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炎の騎士伝  作者: ものぐさ卿
第三節 英雄讃歌
305/324

クレシア・ノワール

 「思ったよりしぶといんだね、■■■■?」


 「……………」

 

 「でも、生きてるなら良かった。

 私さ、てっきり死ぬかと思ったんだよね?

 でも、今もこうして命が繋がってる。

 唯一私と適合出来ただけの事はあるよ、流石だね?」


 「うるさい………」


 「まぁ、それでも時間の問題……。

 このままいけば数日保つかどうか………」


 「うるさいって言ってるでしょ!!」


 息を荒げ声の方へと枕を思い切り投げた。

 しかし、力もほとんど入らずそれどころか投げた勢いで身体が咳き込み、血を吐く始末である。


 「っ………」


 「余裕、無いんだね?

 さっさと諦めて、あの子と入れ替わればいいのに」


 「それは………駄目なの………。

 あの子の、テナの命を犠牲にしてまで私が生きるのは駄目なの………。

 私も生きて、テナも生きてくれなきゃ………」


 「もう選んでられる余裕もないのに?

 治療法もない、両親も匙を投げかけてる。

 だから、こうしてただ死を待つだけなのにさ」


 「死なない、まだ死ねないの………」

 

 「強がるね、ほんと………。

 でも、そんな無理が効かないところまで迫ってる事くらい分かるよね?

 あなたは死ぬ、そう遠くない日に……」


 「………死なない。

 絶対に、死にたくない!!

 だから信じてるの、お父さん達が、テナが、ハイドが私を助けてくれるって!!

 だから、あなたの手は借りない!!」


 「そう、なら好きにするといいよ。

 私も好きなようにしているからさ?」



 ただ死を待つだけだった。

 生きられる訳がない、いつまで続くか分からない。


 明日も来るのか分からない、それくらい私の身体は限界に近かかった。


 でも、誰かの命を踏み台にしてまで生きたいなんてことはしたくなかった。

 その命が、彼の家族であるのなら尚更……。


 でも、本当は……。


 本当は、本当は生きたい、死にたくない。


 そう思うことはいけないことなの?


 

 「……………」


 「■■■■。」


 声が聞こえた。

 

 「テ……ナ?」


 「………、どうしたい?

 あなたは今、どうしたい?」


 私の枕元に腰掛けるテナは、そう問いかけてきた。

 でも上手く言葉にならない。

 

 私はどうしたい?

 

 「分からない、分からないよ………」


 「………」


 「ねぇ、テナ?

 生きたいって思う事はそんなにいけないことなの?

 ただ、生きたいって……。

 家族と一緒に居たい、彼やあなたと一緒に過ごしたい、外の世界を見たい。

 そう思うことが、私が生きると願うことはそんなにいけないことなの?」


 「………分からない。

 でも、死にたいと思うよりは………

 よっぽど正しい考えだと思うよ」


 「……、あなたは死にたいの?

 どう、して?」


 「疲れたんだ、色々とあったから……。

 この家の人達が嫌って訳じゃない、むしろその逆で好きだから後ろめたくなったんだ。

 私、あなたが思うよりずっと悪い子だから」


 「…………」 


 「ねぇ、私があなたを生かしてあげる。

 この私の身体と引き換えにね」


 「でも、それじゃあ……あなたは……」


 「それじゃあ、幾つか約束して欲しいの」


 「約束?」


 「ハイドの事を頼んでいい?

 私の役割を、あなたが果たして欲しい。

 それは、とても辛いことだけど■■■■になら任せても大丈夫だと思ってるから」


 「役割って?」


 「彼は、ハイドは、将来この国にとってかけがえない存在になるの。

 私のその時の為に彼の元に派遣された存在。

 彼が英雄となるべく、その手助けとなる為にね」


 「ハイドが……英雄に?」


 「うん、でも私じゃ無理そうだから。

 でも、あなたになら任せてもいいと思ってる」


 「他に、どうして欲しいの?」


 「それはね………」


 

 あー、そうか………。


 だから僕は……、私は………

 



 「私が居たことを、覚えてて欲しいの。

 短い間だったけど、テナという存在を貴方が忘れないでいてくれればいい。

 ハイドには色々言われるかもしれないけど、あなたが私を覚えててくれたら大丈夫。

 二人が私を忘れないこと、それが私の願いだよ」


 「忘れるわけないよ………。

 そんなこと、絶対に……」


 「うん、ならもう大丈夫」



 そう言うと、彼女は私の手を取り優しく握りしめる。


 「生きて、生き続けて。

 とても辛いかもしれないけど、信じてるよ。

 さようなら、クレシア・ノワール。

 大切な、大切な私のお友達」



 帝歴404年1月13日


 「………!!テナ!!」


 私の名を呼び続ける彼女の声が頭に響く。

 酷い頭痛で意識が朦朧とするが、徐々に意識が覚醒していき自分の足で立ち上がる。


 「もう、大丈夫」


 辺りを確認、場所は王都サリアの路地裏。

 仲間思いなのか、コイツはまだ側に居たようである。


 「………本当なの、なんともない?」


 「問題ない、仕事にこれ以上の支障をもたらすと面倒になるからね。

 それに、ようやく全部が繋がったよ」


 「どういう意味?」


 「こっちで何とかするよ。

 お前はすぐに王都全域の警戒に戻れ、主にヴァリス王国の重鎮達への警戒に務めろ」


 「それは勿論分かってるけど。

 本当にあなた一人で大丈夫なの?」


 「僕一人じゃないと怪しまれるだろ?

 この国の人達には、自分の方が顔が効く。

 余計な連れがいると、変に怪しまれかねない」


 「分かった、それじゃあテナに任せる。

 無理はしないで」

 

 そう言い彼女は去っていく。

 そして、私は僅かなため息を吐きこちらを見ているであろう存在へ声を掛けた。


 「悪趣味な事をしてくれるね、君は。

 いや、お互いさまか」


 「私が誰か分かったの?」


 「いや、正直なところまだ分かってない。

 でもシファを殺したのはお前だろ?」


 「そうだね、色々と邪魔だったからさ」


 己の意を決し振り返る。

 そこに居たのは、薄焦げ茶の髪の少女。

 線が細く、非力な普通の女の子。

 

 クレシア・ノワールの姿がそこにはあった。

 いや、正確に言うなら彼女の姿をしたナニカだ。


 何故なら、クレシアは………。


 「ようやく、思い出せたんだね。

 クレシア・ノワールさん?」


 「………、今の今まで忘れてたけどね。

 全く、昔の僕は何を考えていたんだろうな……」


 クレシア・ノワールとは僕自身。

 幼い頃に、カルフ家に派遣されたテナの力を借りてお互いの精神を完全に入れ替えた存在。


 それが、僕等の間にあった真実なのだ。

 

 「ふーん、でも私の想定よりはずっと早かったよ。

 あと数年は保つと思ってたし、その方がお互いにとっても都合が良かったからね」


 「確かに、あのまま君が僕の本当の両親の元でクレシア・ノワールとして過ごしてもらった方が都合が良い。

 まぁ、僕自身今更向こうに戻るつもりはないよ」


 「そっか、それは少し残念」


 「何が残念なんだ?」


 「居なくなった後の後釜には、やっぱりあなたを本当の両親の元へと返したかったからね」


 「本気で言ってるのか?

 今の今まで、両親の事を忘れて、あろうことか実の娘に成り代わってたのを今更覆すのかい?」


 「………、私の本意ではないからね。

 あるべき姿には戻したいの、あるべきモノは本来あるべき場所があるから」


 「…………」


 「私、あまり長くは生きられないの。

 見れば分かるでしょう?

 周りの魔力を微量に吸うと同時に、病やら呪いやらを自然と惹きつけるような身体になってるからさ。

 まぁでも、可能な限り延命措置としては十分な効力を持ったみたいで良かったけど」


 「何者なんだよ、お前?」


 「かつて君が宿していた神器ムネモシュネが君との融合を得て獲得した自我の一つと言えばいいのかな?

 魔術的な用語だといわゆる幻影に近い存在だね」


 「普段の君がやっていたアレの全て演技か?」


 「うーん、それは違うかな。

 どちらかと言うと、生前のテナの意識を可能な限り再現したもう一つの自我ととでも言えばいいかな。

 要は君と入れ替わったあの頃のテナが、私の表の人格として成り代わり、現在のクレシア・ノワールとして生活しているんだよ。

 勿論、私の人格及び余計な情報は全て伏せた上でね」 


 「余計な情報ね………。

 この惨状は全て君が仕組んだのか?」


 「惨状かぁ、酷い言い方だね?

 良く出来てると思わない?

 英雄の誕生するに相応しい舞台をこうして私が整えてあげたんだからさ?」


 「……本気で言ってるのかい?

 君のせいで、世界そのものが狂ってるんだよ。

 どれだけの人間を愚弄した、君のわがままでこの世界がおかしくなったことに変わりない」


 「これは生前のテナが望んだことだよ。

 彼を英雄とするべく、その為に必要な事を代わりに私がやり遂げてあげたの。

 このムネモシュネの力を使い世界樹に干渉、能力の扱える範囲を広げて、今後彼が関わるであろう全ての人間に対して彼等の記憶と無意識下での行動を改ざんした。

 これが上手くいくかは、賭けに等しいけどその代わり良い副産物も手に入った。

 タナトスの権限と能力、そして本体のテナの内に秘められたゼウスの能力。

 一番の難関であろうシファを消す事ができた、ラグナロクのある種の悲願とも言える事象を私が代わりにやり遂げた。

 むしろ、相応の報酬を得たい程なのに?」


 「ふざけるな!

 こんな事が許される訳がない!!

 あの時のテナがそう望む訳がない!!

 あの子はただ優しい子で、お人好しで自分の罪の意識に耐えられたくてこの身体を私に託した。

 それを、好き勝手に解釈してこのザマか?!」

  

 「私を殺せるとで………」


 その言葉を言い終える間もなく、目の前のソイツの首を跳ね飛ばした。

 怒りの感情に身を任せ、振るわれた一閃は確実にソイツの首を貫いたはずだった………。


 「な…………」


 こちらの放った刃は奴の身体を通り抜けていたのだ。

 切った感触はまるでなく、そこに実体がないかのようで……。


 「だから、無駄だよ。

 だって私はあなたとハイドにしか認識出来ない存在なんだからさ?

 今こうしてあなたが私を見えてるのは、あなたの内に秘めているムネモシュネの力のお陰なの。

 私の力を使ってるんだから、私が見えてる。

 だから殺せないの、分かる?」


 「…………っ!」


 「そして彼が私を認識出来るのは役割があるから。

 分かるよね、英雄には敵が必要なの。

 強くて、恐ろしい、世界の敵がね。

 それが私だった。

 彼を英雄とする為に世界そのものを彼が英雄となるに相応しい舞台へと造り変えたの。

 英雄に相応しい舞台だと思わない、クレシア?

 この国の世界の命運が、彼の選択に委ねられている。

 彼の選択で、彼の家族もこの国の民の行く末が掛かっているんだから。

 全ての元凶とも言えるサリア王家との因縁、自身を導く主の為にその力を振るうの。

 英雄の誕生、ようやくそれが現実となる」


 「こんなモノ望んでない。

 彼は確かにこの国にとって重要な存在だ。

 でも、今じゃない。

 彼が英雄となるのは、まだ先の出来事だ。

 それをイタズラに早めて、何の得がある?」


 「得も何も、それがラグナロクのやり方でしょう?

 彼を英雄とするべく取り入ったのは、あの子の意思。

 そしてクレシア、貴方もそうだよね?

 あの子の代わりにラグナロクとして、彼を英雄とする為の下準備を散々やってきたんだから。

 この間だって、彼の家族を一人殺したよね?」


 「っ………」


 「私は確かに自分の目的の為に色々と手を尽くしたけど、アレを殺したのは貴方の意思。

 ラグナロクの命令を遂行する為に、貴方が組織の者として自らの意思でやり遂げたことだよね。

 分からない?

 あなたはもう、あの病弱でいつ死んでもおかしくない小さな女の子だったクレシア・ノワールじゃないんだよ?

 ラグナロクとして彼の家族を手に掛け、親友と偽って近づいた大罪人、テナ・アークスなんだからさ?

 今更、貴方が清廉潔白で何の罪も犯してないなんて話にはならないんだよ?

 その手で彼の家族を手に掛けた事実は変わらない、貴方の罪はこの先ずっと背負うことになるんだからさ」


 「……………ああ、そうだね。

 そちらの言う通りだよ、僕が今更誰であろうと過去の過ちは消えはしないさ。

 仮に、本体と思われる現在のクレシアを殺したところで今更何も解決しない。

 向こうが無自覚なのが、余計にタチが悪いけどさ」


 「素直に受け入れるんだ、意外だね?」


 発言がいちいち勘に障るが、八つ当たりしたところで意味がない。

 向こうの真意が読めない以上、可能な限り情報聞き出すのが最善だろう。

 どこまで話してくれるかは、分からないが……。


 「で、君はまた僕の記憶を改ざんするつもりかい?

 それとも、ただ異変を感じて来ただけとか?」


 「どうしても邪魔な存在が居るから、そちらに倒して欲しいんだよね?

 ラグナロクの誰かでもいいし、勿論貴方でも構わないんだけどさ」


 「お前にとって邪魔なら、こちらとしては大歓迎。

 それとも、こちらが倒す利点でもあるのか?」


 「対象の名前はテュホン。

 旧時代において災厄と恐れられた生体兵器。

 アレをどうにか倒して欲しいだよね、他の奴等は多分上手く倒されてくれるはずなんだけど、アレだけはどうも倒せる人達の目処が立ってないんだ。

 私が動く手も考えたんだけど、多分無理そう」


 「シファを殺しておいて、今更無理って話はありえないだろう?」

 

 「これは相性の問題なんだよね。

 ゼウス、あるいはそれに準じるだけの能力を扱えるなら倒せる目処はあるんだけど、深層解放っていう力を扱えるのが現状ラグナロクを除いてほとんど居ないんだ。

 で、こっちから上手く鉢合わせるように仕組もうと思ったんだけど、向こうの戦力を考えて人を充てると余計な犠牲が生まれてしまう。

 この余計な犠牲によって、今後彼がサリアの民主制に向けての動きの際に不利益になる可能性が高い。

 要は、クラウスかシルビア王女のいずれかを犠牲にしてようやく勝てるかなぁって話になるの」


 「………なるほど、それでこちらを頼りたい訳か」


 「そういうこと。

 いつもみたく勝手にあなたの無意識下に働きかけて上手く対処しようと思ったけど、自力でこちらの記憶処理を解くとは思わなかったんだ。

 だからこうして、姿を現したって訳だよ」


 「確かに、テュホンの相手はラグナロクの誰かがやるべき事かもしれない。

 一応、既にラグナロクとの連携については話は付けてあるし余計な問題は起こらないと思うけど………。

 君に命令されて動くのは、腑に落ちないな」


 「そう言われてもね、一応事前にこうして手助けしてる訳なんだからさ?」


 「はぁ………まぁいい。

 とにかく、そちらの言い分は理解した。

 テュホンの対処はこちらでやる」


 「ありがとうね、テナ」


 「………、幾つか質問がある」


 「何かな?」


 「表の人格として動いてる現在のクレシアが死ねば、お前も死ぬんだろう?」


 「そうだね、向こうの死にぞこないが一応私の本体なのはどうしようもない。

 今も辛うじて生きてるのが不思議なくらいだね。

 それがどうかしたの?」


 「元々居るはずの、テナは何処に行った?

 あの身体には本来、私と入れ替わった彼女が………」


 「あの子は死んだよ。

 君の身体が限界を迎えたから、そのまま死んだ」

  

 「なら、今のクレシアは何者なんだよ?」


 「人間のなり損ないかな。

 自分を人間だと思ってる人形だよ、私からはそうとしか言えないな。

 アレの自我は、自分をクレシア・ノワールだと認識して、十年程前にハイドと出会ったものだと誤った認識をしているが………。

 あり得ない話だよね? 

 だってあの子はただの一度も過去に彼と出会ったことなんてあるはずないのに。

 再会も何も、あの子の全ては私が仕組んだ偽りの記憶なんだからさ?」

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