第二十八話 脆き悪魔は跪き
何かの鼓動が聞こえた。
雲一つない快晴の空が徐々に、雲が満ちていく。
灰色の雲にゆっくりと包まれると、風は吹き荒れ徐々に天候は荒れていく。
観客達は、突然の事態に騒然としているが……。
いや、天候以上に目の前の女から異様な気配が漂い始めていた。
目の前のソレに、自分は思わず目を疑った。
女の体から、我々と同じ黒い魔力が溢れていく。
しかも、ソレはこちらのモノと酷似しているが比較にならない莫大な量の魔力の流れ……。
こちらの流れ出る魔力が小川のソレと表現出来るならら目の前のソレは洪水のように荒れ果てた大河のソレ。
我々の十倍、百倍……いや。それ以上……。
もはや災厄と大差ない。
あの小柄な身体に宿っていたとは到底思えない程に今にも暴発しかねない魔力の塊がその身体を包み込む。
同時に更に天候は荒れていく……。
雷鳴が暴れるように鳴り響き、雲は世界の終わりを告げるかのような凄まじい速さで流れていく。
この世の終わりを告げる予兆のような……。
天が悲鳴を上げ、世界があの塊の存在に絶望し嘆いているかのように。
気付けば私の体までも恐怖で震えていたのだ……。
体が、本能がアレと関わるなと告げていた。
包み込んでいた魔力の黒い塊が魔力の破片がガラス片のように散乱し、黒い塊から現れた存在に私は驚愕した。
先程の白を基調とした鎧が、女の莫大な魔力によって藍色に染まって鎧の性質までも大きく変化。
特徴的な銀の髪は漆黒の黒へと変わり果て、ソレは正に別人と表現するしかないナニカである。
その背には私と同じような悪魔のような羽、いや違う……天人族の持つ鳥の翼のソレであり。
私の背に生えるそれよりも遥かに禍々しい漆黒の翼がそこには存在した。
我等が魔王と呼ばれるなら、目の前の規格外過ぎる存在は一体何だ………?
これ程の力、まさかこの女は………
「さてと、これでいいかな?」
「っ……まさか……。
何故だ、何故あなた様がっ?!!」
私は知っている。
この女の存在を………、だがあり得ない。
アレは古の時代の存在だ。
生きている訳がない、あの方が……。
我が王が生きているはずなどあり得ない……。
「どうしたの?
私の力を示したのに?
この姿じゃ、まだ不満?」
「あり得ない………。
本当に、お前は……あの………」
「私が誰かようやく分かった?」
目の前の存在がゆっくりとこちらに歩み寄る。
一歩、また一歩と近付く度に、その規格外の力に恐怖し、全身が恐怖と衝撃で震えていた。
「シファ・ラーニル、まさか本物の………。
いや、だがあり得ない!!
お前は過去の存在だ、古の大戦で生まれた我が王の御子であったはすの彼女が今の時代に姿を残しているはずがないのだ!!
私を騙せると思うな、あの方の姿を模した程度で私を騙せると思ったか!」
「はぁ……。
これだけの力を見せたのに、まだ疑うんだ。
ならさ、試してみたら?
いつでもどうぞ、私は逃げも隠れもしないからね?」
「っ………貴様ぁぁ!!」
こちらが踏み込んだ刹那、視界の先から女は消えた。
そして、何かの衝撃が身体を貫きこの場を覆う障壁に叩きつけられる。
「がっ……」
あまりの威力に身体は強張り血反吐を吐く。
魔力量から察してはいたが、あの力は本物……。
こちらの数百倍の魔力から繰り出される攻撃をまともに受けられるはずがないのだ……。
「何故だ………何故お前如きにこの私が!!」
身動きが取れず、のたうち回りながら声を出すしかない私に向かって女が歩み寄る。
トドメを差しに来たのかと悟った刹那、耳元で囁いてくる。
「私は正真正銘、本物のシファだよ。
あの時から姿変わらず、今尚も生きている存在なの。
元の肉体を失っても尚、すがりつくように脆い器に頼ってる今のあなたでは勝てる道理はないからね」
「っ……、そんな戯言に私が騙されると思うな!!」
「純血当然の世界から、混血が主の世界となった。
それも、元々大して力のない人間を器しなければ自我を保てなくなった存在でしょう?
この差を見せつけられてもまだやるつもり?」
「貴様っァァァ!!」
残された力を振り絞り、刃先の折れた剣を振るう。
しかし、女は避けるまでもなく添える程度に指先をこちらの振るった攻撃の剣先に重ねて止めて見せた。
「諦めも大事だよ?」
こちらに笑顔を振り向けながら、彼女の手に触れた私の剣がガラスのように砕け散る。
こちらの全力に大して余裕の姿を見せる存在に、私は心の底から恐怖を感じた。
古の大戦で、数多の種族を葬った王の御子の存在と目の前の女の姿が重なる………。
圧倒的な力、他を寄せ付けぬ絶対的な力の象徴。
かつて魔族を統べたリリスと天人唯一の反逆者から生まれ落ちたとされる、あの大戦が産んだ災厄の象徴。
人間に加担し、我が種を滅した大罪人………、
「認めない、認められる訳がない!!
お前が本物だとしたら、何故我々を救わなかった!
何故、人間に加担した!!
自らの種を裏切り、何故人間の世にその身を置いたのだ!!
何故だ、何故我々を滅ぼした!
お前の両親の最後を知っても尚、何故我等の種の繁栄の為にその力を振るわなかった!!
脆弱な人間に加担し続ける理由は一体何だ、答えろ、我が王の御子よ!」
「………、私を見捨てたのはあなた達だよ。
そして、手を差し伸べたのが人間の彼等だった………。
だから私は人間の世のために尽くすと決めたの。
ソレがあの戦いから誓った、彼等との約束。
私はさ、別に何を言われてもいいよ。
でもね、私の大切な人達を害するなら………、
私の目的を邪魔するつもりなら……」
「…………」
「例え誰であろうと、容赦しないよ。
あなたの器にしている人間一人くらい……、
ううん、世界の半分の命くらいなら犠牲を払ってでもあなた達を確実に葬るから。
二度と私に逆らえなくなるまで、羽虫程度の器すら与えないくらい徹底的にね」
「貴様………」
「さてと、そろそろおしまいにしましょうか?
これ以上騒ぎを大きくはしたくないからね。
正直、あなたの意識がまだ残ってるのが不思議なくらいだけどさ?」
「っ………」
「所詮は人間の器だものね……。
流石のあなたでも既に限界じゃないのかな?」
「っ…、くっ………まだだ、まだ私は…っ!」
ここで引き下がって負ける訳にはいかない。
だが、どこに活路がある?
目の前の存在は圧倒的、こちらの魔力が既に残りが半分にも満たないのに対して、相手は全開そのもの。
こちらが全力を出していた時点で、アレの手のひらに踊らされていた程なのだ……。
女の言葉は事実であり、こちらは満身創痍。
武器も砕け、攻める手段がない……
そして、これ以上の深手を負うのは致命的………。
頭ではわかっている……。
だが……
「………まだ諦めないの?」
「諦めら………」
言葉を告げる間もなく、視線の先には女の拳が視界に入っていた。
瞬間、脳天を貫くような衝撃に身体が宙に浮くと頭を鷲掴みされ地面に全身を叩き付けられる。
「うーん、もう十分かな。
これ以上は時間の無駄だね」
「シ…ファ……貴様っ!」
頭を掴むその細い腕に抗うように、私はその腕を掴み返し目の前の女を睨みつける。
しかし、体格差は意味を為さない。
目の前の女の腕を払い除けるには、己の力はあまりにも非力過ぎており、一回り以上小さな存在に為すすべは無かったのだ。
「もう終わり、あなた死にたいの?」
透き通るような銀の瞳は、光を通さないような深淵からこちらの魂を見透かし、私へと直接問いかけてくるようだった………。
死を直感した。
これ以上あの女に踏み込めば私は死ぬ。
その手で頭蓋を砕かれるのか、それとも地面の塵として消し飛ばされるのか………。
どの結果に転ぶのかは分からない。
だが、女の眼から死を悟った瞬間……、
目の前の恐怖に震え、己の敗北を宣言していた。




