22 お飾り聖女でいてほしい
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十二年前。
ある夏、侯爵領のお城に、アドルフお兄様のご友人がお母上様と避暑にいらしたらしい。
乳母のマミーナが教えてくれた。
「お兄様のごゆうじんってどんなひと?」
「エレノアお嬢様は、まだお小さいのでお会いになれないそうですよ」
「そう、つまんないの、じゃあ羊さんと遊んでくる」
「お嬢様、遠くへ行ってはいけませんよ」
「はーい」
私は、数日前、お部屋に羊を入れて一緒に眠った。
それが見つかって、お父様にお叱りを受け、また罰でお仕着せを着て、お屋敷のお手伝いをしている。
「ねえ、ロルク、今日は山羊を連れて湖へ行ってあげる」
ロルクはお屋敷の羊と山羊の番人で、真っ白なお髭が山羊のおじいさんみたい。
「エレノアお嬢様、今日はお屋敷の掃除も手伝いじゃなかったすか?」
「そうだったんだけど、アドルフお兄様のごゆうじんがいらしてるから、お屋敷の中はダメって」
「ハッハッ!そうですかい、お屋敷でイタズラをすると思われたんですかい」
「私、イタズラなんてしないわ。ごゆうじんに羊さんを見せてあげたかっただけ。でもお外が好きだから、湖まで行ってくる」
「湖には入っちゃいかんですよ」
「うん!山羊さんは湖の草が好きだから、たくさん食べてもらうね」
私は五歳、ゔぁるとこうしゃくけの山羊飼いよ。
お父様にいただいたポニーに乗って、小さな棒を振りながら、山羊たちと湖に向かって行進する。
湖のほとりで山羊が草を食べている間、ガヴァネスに教えてもらった薬草を摘んで、マミーナがかけてくれたポシェットに入れていく。
少し離れたところから、馬の足音が聞こえてくる。
あの走り方は、ホワイトだわ、大人しくて優しい馬。
足音が近づいてきて、ドサって音がした。
目の前でホワイトから男の子が落ちた。
「だいじょぶ?」
黒い髪に綺麗な青い目の男の子、今にも泣きそう。
ホワイトがウロウロウロしているので声をかけた。
「ホワイト、だいじょぶ?」
ホワイトは湖の水を飲みはじめた。ここのお水はおいしいの。
「ねえ、あなた、だいじょぶ?痛くない?」
「う、うるさい!侍女の癖に話しかけるな!不敬だぞ」
ふけい?それ何?
「お前はどこの侍女だ!」
「ゔぁるとこうしゃくけのリンコよ」
たどたどしくカーテシーをする。
「貴族でもないのに、カーテシーをするな!不敬だ」
「きぞくよ!」
「侍女だろ!」
「ちがうわ!リンコ・ゔぁるとよ」
「……ヴァルト侯爵家にその名の娘はいない、何者だ」
そして私たちは取っ組み合いになった。
だってその男の子は、小さな剣を抜こうと威嚇してきたの。
組んず解れつ、湖に落ちた。
幸い浅かった。
「曲者め、刺客か!誰の差し金だ」
山羊さんたちを守るために、私は湖で立ち上がった。
その子がとうとう剣を抜いて振り翳した瞬間、叫んだ。
「シュワッチ!」
周りに白銀の光が溢れて、その子の剣が消えた。
そして私は間髪おかずに、その子を投げ飛ばした。
「エイッ、ヤー!」
剣がない男の子は、ずぶ濡れのまま湖で座り込んで泣き出した。
「私は、リンコ・ゔぁると、山羊飼いよ!弱っちい男はレディをまもれないのよ」
そこから大騒ぎになった。
大人がたくさん駆けつけた。
泣いてる男の子のお母上様という綺麗な人が、私に聞いた。
「さっきの光はあなたが出したの?」
「はい!シュワッチ!で、でました。山羊さんをまもるため」
「あなたのお名前は?」
「リンコ・ゔぁると!ごさい!いご、おみしりおちを」
私はびしょ濡れでカーテシーし、意識がなくなった。
目が覚めたときには、私は知らない部屋にいた。
「ここはどこ?」
「エレノアお嬢様、王都の侯爵邸のお嬢様のお部屋でございます」
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「エレノア、エレノアっ、大丈夫か」
「……うーん、だいじょぶ、リンコ・ゔぁるとだから」
「……思い出したのか」
「なあに」
「…エレノア!起きろ!」
目が覚めた!
目の前に黒髪の、綺麗な青い目をした男の子が、私の顔を覗き込んでいる。空には、まだ羊みたいな雲がポコ、ポコと浮かんでいる。
あれ?
「……ね、あなた、弱っちい子?」
「いや違う、いや、そうとも言えるか」
「私、今、シュワッチってしました」
「いいや、今はしていない」
今は?私は、まだ夢の中?
「レイナルド殿下?」
「そうだ」
「もしかして、あのときの男の子、ですか?」
「あの時、とは?」
「五歳の時」
「私は、八歳だったがな」
「なんで、今思い出したのかしら?」
「こんな場所で寝っ転がるからだ」
「え?」
殿下は、私の顔の周りの草を一本摘んで見せてくれる。
「これは?」
「山羊さんの葉っぱ」
「それ以上は教わらなかったのだろう」
「それ以上って?」
「この湖の周りの薬草は二種類。三つ葉で白い花が忘れ草、四つ葉で薄紅色の花が思い出草、山羊には効果はないが、人はその香りで、忘れたり、思い出したりする」
「ええーっ!」
今の私の周りには四つ葉の葉っぱで薄紅色の花が一面に咲き乱れている。
「じゃあ、あの時は」
「三つ葉の白い花だったらしい」
「だってそんな事、誰も」
「母上、つまり薔薇の聖女が王妃になってから、代々の王妃に伝わる文献で知り、十二年前の夏、避暑の名目でここを訪れたそうだ」
「私だけが忘れていたの?」
「もちろん私も忘れていた。ただ君の淡いハニーブロンドとピスタチオグリーンの瞳は、記憶に残っていた」
「キャロラインじゃなくて?」
殿下は、首を横に振ってばつが悪そうに答えてくれた。
「君の面影を重ねていただけ。それと初めて会った時から、あなたは、リンコ・ゔぁると、と名乗っていた」
「殿下はいつ思い出したの?」
「魔石を元通りにした時、魔石の共鳴が起きた。そして母上に問いただし、十二年前のことを聞いて、この湖に来て、思い出した」
じゃあ私は、昔から凛子でありエレノアだった?
「じゃあ、私も殿下の面影をアウグスト王太子殿下に重ねた?」
「おそらく。あなたは兄上に恋焦がれた記憶があるか?」
「ないわ」
即答してしまったけど、エレノアという私自身が、王太子殿下を好きになったのか。
あ!そうよ、当時のあの男の子は細身で、今のレイナルド様は騎士体型。
でも王太子殿下は、レイナルド様に比べて今も細身でスラっとした体。そういう事だったのかも?
空の羊雲を見ながら、謎が解けた。
「エレノア」
レイナルド様が、寝っ転がったままの私の髪を撫でる。
「思い出したか?」
「ええ、全部」
レイナルド様は、シャツの胸ポケットから淡いグリーンのリボンを取り出した。
「あーそれ!」
そう、あの日、リンコ・ゔぁるとがつけていたお気に入りのリボン。
「覚えていたか」
「思い出しました」
「このリボンは、私の御守りだった。記憶は抜け落ちていたが、強くなろうと必死で努力をしてきた」
あの弱っちい男の子が、王国騎士団総帥になるために、国の内政を陰で支えるために、血の滲むような、気が遠くなるような努力をしてきたかは、今のレイナルド様を見ればわかるわ。
「このリボンは返せない」
私のリボンがお守りなんて、恥ずかしいけれど、嬉しい。
そしてレイナルド様は、仰向けに寝っ転がったままの私に言った。
「私は、君を守れる男になっただろうか」
なんだか涙が出てきて、空がぼやけて見える。
「……はい」
声が掠れる。
「そのままのあなたがいい、私の側に飾っておきたい」
ああもうダメ。こんな口説き方があったなんて私は知らない。
「口付けていいか」
「ありがとうございます」
私はとんでもない返事をしていた。
『はい、あなたの側にいたいです』そう言わなくちゃと思う前に口が塞がれていた。
⌘ Fin ⌘
完結までお付き合いくださり、ありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたら、評価を頂けると嬉しいです。




