み合わせも中々面白そうですけど、そうじゃなくて……何で私達この人と一緒なんです?

 別に放っておいても大丈夫でしょう、護衛なんですし目を離さないくらいの距離に置いておけば……」


 「でも、一人は流石に可哀想だよ」


 そう、ルーシャは言う。

 まぁ、さっきの女性から唐突に投げ出されて困惑しており、見てられない様なのは確かである。

 シラフ先輩の妹さんも、あの赤髪の方がお気に入りのようで向こうに言ってしまった。

 

 この人は元々、あの人達……というか彼女と食事に行くのを目的としていたのかもしれない。


 「えっと、そうだ。

 獣人の方って珍しいですよね、生まれもヴァリスの方なんですか?」


 と、ルーシャは彼を見兼ねて会話を投げ掛けた。


 「いや、単に雇われた傭兵みたいなというか……。

 あー、いや、今は俺みたいのは珍しいのか……」


 「えっと、傭兵って事は外から来たってことですよね?

 生まれは?」


 「ああ、まぁそうだな……。

 あー、なんというか……ロ…、いや、北のロアドバーンからだ。

 獣人って言っても、やっぱり数は少ない。

 俺みたいな純血なんかほぼ居ないし、そこのお嬢さんみたいなハーフかクオーターが大半だよ」


 「なるほど、そうなんですか……」


 「王女様以外のお二人さんはホムンクルスだろ?

 ノエルか長老が生み出したというのが、一番可能性が高いところか」


 「ホムンクルス……」


 と、ルーシャは私達を見る。

 あー、そういやちゃんと彼女には説明していない。

 というかむしろ、なんとなく伏せていたくらいだ。

 今更隠すのは、あーでも午前にクラウスって人にもその辺りの事を言ってしまった気がする。


 「あー、いや悪い、俺の見当違いか?」


 「いえ、合ってますよ。

 私はアルクノヴァから、そしてこの子はノエルが生み出したホムンクルスです。

 確か向こうにも、私達と同じホムンクルスの子が居ましたよね?」


 「そうだな、先日は彼女が失礼をしたみたいだが」


 「ほんとですよ、というか気になったんですけどあの赤髪の女とシラフ先輩ってどういう関係なんです?」


 「血統的に言うなら、彼女は叔母……?なのかな」


 「叔母って……。

 つまり、シラフ先輩の両親と何か関係があるってことですよね?」


 「いや、まぁそうなるな。

 確か、アイツの妹の模造品、いやクローンとかホムンクルスに近いのか……。

 そんな奴等の一人がそこの兄妹の母親に当たるんだよ。

 だから奴は、炎の力を扱えるように生まれたり莫大な魔力を有している訳で……。

 ん、あれ……もしかしてこれ初耳?」


 「本気で言ってます?

 その情報かなり大事なモノですよね?」


 「………いや、別にそうでもない。

 今更言ったところで何か変わるかと言えばそうではないからな。

 彼女がティターニアを構うのも、かつての妹の姿を重ねてのものだろうよ。

 まず、あいつ等の関係を語る上でこれが前提として分かってないと話にならない」


 そう言うと、一人メニュー表を見ながら定員を呼びかけ自分の注文を進めていく。

 それにあてられ私達も注文を済ませ、料理が来るまでの間彼の話に耳を傾けた。

 

 「えっと、確かあの兄妹の母親が彼女の親族みたいなもんってところは話をしたか……。

 で、カルフ家については知ってるよな?

 特にそこの王女様なら、従者に彼を置くくらいだ何も知らない訳がない」


 「お祖父様、先代の国王からその経緯は幾らか聞きました。

 それと彼女と何の関係が?」


 「カーエルフ家がカルフ家の前身として存在していた、要はカーエルフ家こそ真のカルフ家でありそこの兄妹はカーエルフ家の正統後継者ってことになる。

 かの家は、ヴァリスとサリアの橋渡しは愚か国際情勢の裏側をも支配していた裏社会の人間からすれば知らぬ者は居ないくらいとんでもない一族だ。

 数百年前にその力の一部を失脚したが、あの火事の一件が起こるまでは両国にとってかけがえない存在だったのは言うまでもない」


 「…………」


 「カーエルフ家及びかの家の実情として、カルフ家には更に別の役割が与えられていた。

 炎刻の腕輪の継承者を生み出すこともその一つであり、訳あって現継承者でもあるヘリオス、その一族の遺伝子を用いてのクローンやホムンクルスの製造、そして政略結婚による血統の管理を数百年に渡って徹底した結果、ようやくその役割を果たすことが出来た」


 「それが、シラフだって言うの?

 でも、その話が本当なら尚更おかしい、だって何百年にも渡って管理されて、それで彼が彼女の妹の血を引いてるなんて、時系列がめちゃくちゃ過ぎるでしょう」


 「まぁ、そうだよな。

 でもな、ヘリオスの一族の遺伝子を利用したが彼女本人の遺伝子は利用出来なかったんだ。

 どうしてか分かるか?」


 「どういう意味?」


 「そのままの意味だよ。

 彼女の本体は既に死んでる。

 今の肉体は言わば偽物のソレなんだ。

 だから、唯一その遺伝子の情報が残っていた彼女の妹の情報を利用し、それ等を複製。

 そして、複製した彼女達から代々生まれた一族がサリア王国のカルフ家なんだ。

 だから、ヘリオスはあの二人に情を寄せるんだよ。

 この世界に唯一残された最期の肉親なんだからな」


 と、何処か哀れむような視線を例の三人が座る席の方へと向けた彼。

 彼の言葉に、返す言葉が私には上手く見当たらなかったが、私の隣に座るアクリは何かに気付いたのか何処か苛立ちの様子を示していたのである。


 「あり得ませんよ、そんなの………」


 「アクリ?」


 「ホムンクルスと人間との間には子供は生まれない。

 私のマスター、そしてノエルの研究においてもその常識は覆らなかった。

 代わりに混ぜものをする材料を変えて、寿命を伸ばすなり性能や特性を変化させることしか出来なかった。

 でも、そちらの言い分が本当ならホムンクルスと人間との間に子供が生まれる技術を握っている、それも数百年も前から持っていることになる。

 ラークは愚か、帝国ですら成し得なかったとんでもない技術をヴァリス王国は持っていたことになる」


 「………なるほど、その辺りには詳しい訳か。

 確かにその通りだよ、ホムンクルスと人間との間には子供は生まれない。

 ノエルもアルクノヴァもその理解は一致していた。

 ただ、何事にも例外はある。

 単にこちらが、ホムンクルスの製造及び人間との間での子孫継承に関する技術を持っていただけさ。

 ホムンクルスの製造自体、言わば禁忌の技術でもある。公にされないのも当然、そしてこの情報が向こうに知られてることも無かった。

 それだけのことだと思うよ」


 「納得いきませんよ、なら何で私達は……」


 「ただ、当然欠点はある。

 事実ホムンクルスの寿命は長くて三十年〜五十年、その下に生まれた子供も大体そのくらいの寿命で死ぬ。

 アルクノヴァは人間の情報を混ぜるとかで、その限界を普通の人間と同等にまで引き上げたが、ホムンクルス自体の性能は著しく落としたと聞く。

 加えて、遺伝子の近い近親間での子となると遺伝子的な疾患とか、伝染病に弱くなったり、身体の構造に不備があったりする事があるんだ。

 現にティターニアは、脳組織に疾患を抱えて精神の成長が同年代と比べてもかなり遅れている。

 字の読み書きが出来るようになったものここ1年の話だからな」


 「な………」


 「言わば禁忌の代償だよ。

 当然、そんな彼等だからこそ自身の生んだ負の因果関係が故に色々と気に掛けてしまうんだろうな。

 昔の因縁が、今もこうして本来無関係な彼等を巻き込んでいる事に罪悪感を今尚感じている………。

 そのせいで、随分前には一人のコピーに対して家出の手助けをしたり、この前なんて俺達の元を勝手に抜け出したりと、奇行の多さに頭を抱えたものだ。

 一応言うと、その家出をしたのがあの兄妹の母親であり、家出して間もなく現十剣のアストに引き取られたって話らしいが………」


 彼の告げた話の内容に、私達は言葉を失った。

 現実なのか、シラフ先輩が私と同じホムンクルスだぅたと?

 それも、普通のホムンクルスとは訳が違う。


 この国の裏で動いている数多の思惑故に生まれた存在がシラフ先輩の家系なのだ。

 


 あまりに異質で衝撃的な内容過ぎて、現実では無いと思いたくなる。

 私の最初の見立では、彼等は敵だ。

 現に向こうの尖兵であったホムンクルスの一人が私達を襲ってきたからだ。

 でも、向こうの言い分からして内部での思惑はかなり複雑であるということ。

 少なくとも、彼等個人が直接シラフ先輩を含めて私達と敵対する意思はないみたいだし……。

 

 でも、だからといって………。

 彼等を信用出来るとは思えない。

 彼等の親玉の命令一つで敵対も当然あり得る。

 

 それを私が言えた話でもないが……


 「あなた方はシラフをどうしたいんです?」


 ルーシャは彼にそう問い詰めた。

 僅かに間を空けて、彼は一口水を流し込み答える。

  

 「こちらの要求は、ティターニアを君達の元へ連れ出して欲しい。

 お互いの国はどうなるか分からないが、こちらの意思としては家族の元に彼女を返してあげたいんだ。

 これ以上、あの子をこちらの都合に巻き込ませたくないんだよ」


 彼の回答から間もなく、注文した食べ物の幾つかが私達のテーブルの上に並べられた。

 賑やかな店内の中、目の前の獣人の言葉に対しての返答に迷った。

 

 私は本当に戦えるのだろうか?

 目の前の彼等と、下手をすれば数日後には刃を交えるかもしれないのに………。


 家族であるティターニアを引き取ってしまえばシラフ先輩が向こう側行く利点も少なくなる。

 でも、それじゃあ先輩の妹であるティターニアの意思はどうなる?


 ヴァリス王国とサリアが敵対したその後。

 元々ヴァリスの元で過ごしてきた彼女にとって、あまりに酷な話である。

 私達にとってら都合が良い……。

 でも、ティターニアは?

 あの子が納得するかは別問題だ。


 いやでも、私達が望む最良の結果じゃないのか?

 それでいいはず。

 でも、納得できない……。

 これが最善で最良のはず、シラフ先輩がこれ以上大きく悩まずに済むはずなのに………納得できない。

 これ以上ない最善のばずなのに……私は……。


 でも、この件についてはシラフ先輩が決める事だ。

 私なんかが横から口を挟む必要も、義理もない。

 私はただ、自分の目的の為にシラフ先輩の後を追うだけなんだから………。


 それでいい、それだけの事だ。


 「にいさん!!?」


 突如食器の割れる音が店内に響き、ティターニアと思われる声が聞こえた。

 声の方向へと振り向くと、突然体調が悪化したのか料理に少し手を付けた程度で床に嘔吐を繰り返しているシラフ先輩の姿があった。


 「シラフ!!」

 「シラフ先輩!!」


 私とルーシャがすぐさま駆け寄ろうとするも、先輩と同じテーブルに腰を掛けていたはずの彼女の姿はない。

 おかしい、そう思った矢先店員の胸ぐらを掴み空いているテーブルへ押さえ込んでいる彼女の姿がそこにはあった。


 「料理に毒を盛ったのはあなた?

 それとも別の協力者でも居るのかしら?」


 「ひぃぃ……俺は何も知らねぇ!!」


 「口を割らないなら、このままお前の背骨を砕くわよ!!」

 

 そう言い、本当に腕に力を込め始めた彼女に獣人の彼が止めに入った。


 「寄せ、ヘリオス!!

 余計な荒事を起こすんじゃない!!」


 「………っ!!

 誰か衛兵と医者を呼んで、今すぐ!!」


 彼女な軽く舌打ちをすると、そのままその男に込めた力を緩めるが拘束は解かない。

 あまりの急な行動にとても驚いたが、今は……。


 「シラフ!!」

 「にいさん!!」


 「げほっ!!大……丈夫、すぐに吐き出したから……。

 とりあえず水を少し頼みたい」


 と、平静を装うシラフ先輩であるが視線があちこちに向かっておりとても大丈夫とは言葉通り思えない。



 それから日が沈む頃には、犯人と思われる人物が店内から数人割り出され彼等もそのまま衛兵につまみ出され連行された。

 シラフ先輩はというと、ようやく毒の効力が落ち着き始めたのか泣きつかれたティターニアを膝枕で寝かし付けている。


 ひとまず一件落着、とは当然いかない。

 ルーシャに至ってはかなりご立腹の様子。

 

 毒の出所は、私達のテーブルに提供された食器類に塗られたらしく、サリア王家及び彼の暗殺を目的に引き起こされたモノである事はほぼ確実。

 私怨的な物か、組織的なモノなのかは現段階では分からない。


 まぁ私個人の予想だとルーシャ王女よりかは、シラフ先輩個人を狙ったものである可能性が高いと踏んでいるが……。

 理由は単純にここ最近の彼の近辺で起きている出来事もあるが、ルーシャ王女との関係もある。

 今回行われる第一王女の婚約に関して、その後行われる可能性が高いのが、第二王女の彼女とシラフ先輩であるからだ。

 まだ早いだろうとは流石に思うが、貴族社会の彼等からしたら、多分そう早くないと踏んだ上でさっさと始末しておきたいのだろう。


 現に、学院に向かう前にも海賊に襲われたらしいからその線が妥当と言える。

 

 「自分の国に居ながら殺され掛けるなんて、あなた随分と嫌われているのね?」


 「まぁ、俺がルーシャの専属になってからこういうのはたまにありましたから。

 別に珍しくもありませんよ、ただ今回のは流石に効きましたよ。

 すぐに吐き出せたらから良かったですけど、知らずに飲み込んだら多分死んでましたね」


 シラフ先輩はそう言うと、日が沈み暗く成り始めた空を見上げる。


 「学院に向かう前にも、街中でナイフを刺されたりとかは特別珍しい事では無かった。

 ただ、今回ばかりはルーシャも巻き込む事を辞さなかった辺り、よっぽど本気なのか恐れられているのか……」


 「………」


 「でも俺は、ルーシャを信じると決めた。

 変えてくれると、言ってくれたから。

 俺は、彼女の為に戦う……、やっぱりそれが俺の全てみたいだな……」


 「それが、あなたの選択か……」


 「ええ、俺はそちら側にも行けません。

 そして、今のサリアの味方でもない。

 これが俺の選択です、ヘリオスさん」


 その言葉から間もなくして、ティターニアは目を覚まし目を擦りながら身体を伸ばす。


 「ティターニア、大丈夫か?」


 「にいさんの方は大丈夫なの?」


 「俺は大丈夫だよ。

 そろそろ父さん達の方に行きな。

 きっと、君を心配している」


 「にいさんは来ないの?」


 「俺は、そちらへは行けない。

 ティターニアはこっちに来れるか?」


 「私は………、この国が嫌い」


 「…………」


 「私の家族を殺した奴等の元になんか行きたくない。

 あのお姫様はいい人みたいだけど、やっぱり私はこの国が嫌なの……」


 「…………そうか」

 

 「にいさんは、来ないの?」


 「俺は行けないんだ。

 この国でやるべき事がある」


 「私達と、家族で一緒に暮らしたくないの?」


 「………勿論、一緒に暮らしたいよ」


 「なら……、どうして?

 この国の人達は、にいさんを殺そうとした。

 パパもママも殺そうとして、なのにどうしてそんな奴等の味方をするの?」


 「……。

 ティターニア、俺は………」


 「嫌だ」


 「…………」


 「そんなの絶対にいや!!

 何でそんな奴等の味方をするの!!

 ねぇ、どうして!!

 私達の居場所を奪った奴等の味方をするなんて絶対におかしい、普通じゃないよそんなの!!」


 この兄妹の会話に入り込む予知が、私達にはない。

 あの二人で決着を付けなきゃいけない。


 でも、いいの?

 これが本当に正しい選択なの、シラフ先輩?


 このままじゃ、あなたは本当に何もかもを失うかもしれない。

 今、目の前に本当の家族がいる。


 あれほど必死になっても、先輩を救えなかった。

 それから間もなくして、あなたを引き取って育ててくれたシファ・ラーニルも居ない。


 これ以上、何を犠牲にするつもりなんです?

 そんなに、この人が……ルーシャが大切だから?


 たったそれだけの為に………。

 目の前に居る実の家族を切り捨てるつもりなんですか?

 おかしいですよ、そんなの………。

 あなたは……本気で?

 

 「こんなのおかしい、絶対に……」


 「………」


 「その女が居るから?

 そんなに、この国のお姫様の方が大事なの?」


 「彼女は大切だよ、俺にとって何よりも……」


 その瞬間、ティターニアの姿は消えた。

 しかし間もなくして、彼女の振るった刃をシラフ先輩が難なく受け止めたのだ。


 私が捉えられなかったソレを、彼は………。


 その刹那、攻撃を受け止められた事に戸惑う彼女に対して私も見たことのない程の殺気を彼女へと向けた。


 そして、突然の強襲に驚き体勢を崩した彼女を近くに居たリリィが抱き止めたのである。


 「っ……どうして?!」


 「………、俺はルーシャを護るよ何があっても。

 この国を変えてくれると約束してくれたから。

 誰よりも俺を最初に必要としてくれた人だから。

 だから、俺は彼女を護る。

 この国でもう一度家族で暮らせるようにしてくれると信じているから。

 その障害となるなら、俺は実の家族であろうと斬る」


 「…………っいや、そんなのいや!!

 私の家族を返し……っ!!」


 追撃が来るかに思えたその瞬間、割って何者かがティターニアの身体を吹き飛ばしたのだ。

 燃えるような赤髪の彼女、ヘリオスである。


 「全く、馬鹿な子ね…………。

 交渉は無理だったみたい。

 先の件に関してはこれで勘弁してもらえないかしら、シラフ・ラーニル殿」


 「それで納得してくれるのなら」


 「そう………。

 でも、確認の為にもう一度聞くわ。

 本当にこれで良いの、あなた?」


 「俺はルーシャを、自分の主を信じます。

 彼女の王道を支えるのが、今の俺の使命。

 彼女が王となればこの国は必ず変わります、俺はソレを証明する為に力を振るうのみです。

 その果てで、いつか家族で暮らせる日が来ると俺は信じますから」


 「………。

 そういう意地の張り合うところはあなたの母親によく似てるわ。

 イクシオン、ティターニアを運んでちょうだい。

 ハイド………、いやシラフ・ラーニル。

 せいぜいその選択を悔いないように………。

 次に会うときを楽しみにしているわ、私と同じこの力を引き継ぐ者として」


 そう告げて、ヘリオス達は私達の前を去ってしまった。

 交渉は決裂どころか、最悪の結果だ。

 本当に良かったのだろうか?


 不安な視線を私が向ける中、彼とその信頼を向けられた王女は去りゆく彼等の姿が見えなくなるまで真っ直ぐ見続ける。


 私は彼の選択を肯定出来るのだろうか?

 今の彼を、私は信じる事が出来るだろうか?

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