最初の友として
帝歴404年1月13日
「報告は以上。
これが今のところこちらで掴んだ情報の全てだよ」
王都の路地裏で、とある人物と合流し僕はこれまでの事をソイツに伝えた。
「なるほど、了解。
こちらが気付いて間もないどころか、想定よりも遥か以前に既に目覚めていたと………。
タンタロス含めて、連中は既にヴァリスに潜伏しつつ裏で色々とやっていた………。
上に報告したいけど、アレは今八号機の方で色々と忙しいみたいだからね」
フードを被り、近くの屋台で買ったと思われる食べ物を頬張りながらそんな返事を返した。
一応仕事なのに、幾ら故郷とはいえ遊んでばかりじゃないのかとすら思える。
「それで………。
シファ・ラーニルについては、どうなの?」
ある意味、最も重要な事。
ソレを尋ねると彼女の僅かに表情を曇らせ、その事実を淡々と伝えた。
「彼女の死体はこちらも確認したよ。
タナトスとゼウスの両方の力の残滓を確認した。
でも、その後誰かさんが回収して行方が分からなくなったんだよ」
「誰かさんって?」
「フリクアの魔導士集団、正確には教会直属の秘匿部隊の連中かな恐らく。
色々と厄介な事になってきてるよ。
全く困ったものだよね、本当に」
「そう、彼女の死亡は確実か。
そして、タナトスとゼウスって言ったよね?
神器の所有者がそこに居たのか?
そもそも、かの2つのオリジナルは両方所在不明、片方のゼウスが紛い物として僕が持ってるんだ。
あの人を殺せる程の存在が、今の今まで居なかったどころか存在しなかった。
なのに、その時になって突然現れた。
何が起こっているんだい?
気になる事は、他にも……」
色々と質問を投げ掛けるも、鬱陶しいと感じたのか露店で勝った食べ物を私の口に無理やり放り込む。
「はいはい……。
順に説明したいけど、こっちも忙しいの。
殺した奴については、今こっちでも追ってるところ。
てか、何者なのかなアレ………。
人間でもないし、異種族ってわけでもない。
そして、向こうは恐らく単独だろうけど2つの神器を同時に扱えた上で今の今までソイツの存在をこちらが認知していなかったんだからさ……。
現在確認している異時間同位体の彼等の誰とも一致しない魔力の波形ときた………」
口に放り込まれた食べ物を飲み込み、僕は彼女に言葉を返す。
「ラグナロクが把握していないのか?
あり得ない、何かの間違いだろ?
あのカオスがそんなうっかりをするとでも?」
「事実、そうなってるんだからそうとしか言えない。
そもそも、タルタロスの不具合を見つけた時点でその不具合がずっと前から起きていたって話になってるんだよ?
こっちはせいぜい二、三ヶ月くらい前の人事かと思ったら、あなたの話を全部事実だとすると数十年前以上から奴等外の世界に出ていたって話になる。
イレギュラーが過ぎるのよ、本当に」
「じゃあ、ヴァリスのカルフ家についてはどう説明する気だい?
僕のこと、向こうは全部知ってるんじゃないの?
今はまだギリギリ彼には伝わってないみたいだけど、いずれバレるのも時間の問題だよ」
「…………まぁ、その時はその時だね。
でも、モーゼノイスって人だっけ?
以前の養父であったオクラスって人と同一人物だったって人は?」
「それが問題だって話をしているんだよ」
「その人、二年も前に、賊に襲われて亡くなってる」
「は?」
「嘘じゃない、本当のことよ。
彼が会ったっていうモーゼノイスは、もう既に亡くなってる人物なの。
彼を蘇らせた、いや正確に言うなら死体を無理やり動かしてるのは、その人の娘さんの力によるもの。
その子が昨年には、ヴァリスの国王を手にかけて父親同様に操りかの国を傀儡同然にしてしまった。
奇しくも、シファ・ラーニルを殺した存在と同じタナトスの力を有しているのよ、その子は……」
「待てよ、その子ってまさか……」
「その子の名前はティターニア。
あなたの話が事実なら、その子はシラフ君の妹って事になるんじゃない?」
「それじゃあ、その子がシファを殺したと?」
「それは無理、あの子の力は確かに凄いけど。
アレを殺せるかは別問題。
言ったでしょう、ゼウスとタナトス。
2つの力を持った存在が彼女を殺したの」
「…………」
「面倒な事になってるのは確かだね。
私達の把握し得ないナニカが裏で動いている。
目の前の問題を解決するのが最優先だけど」
「ヴァリス王国の連中をどうやって倒すつもり?
僕の聞いた限り、正攻法ではまず勝てない。
敵の親玉、タンタロスだっけ?
アイツは一体何者なの?」
「旧文明において、現在の世界樹と呼ばれる建造物の建設に携わった存在。
魔力や神器といったモノもソイツの影響があって生まれた代物。
本名は、ビーグリフ・ロゴス。
でも、当時の彼の記録からして色々と不可解な事があるんだ」
「どういうこと?」
「文明の発達に大きく貢献した彼だけど、自分から争いを望むような人ではなかったはず。
発展の過程を、まるで箱庭を眺めるかのように楽しんでいる素振りは見られたみたいだけど、彼本人は至って平和主義。
表舞台に立って、わざわざ争いをやらかすような人ではないってことよ」
「………つまり、アレは別人だとでも?」
「私の憶測に過ぎないけどね。
当時の事は、カオスの方が知っているからさ。
それじゃあ私は自分の仕事に戻るけど……。
テナ、あなたはこれからどうするつもり?」
「どうするって?」
「シラフ君、多分このままだとサリアを捨てるよ」
「………、だろうね」
「本当にそれでいいのかい?」
「良くはないよ、だからもう決めてる……」
「………」
「彼の敵は僕一人でいい。
僕が彼を引き留める、そして彼の家族も僕が殺す。
英雄計画完遂の為に、己の責任と使命を果たすよ。
元々、彼の母親を殺したのは僕の責だからね」
そう言うと、彼女は僕の前に立ち突然僕の頬に触れてきた。
「何の真似、今になって慰めのつもり?」
「別に、ただ顔色少し悪いなぁって………」
「最近色々とこっちも忙しいんだよ」
「…………そっか。
まぁ君もそっちの仕事があるからね。
しょうがないか……」
そう言うと彼女は、僕から手を離す。
「テナ、カオスはあなたに何かを隠している。
私も知り得ない何かしらの思惑、何か秘匿しなければならない秘密があるのかもしれない」
「そんなのラグナロク全員に言えることだろ?
手駒として上手く扱う為に、何かしらの処理は施す程度いつものことじゃないか」
「そもそも、私達とあなたは違うでしょ?
私達は、こよ世界の歴史上で存在した者達の記録から擬似的に再現した当時の人間を模した存在。
でも、あなたはそんな私達の記録と掛け合わせて生まれた新世代的な存在。
ホムンクルスとは別のナニカだけど、その構造は今を生きる人間に限りなく近い」
「で、僕はその試験的な試みとして体内に神器を埋め込まれている。
識別名オリンポス、そしてムネモシュネ。
この二つの神器の力を宿した特異な存在、そして後の世界において重要な役目を担うであろうハイド・カルフ、現在のシラフの監視及び護衛役として僕が配属された。
僕はカオスからはそう聞いている。
全てはアレの仕組んだ英雄計画の一つだと」
「あなたの力は元々オリンポスだけよ。
ムネモシュネなんて力を、カオス含めてラグナロクの者が埋め込んだ記録は存在していない」
その言葉を聞き、僕は驚きのあまり空いた口が塞がらない。
今の今まで、僕はこのムネモシュネの力があってこそこの組織で序列3位の地位にあった。
しかし、目の前の女はこの力の存在を否定した。
私にこの力を与えたのは、ラグナロクではない。
つまりは、そういうことだ。
「…………じゃあ、何?
僕は何故かわからないが、このムネモシュネの力を扱えてたということ?
今の今まで、知らずの内に神器を宿していたと?」
「元々の所在は、ノワール家。
かつて、カルフ家と交流があった場所。
現在の第二王女の友人のご令嬢が確か、例のノワール家の人間だったわよね?」
「元々の所在がかの家にあった。
でも、今扱えているのはかの家とはそう交流がないはずの僕である。
確かに、これはおかしい話だ」
「ムネモシュネの能力は……確か……
こっち資料だと相手や自身の記憶を改ざんしたり、その経験を奪ったり与えたり出来るんだよね、確か?」
「そうだよ、その認識で間違いない」
「そう………」
「何、僕に疑いがあるの?」
「そうじゃない、ただ………」
「言いたい事があるならはっきり言ってくれ。
そうやって変な疑い掛けられたままなのは、不愉快なんだよ。
気になる事があるなら、はっきり言えばいい」
僕が彼女を問い詰めると、顔を俯き視線を合わせず苛つくような不貞腐れた態度示した。
「ねぇ、何を隠しているんだよ?」
「…………」
「答えろ、僕に何があるんだ?
カオスは僕に何を隠している?
お前は僕の何を知っている?
僕の何を疑っている?
さっさと答えろよ、おい?」
彼女を強く問い詰める、すると今にも泣きそうで怯えた表情を浮かべた。
当然か、コイツは今の今までこんな尋問をされた事がない。
されてなくて当然の存在なのだから……。
「カオスはあなたを一度、彼から離した。
あなたが犯した、その失態を揉み消す為に。
でも、わざわざ後からサリアに再び置いた」
「それが何だって言うんだ?
大方、道具として失うに惜しいから立場や名前を変えてカオスは再び僕をサリアに置いたんだろうよ。
僕を生み出したのが、そもそも彼を英雄計画の駒として利用する為で………。
似たような事を、この前死んだシファ・ラーニルだってやっている。
何なら記憶処理までしてさ」
「あなたは、その記憶処理をされてないの?」
「そうだよ、だから僕は彼を覚えている。
昔の家のことも、全部覚えている。
あの日まで、あの家で過ごした日々も………。
本物の家族ように接してくれたカルフ家の両親の姿。
僕を受け入れてくれた、リンや彼の存在……。
そして、あの日犯した僕の罪も全部覚えている!
僕が殺したんだよ、この手で彼の家族を傷つけた。
その感触は今も忘れない、あの日……僕がやった事は絶対に許されない行為なんだ!
僕が、僕が……あんな奴の口車に乗せられたから!!」
「あんな奴って誰のこと?」
「え…………?」
その瞬間、自分が告げた言葉の違和感に気付いた。
あんな奴、誰のことだ?
脳裏何が過ぎった、誰かの姿………。
茶髪の髪の誰か………。
彼と、僕の姿……。
いや、違う……アレは僕から見た二人の姿だ。
「テナ!、ちょっと急にどうしたの!!」
「…………」
僕を呼ぶ彼女の声、でも今は………、
この記憶が確かなら………僕は………、
僕は全てを確信し、私を呼び掛ける彼女の方を見る。
「あなた大丈夫なの、無理してないよね?」
「少し、僕の身体を抑えてて。
多少強引でもいいから」
「急に何を………」
「いいから早く!!」
ようやく何かを察したのか、僕を後ろから強く抱きしめその動きを抑える。
そして、僕は……自身の内にあるムネモシュネの力を自らに向けて放った。
そして、その力を解き放った瞬間……。
僕の目の前は、白の世界に染まったのだ。
●
帝歴■■■■ ■月 1■日
薄暗い部屋に僕は居た。
僕が生まれてから、ずっと変わらず………。
部屋の外の景色をずっと眺めていた。
綺麗に整った屋敷の庭を見ているだけで、直接この目で間近で見たことは無かった。
ずっと変わらない、味気ない日常。
変化が訪れたのは、親の仕事の都合で海の向こうの国に引っ越す話が出た時である。
「■■■■、必ず治してみせるからな」
いつも仕事で忙しい表情の堅い父。
いつも厳格で、でも優しい表情を向けてくれる母。
二人は私を連れて……あの国へ向かったのだ。
引っ越した先で出会ったのは、二人の同年代の子。
名前は、ハイドと……テナって名前。
「はじめまして。
私は■■■■、よろしくね」
二人は私と同じくらいの大きなお屋敷に住んでいて、いつも二人で一緒に過ごす仲の良い兄妹である。
元気いっぱいのハイドに、いつも引っ付いているテナ。
そんな二人の面倒を見ている、居候の綺麗な妖精さん。
ハイドが助けたという、リンという綺麗な妖精さん。
彼の両親に頼み込んで一緒に住んでいるのだそう。
私達はいつも一緒だった。
外に出れない私を気遣って、ハイドは毎日のように私の部屋へと訪れて一緒遊んだり本を読んだりと、毎日楽しく過ごした。
かつての私では考えられない充実した日々。
初めて出来たお友達。
とてもとても、楽しい日々だった
楽しい日々、あの時までは。