死にたくない
彼が私の部屋へと忍び込んできたその日から間もなくして、私の病状は悪化した。
足先の感覚がなくなり、下半身の自由が利かなくなったのだ。
私の両親はその様子を見て、血相を変え治療法の確立の為に研究に取り組むようになった。
でも、それはその時を境に私の両親は私のお見舞いにすら顔を出さなくなった事と同義であり。
私はいつしか、こう思うようになった。
人間ではない私は、実の娘ではないから見捨てられたのだと。
●
「……………」
「■■■■、大丈夫な訳ないよね………。
外に出たい?」
「分からない、出たところで治る訳じゃないから」
「…………」
テナは今もこうして足を運んでくれる。
でも、私の容態が悪化してからなのか私の扱いに対してかなり気を使う素振りをしてくるようになった。
「誕生日、もう少しだったよね?
欲しい物はある?」
「分からない……。
何か貰っても……どうせ私は」
「そっか……そうだよね……」
私の横たわるベッドに彼女は腰掛け、言葉に選びに悩んでいた。
気を使わせた事に、申し訳なさを感じるが……。
「ハイドは、どうしてるの?」
「………最近は元気がないかな……。
あなたの事をずっと気にかけてる」
「……………」
「あなたの身体を治す方法は、現状何一つない。
でも、それ以外の方法なら……」
「それ以外の方法?」
「一つだけ、たった一つだけ方法がある。
私達の入れ替えを、完全に固定する。
そうすれば、あなたはこの先も生きられるかもしれない」
「駄目だよ、そんなの………。
そんなことしたら、テナはどうなるの?!」
「私はあなたの身体と共に死ぬだろうね。
でも、これしか方法がないみたい………。
ほんとは、人間とホムンクルスとじゃ身体の構造もまるで違うから不可能もいいところ。
でも、あなたは幸いにも人間としての身体の要素、そして記憶を司る能力を持った神器を内包している。
あとは、入れ替わりの固定に関しての問題をなんとか出来ればいいんだけど………」
「そんなの絶対に駄目!!」
「…………、分かってるよそんなの………。
でも、私なんかよりあなたにら生きて欲しい。
それが私の願いでもある、でも………」
「でも?」
「でもそれは、背負わせる事になるから。
私の使命を、ラグナロクとしての役目を」
「何を言って………?」
「他の方法を探してはみる。
あくまでコレは最後の手段、だから大丈夫。
あなたは必ず救ってあげる。
だって、■■■■はハイドの………」
何かを言い掛けた彼女は、近付いてくる足音に反応してすぐにこの場を去っていく。
「どういう意味………?」
部屋に入ってきたのは、屋敷の侍女。
私の食事と薬を運んできた模様だが、幸いにもテナの事には気付いてない様子。
何を言い掛けたのか、それが気になった。
あの言葉の先には、何の意味があったのだろう?
●
その日の深夜、誰かの声が聞こえた。
声に導かれるように、目を開けると目の前には誰かがいた。
小さな女の子………何処かで見たことがあるような。
「ようやく、見えるようになった?」
「…………誰?」
「誰か………うーん、私はそうだね……。
えーと、なんて言えばいいんだろ?」
「…………」
得体の知れないナニカ。
意識がより鮮明になり、目の前の女の子の姿がより鮮明に視界に入り込む。
薄焦げ茶の髪を伸ばした少女。
私と、よく似た女の子がそこには居たのだ
「私は、あなたの体内に埋め込まれた神器が生み出した存在って言えばいいかな?
今はこうしてあなたにしか、この姿を見せる事が出来ないんだけどね」
「神器?」
「テナって子から、聞いてない?
あなたの身体の中に埋め込まれたモノについて。
私は、ソレとあなたの力をもって生まれたの」
「…………」
「そうだなぁ、端的に要件を伝えるなら………。
テナの誘いに乗りなさい。
彼女を踏み台にしてでも、あなたは生きなければならない。
そうじゃないと、私が困るの」
「何を言って?」
「分からない?
私は、あなたの中にある力から生まれたの。
宿主であるあなたが死んだら、私も死んでしまう。
それを防ぐ為に、あなたに生きて貰わないといけないんだよね?」
「駄目だよ……、そんなことをしたらテナは………」
「このままだと、あなたは本当に死ぬよ?
それでもいいの、ねぇ■■■■?」
「それは………」
「生きたくないの?
ずっとこのまま、あなたは死ぬまで苦しむの。
ようやく助かる方法が見つかったのに、それを投げ出すの?
勿体ないと思うなぁ、せっかく外の世界に行ける方法が見つかったのにね?」
「…………」
「あの子だって、あなたには生きて欲しい。
だから、自分の命を投げ出す方法を伝えたのよ?
なのに、あなたはソレをしない。
どうして?
どうして目の前にある、唯一の助かる方法を避けてしまうの?
どの道何もしないと死んじゃうのにさ?
こうしている間にも、残り少ない命は確実に削れているんだよ?」
「………でも、テナは………」
「来月かも?
もしくは来週?
何なら明日にでも、死んじゃうかもね?
ほら、こうしている間にもあなたは死ぬかもしれない?」
「そんなの………まだ決まった訳じゃ………」
反抗しようとしたのも束の間、突然身体が苦しくなり呼吸が荒くなる。
身体が強張り、そして咳き込むと………。
抑えたその手は赤く染まっていた………
「っ………嘘っ……そんなの……嘘にきまって………」
「ほら、だから言ったよね?
あなたはそう遠くない内に死ぬ。
だから、受け入れなさい。
助かる為に、テナの手を借りるのよ?
彼女を殺してでも、生きるの。
それが出来ないなら、もっともっと苦しんで死ぬだけだよ?
それじゃあまたね、■■■■?」
そう言って、目の前の少女は私の目の前から煙のように消え去った。
残ったのは、血に染まった私自身のみ………。
「…………本当に死ぬの……私?」
血に染まった手を眺め、恐怖で身体が震える。
助けを求めようにも、助からない。
だから死ぬのだ、私は………。
あと、どれくらい生きられる?
あと、どれくらい耐えられる?
「怖いよ………怖い怖い怖い怖い………。
嫌、嫌、嫌、嫌嫌嫌ぁぁぁ!!!」
●
それからの事はあまり覚えていない。
毎日、毎日、死に怯える日々……。
助かる事を信じたくても、信じられない。
テナやハイドが部屋に来てくれた事もあったけど、顔を合わせるのも嫌になって、顔もろくに合わせず近くのモノを彼等に投げつけたりした。
豹変した私の姿に、ハイドは怯え、テナもまた困惑し部屋をすぐに立ち去った。
それから、ふと我に返り先程の過ちを思い返して……。
一人でずっと泣き続けた………。
涙が枯れても、悲しみは止まらない……。
悲しみの嗚咽に自身の血が混じり、病状は更に悪化をし続ける………。
その繰り返し、何日も何日も…………。
おかしくなっていった。
自分はもう、死ぬんだと………。
受け入れて、受け入れたくない、受け入れて、受け入れたくなくて………。
何度も何度も、思考を………何度も泣き喚いて。
そうして、自分は壊れ始めた………。
何度も何度も泣いて、
何度も何度も血を吐いて………、
何度も何度も、モノに当たって………
何度も何度も、血に染まった身体を眺めて………
終わらない苦しみ………。
いや、終わりはいずれ訪れる。
私が死ぬ、その時に………、
死にたくない、死にたくない………
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ………
何度も何度も、終わりの見えない恐怖。
「………私が悪いの?
どうして、私がこんなに苦しまないといけないの?
何で、人間じゃないの?
どうして、私の両親は私を人間じゃなくしたの?
そもそも私、元々人間だったの?
わからないよ………何でこんなに苦しいの………。
何でこんなに、辛いの………。
いつまで続くの、この苦しみは………」
まともに動かない自分の身体に、ただのたうち回るように私は暴れ続けた。
「どうして!!!
どうして私は、こんな思いをしないといけないんだよ!!!」
声を荒げ、血を吐いた。
苦しい、灼けるように………。
でも、気持ちは収まらない………。
この気持ちは、怒りは収まらない………。
「死にたくないよ………。
誰か………私を助けてよ…………。
生きたいのに、生きられない………。
みんなのいる場所に、私は居ないの………」
誰か私を助けて…………この苦しみを終わらせて………