無駄な足掻き
帝歴■■■■ ■■ ■■■
ある時を境に身体の様子がおかしくなった。
最初に感じたのは、左手の感覚がなくなったこと。
左手が動かなくなった翌日、父は私の左手に包帯を巻きながらぶつぶつと何かを唱えていた。
「何が足りない………何が足りない………。
私に何が足りないのだ………」
言葉の意味がわからなかった。
何のことを言っているのだろうか?
そしてこの日を境に、ハイド達が部屋に来ることはほとんどなくなった。
ハイドは部屋の入口に来ては、誰かの手によって部屋の前から追い払われる。
そんな日々が何日も続いたある日のこと………
「えっと、その…身体の調子はどう?」
「大丈夫だよ、うん」
ただ一人、部屋に来てくれたのがテナだった。
いつも彼の後ろにひっつくような臆病な様子の彼女だけは私の部屋に訪れる事が出来ていた。
その理由はわからないけど………
テナは私の部屋に来ると、昨日あった彼や家での出来事、外の世界での話を聞かせてくれた。
でも、どうして私が部屋の外に出れないのかについては、頑なに教えてはくれなかった。
「私、なんで部屋の外に出れないんだろ」
「……………何でだろうね。
どの道、結果は変わらないのに」
「…………」
「何かしてあげたいのは山々なんだけど……。
私に出来ることは、たかが知れてる……。
こうして毎日のように隠れて部屋に行くくらいなら問題ないんだけどね」
「そうなんだ………。
ハイドは、来れないの?」
「行きたいとは言ってる。
けど、リンに抑えつけられててね。
今の■■■■の姿を見たら、悲しくなるわ」
「………」
「わかってるよね、この先自分がどうなるか?」
「うん、でも………。
ずっと会えないままなのは嫌だな」
「そっか……」
そう言って、彼女は部屋を去っていった。
テナはいつも何を考えているのか、わからない。
でも、悪い子ではないはず………。
理由はよくわからないけど、彼女はとても優しい人だとハイドは私に教えてくれたから………。
「ハイド………、また会いたいな………」
●
別のある日、テナは私の部屋に訪れると何かを言いたげな様子で、私の前でもじもじとうろたえていた。
「…………テナ、今日はどうしたの?」
「あの、その………えっと………。
なんとかなるかもしれない、一時的だけど………」
「どういうこと?」
「少しだけ私の方から誘導しないといけないんだろうけど………。
うん、多分大丈夫………。
一応練習は上手くいったからさ」
そう言うと、テナは私の右手に触れ優しく抱きしめてくると耳元で何かをささやいてくる。
「少し、痛いかもしれないけど耐えてて………」
そう言うと、彼女は私に向けて何かの力を流し込んだ。
一瞬、激しい痛みで意識が途絶える。
そして、目が覚めると………目の前には……、
「目、覚めた?
成功したのは、一応私が自分で分かるんだけど……。
何か、変なところはない?」
「………ん?
あれ………目の前に居るのは………私?」
いつもと身体の感覚が違う。
身体が羽のように軽い上に、力が入りやすい。
コップを握る時でさえ苦労した程の非力さだったのが嘘のようで………。
「成功みたい、かな?」
「一体、私に何をしたの?」
「えーと、その………。
あなたの身体は少し特別だからさ、その特性を利用して私とあなたの中身を少しの間入れ替えたんだ。
まだ馴れてなくて効力はあまり持続しないけど、少しくらい外で遊ぶ分には大丈夫だと思う」
「本当なの?
私、本当に外で遊べるの?」
「うん、でも……そのこの事は私達の秘密。
私達の事がバレたら色々と面倒になるだろうからさ、勿論ハイドにも言わないでね………」
「ハイドにも駄目なの?
どうして?」
「それはその………。
私もあなたと似たようなモノだからというか……。
とにかく、入れ替わりの事は秘密だからね」
「うん、分かった」
「それじゃあ私はここで待ってるから、ハイド達の方に行ってみるといいよ。
あんまり離れると、効力が保てなくなるから一応そこだけ気をつけて」
「そっか、うん……分かった。
でもいいの?
その……私の身体、すごく不便で嫌でしょう?」
「……。
大丈夫だよ、私のことは気にしないで」
「分かった、それじゃあ行ってくる!」
●
この日をきっかけに、私とテナはよく入れ替わるように過ごす事が増えた。
私とテナとの二人だけの秘密。
私はテナとして、
テナは私として、
それが少しずつ当たり前になっていく。
でも、私自身の問題が解決した訳でない。
知りたくない現実、いや………違う。
なんとなく分かっていた。
でも、私が知ったのは………。
「■■■■君の容態はどうかね?」
屋敷の談話室前で、両親の会話が聞こえてきた。
いつものように、テナ姿を借りて外を歩いているとお互いの両親が何かの話をしていたのだ。
聞こえたのは私の名前、でもなんだろう……。
少しばかり怖い雰囲気を感じる。
「調子は良さそうだが、状態は悪化の一途。
このままだと、もって数ヶ月の命。
治療法がない以上、このままこの国に滞在するのは難しいだろう」
「かと言って、下手に動かすのも難しい。
ビーグリフ殿が、知り合いの伝を借りてなんとか延命の手段を探してくれているが………」
「………ただの人間ならまだしも………あの子は……」
人間なら……?
それに、もって数ヶ月の命って………。
「かつて、帝国時代にノエル殿が残したホムンクルスの設計図を元に生み出した存在。
神器の力を核として動くホムンクルス。
その唯一の成功例があの子だ。
しかし、ホムンクルス特有の不安定な身体の構造が問題となった………」
「ホムンクルス特有の魔力の劣化問題ですよね。
自身で魔力の生成及び吸収等、生物に本来備わっているはずの魔力の循環が人工物と自然物の間である彼等はできない。
故に、このような問題に直面してしまう」
「何とかアレを残さなければ、アルクノヴァ殿に申し訳が立たないからな………」
うそ………、私………、どういう……こと?
ホムンクルスって、それじゃあ私………、
人間ですらない………?
気付けば私はその場を立ち去り、部屋で待っている彼女の元に急いでいた。
血相を変えた私の顔を見て、何かあったことをテナは察したようだが………。
「何かあった?
もしかして、私達の事がバレ……」
「そうじゃないの………。
お父さん達の会話が聞こえてきて………」
「………何か、言っていたの?」
「………私が人間ではないとかなんとか………」
「…………」
「テナ。
私、一体何者なのかな?」
「…………、第三世代ホムンクルス。
もっと正確に言うなら、ホムンクルスと人間の間というべき存在だと思う、私の知る限りでは。
こうして私が、あなたとの入れ替わりを実現出来たのもあなたの中にあったホムンクルスの特性が理由だから………」
「どういうこと?」
「あなたの身体には記憶の紅玉と呼ばれる神器が埋め込まれているの………。
でも、元々埋め込められたはずのホムンクルスではその力を制御出来なかった。
神器と呼ばれる存在は、人間あるいはそれに近しい存在でなくてはならない。
でも、ホムンクルスはその決まり事には当てはまらない例外的な存在。
そんなホムンクルス達の改善の為に、利用したのが紅玉を受け継いだ一族の血筋を引くあなただった」
「っ…………」
「あなたの身体が弱いのは、ホムンクルスの性質を受け継いでいるから。
ホムンクルスの身体は人と比べて非常に不安定、不安定なモノを安定させる為にあなたの身体を利用したけど神器と適合しても、身体の方への負荷が大き過ぎてしまった」
「どうして、テナはそんなことを知ってるの?
年とか私と同じくらいなのに?」
「………私も似たようなモノだから。
色々あって、私は養子として迎えられているの。
でも、あなたを今のまま放ってはおけないから今みたいにお互いを入れ替えるなんて勝手な行動をした。
このことが知られたら、私多分……そのうち殺されるかもしれないけど」
「殺されるって……。
なんで、私なんかの為に……そんなこと………」
「………どうしてなのかな?
でも、これで良かったでしょう?
私の身体があればあなたはこうして外に出られるんだからさ?」
「でも、あなたはそこに居ないでしょ………。
駄目だよ、そんなの………。
私だけが、良い思いをするなんて………そんなの」
「でも良い思いだけじゃないでしょう?
今は入れ替えが上手くいくけど、多分そのうち上手くはいかなくなる。
この身体がいつまで保つか分からないからさ。
それはわかってるよね?」
「でも、きっとお父さんが私の身体を治してくれる!
その為に、私はこの国に来て………」
私の期待を裏切るように、テナは首を振って淡々と悲しい現実を語り始めた
「治らないよ、絶対に………。
人間の病気ならまだなんとかなるかもしれない。
でも、この身体はもう人間とは違う。
人間の身体ではないんだから、治療法がそう都合良く見つかるなんて事は普通に考えてあり得ない。
人間の病気なら、私のマスターに頼めば治せたかもしれないけど………」
「………あと、どれくらいは大丈夫なよ?」
「早くてあと2ヶ月くらいかな、それ以上を過ぎるとホムンクルスの性質と人間の身体が反発し合って内側から身体の組織が崩壊していくと思う」
「2ヶ月………」
「本当は私も治してあげたいけど………。
打つ手は何も見当たらない。
だから私に出来るのは、こうして少しの間だけ私の身体を貸してあげることだけだから」
「………………」
「ごめんなさい、■■■■。
私程度じゃあなたには何も出来ない………、
本当にごめんなさい」
●
あの日の出来事を境に、私はお互いの身体を入れ替えることを辞めた。
テナからの誘いを受けても、断った。
自分の運命を受け入れる………。
私は、あなた達とは違うから…………。
本当は、本当は………ただみんなと同じように過ごしたかったけど………。
「なんで……、どうして私は…………」
不自由な身体を呪うように………。
人間ですらなかったこの身体は治る見込みもない。
テナの話が事実なら、人間の治療法が私の治療に繋がるとは到底思えない………。
「よいしょっと………」
不意に聞こえた誰かの声。
すぐ横の窓の方から本来聞こえるはずのない、人物の声が聞こえてきた。
そう、この家の子であるハイドだった………。
「なんで………?」
「お見舞いだよ、■■■■?
テナに教えて貰ったんだ、壁の登り方をさ。
見つかったら色々まずいけど………」
「…………だったら戻ってよ………。
私のことなんかに構わず……」
「友達を見捨てる訳ないだろ?
全く、つい最近まで抜け出してた癖にさ……」
「何言ってるの、私……ずっとこの部屋に……」
「何言ってるんだよ?
テナと入れ替わってたんだろ、お前?
最初からわかってたよ、僕が■■■■の事をわからない訳ないだろう?」
「え………?」
「全く、テナも隠すのが下手だよな………。
両親には隠すの上手い癖に………」
「なんで………」
「ん?」
「なんで、分かったの?
身体を入れ替えてたなんて、絶対あり得ない事なのに………。
最初からわかってたなんて、絶対にあり得ない……」
「友達のことがわからない訳ないだろ?
必ず見つけ出すよ。
何処に居ても、どれだけ時間が掛かっても…………。
僕は、■■■■を見捨てないよ絶対に……」
「…………」
「どうしたんだよ、急に泣き出して?
身体やっぱり良くないのか………」
「そうじゃない………そうじゃないの………。
私……私………」
「……■■■■?」
「ハイド、私………やっぱり、みんなと一緒に居たい。
あなたと一緒に生きたいの………。
何も出来ずに死ぬなんて嫌…………」
「……大丈夫だよ。
きっと父さん達がなんとかしてくれる」
「うん………」
「僕や、テナ。
リンだって勿論なんとかしようとしてくれるはずだ。
だからさ、頑張ろう。
身体を治して、■■■■も一緒に外へ……」
「うん………」
そうして、彼が伸ばしてくれたその手を握った。
彼の言葉を信じて、生きようと決めた。
でも、現実は上手くはいかなかった