依頼「思い出の時計を動かせ」
『ラーメンは依頼の後で』をお読みいただき、ありがとうございます。
第十話では、一台の古い柱時計に込められた、夫婦の長い年月と大切な思い出に触れる物語をお届けします。
時計はただ時を刻む道具ではありません。
そこには家族の笑顔があり、何気ない日常があり、そして大切な人と過ごした時間が詰まっています。
止まってしまった時計を動かすことは、止まっていた心をもう一度前へ進めることでもあります。
便利屋・涼真とバディーの麗華は、今回も依頼人の想いに寄り添いながら、一つの願いを叶えるために力を合わせます。
依頼の先に待っているのは、温かな笑顔か、それとも新たな試練か。
どうぞ最後までお楽しみください。
第十話 依頼「思い出の時計を動かせ」
朝七時。
商店街は開店準備で賑わっていた。
「麺処 山岡」の暖簾が揺れ、醤油の香りが通りへ広がる。
「今日は依頼が来る前に食べられるかな。」
涼真が笑うと、店主・健蔵は腕を組んだ。
「その願い、何度聞いたことか。」
麗華も思わず笑う。
「今日は大丈夫かもしれません。」
三人が笑い合った、その時だった。
プルルルル……
「……。」
店内に沈黙が流れる。
健蔵が肩をすくめる。
「やっぱりな。」
涼真は苦笑しながら電話に出た。
「はい、便利屋・涼真サービスです。」
『古い時計を直していただけませんか。』
電話の向こうから聞こえたのは、年配の女性の穏やかな声だった。
「修理屋さんではなく、便利屋に?」
『時計を直すだけじゃないんです。お願いがあります。』
「分かりました。」
涼真は工具箱を持ち上げる。
「ラーメンは依頼の後で。」
⸻
依頼人は七十五歳の女性、杉山和子。
古い日本家屋で一人暮らしをしていた。
居間には、大きな柱時計が置かれている。
「主人が新婚旅行で買ってくれた時計なんです。」
和子は優しく時計をなでた。
「二十年前に止まってしまって……。」
「修理しようと思ったんですが、主人が亡くなってしまって。」
「そのままになっていました。」
麗華は時計を見つめる。
「きっと大切な宝物なんですね。」
「はい。」
和子は静かに頷いた。
「もう一度だけ、この時計の音を聞きたいんです。」
涼真は工具箱を開く。
「やってみます。」
⸻
時計の裏蓋を外す。
歯車には長い年月で積もった埃。
油も切れている。
「かなり古いですね。」
慎重に一つずつ掃除していく。
歯車を磨き、部品を組み直す。
しかし──。
カチッ。
動かない。
「……。」
涼真はもう一度分解する。
「焦らなくていいですよ。」
麗華がそっと声を掛ける。
「時計も長い間休んでいたんです。」
涼真は微笑んだ。
「そうだね。」
⸻
午後。
ようやく修理が終わる。
静かな部屋。
全員が時計を見つめる。
涼真はゆっくり振り子を押した。
カタン……
カチ……
カチ……
カチ……
時計が動き始めた。
「動いた!」
麗華が思わず声を上げる。
和子は口元を押さえ、涙を流した。
「この音……。」
「主人が毎朝、時計を見ながら『今日も頑張ろう』と言っていたんです。」
部屋いっぱいに懐かしい時を刻む音が響く。
「ありがとう……。」
「本当にありがとう。」
涼真は静かに頭を下げた。
「時計だけじゃなく、思い出もまた動き始めましたね。」
和子は何度も頷いた。
「ええ。」
⸻
帰り道。
夕日が商店街を黄金色に染める。
麗華は嬉しそうに歩いていた。
「今日は素敵な依頼でした。」
「物には、それぞれ思い出がある。」
涼真は空を見上げる。
「だから俺たちは、ただ修理するだけじゃない。」
「思い出も守る。」
麗華は笑顔で頷いた。
「それが便利屋なんですね。」
⸻
「麺処 山岡」。
健蔵は二人を見るなり笑った。
「今日は本当に食べられるか?」
「もちろんです。」
熱々の醤油ラーメンが運ばれてくる。
黄金色のスープ。
透き通る香り。
厚切りのチャーシュー。
二人は手を合わせた。
「いただきます。」
一口すする。
「おいしい……。」
麗華は目を輝かせる。
「依頼の後だからですね。」
涼真も笑った。
「これが一番うまい。」
店内には笑い声が響いた。
しかし、その時。
店のテレビからニュース速報が流れる。
「商店街で相次ぐ不審な盗難事件。被害は十件を超える――。」
店内がざわつく。
健蔵が真剣な表情になる。
「うちの商店街じゃないか……。」
涼真はテレビを見つめた。
「これは放っておけない。」
便利屋として、そして街の仲間として。
二人は静かに立ち上がる。
新たな事件が、二人を待ち受けていた。
――第十一話「商店街を守れ」へ続く。
第十話を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、止まってしまった柱時計を通して、「時」と「思い出」をテーマに描きました。
時計が再び動き出した瞬間、それは機械が動いたというだけではなく、依頼人の心の中で止まっていた時間も少しずつ動き始めた瞬間だったのかもしれません。
涼真と麗華も、多くの依頼を経験する中で、便利屋の仕事は物を直したり探したりするだけではなく、人の心に寄り添い、未来への一歩を支える仕事なのだと改めて実感します。
そして、依頼を終えた後に食べる一杯のラーメンは、今日も変わらず二人を迎えてくれました。
しかし、商店街では不穏な盗難事件が続いています。
次回、二人はこれまでとは少し違う「事件」と向き合うことになります。
便利屋として、そして街を支えるバディーとして、二人がどのような答えを見つけるのか、ぜひ第十一話もお楽しみください。




