第二十七話 触れてならぬモノ
正直な感想を言えば、称賛するしか無かった。
剣術の練度、速度、経験、何においても彼女は私を遥かに超えていたのは事実。
まるで、剣術と言う名の絵画を魅入られているような感覚だった。
全力、始めからそのつもりで挑んでいた。
実力は隠しつつも、全てが私自身に出来る最高の技だったはず。
なのに、目の前の彼女は軽々とそれを凌駕した。
そして、私に秘められた力の本質を見抜いていたのだ。
実力の差は歴然
あまり速過ぎる……。
そして一撃一撃が非常に重い。
この力を持ってしても彼女には届かないというのか?
「私にもっと力を寄こせ、ヴェル!」
頭の中で、私のナカにいるソレに話し掛けた。
「別に構わないがお主の体が保たないだろう?
それに、我が力を分けたところであの女には永遠に勝てないだろうな」
「分かってる、だからこそ……」
「あの女は強い。
私が言うくらいだ、彼女もそこらの低位とは比べものにならない魔族としての力があるはずだ。
我々の力に精通し、その癖あの人並み外れた洞察力。
彼女も恐らく私達と同じ悪魔憑きだろう」
「だからどうした?
それでも、負けていい理由にはならないだろう?」
「そう焦るな、ラノワ。
少し、お前の体を借りても構わんか?」
「………何が目的だ?用件を言え」
「あの女に野暮用だ。
なに、目的を果たせばすぐに体を返してやるよ」
身勝手なソレの言葉を最後に突然、私の意識は奴に乗っ取られると、そのまま目の前の景色は途切れた。
●
「さて、本番といこうか」
数年ぶりの外の世界、目の前にいる例の女の存在を視界に捉え鍔迫り合いの最中で無理矢理彼女を振り払う。
私の行動に何かを察したのか、すぐさま彼女は後ろへと飛び退き距離を取り直した。
「始めましてお嬢さん。
我はこの体に憑いている悪魔の本体。
訳あって、その名は言えないが……」
「彼本人はどうしたの?」
「諸事情あって私がこの体の主導権を握っている。
あまり、無理はしないつもりだがここからは私があなたのお相手をしよう」
「なるほど、ちょっとは面白くなりそうだね」
彼女が僅かに右足を踏み込もうとした瞬間、私はすぐさま攻撃に向かい先手を狙う。
こちらの突然の行動に防御は追いつくはずがなく、狙い通り彼女の剣を捉え、その刃は宙を舞った。
次の攻撃は確実に当たる。
剣を弾かれたことにより、相手の右手が上がり身体の軸も大きく揺らいでいる。
故に回避は不可………
「っ?!!!」
何かの衝撃が身体を貫き、思わず膝をつく。
こちらの攻撃が確実に彼女を捉えたはずの瞬間、私の身体が大きなダメージを負った……?
今の自分の身体の状態が掴めず、ゆっくりと視線を下ろしていくと上半身を覆っていた魔力の塊が、元々身に着けていた鎧と共に砕け散っていたのだ。
露わになった身体には、僅かに紫掛かった腫れが浮かび上がっていたのだ。
あまりの激痛に悶絶する声すら許されない。
立つこともままならず、視線だけで相手を捉えるが余裕そうな表情であの女はこちらを悠然と見下していた。
「大丈夫?
流石に、少しだけやり過ぎたかな?」
コレが少し?
こちらの意識が捉える間もなかったあの攻撃が、少しだけの攻撃だと?
「貴様……、あの一瞬で何を……?」
「え、左手で軽く殴っただけだよ?
別に剣じゃなくてもいいんだよね、ルール上は」
「っ?!」
「あー、言ってなかったよね?
私、剣術は得意だけど他のもそれなりに出来るんだ。 槍や弓、魔術、格闘技、勿論剣が一番得意だけど」
「だとしても、それだけの力……。
お前は一体……?」
「うーん、そう言われてもなぁ………」
「まあいいさ。
私はコイツの為にもお前に勝たなければならないのでな!!」
「まだ、楽しめそうだね」
再び戦いの火蓋が切られる。
一方的な戦況は相変わらず、こちらが幾ら速度を上げようと容易く追い付かける。
身体強化の魔術で、かなり上乗せされた数多の攻撃を目の前の女は大した力を込めずにいなしていく。
最初の戦況と何一つ変わっていない。
剣が最も長けていると自身で称した事が、間違いではないこと。
いや、あの女はまだ全力を出していない。
我等と同じ憑き物の類いであるとして……。
その力が何処によるのか……。
獣人、妖精、蛇人、魚人、天人、あるいは私と同じ魔族かもう一つの人間の霊魂を宿した存在なのか……。
そもそも人間であるかすらも怪しい。
見た限り、人間である可能性はほぼ皆無。
人間よりも量の多い、妖精か天使か魔族のいずれかの可能性が高い……。
悠久に滅んだ龍の類いの可能性は……、前提としてあり得ない。
つまり、挙げた3つのうちのいずれかの種である。
ただ、そうなると種族としての特徴が、目の前の女のを見るにどれも一致しないのだ。
天使の類いであれば、絹のような純白の白鳥さながらの翼が存在し、高い魔力を持つのであれば円環が頭上に浮かんでくるはずだ。
妖精の類いであれば、昆虫のような羽が存在している。
羽のない一族も存在するが、身体的な特徴が身体の造りに現れてくるはず、それも彼女の程の実力を持つなら尚の事だ。
しかし、妖精は人の手で既に滅んだ種族。
生き残ったとしても、人との混血でありそこまでの力を持つとは考えにくい
そして、我等と同じ魔族。
コレは最もあり得ない可能性の一つと思っていい。
既に滅んだ種族、それも千年以上も昔に引き起こされた戦争で滅んだ種なのだ。
今も尚憑き物として残れるのは、余程のはぐれものか私のような高位の力を持った存在くらいだ。
しかし、目の前の女からは天使と魔族の両方の力を少なからず感じる……。
おぼろげに浮かんだ、一つの可能性。
いや、しかしあり得ない……。
あの方が生きている等……だが、目の前のあの女をそれ以外の理屈でどう説明出来る?
ただの人間が、偶然異種族の力を二つ宿した生まれた等という妄言の方がまだ納得できるくらいだ。
目の前の女が、あの方であるはずがない。
嵐の如く剣戟が繰り広げられ続け、再び鍔迫り合いに持ち込まれる。
こちらが押し込もうとも、ピクリとも大岩の如く動かない。
「貴様、一体何者だ?
何処でそれ程の力を得るに至った?」
「私は生まれつきだよ。
まだ本気じゃないけどね」
「………」
「そっちは、それで限界かな?」
「戯言を……。
お前が何者なのか判断が出来ない以上、迂闊にこちらの力の全てを晒せるものか」
「私が何者なのかなんて、なんの意味はない。
私はあなたの挑戦者。
そして私は今のあなたより強い。
それだけだよ?」
その言葉の刹那、激しい閃光が身体に晒され大きく吹き飛ばされる。
大した威力はないものの、間合いが再び開いたことで戦況は最初に戻されたようなものだった。
「一体何を企んでいる?
貴様、一体何が目的だ?
我々に一体何を求めている?」
「うーん、私はただ面倒事は控えたいだけ。
だから、少し釘を差しておきたいの。
あまり余計な詮索はされたくないからね」
「…………」
「私が何を言ったところで、それなりの証拠を示した上で証明できないと納得しなさそうだね、君は。
怠惰を司ってた癖に、こうも忠誠心の塊のように心変わりしてるのは意外だけど。
身体の持ち主はキミの何?
悪いことは言わないけど、さっさと身を引いてくれないかな?
私は、彼と試合がしたいのにさ……、
ヴェルフェゴール?」
「その名を何処で知った、女?」
「まだ分からないの?
そこまで言うなら、私も力を使わせてもらうね?」
目の前の女はそう告げると、剣を下ろし胸に手を当てた。
何かへの祈り?
いや、なんだ……この違和感は……。
触れてはいけないナニカに触れてしまったような錯覚に陥った気がした……。




